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結社編 二章:神の研究

最速の獣族

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 互いに魔人であるエリクとバンデラスの戦いは、静寂を引き裂く金属音で開始を告げる。

 エリクは大剣を前へ構え、バンデラスの拳に嵌め込んだ鉤爪を受け止める。
 常人の目では捉え切れない一瞬の攻防に、当事者同士達が驚きの声を漏らした。

「……速い」

「へぇ、これに反応できるとはねぇ」

 バンデラスは力で競う鍔迫り合いを避ける為に飛び退き、着地した瞬間に左右にブレたように身を動かし俊足で姿を眩ます。
 それをエリクは目で追い、再び攻撃を加えるバンデラスの鉤爪と蹴りを大剣と肘で受け止めた。
 今度はそれに留まらず、鉤爪と足の連撃を浴びせるバンデラスにエリクは応戦していった。

「やるねぇ、あのゴズヴァールとり合っただけはある」

「!」

「だが、お宅は俺より強くない」

 そう言い放ち力強い脚力で放つ蹴りを大剣の腹に浴びせ、エリクの巨体をバンデラスは押し退ける。
 足を上げて構えるバンデラスは、鋭い視線を宿しながらも余裕ある表情で話し始めた。

「知ってるか? お宅等と戦ったマシラ共和国のゴズヴァールは、五十年と少し前までフォウル国の十二支士じゅうにししって凄腕の魔人集団の中にいた」

「……」

「『』『うし』『とら』『うさぎ』『たつ』『へび』『うま』『ひつじ』『さる』『とり』『いぬ』『いのしし』。十二支士達はこれ等に代表される魔族や獣族の血を汲む魔人達で並び立っててな。そのトップの干支衆えとしゅうが糞強いんだわ」

「……それがどうした?」

「お宅と戦ったゴズヴァール。あいつは元十二支士の『丑』に所属してた下っ端の一人さ」

「!」

「下っ端であの強さだ。干支衆トップの強さがどれだけのモノになるか、怖くて震えちまうよな?」

「……何が言いたい?」

 突如としてゴズヴァールの話をし始めるバンデラスに、エリクは怪訝な表情と声を向ける。
 そして不敵な笑みを零すバンデラスが、自身の事を話し始めた。

「俺も十二支士の『寅』に所属してた。随分前の話だけどな」

「!」

「マシラ共和国に闘士って部隊が居ただろ? あそこの序列上位に加わってた闘士達も大半は十二支士の下っ端連中だ。十二支士の干支衆トップは全員、フォウル国で巫女姫を守護してるからな」

「……」

「分かるかい? アンタが相手にしている俺がどういう奴なのか。……お宅に年季の違いってのを見せようか」

 そう告げた瞬間、バンデラスの脚部分が膨れ上がったのをエリクは見る。
 前に重心を倒しエリクに視線を向けるバンデラスが、その場から姿を消した。
 それを目で追うエリクは腕を振り大剣を動かそうとした瞬間、バンデラスの鉤爪がエリクの腕や手足に傷を負わせる。

「ッ!?」

「反応できないだろ?」

「クッ!!」

「遅いぞっと」

「ッ!?」

 エリクの大剣の振りを余裕で回避するバンデラスは、今度は蹴りをエリクの足と胴へ放つ。
 凄まじい脚力で放たれる蹴りにエリクの顔は僅かに歪み後ずさる姿を見ながら、バンデラスは再び提案した。

「分かったろ? お宅はどうやったって俺には勝てない。素直にその子供を置いて行きな」

「……ッ」

「俺が本気なら、とっくにお宅を倒して子供を攫ってこの場から消えるのは、流石にお宅も分かるだろ?」

「……」

「俺は善意で言ってるんだぜ? 素直に降参すれば、これ以上はお宅に関わらないし、痛めつけたりしないさ」

「……断る」

「頑固だねぇ。……じゃあ、もうちょい分からせようか」

 今度は残像を残してエリクの前から姿を消すバンデラスは、エリクの右顔面に横から蹴りを入れる。
 弾け飛ばんばかりの勢いで顔と首を仰け反らせながらも耐えたエリクは、攻撃を加えられた位置へ大剣を薙ぎ払った。
 しかし大剣は虚しく空振りし、今度は逆側の左顔面をバンデラスの足で蹴られる。

「ほらほら、動きが止まっちゃってるぜ?」

「グ、ハッ!!」

「無駄無駄。遅すぎる」

「ハッ、グッ!?」

「今度は前ががら空きだな」

 宣言通り、バンデラスは凄まじい速度と反射神経でエリクをたぐる。
 エリクはそれに耐えながらもバンデラスの初動に対応できず、防ぐ事さえ出来ずに蹴られ続けた。
 血が流れ顔面から鼻血を垂れ流しながらも倒れないエリクに、バンデラスは繭を顰めながら話し掛けた。

「なぁ、もう降参しちまいなよ?」

「……ハ、ァ……」

「お宅も分かったろ? 俺とお宅は同じ魔人でも、そもそも立ってる舞台ステージが違うんだ。勝てる勝てないの次元じゃなく、勝負にすらならんのだよ」

「……」

「諦めて子供を置いて行きな。アリア嬢の所にすら行けなくなるぞ?」

 説得し続ける言葉に反発するように、エリクの鋭く敵意を宿した瞳がバンデラスに向かう。
 それを見て呆れた様子のバンデラスは、溜息を吐き出しながら手を叩いた。

「オーケー。お宅と俺では相容れないってことか。だったら交渉は止めだ」

「……」

「こっちも時間が無いんでね。強行させてもらおう」

 そう宣言すると同時に、素早く移動したバンデラスはエリクの目の前から姿を消す。
 咄嗟に後ろを向いたエリクは少女が隠れる鉄箱コンテナの陰に目を向けると、既にバンデラスが少女を抱えた姿で立っていた。

「それじゃあな」

「おじさん!」

「クッ!!」

 バンデラスが少女を抱えたまま俊足で駆け出し、エリクはその後を追う。
 しかし足の速さで勝てず、バンデラスは高さのある鉄箱コンテナに跳躍してその区画から出ようとする。
 そして区画出入り口となる扉を開ける為に操作盤を操ろうとした瞬間、バンデラスは自身の上を何かが通過する陰を見てそれに視線を向けると、とんでもない光景がその場に鳴り響いた。

「……なんだ? おい、おいおいおいおい! 嘘だろ!?」

 バンデラスが見たのは、縦横五メートル前後の鉄箱コンテナが宙を舞い出ようとしていた出入り口に衝突する光景。
 更に別方向にある荷物搬送用の出入り口に鉄箱コンテナが二つも投げられ、最後に残っていた通路用の出入り口に鉄箱コンテナが動かされ出入り口を塞いだ。
 二トン程の重量を誇る鉄箱コンテナが幾つも動き出入り口を塞ぐ光景はバンデラスに驚愕の硬直を起こさせ、それを引き起こしているだろう人物を凝視させる。

「……化物かよ、あの男!? あの重量を投げちまうなんて……!!」

 バンデラスに追いつけないと瞬時に判断したエリクは、近くにある空の鉄箱コンテナに目を向けてそれを投げて出入り口を塞ぐ手段に出た。
 身体中に魔力を巡らせ凄まじい怪力を見せるエリクと目が合った瞬間、バンデラスは冷や汗を流し苦笑を浮かべた。

「……なるほど。俺を逃がす気は無いってことか」

「……」

「貧乏くじを引いたなぁ。ここに運んだ子供をまた移動させて持って来いとか、無茶な依頼だぜ」

 バンデラスは自身の腕力では鉄箱コンテナを即座に撤去は出来ないと察し、少女を高い鉄箱コンテナの上に降ろしてエリクの前に再び立つ。
 睨むエリクと向かい合うバンデラスは溜息を吐き出した後、余裕の表情を無くした鋭い顔へ変貌した。

「せっかく見逃してやろうと思ったのに、馬鹿な男だ」

「……絶対に、貴様は逃がさん」

「そうかい。なら、しょうがないな。……俺は無意味な殺しはしない主義なんだが……」

「……」

「お宅を始末して、働き者の俺は仕事に戻らせてもらうわ」

 そう告げるバンデラスは上半身の服を脱ぎ、靴を脱ぎながら手に付けていた鉤爪も捨てる。
 武器さえ捨てる光景にエリクは疑問を持つが、その理由をバンデラス自身が話した。

「さっきも言ったが、俺は十二支士の『とら』に所属していた」

「……」

「優しくて親切な俺が教えておこう。……俺に中に流れてる血は、獣族の中でも最速の種族。『豹獣族チーター』だぜ」

 軽く首を動かすバンデラスは、身体中から凄まじい魔力を生み出す。
 そして肉体が僅かに膨張し、肌が見える上半身から徐々に茶色の毛が生え始めた。

 全身に生える毛が伸び黒の斑模様の毛も浮かび上がると、顔が猫科動物に近いものに変貌し、膨れ上がる脚が身に付ける革ズボンを膨張させ手足の爪が鋭く伸びる。
 高まる魔力と共に変貌する姿を見ていたエリクは、目の前で変貌したバンデラスの姿を見て驚きを含んだ目で見た。

「――……ふぅ、この姿になるのも何年振りかね」

「それが、魔人化か」

「ああ。……さて、死ぬ覚悟は出来たかい? 色男」

 バンデラスが魔人化した姿。
 それは茶色と黒の斑模様に覆われた毛皮と、猫科動物特有の顔立ちに前傾姿勢で身構える姿。

 最速の獣族である『豹獣族チーター』バンデラスが、エリクとの死闘を開始した。
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