上 下
225 / 1,360
結社編 二章:神の研究

脱走と対峙

しおりを挟む

 マギルスが魔獣達を解放し、エリクは奴隷の少女を連れて最下層を目指す頃。
 研究施設の最下層では上層と中層で発生する騒動が伝わり、研究員達が慌てる様子を見せていた。

「――……第三層で保管されていた魔獣が解放された!?」

「は、はい。更に魔獣や魔物が次々と解放され暴れていると……」

「あそこには危険指定の魔獣が幾つも保管されていたのだぞ!?」

「どこの馬鹿だ、魔獣を解放するなど……!!」

「このままでは基地施設内部で魔獣災害スタンピードが起こるぞ……!!」

「警備兵は!? 第四兵士師団のザルツヘルムは何をしている!?」

「現在は魔獣の鎮圧を警備兵が対応しておりますが、ザルツヘルム師団長とは連絡が取れないそうで……」

「この一大事に、何をやっているんだッ!!」

 研究員達のほとんどがその連絡を受けて憤怒を見せる。
 明日には聖人アリアの実験と研究が開始されるにも関わらず、そのような騒動が起きれば最下層に居たとしても無事にやり過ごせる可能性は薄い。
 上級魔獣が十数体ほど保管されていた事を知る研究員の脳裏には、それ等が暴れ回る姿を想像して血の気が引く。

 例え第四兵士師団が有する兵力と試験用合成魔人キメラを総員しても、事態が収まるかどうか。
 それを率いるザルツヘルムと連絡が取れない以上、自分達の身や研究所の安全が保証される確証が無い研究員達が真っ先に思い至ったのは、逃走と避難だった。

「……我々は避難を開始する! このフロアの警備兵を集めて、研究資料と貴重な器具を持ち出すように伝えろ!!」

「は、はい」

「それと、あの女も連れて行くぞ!」

「しょ、所長の許可は?」

「不要だ! こんな騒ぎになっているにも関わらず、奴は自室から出ようともしない! 許可など必要ないだろう!!」

「し、しかし……」

「あの女は貴重な聖人だぞ!? 我々の研究を成功させる為にも、あの女は絶対に連れて行く!!」

「は、はい!」

 そう怒鳴る研究員の言葉で、他の研究員達は説得され行動を開始する。
 それぞれが各部屋から研究資料と貴重品を持ち出し鞄や台車に入れた箱に詰め込む。
 慌しい様子を見せる中で、監禁されていたアリアの部屋にも異変が訪れた。

「……?」

 アリアは室内で本を読む中で、天井から吊るされる照明が僅かに揺れているのを確認する。
 すぐに本を投げて部屋着から自分の私服へ着替えると、アリアは強化ガラス製の大窓がある居間まで移動した。

「ちょっと、外で何が起こってるの?」

 アリアがガラスに向かってそう訊ねるが、返事が聞こえない。
 何かが起こっているのを察知したアリアは警戒する中で、突如として室内の換気口から白い煙が噴出し始めた。

「!」

 アリアは咄嗟に口を覆うが、瞬く間に室内が白い煙に覆われる。
 視界が全て覆われるほどの規模に煙が充満した後、アリアは体の力を失い床へ膝を着き、その場で倒れた。
 それから白い煙が室内を満たし続け、数分後に停止する。
 床下に設置された吸気口から煙が吸い出され、室内が正常な空気に戻った。

 それからガラスの位置から横の部分にある壁が下へ収納され、鉄板の扉が姿を現す。
 その扉が開き、三名の警備兵と研究員の一人が室内に入って来た。

「……早くその娘を連れ出せ」

「大丈夫ですか? 起きたりは……」
  
「さっき室内に放出したのは、巨体の魔獣でも嗅ぎ吸えば十数時間ほど昏睡させる薬を気体化させたものだ。普通の人間が吸い込めば丸二日は眠る。動かしても起きる事は無い。さっさと運べ!」

「は、はい」

 研究員の言葉に従い、警備兵が三人掛かりで横たわり眠るアリアを室内から運び出す。
 そのまま次の部屋を通過し、台車に乗せられた棺桶上の木箱が用意されている部屋まで辿り着いた。

「さぁ、その中に入れろ。それを引いて第六出入り口ハッチから避難する」

「はい」

 研究員の指示で一人の警備兵がアリアを開けられた棺桶の中に抱え入れようとした時。
 今まで眠っていたアリアが突如として目を開け、警備兵が腰に下げる警棒を右手で抜き取り、腕を掴んでいた警備兵の腹部と顎を強打した。

「ぶっ、グッ……!?」

「なに!?」

 一人の警備兵は隙を突かれて倒れ、もう一人の警備兵が咄嗟に押さえ込もうと動く。
 それより早くアリアは警棒を投げ捨て警備兵の顔面に当てると隙が生まれ、急接近したアリアが警備兵の下半身を蹴り足で殴打し、顎下を掌底で打ち抜いた。

「ハ、ゥ――……ッ」

「――……パールにやり方を教わってて正解ね」 

 一気に警備兵を二名も無力化させたアリアは振り返り、研究員と傍に居るもう一人の警備兵を見る。
 既に警棒を抜き構える警備兵と、起き上がったアリアを怪訝な表情と視線で見る研究員が話を交えた。

「……どういうことです!? 丸二日は起きないはずじゃ!?」

「そ、そんな馬鹿な! 流石に聖人と言えど、あれだけ吸えば効果があるはず……!!」

「……当たり前よ。吸ってないんだもの」

「!?」

 警備兵と研究員の話を遮り、アリアがそう言葉を漏らす。
 そして研究員達に手を翳して向けながら、説明を始めた。

「例え蒸気させ気体化した薬品であっても、物質であることに変わりはないわ。だったら、人体に有害となる要素を遮断して呼吸すればいい」

「馬鹿な!? フィルターの付いたマスクも無しにそんな事が……」

「マスクならしてたわよ? 物理障壁シールドをフィルター代わりにして顔全体を覆ってね」

物理障壁シールド……!? 魔法の!?」

「有害な物質だけを障壁で遮断していたのよ。後は貴方達がこうして私をあの部屋から出して隙が見えるのを待つだけ」

「馬鹿な!? あの部屋は魔力を無くす特別な部屋だぞ!? 何故、どうしてそれで魔法が使える!?」

「さぁね、自分で考えなさいよ。――……『風の鉄槌エアスマッシュ』」

「グァッ!?」

「ギ、ャ……!!」

 アリアは冷たく返答すると同時に魔法を放ち、研究員と警備兵が鉄壁へ突き飛ばして気を失わせた。
 そして部屋から出て通路に入ると、遠くから鳴り響くサイレンの音で異常が起きている事を察した。

「何か起こったのは確かみたいね。……今はランヴァルディアを止めないと……」

 アリアはそう呟きながら通路を走り出す。
 人の気配を感じると偽装魔法で姿を眩まし、人と接触しないように走り続けた。

 研究員と伴う警備兵達が荷物を持ち出し何処かに逃げ出す姿を見ながらも、アリアは逃げようとはせずにランヴァルディアを探す。
 そしてとある部屋を通過する際、『所長室』と書かれた掛札を目にしたアリアは、偽装魔法を解いて部屋の扉に開けようとするが、鍵が掛かって開けられない。
 アリアは火の魔法で施錠されたドアノブ部分を焼き切り、扉を蹴破って部屋へ侵入した。

「ランヴァルディア!!」

 乗り込んで呼び掛けるアリアだったが、執務室と思しき室内にランヴァルディアの姿は無い。
 その奥にある書斎と思しき部屋にも入るが、ランヴァルディアは見つけられない。
 既に他の研究員同様に逃げ出したのではと考えるアリアだったが、それを首を横に振って否定した。

「……私だったら……」

 アリアはランヴァルディアの思考を自分に重ねて読み取る。
 自分がもし重要な研究資料と研究器材、そして研究に必要な素材を保管するなら何処にするか。
 それを考えた時、アリアならば表立った研究室ではなく誰も知らない裏の研究室に運び込むだろう。

 そしてその場所を作るなら何処にするか。
 誰も訪れない場所に作り、いざという時にすぐに駆け込める場所が理想的だろう。
 しかし、空間が限られ共有して行う研究施設内ではそれが難しい。
 ならば何処にその場所と入り口を作るのかを考えた時、アリアは壁を囲うように置かれた書斎の本棚に目を向けた。

「……定番ではあるけど、私だったらここに入り口を作る」

 アリアは書斎の本棚に手を掛け、次々と本を落としていく。
 一面の本が落下し床一面を本に埋め尽くされた後、更にアリアは他の棚の本も掴み落とす。
 そうした事を続けていると、アリアの手が突如として止まった。

「あったわ。これね」

 アリアが見つけたのは、本棚の奥へ埋め込まれたボタン。
 それを押すと同時に微細な振動が室内に起きると、アリアの横側にある本棚から隠し扉が開け放たれた。

「……この奥に、アレがあるのね」

 アリアは隠し扉を開けて潜る。
 そこには下へ向かう階段があり、アリアは駆けながら下へ降りた。

 辿り着いた場所は、大きな空間と共に設置された機械類の数々。
 そして広い円形状の空間の中に立つ一人の姿をアリアは見て、向こうも見た。

「――……君なら、ここまで来ると思っていたよ。アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン」

「ランヴァルディア……」

 アリアは下へ降りて待ち人と向かい合う。
 顔から手先まで白装束で覆っている姿ではあるが、アリアはランヴァルディアと十年ぶりの再会を果たしたのだった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?

桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」 やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。 婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。 あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

処理中です...