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結社編 二章:神の研究
脱走と対峙
しおりを挟むマギルスが魔獣達を解放し、エリクは奴隷の少女を連れて最下層を目指す頃。
研究施設の最下層では上層と中層で発生する騒動が伝わり、研究員達が慌てる様子を見せていた。
「――……第三層で保管されていた魔獣が解放された!?」
「は、はい。更に魔獣や魔物が次々と解放され暴れていると……」
「あそこには危険指定の魔獣が幾つも保管されていたのだぞ!?」
「どこの馬鹿だ、魔獣を解放するなど……!!」
「このままでは基地施設内部で魔獣災害が起こるぞ……!!」
「警備兵は!? 第四兵士師団のザルツヘルムは何をしている!?」
「現在は魔獣の鎮圧を警備兵が対応しておりますが、ザルツヘルム師団長とは連絡が取れないそうで……」
「この一大事に、何をやっているんだッ!!」
研究員達のほとんどがその連絡を受けて憤怒を見せる。
明日には聖人の実験と研究が開始されるにも関わらず、そのような騒動が起きれば最下層に居たとしても無事にやり過ごせる可能性は薄い。
上級魔獣が十数体ほど保管されていた事を知る研究員の脳裏には、それ等が暴れ回る姿を想像して血の気が引く。
例え第四兵士師団が有する兵力と試験用合成魔人を総員しても、事態が収まるかどうか。
それを率いるザルツヘルムと連絡が取れない以上、自分達の身や研究所の安全が保証される確証が無い研究員達が真っ先に思い至ったのは、逃走と避難だった。
「……我々は避難を開始する! このフロアの警備兵を集めて、研究資料と貴重な器具を持ち出すように伝えろ!!」
「は、はい」
「それと、あの女も連れて行くぞ!」
「しょ、所長の許可は?」
「不要だ! こんな騒ぎになっているにも関わらず、奴は自室から出ようともしない! 許可など必要ないだろう!!」
「し、しかし……」
「あの女は貴重な聖人だぞ!? 我々の研究を成功させる為にも、あの女は絶対に連れて行く!!」
「は、はい!」
そう怒鳴る研究員の言葉で、他の研究員達は説得され行動を開始する。
それぞれが各部屋から研究資料と貴重品を持ち出し鞄や台車に入れた箱に詰め込む。
慌しい様子を見せる中で、監禁されていたアリアの部屋にも異変が訪れた。
「……?」
アリアは室内で本を読む中で、天井から吊るされる照明が僅かに揺れているのを確認する。
すぐに本を投げて部屋着から自分の私服へ着替えると、アリアは強化ガラス製の大窓がある居間まで移動した。
「ちょっと、外で何が起こってるの?」
アリアがガラスに向かってそう訊ねるが、返事が聞こえない。
何かが起こっているのを察知したアリアは警戒する中で、突如として室内の換気口から白い煙が噴出し始めた。
「!」
アリアは咄嗟に口を覆うが、瞬く間に室内が白い煙に覆われる。
視界が全て覆われるほどの規模に煙が充満した後、アリアは体の力を失い床へ膝を着き、その場で倒れた。
それから白い煙が室内を満たし続け、数分後に停止する。
床下に設置された吸気口から煙が吸い出され、室内が正常な空気に戻った。
それからガラスの位置から横の部分にある壁が下へ収納され、鉄板の扉が姿を現す。
その扉が開き、三名の警備兵と研究員の一人が室内に入って来た。
「……早くその娘を連れ出せ」
「大丈夫ですか? 起きたりは……」
「さっき室内に放出したのは、巨体の魔獣でも嗅ぎ吸えば十数時間ほど昏睡させる薬を気体化させたものだ。普通の人間が吸い込めば丸二日は眠る。動かしても起きる事は無い。さっさと運べ!」
「は、はい」
研究員の言葉に従い、警備兵が三人掛かりで横たわり眠るアリアを室内から運び出す。
そのまま次の部屋を通過し、台車に乗せられた棺桶上の木箱が用意されている部屋まで辿り着いた。
「さぁ、その中に入れろ。それを引いて第六出入り口から避難する」
「はい」
研究員の指示で一人の警備兵がアリアを開けられた棺桶の中に抱え入れようとした時。
今まで眠っていたアリアが突如として目を開け、警備兵が腰に下げる警棒を右手で抜き取り、腕を掴んでいた警備兵の腹部と顎を強打した。
「ぶっ、グッ……!?」
「なに!?」
一人の警備兵は隙を突かれて倒れ、もう一人の警備兵が咄嗟に押さえ込もうと動く。
それより早くアリアは警棒を投げ捨て警備兵の顔面に当てると隙が生まれ、急接近したアリアが警備兵の下半身を蹴り足で殴打し、顎下を掌底で打ち抜いた。
「ハ、ゥ――……ッ」
「――……パールにやり方を教わってて正解ね」
一気に警備兵を二名も無力化させたアリアは振り返り、研究員と傍に居るもう一人の警備兵を見る。
既に警棒を抜き構える警備兵と、起き上がったアリアを怪訝な表情と視線で見る研究員が話を交えた。
「……どういうことです!? 丸二日は起きないはずじゃ!?」
「そ、そんな馬鹿な! 流石に聖人と言えど、あれだけ吸えば効果があるはず……!!」
「……当たり前よ。吸ってないんだもの」
「!?」
警備兵と研究員の話を遮り、アリアがそう言葉を漏らす。
そして研究員達に手を翳して向けながら、説明を始めた。
「例え蒸気させ気体化した薬品であっても、物質であることに変わりはないわ。だったら、人体に有害となる要素を遮断して呼吸すればいい」
「馬鹿な!? フィルターの付いたマスクも無しにそんな事が……」
「マスクならしてたわよ? 物理障壁をフィルター代わりにして顔全体を覆ってね」
「物理障壁……!? 魔法の!?」
「有害な物質だけを障壁で遮断していたのよ。後は貴方達がこうして私をあの部屋から出して隙が見えるのを待つだけ」
「馬鹿な!? あの部屋は魔力を無くす特別な部屋だぞ!? 何故、どうしてそれで魔法が使える!?」
「さぁね、自分で考えなさいよ。――……『風の鉄槌』」
「グァッ!?」
「ギ、ャ……!!」
アリアは冷たく返答すると同時に魔法を放ち、研究員と警備兵が鉄壁へ突き飛ばして気を失わせた。
そして部屋から出て通路に入ると、遠くから鳴り響くサイレンの音で異常が起きている事を察した。
「何か起こったのは確かみたいね。……今はランヴァルディアを止めないと……」
アリアはそう呟きながら通路を走り出す。
人の気配を感じると偽装魔法で姿を眩まし、人と接触しないように走り続けた。
研究員と伴う警備兵達が荷物を持ち出し何処かに逃げ出す姿を見ながらも、アリアは逃げようとはせずにランヴァルディアを探す。
そしてとある部屋を通過する際、『所長室』と書かれた掛札を目にしたアリアは、偽装魔法を解いて部屋の扉に開けようとするが、鍵が掛かって開けられない。
アリアは火の魔法で施錠されたドアノブ部分を焼き切り、扉を蹴破って部屋へ侵入した。
「ランヴァルディア!!」
乗り込んで呼び掛けるアリアだったが、執務室と思しき室内にランヴァルディアの姿は無い。
その奥にある書斎と思しき部屋にも入るが、ランヴァルディアは見つけられない。
既に他の研究員同様に逃げ出したのではと考えるアリアだったが、それを首を横に振って否定した。
「……私だったら……」
アリアはランヴァルディアの思考を自分に重ねて読み取る。
自分がもし重要な研究資料と研究器材、そして研究に必要な素材を保管するなら何処にするか。
それを考えた時、アリアならば表立った研究室ではなく誰も知らない裏の研究室に運び込むだろう。
そしてその場所を作るなら何処にするか。
誰も訪れない場所に作り、いざという時にすぐに駆け込める場所が理想的だろう。
しかし、空間が限られ共有して行う研究施設内ではそれが難しい。
ならば何処にその場所と入り口を作るのかを考えた時、アリアは壁を囲うように置かれた書斎の本棚に目を向けた。
「……定番ではあるけど、私だったらここに入り口を作る」
アリアは書斎の本棚に手を掛け、次々と本を落としていく。
一面の本が落下し床一面を本に埋め尽くされた後、更にアリアは他の棚の本も掴み落とす。
そうした事を続けていると、アリアの手が突如として止まった。
「あったわ。これね」
アリアが見つけたのは、本棚の奥へ埋め込まれたボタン。
それを押すと同時に微細な振動が室内に起きると、アリアの横側にある本棚から隠し扉が開け放たれた。
「……この奥に、アレがあるのね」
アリアは隠し扉を開けて潜る。
そこには下へ向かう階段があり、アリアは駆けながら下へ降りた。
辿り着いた場所は、大きな空間と共に設置された機械類の数々。
そして広い円形状の空間の中に立つ一人の姿をアリアは見て、向こうも見た。
「――……君なら、ここまで来ると思っていたよ。アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン」
「ランヴァルディア……」
アリアは下へ降りて待ち人と向かい合う。
顔から手先まで白装束で覆っている姿ではあるが、アリアはランヴァルディアと十年ぶりの再会を果たしたのだった。
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