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結社編 二章:神の研究
舞い降りる死神
しおりを挟むグラドと訓練兵達の目の前に、異形の巨人が立ち塞がる。
その正体が傭兵ギルド前マスターだと知ったグラドは、呆然とした感情が突如として沸点へ達した。
「……ザルツヘルム、テメェッ!!」
『彼は我々がやっている事を掴んでしまった。だから処分するしかなかったのだが、元特級傭兵を殺すだけでは勿体無い。数多の細胞移植実験に耐えられる、優秀な実験素体だったよ』
「このド腐れがぁ……!!」
『さぁ、彼と存分に殺し合え。と言っても、君達に抗う術は無いだろうがね』
その会話を皮切りに、巨人が動き出す。
他の合成魔人より動きは遅いが、それでも巨体が進める歩で疲弊した訓練兵達は圧巻させられた。
その途中、動かなかった一体の合成魔人が巨大な足に圧し潰される。
それを意に介さずに歩みを進める巨人の様相に、訓練兵達が再び怯えを漏らす中で、グラドだけは怒りの沸点を抑えて冷静に状況を見据えた。
「お前等、まだ立てる連中は立てない奴等を引き起こせ!!」
「!?」
「見ろ! 向かい側の扉が無理矢理に開けたせいで壊れて閉まらなくなってる!!」
「ほ、ホントだ……」
「あのデカブツをすり抜けてあの扉から出るぞ!」
グラドの提案に訓練兵達は希望を持つが、一部の者達は違う考えをグラドに伝える。
それは可能性として妥当なモノであり、見える希望を打ち砕く考えでもあった。
「だ、だが……。あの扉はあの怪物が出てきた場所だ。出口に繋がってるなんて限らないぞ!?」
「ああ。だがこのままじゃ、全員あのデカブツに踏み潰されて終いだ!」
「し、しかし……」
「あのデカブツの相手は俺がやる! そっちの槍と剣を二本ずつ、俺に寄越しな!」
「グラド!?」
「お前等は先に行け! 他のキメラ共が襲って来るなら前衛が隊列を組んで負傷者を運びながら扉の奥まで後退だ!」
「む、無茶だ! いくらお前でも……」
「俺は傭兵の時に、あのデカブツ以上の魔獣と戦って倒した事だってある!」
「それは傭兵団での話だろ!? お前一人じゃ……」
「つべこべ言うなっての! とにかく起きて走れ!!」
「グラドッ!!」
叫び伝えたグラドが二本の剣を両腰に携えながら両手に槍を持ち、巨人に向かって走り出す。
それを見送るしかない訓練兵達はグラドの指示に従い、負傷者達を起こした。
そして駆けるグラドが巨人の足元に近付くと、それに合わせたように足を上げた巨人がグラドに向けて足を振り下ろす。
「遅いな!」
余裕を持ってグラドは回避すると、巨人の足に一本の槍で斬り払い離れる。
巨人が苦痛を感じて唸り声を上げると、グラドは引きつけながら呟いた。
「動きは遅い。刃が通らないワケじゃねぇ。だったら――……!?」
そう呟き考えていたグラドは、傷付いた巨人の足に注目する。
傷が瞬く間に塞がっていき、十数秒後には血を残しながらも完治していた。
「……再生能力かよ、厄介だな……!」
上級魔獣で時折見られる脅威の再生能力を目にしたグラドは悪態を吐き、壁に寄りながら立ち止まる。
巨人は攻撃してきたグラドに視線を向け、訓練兵達を無視してグラドへ歩きだした。
グラドが囮を演じながら顎先を開けられたままの扉に何度も向け、その合図を受け取った訓練兵達は一気に走り出して扉に向かった。
しかし残っていた四体の合成魔人が扉を塞ぐように阻み、訓練兵達の退路を塞ぐ。
それを見て立ち止まるしかない訓練兵達に、ザルツヘルムの冷酷な言葉が響いた。
『言っただろう。お前達は惨たらしく殺すと』
「クソったれ……!」
『それ以上、扉に近付けば殺す。……そしてグラドが惨めに殺される姿を見た後に、絶望して死ぬといい』
出口に近付けば殺すと言われた以上、訓練兵達も扉を潜り抜ける為に走り出せない。
自然と訓練兵達の大半が視線を向け直したのは、巨人と相対するグラドの姿。
今この場で訓練兵達の希望は、グラドという一人の男に集約していた。
しかし、グラドは掴み掛かる巨人の腕から逃れ、足で踏み潰されないように逃げ回る事しか出来ない。
上手く足元をすり抜けて武器で傷つけるが、巨大な足に出来た小さな傷は瞬く間に治癒し、巨人に致命傷を与えられない。
そしてグラドの持つ一本の槍が折れる。
武器を失うグラドの姿に希望が磨り減っていくのを感じながら、訓練兵達は悲痛の表情で見守るしかない。
それでもグラドはこの状況で打開できる策を探り、ある事に気付き周囲の壁を見て何かを察した。
「……一か八か、か……!」
察したグラドが突如として中央の場まで走り出し、巨人は足を踏み鳴らして追い中央へ近付く。
そして土が残る場所で止まったグラドが巨人に向き直り、ザルツヘルムに対して悪態を叫んだ。
「ハァ……、ハァ……。おい、馬鹿師団長! こんなノロマな奴じゃ、いつまで経っても俺を潰せねぇぞ!!」
『……強がりを。既に限界だと分かるぞ』
「ヘッ。疲れきった俺を巨人に踏み潰させて終いか!」
『その通りだ』
「やっぱ馬鹿で間抜けだよなぁ、テメェはよ!」
『……貴様』
「例えデカくて再生能力を持ってても、俺相手に一発も浴びせられねぇようなのが、戦場で役立つワケが無いねぇ!」
『……』
「俺が戦場の指揮官だったら、こんなデカブツ見た時点で手練の連中に囮を任せて、それを操ってるだろうお前等の陣地に別働部隊を送って襲うぜ! キメラやデカブツに頼るような雑魚のお前等なんて、簡単に殺れるだろうからな!!」
『……』
「俺が言いたい事が分かるか? 馬鹿だから分からないよなぁ? 親切な俺が教えてやるよ! ……コイツ等が戦場に出ても、動きで術者が操ってるのが一発で分かる! その後は、お前等が操ってる場所を特定して襲わせれば終わりだ。そしてその場所も簡単に特定できるぜ。……例えば、そこの壁の中とかな」
『!』
「デカブツの動きで分かったぜ。俺がそこの壁に寄るとコイツは殴ったり蹴ったりせずに、掴みに来るんだぜ! 壁を壊すような攻撃をして来ないってことは、壁の向こう側に何かいるんだろ。例えば、コイツ等を操ってる術者とかよ! それとも、別の何かか?」
『……チッ。それがどうした? 貴様が為す術も無く死ぬ事に、変わりは無い』
「こんな元傭兵上がりの訓練兵に一発で仕組みがバレる戦い方をするなんて、本当にテメェは馬鹿で間抜けだよなぁ!」
グラドは徹底的にザルツヘルムを挑発する。
無言ながらも舌打ちを鳴らしたザルツヘルムの態度でそれが正しいと分かると、グラドは更に煽り立てた。
しかし無言のままのザルツヘルムとは相反し、巨人は右拳を握り構えた。
『死ね』
低く冷酷な声がその場に響くと同時に、巨大な拳がグラドを襲う。
それを見切ったグラドは回避して拳が土を残す鉄板を叩く。
その瞬間、夥しい土の粉塵が周囲に舞い、屈んでいた巨人の目に粉塵が入り込んだ。
「グ、オォ……」
「今だ!」
巨人は反射的に目を閉じて拳を下げながら腰を上げるが、その拳に槍を突き立てたグラドが槍を掴んだまま引き上げられる。
自身の握力と腕力を保ちながら槍の柄を掴んで登り、巨人の腕によし登ったグラドはその場から加速し、巨人の腕から肩によじ登った。
『なんだと!?』
ザルツヘルムはグラドの行動に気付きながらも、巨人の操作が間に合わず防げない。
その間にも肩をよじ登り巨人の髭を左手で掴んだグラドは、腰の剣を右手で引き抜き巨人の喉元に剣を突き刺した。
「グォオッ!?」
「このまま喉を……!!」
返り血を浴びながらも喉の傷を広げようと剣を動かすグラドだが、刃が途中で止まってしまう。
喉に力を入れた巨人が刃の食い込みを阻み、更に再生能力で傷が塞がっていく。
それでもグラドは諦めず、右手の剣を捨てて髭を伝って顔面に登り跳び、左手で最後の剣を抜いて巨人の右目に剣を突き刺した。
「グォオオオ……!!」
「もう一つ!!」
「オォッ!!」
「ッ!?」
目に刺さる剣を引き抜き左目に剣を突き刺そうとするグラドだったが、巨人が大きく顔を振り回したせいで足場にしていた巨人の鼻から引き剥がされる。
そして残る左目でグラドを捉えていた巨人は、宙に浮かぶグラドを右手で掴み取った。
「ぐぁ……!?」
「グォオオオ……」
『やっと掴まえたぞ』
巨大な手に覆い掴まれたグラドは身動きが取れない状態になる。
なんとか巨人の手を抉じ開けようと足掻くが、巨人の握力にグラドの膂力は及ばない。
巨人の右手に力が篭り、グラドの身体を握り締める。
その瞬間に歯を食い縛り耐えていたグラドが、苦痛の声を漏らした。
「ぐ、ぁ……あ、がっ……ぐああああああああぁぁあああッ!!」
『そうだ、苦しめ! そいつの骨を全て砕いて握り潰してしまえ!!』
「あ、あがっ、ぐあああぁ、ぎゃあああああッ!!」
ザルツヘルムの罵詈雑言などグラドに聞こえない。
聞こえるのは自身の骨が砕ける音と口から出る自身の叫び声。
そして全身を襲う痛みと、喉から這い上がる吐血の感覚。
絶叫するグラドに他の訓練兵達は為す術が無く、残る希望が圧死する姿を絶望の表情で見るしかなかった。
そしてグラドが一際大きな絶叫を叫んだ瞬間。
その場を覆っていた鉄板の天井が一瞬で切り裂かれ、その中から小さな影が飛び降りる。
その影が下の状況に気付き、落下しながら手に持つ武器で巨人の右腕を切り裂いた。
「グォ……!?」
『なに!?』
巨人の右手が一瞬にして切断され、グラドを掴んでいた右手が床へ落ちる。
握力を失った巨人の手は開かれ、放り出されたグラドは全身の苦痛と朦朧とした意識の中で、天井から降りて来た人物を見た。
「……お、まぇ……は……?」
「――……なんか楽しそうな事してるね。僕も混ぜてよ!」
そう微笑みながら青い髪を揺らし、大鎌を抱えた少年が巨人を見る。
その場に現れたのは、五等級傭兵にして元闘士部隊第三席。
アリア達から決別し行方を眩ましていたマギルスが、グラドと訓練兵達の窮地の場へと姿を現した。
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