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結社編 二章:神の研究

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「――……そのグラドという男、信用できますかな?」

 グラドと家で飲み交わした次の日。
 兵士養成所での訓練が休日となり、人が疎らに歩む市民街に設けられた公園で、ベンチに腰掛けて背中合わせのまま会話をするのは、偽装魔法が施された魔石を掴んでいるエリクと、変装した老執事だ。
 二人がこうして会っている理由は、グラドに素性を明かした件での話だった。

「信用はしていない。俺やお前達のように、向こうも目的の為に利用しているだけだ」

「なるほど」

「それに、お前達の事は何も話していない。話したのは、皇国軍に潜入をしてアリア達を探しているということだけだ」

「ご配慮を頂けたようで恐縮ですが……」

「分かっている。……あの男グラドが俺の敵なら、始末するだけだ」

 グラドに対する対応の仕方をエリクと老執事は話し、取り決める。
 革新派がグラドという駒を利用してエリクを探り出して目的と行動の背後にいるハルバニカ公爵を暴こうとするのなら、エリクはグラドを始末する。
 内部協力者以上の立場をグラドには期待せず求めない事を老執事は伝え、エリクがそれを承知している事を互いに確認した。

 その話が終わった後、老執事が別の話題を提供した。

「その話に関しては了解しました。……それと昨晩、とある事件が流民街で起こった事を御存知ですか?」

「事件?」

「傭兵ギルドが襲撃されたようです」

「!」

「襲撃は単独犯、しかも子供だったという噂です。傭兵側の使用出入り口から侵入し、職員数名と傭兵ギルド所属の傭兵十数人以上に重傷者が出たそうです。死人は出なかったようですが……」

 その話を聞いた時、エリクの脳裏にマギルスの姿が浮かぶ。
 単独で傭兵ギルドを強襲できる技量を持つ子供など、マギルス以外には考えられない。
 エリクはそう思いながら、老執事の話を聞き続けた。

「その子供は傭兵ギルドで管理している金庫を職員に開けさせ、ある物品を強奪したそうです」 

「物品……?」

「詳しくは分かりませんが、傭兵ギルドの利用者達が預ける金庫から複数の物品を持ち去ったということです」

「!」

 そこまで聞いた時点で、エリクはマギルスに関する情報を思い出す。
 マギルスは奴隷商から奴隷を盗んだという嫌疑を掛けられ、その仲間だったエリク達は関与の疑いを晴らす為にマギルスの捜索に加わる事になった。
 その際、アリアが奴隷誓約書の話を奴隷商と行い、傭兵ギルドへ預けられた事をエリク達は知る。

 今回の傭兵ギルドへの襲撃が、盗み出した奴隷の契約書を狙ったものだとすれば。
 アリアは冤罪だと言っていたが、マギルスが奴隷を盗んだ事実が濃厚となる話でもあった。

「襲撃当時、ギルドマスターのバンデラス氏は不在だったそうですが。……ただ、傭兵ギルド側は今回襲撃されたという情報を伏せています」

「伏せている?」

「傭兵ギルドが襲撃された事を世間に明かさず、皇国軍側にも何かしらの被害報告を行っていないそうです」

「……つまり、どういうことだ?」

「傭兵ギルド側は、襲撃されたという情報自体を無かった事にしている。そういうことです」

「……」

「それには様々な理由も考えられます。……傭兵ギルドは腕利きの傭兵が集う場所。その場所が子供に襲われ全く抵抗できずに金庫から物品を強奪されたなどと世間に知られれば、傭兵ギルドの信頼性と信用性は地に墜ちる。それで明かさないという理由は考えられます」

「……他の理由は?」

「傭兵ギルドは盗まれた物品が何なのかを知られたくない。だから被害を受けた事も報告しない。そういうことでしょう」

「……なるほど」

 老執事が明かす事件の概要は、エリクの思考に新たな謎を与えた。

 傭兵ギルドを襲撃したマギルスの狙い。
 被害を受けたはずの傭兵ギルドの事件隠蔽。
 行方不明になったアリアとケイルの行方。

 それ等の謎が思考を削り、不十分な情報が周囲に起きている出来事の視野を狭くさせている事を自覚したエリクは、それ以上の思考を止めて老執事に聞いた。

「アリアとケイルの行方は、まだ分からないのか?」

「アルトリア様の居場所は絞れました。しかし、皇国軍の管理する施設です。部外者の侵入は容易くできません」

「……そうか」

「ケイルという女性についても捜索中ですが、まだ情報は掴めません。……ただ、アルトリア様の失踪後に、不可解な事件が流民街周辺で幾つか起こっています。傭兵ギルドの襲撃も、その一つでしたが」

「?」

「十数日前。流民街の一画で酒屋を営んでいた男性が死亡しているのが発見されました。首元を刃物で切り裂かれた跡があり、遺体の腐敗状況から発見された数日前には殺されたものと判明しました」

「……」

「その店主は表向きは酒屋を営み、裏では情報屋を営んでいました。何かしら裏事情が絡み、口封じの為に殺された可能性が高いかもしれません」

「……情報屋……」

 情報屋が死んだという話を聞き、エリクの脳裏にケイルが浮かぶ。
 七大聖人シルエスカの情報を得る為にアリアとケイルが向かったのは情報屋の場所。
 もし二人が赴いた情報屋と死んだという情報屋が同じ人物であれば、アリアとケイルの失踪にも絡んでいるのかもしれない。
 しかし、それ以上の情報は分からないエリクは思考を中断し、老執事の話を聞き続けた。

「他にも幾つか小事件が起きていますが、どれも犯人は不明のまま今現在も調査中です。……そういえば、ケイルという女性に関して捜索していた折に、とある情報を得られました」

「ケイルの居場所か?」

「いいえ。我々が得たのは、ケイルという女性の身の上に関する話です」

「……?」

「彼女は数年前まで一等級傭兵のケイティルと名乗っており、十二年ほど前にアズマの国で若干十三歳という若さながら傭兵登録をしています。その際に二等級傭兵として合格していますので、かなり武才に恵まれているのが伺えますね」

「……」

「そして十年前にルクソード皇国へ入国。更に八年前にマシラ共和国へ移り、マシラ共和国の元老院付きの衛士として功績を上げて闘士部隊の第四席へ席を置いている。その後は行方が分からず、一年ほど前にケイルという名で傭兵登録をし直しています」

「……それがどうしたんだ?」

「マシラ共和国に衛士として雇われた際。彼女はとある元老院の男性の推薦で衛士に選ばれました。そして、その推薦者が不可解なのです」

「?」

「彼はとある組織に通じる人物と噂され五年前には元老院を追われる形で隠居し、三年前に病死として処理されています。その人物が関わりを持っていた組織の事を考えれば、ケイルという女性の正体が自ずと見えてきます」

「……ケイルの正体だと?」

「彼女はとある組織の構成員として雇われ、各国で活動を続けてきた可能性が高い。……我々はその組織を、【結社】と呼んでいます」

「!?」

 【結社】という組織名を聞いた時、エリクは驚きで思わず拳を握る。
 アリアが自分達に注意を向けるよう告げた組織の名と、ケイルが所属しているとされる組織の名が一緒だった事が、エリクに少ない衝撃を与えていた。
 その衝撃の理由を、老執事自身が話し始める。

「仮にケイルという女性が【結社】と通じる者であり、アルトリア様の攫われる際にも同行していたのなら。第二皇子と皇国軍が結社と秘密裏に繋がり、実験の為にアルトリア様を必要とした時。ケイルという女性がアルトリア様の誘拐の手引きを――……」

「違う」

「!」

「ケイルは、そんな事をしない」

 老執事の推理をエリクは否定する。
 ケイルが【結社】の一員であり、更にアリアの誘拐を手助けしていた事などエリクは信じない。
 推論を中断した老執事はそれ以上の追及はせず、その場で話を切り上げた。

「……それでは、私はこれで。また何かしらの情報が入り次第、お伝えさせて頂きます」

「……」

 老執事が腰掛けたベンチから離れる中、エリクは拳を握りながら険しい表情を浮かばせる。

 ケイルが裏切り、アリアの誘拐を手助けしたのだとしたら。
 その可能性が浮かぶ度に否定し、エリクも立ち上がって老執事が立ち去る別方向へ歩みを進めた。
 そのまま借家へ帰り、エリクは寝室の床に腰掛けて大剣を抱えながら眠る。

 仲間として信頼していたケイルがアリアと自分を裏切っているかもしれないという情報は、思った以上にエリクの思考を困惑させていた。
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