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結社編 二章:神の研究

皇国軍入隊試験

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 市民街にある皇国軍の兵士養成所へ来たエリクは、入隊試験を受け軍部に潜入する為に動き出す。

 老執事と共に養成所の中を歩くエリクは、野外に置かれた訓練場に案内される。
 そこにはエリクの他にも大勢の男達が集まり、何かを待っている様子が見える。
 それを見ながら老執事がエリクにだけ聞こえる声量で説明を始めた。

「念の為にもう一度、説明させて頂きます。今回、エリク様はこの皇国軍兵士入隊試験を受けて合格し、兵士として軍部に潜入して頂きます。無論、身分証などはこちらで偽造した物を用意済みです」

「ああ」

「大旦那様の推測では、皇国軍部は優秀な実験素体モルモットを欲しがっている。数年前から兵士達が魔物や魔獣との戦闘で死亡もしくは失踪したとして書類上では扱われています。そしてその度に、研究機関は何等かの成果報告を皇国軍部を通じて報告しているそうです」

「……」

「そして近々、その実験が最終的な完成を見せるという噂もあります。彼等はその実験の為に、更なる実験素体モルモットを必要とする可能性が高い」

「……そのモルモットとやらに俺が選ばれればいい。そういう事でいいんだな?」

「はい。大旦那様の要望としては、実力を披露し目立って頂けるほど実験素体モルモットとして選ばれる可能性は高いかと」

「その為に、わざわざ試験を受けさせるのか」

「はい。偶然ですが、今日が入隊試験日だったのは幸いでした。もう少し遅ければエリク様を試験に捻じ込む事も不可能だったでしょう。……大旦那様も仰っていましたよ。良き時に偶然の出会いを果たせたと」

「……そうか」

 そう述べる老執事と話を終えたエリクは、男達が集まる場所で自ら歩みを進める。
 老執事は軽く御辞儀をして見送り、入り口へと戻って行った。

 エリクが混ざるその場には、厳つい表情と体格の男達もいれば、身体が細く鍛えていない者達も見える。
 恐らく鍛えた見た目をしている者達は元傭兵で、鍛えた様子の無い者達は市民からの志願者達だとエリクは察した。

 そして十数分後。
 集まった男達の前に、武装が整えられた兵士と騎士風の男が姿を見せた。
 広い訓練場にある壇上台に上がった騎士風の男は、声を張り上げて集まった者達に呼び掛ける。

「これより、ルクソード皇国軍入隊試験を始める! 今回の試験で審査役を務めるのは私、皇国軍第四兵士師団長ザルツヘルムである!」

 壇上に上がったザルツヘルムは簡潔に自己紹介を行い、入隊試験の説明に切り替わる。
 入隊試験の方法は主に三つ。

 一つ目の試験は、座学試験。
 識字能力と計算能力を確認し、個々人の知能能力を測る。
 二つ目の試験は、身体能力試験。
 用意された器具や種目競技で、個々人の身体能力を測る。
 三つ目の試験は、実技試験。
 実戦を想定した模擬戦闘を行い、個々人の実戦対応能力を測る。

 主にこの三つの試験を行い、それを点数で採点して合格者を決める。
 一つの試験で百点満点での採点が施され、三つで三百点満点。
 そして合格点数は百五十点まで必要だと説明される。

 その説明を聞いて、エリクは鍛えた様子の無い者達も兵士の試験を受けているのかを察した。
 要は座学で百点近くを取れば、残り五十点近くを二つの試験で稼ぐ事で試験に合格できる。
 その逆も然りで、身体能力と実技能力で百五十点を稼げれば、座学で少ない点数を受けても合格に当たれる。
 そうした思惑と勝算を持ちながら各々の受験者達が参加しているのだと、エリクは理解した。

「それではまずは、座学を開始する! その前に番号札を配る。各受験者達は兵士達に書類を渡し、番号札を受け取れ! それが君達の受験番号となる!」

 ザルツヘルムの言葉と同時に、兵士達が動いて受験者達に木の番号札を配る。
 全員で百人近く集まった受験者達の中で、エリクが受け取った番号札は七十七番という数字だった。

「それぞれ番号札は受け取ったな。ならまず、番号が早い者は第一座学試験部屋に案内する。一番から三十番までの者達はこちらの兵士の誘導に従い付いて行け。各個人の荷物はこちらで用意した部屋に預ける。筆記用具はこちらで用意しているので、安心して構わない。……次は三十一番から六十番の者達は――……」

 そうして三十人からなる者達がそれぞれの部屋に案内され、座学の試験を受ける。
 エリクも移動し座学試験へ参加し、大部屋で机に向かいながら試験用紙に書かれた問題を解いていく。

 エリクは自分でも驚くほど、試験問題を解けた自信がある。
 それはアリアに教えられた事が役立っていた。
 識字に関しても帝国語を習っていたおかげで同じ文字である皇国語も問題無い。
 数字の計算もアリアから習った範囲で解けた為、エリクは初めてアリアに習った勉強が身を結ぶ瞬間を自分自身で理解することが出来た。

 座学試験開始から一時間後。

 大部屋からそれぞれ受験者が出て来て、様々な表情を見せる光景をエリクは目にする。
 この試験に関してだけ言えば、荒っぽい姿に見える傭兵達は自信の無い様子を見せ、市民の受験者達は自信満々の様子を見せていた。
 そして訓練場へ戻って来た際、ザルツヘルムから次の試験開始が告げられる。

「次は身体能力試験を開始する! 各々、動き易い服装へ着替えて存分に身体を動かせ! 着替え終わり準備が出来た者から測定を開始する!」

 そう呼び掛けられた後、身体能力試験が開始される。
 それぞれがストレッチをしながら準備運動を行った後、兵士達の監修の下で能力測定が行われた。

 始めは視力確認から始まり、器具を用いた握力確認。
 更にダンベル形状の重量上げで何キロまで持ち上げられるかを確認し、高い位置に板を置いて跳んで手を板に付けどれ程まで跳べるかを確認する。
 最後に訓練場の横幅を大きく使い、四百メートルの敷地で走力と速力を確認する。
 その試験は複数の受験者と共に走る事となったが、エリクの順番が来た時に審査を務める兵士やザルツヘルムや同じ受験者達が驚きの視線を向けた。

「……速い過ぎる。記録は?」

「凡そ、三十秒です」

「三十……!?」

「新記録どころの騒ぎじゃないぞ……。何者だ、あの男……?」

 同受験者達を置き去りにしたエリクは、誰よりも速く走り終わる。
 監修する兵士が手持ちの針時計で確認して記録し、周囲の受験者達はエリクに注目した。

 他にも、エリクは驚異的な記録を見せている。
 重量上げでは最大百五十キロを片手で持ち上げ、垂直跳び記録では七メートル、走幅跳では十五メートル以上の跳躍記録を残した。
 更に握力測定に至っては、計器の針を振り切り測定不能の数値。
 審査役である皇国軍兵士団と受験者達は、エリクのずば抜けた能力を認識した。
 それでもエリクは素の身体能力のみしか使わず、魔人として身に付けた技術を使っていない。

 そして二時間程で身体能力試験が終わり、配給された昼食を摂った後に三つ目の試験が開始される。

「最後に、実技試験を開始する! 実技試験は身体能力試験の記録を鑑みて、記録の合う受験者同士での模擬戦となる。それぞれに四つの試合を同時に進めてるトーナメント形式だが、負けた者も評価される部分が見受けられれば点数は与えられる。全員に急所を守る防具を与えるので、合うサイズの物を着用して好きな武器を取るように。負傷してもこちらで用意した回復魔法の使い手が癒すが、審査する兵士の指示を無視して故意に対戦者を痛め付ける行為がある確認された場合、その者は採点に関わらず失格とする!」

 ザルツヘルムが試験方法を説明し、四人の兵士達が訓練場の四隅に移動して番号札の番号を呼んでいく。
 その四隅には模擬戦用の武具が集められており、受験者達は自分に合う防具を選ぶ。
 しかしエリクは武器や防具を選ばず、素手のまま模擬戦を行うと兵士に伝えて認められる。
 エリクが呼ばれた場所には体格の良く優秀な記録を残す者達が集められていたが、それでも一つ飛び抜けた記録を残すエリクに受験者全員が注目し、敵意にも似た対抗心で見られていた。

 その中で審査役を務める兵士が赴き、試験開始を告げる。

「武具は選んだな。それでは、君達に模擬戦を開始してもらう。番号を呼ばれるので、その者達は試合うように」

 そう告げた兵士は受験番号を呼び、呼ばれた受験者の二人を円形状の柵枠で囲った場所へ誘う。
 丁度その時、師団長であるザルツヘルムがエリクの傍に近寄って話し掛けた。

「受験番号七十七番、エリオ君だったな」

「……ああ」

「君の記録は目を見張るモノがある。そして一目で見れば、君が多くの戦闘経験をしているのは私を含んだ兵士達は分かる。君の実技試験はかなり遅めになるだろう事を、前もって許してほしい」

「そうなのか?」

「君と早々に当たれば、他の受験者達の実技能力を確認出来ないまま終わるかもしれないからな。全員の実力が確認出来た後に勝ち上がった者達と当たる事になるだろう。所謂、シード枠ということだ」

「そうか」

 興味も反応も薄いエリクの態度に、ザルツヘルムは不思議そうな表情を浮かべる。
 そして浮かんだ疑問をエリクに投げ掛けた。

「あまり興味が無さそうだな。君は兵士となり、何を成したいと思っている?」

「……俺は、俺の目的の為にこの試験を受けに来た。それだけだ」

「差し支えなければ、その目的を教えてくれないか?」

「秘密だ」

「秘密……。ふっ、秘密か。嘘や誤魔化しではなく、秘密と言うのか?」

「何かおかしいか?」

「おかしいさ。だが……、いや。これ以上の詮索は止めておこう」

「……?」

 ザルツヘルムはそう話した後、それぞれの試験の場へ赴き様子を見ていく。
 含みのある言い方をされながらも、エリクは試験へ意識を戻した。

「それでは次に、七十七番と九十二番!」

 その場の全員が模擬試合を終えた後に、エリクの試験が開始される。
 試合相手は、エリクよりやや小柄ながらも見た目の年齢はエリクと近く見える木製の斧槍を持った大柄の元傭兵だった。
 その九十二番と呼ばれた傭兵と向かい合った時、エリクに話し掛けて来た。

「……随分と良い記録出してるみたいじゃねぇか」

「ん?」

「だがどんだけ身体能力が高かろうが、実戦でそれを発揮出来なきゃ意味が無い。どんな馬鹿力や脚力を持ってたって、それが使いこなせなきゃ、ただのデカい的だぜ」

「ああ、そうだな」

「……ハハッ。お前を煽ってんだぜ、俺はよ?」

「そうなのか?」

「呑気な野郎だな。……まぁいいや。お前に手加減はしなくて良さそうだから、思いっきりやらせてもらうぜ」

 九十二番の男は斧槍を構え、先ほどの煽りを向けた表情とは違った気配と表情を纏う。
 それを見た瞬間、エリクも腰を落とし構えた。

 エリクは表情と気配を変えた相手の男を見て察する。
 目の前の男は、戦い慣れた同業者ようへいだということを。
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