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結社編 一章:ルクソード皇国

思考する黒獣

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 現状の皇国に関する情報と七大聖人シルエスカとの接触を求め、夜の皇都に出たアリアとケイルが戻らない。
 朝まで待ち、マシラと似た状況となった事にエリクは後悔していた。

「……」

 それでもエリクはアリアの言葉を信じ、昼前まで二人が戻るのを宿で待っていた。
 しかし昼を越えても戻る様子は無く、瞳を閉じて待っていたエリクは宿を出る。
 その表情は険しく、纏う雰囲気は周囲を通る者達に僅かな怯えさえ与えたが、その険しさとは裏腹にエリクは息を吐き出しながら冷静に思考していた。

「……考えろ。俺は何をすればいい……」
 
 マシラを出た後に交えたアリアとの約束を、エリクは思い出す。
 冷静になり事態を読み切り、自分が何をすべきかを模索する。
 でなければマシラの時と同じ事が起こる。
 冷静に状況を見据えたエリクは、今回の事態でアリアが訝しんでいた相手を思い出す。

 傭兵ギルドマスター、バンデラス。

 アリアとケイルの失踪にバンデラスの存在が関わっているのではと考えたエリクは、傭兵ギルドに足を運んでいた。
 傭兵側の入り口から入ると、エリクの存在に他の傭兵達が気付く。
 更に殺気立ったエリクの凄まじい気配と表情を察知し、勘のいい傭兵達はエリクから離れるように移動した。

 受付にはこの前と同じ男が立ち、殺気を放ち向かうエリクに気付き身を竦ませる。
 奥へ逃げようとする受付の男に、エリクは歩きながら呼び止めた。

「待て」

「ヒ……ッ」

「ギルドのマスターは、何処だ?」

「し、知らない……。昨日の夜には帰って、今日はまだギルドに顔は出してない……」

「奴が行きそうな場所を、知っているか?」

「し、知らない! 俺は、何も知らない……!」

「奴が寝泊りしている場所は?」

「そ、それも知らない! ギルマスはいつもどっかの宿で女を連れ込んでいて、家は持ってない……!」

「……そうか」

 低い声と影を落とした顔で尋ねるエリクに、受付の男は怯えながら答える。
 以前に姿を見せた時と別人にさえ思えるエリクの豹変に、受付の男も周囲の傭兵達も生唾を飲み込んだ。

 今のエリクに迂闊な事を言い触れれば、瞬く間も無く殺される。
 傭兵として幾多の経験と勘を積み重ねた者達が、目の前のエリクに関わってはいけないと察する。
 そんな周囲の様子を気付いているのかいないのか、バンデラスの気配と魔力を傭兵ギルド内から感じず、目の前の受付が嘘を言っていないとエリクは判断した。

「……奴が来たら、伝えておけ」

「な、何を……?」

「今日中に俺の前に姿を見せろと。……でなければ……」

「……ッ」

 殺気を含んだエリクの黒い瞳が、傭兵ギルドの中を見渡す。
 それ以上は何も言わず、エリクは傭兵ギルドから出て行った。
 受付の男は身体中を震わせ受付机の後ろで密かに漏らし、傭兵ギルドに居た傭兵達は過ぎ去った猛獣がいなくなった事に戦慄しながらも安堵した。

 一部の傭兵達は知っていた。
 マシラ共和国で名高い魔人ゴズヴァールとその配下を相手に大暴れをし、一日で闘士部隊を崩壊させた大男の話を。
 そして、王級魔獣さえ意に介さない魔人ゴズヴァールと互角に渡り合った、相棒の女魔法師の話を。

 以前にエリク達が訪れた時、傭兵達は噂の二人と目の前に現れた新参者達を同一視していなかった。
 しかし今のエリクを見た事で、傭兵達はエリクが噂の大男だと気付き察する。
 ギルマスであるバンデラスがエリクの怒りに触れた事を察し、幾人かの傭兵達は皇都から出る決心さえ抱く。
 バンデラスの実力を知る者達でさえ、目の前を過ぎ去った怪物の方が恐ろしいと感じ、すぐさま荷を整えて皇都から出て行く動きを開始した。

 一方で、傭兵ギルドに威圧を加えて様子を探ったエリクは、皇都内を歩きアリアとケイルを探す。
 聞き込みをするが手掛かりは見つけられずバンデラスの行方も不明のまま、時間を無駄に費やすエリクの焦りは色濃くなる。

「……考えろ。考えろ……」

 エリクは呟きながら思考する。
 二人が居ない今、事態にどう対応すべきかを必死に考える。
 マシラの時のように暴れただけでは今回は解決することは出来ない。
 何より、今回はアリアとケイルの居場所さえ掴めないからこそ、暴れることさえ不毛だと自身に言い聞かせる。

 そう考えながら中央広場へ立ち寄った時、とある物を目にした。

「……地図……?」

 皇都内の地図が表示された案内板を見て、エリクは大きく三つに区切られた場所名を見る。

 旅人や商人などが過ごす『流民街』。
 皇都に住む者達が集まる『市民街』。
 皇国貴族とその関係者のみが出入りを許される『貴族街』。

 この三つの場所名を見た時、皇都に来たばかりのエリクがアリアに聞いた話を思い出した。

『アリア、この街に来たことがあるのか?』

『子供の頃に一度だけ。旅行者や外来商人と一緒に市民が往来出来る流民街と、市民の家が多く建ってる市民街。そして貴族以外は立ち入っちゃいけない貴族街もあるの。私達が今いるのは流民街よ』

『そうなのか』

『一応、皇都にはガルミッシュ帝国皇族用の館もあるから、貴族街には絶対に近寄らないわよ』

『バレるからか?』

『そうよ、だから私の髪は偽装してるの。帝国から皇国に要請して私が来たら送り返すように言われてる可能性もあるから、念の為ね』

『この街に居るのは、危険じゃないか?』

『大丈夫。流民街に入る貴族達は滅多に居ないし、そもそも私が来たのは七歳前後の時だから、私の事を知ってても髪さえ偽装してれば一目では分からないわよ』

『そうか』

 この会話を思い出し、自分達が居る場所を『流民街』だとエリクだと自覚する。
 他に探していない場所があるとすれば、『市民街』と『貴族街』。
 即断したエリクは地図を見て二つの地点を記憶し、街を隔てている壁門まで移動した。

 大きく構えた門の前に皇国兵が立ち、十数人が出入りを繰り返す光景が見える。
 遠巻きからそれを見ていたエリクは、門を通る人々が皇国兵に何かを見せて通行を許されているのに気付いた。
 そこでエリクは、通行を終えた背の低い老人に話を聞いた。

「すまない。聞きたい事がある」

「おぉ? デッカイねぇ、お若いの。なんだい?」

「あの門を通るには、何か必要なのか?」

「ああ。ほら、この証紋だよ」

 老人が親切に見せたのは鎖のペンダントに加工され魔石が取り付けられた物だった。

「それは?」

「お若いの、この国は初めてかい?」

「ああ」

魔石これに刻まれとるしるしで、入れる区画が決まっておる。これを門兵に見せれば、決められた区画に自由に出入り出来るんじゃよ」

「そうか。それは何処で手に入るんだ?」

「残念じゃが、これは儂等のように皇都に住む者だけしか与えられない物でな。外から来た者が手に入れるには、皇都ここへの移住手続きをしなければ無理じゃろう。かと言って、この紋は正しき持ち主にのみ反応して光るようになっとる。盗んで使おうとしても、魔石が光らず本当の持ち主では無いとすぐ分かる」

「……そうか」

 老人に話を聞いたエリクは市民街へ渡る為に必要な物を知り、自分では入れないことも知る。
 門に顔を向け、五十メートル以上はあるだろう壁をよじ登り突破するか、深夜に門兵を襲い通過するか考えていた時、今度は老人から尋ねた。

「お若いの。もしや、この門の先に行きたいのかい?」

「……ああ」

「ふむ。なら、ちと儂の手伝いをしてくれんかい?」

「手伝い?」

「儂は流民街で買い付けた品物を受け取りに来たんじゃが、この通りの老いぼれよ。だからお前さんが荷物運びを手伝ってくれんかね?」

「……手伝えば、門の先に入れるのか?」

「儂の手伝いとして雇ったと言えば、門兵も儂の家までの通行許可証を渡して通してくれよう。お若いの。お前さん、見た目からして傭兵じゃろ?」

「ああ」

「傭兵を個人的に雇う分には問題は無かろう。報酬は、この先へ通行できることじゃな。……どうするかね? 儂の荷物運びを手伝ってくれるかね?」

「……」

 エリクは老人の提案に悩む。
 しかし壁門を潜り抜ける手段が強行突破しか無く、この場で最善と思える提案をエリクは飲んだ。
 そしてエリクなりに、目の前の老人の事が気掛かりだった。

「……分かった。お前に雇われる。荷物を家に届けたら、依頼は終わりでいいか?」

「それで構わんよ。十分に助かるわい。では行こうか。お若いの」

「ああ」 

 エリクはアリア達を見つける為に、市民街へ入る手段として老人の依頼を受けた。
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