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結社編 一章:ルクソード皇国

証拠提出

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 奴隷を盗み皇都で行方を眩ませたマギルス。
 そして共犯の嫌疑を掛けられたアリア達は、傭兵ギルドマスターであるバンデラスと共に流民街にある奴隷商店へ向かっていた。
 アリア達の後ろには皇国兵が数人控え、常に監視している。

「……どうしてこうなるのよ」

「理由、言っていいのかよ?」

「……言わなくていいわよ」

 アリアは今の状況に陥った事を愚痴るが、ケイルの一言で受け流される。
 そして同行するバンデラスが後ろから話し掛けた。

「もう一度だけ聞いておくけどよ。本当にマギルスの行方に心当たりは?」 

「無いわ。どこに潜んでるかも分からない。私達はあのバカと別れて皇都に戻って来たのは昨日のことよ。……マギルスの行方を捜すなら、私達に聞くより魔人同士で魔力を感知して居場所を探れるんじゃないの?」

「残念ながら、俺は魔力感知が苦手でね。それにあの小僧、身体から漏れる魔力を極最小まで絞っていただろ? あちこちにある魔道具から発せられる魔力と相まって、何処にいるかも分からん。お宅の男は?」

「エリクも感知は極めてないわ」

「そうかい。じゃあ、地道に探すしかない。少なくとも小僧が犯人ではなく、お宅等も共犯ではないと主張する限りは、確認に協力してもらうぜ。従わない場合は、後ろの皇国兵がお前達を御世話するとさ」

「……ッ」

 マギルスの捜索に従わない場合、皇国兵に拘束される。
 その脅し文句で仕方なくアリア達は同行を余儀なくされた。

「ところで、斑蛇の討伐の方は上手くいったかい?」

「もう居なかったわ。餌場を移したみたいね」

「本当かい? 実はもう倒しちまってるんじゃないか?」

「嘘を吐いて、私達に得がある?」

「無いねぇ。まぁ、信じておこうか」

「そっちこそ、皇国兵に伝えたのよね?」

「ああ、勿論だ。すぐに悪い蛇は倒されるさ」

 不意にバンデラスがする質問に、アリアは動揺せず即答で返す。
 合成魔獣キマイラに関する情報をバンデラスは知らないのか、あるいは知りながら試しているのかを図りながら、アリアとエリクは注意深くバンデラスに警戒していた。

 そのバンデラスの次なる興味と話題は、ケイルに向けられた。

「ところで、そっちのケイルだったか。それとも、ケイティルと呼んだ方がいいかい?」

「好きに呼べよ」

「二十歳前で一等級傭兵まで上り詰めた後に、マシラの元老院に取り入り衛兵から序列闘士に抜擢。それからしばらく音信不通で傭兵登録を停止されたかと思えば別名で再登録後、今はコイツ等と仲間か。随分と波乱万丈な経歴だ」

「……」

「お宅には興味がある。どうだい? 今晩あたり。静かで落ち着ける良い酒場を知ってるぜ」

「こっちは興味ねぇよ」

「はっはっ。まぁ、気が変わったら言ってくれ。夜の予定は、いつでも空けておくからさ」

 口説きながら前を歩き始めるバンデラスをケイルは強く睨む。
 そして隣を歩くアリアが小声でケイルに話し掛けた。

「嫌な男ね。ケイルにはエリクがいるのに」

「殴るぞ?」

「それより、どう思う?」

「どれの話だよ」

「マギルスが奴隷を盗んだって話。正直、信じられないんだけど」

「さぁな。どっかの誰かが突き放したせいで、一人が寂しくて盗んだんじゃねぇか?」

「それこそ冗談でしょ。アイツがそんな人間らしい感性してると思う?」

「……どうだろうな。マギルスも、単なる子供なのかもしれないぜ」

「え?」

「さぁ、着いたぜ。ここが件の奴隷商店だ」

 ケイルの意味深な言葉はバンデラスの言葉で遮られ、アリア達は奴隷を盗まれたという商店へ辿り着いた。
 それなりに大きな建物内に看板が立てかけられ、そこには奴隷を売買することを国から認められた印可も押されている。
 バンデラスはその店を見ながら詳細を話した。

「この店は犯罪奴隷は商ってない。主に借金をして自力で返済できない奴隷や、孤児なんかを教育して仕事を斡旋している店だ」

「そう。それで、盗まれたという奴隷の情報は?」

「待てって。それを今から店主に聞くのさ」

「今から聞くって、アンタは知らないの?」

「俺は五日前に休暇をとって、可愛い子ちゃん達とお楽しみ中だったんでね。ギルドにいなくて、今日の朝に聞いたばっかだ」

 軽い調子で話すバンデラスにアリア達は訝しげな表情を浮かべる。
 掴みきれない性格ながらもバンデラスが警戒に値する相手だとアリアとエリクは認識していた。
 警戒されていることに気付きながら不敵の笑みを浮かべるバンデラスは、店の扉を開けて中に入る。
 アリア達にそれに同行して店の中に入った。

 奴隷商と言えば、檻の中で奴隷を住まわせ売買するイメージが強い。
 実際に犯罪奴隷を扱っている奴隷商店はそういう店構えが多数派だろう。

 しかし皇都の流民街に置かれた奴隷商店は、普通の部屋に奴隷を住まわせ管理していた。
 無論、奴隷用の首と手足に枷を嵌められてはいるが、枷の厚さも薄く日常生活に違和感は薄く支障無い。
 しかし契約した奴隷が逃げた場合、奴隷の売買権利を有する奴隷商は刻んだ枷の奴隷紋に働き掛け、逃げた奴隷に精神的にも肉体的にも苦痛を与える事が出来る。
 逆に奴隷を逃がし死亡させる事態となった場合、商人の奴隷管理が不十分だとして国から売買権利を剥奪され裁かれる場合もある為、奴隷商は奴隷の管理に全力を注ぐ。
 
 借金奴隷が解放される条件は、売買後に雇用された先で一定期間働き、雇い主から給金を貰い一定の金銭を得た後に解放される。
 更に何かしらの働きで貢献を強くした場合、雇い主から特別報酬が奴隷商に支払われ、借金奴隷の返済金額が軽減され、解放が早くなる場合もある。
 遺棄された孤児を奴隷にする場合も、教育に施した費用を返済できるだけの労働期間と返済額を依頼主から得れば奴隷から解放され、その返済金額でその国の市民権を得られる。
 奴隷から解放された後でも、雇い主の下で働き続ける者達も少なくない。

 皇都にある奴隷商はそうした借金奴隷達を商い、各職に労働力を貸し与え提供する店となっていた。

「――……まったく、困ったもんですわ」

 その店主であるハゲ頭の奴隷商が、大きな溜息を吐き出して愚痴を漏らす。
 奴隷が一人で逃げ出したのならともかく、奴隷を逃がす手引きをした相手がいたのだ。
 その関係者達を目の前にして苦言を漏らす奴隷商に、アリア達は特に反論もせず聞いていた。

「あの子は買い手がついてたんですわ。それなのに逃げられたんじゃ、売買契約に反します。下手すればこっちが契約違反で奴隷墜ちですわ。損害費は、傭兵ギルドできっちり払って貰いますで?」

「まぁまぁ、店長。とりあえず、その盗まれたっていう奴隷の部屋に案内してくれ」

「ええ、こっちですわ。まったく……」

 文句を言い続ける奴隷商に対応するバンデラスの提案で、盗まれた奴隷の部屋に一行は訪れる。
 三階にあるその部屋は他の部屋と同じ間取りで作られていたが、一つだけ違った部分がある。
 他の部屋の窓には何も無いが、その部屋の窓の外には高く生えた木々が近くに生えていた。

 各部屋の窓には丈夫な鉄柵で囲われていたが、それが見事に切断され抉じ開けられ窓が破壊されている。
 それを見たアリア達は、確かに人間では不可能な芸当だと思った。
 そんな一行を無視するように、バンデラスは奴隷商と話を続けた。

「この部屋が、件の奴隷の部屋かい?」

「そうですわ。まったく。こんな事されて逃げられたんじゃ、堪ったもんじゃありませんで!」

「どれどれ。……こりゃあ、見事な切り口だ。削り取ったんじゃなく、刃物で一閃して切った感じだな。確かにこれは、普通の人間技じゃない」

 バンデラスが鉄柵の切り口を検分する。
 常人離れした力で切り裂かれ、人が抜け出せる分だけ抉じ開けられた鉄柵は歪み、柵の一部が強く握り締められた後もある。
 その握り締めた部分の手の大きさを自身の手と比べたバンデラスは納得しながら、アリア達に意見を聞いた。

「この握り、確かに子供の手だ。俺の手より遥かに小さいぜ。そっちはどう思う?」

「……さぁ、どうとも言えないわ」

「お宅のとこに居たマギルスだったら、これくらい出来たんじゃねぇか?」

「……まぁ、出来るでしょうね。でも、これをマギルスがやったと判断する理由にはならないわ」

「確かにそうだ。んじゃ、これの出番だな」

「?」

 バンデラスは懐から白い粉の詰まった小瓶と、綿毛の付いた小さな棒を取り出す。
 その白い粉を綿毛に振りかけると、握られた部分に綿毛を軽く押し当て払いながら粉を塗していく。
 すると粉の当たった部分が白から赤へ変色すると、バンデラスは説明しながら作業を続けた。

「これは皇国が開発した代物でな。人の肌から出る汗やら垢に反応して、こうして粉が変色するんだ。で、こうやって塗していくと……」

「……!」

「ほれ。握り部分でも指で掴んだとこだけが赤色になったろ? この部分を握った奴は、指貫の手袋がグローブを付けて触ったってことだ。……あのマギルスってガキも、指貫の手袋をしていたな?」

「……」

「ちなみに、これで指紋も採取できるんだ。この部分の指紋と、傭兵認識票の更新時に傭兵ギルドで採取してる指紋を比べられる」

「!」

「どうやって傭兵認識票を提出する奴が本人か確認出来てるか不思議だったろ? 傭兵ギルドだって馬鹿じゃないんだ。ちゃんと偽者防止対策はしてるんだぜ。……で、これがマギルスの指紋と一致したら、今回は完全に黒だってことだ」

「……ッ」

 バンデラスの話にアリアの表情が険しくなる。
 今回の事件に自分達が無関係だと思わせたかったアリアは、指紋の採取という厄介な方法で追い詰められる。

 もしマギルス本人の指紋と一致すれば。
 それは仲間だと認識されている自分達にも少なからず責任問題が発生することになる。
 既に仲間では無いと言い張っても、責任逃れをしているだけだと揶揄されるだろう。

 それが分かるからこそアリアの表情は険しく、バンデラスは更に紙を取り出して指紋部分に当てると、指紋の採取に成功して不敵の笑みを浮かべていた。
  
「とりあえず店長。今日は指紋の確認をさせて、こっちで登録してる傭兵か確認させてもらうさ。もし傭兵の仕業だと分かったら、ちゃんと賠償を払おう。あと、その奴隷の奪還の依頼も無料でさせてもらおう」

「頼みますよ。買い手の付いた奴隷を盗まれたなどと、買い手に申し開きもできませんからな」

「ああ、分かってるさ。さて、アリア嬢。そしてケイル、エリク。傭兵ギルドに来てもらおうか?」

「……分かってるわよ。指紋の確認すればいいんでしょ。すれば」

「聞き分けの良い子は大好きだぜ」

 不敵に笑うバンデラスは奴隷商の店から出て傭兵ギルドへ向かう。
 それにアリア達も同行し、傭兵ギルドへと向かった。

 今回は依頼人側が入る入り口から入り、三人は受付の奥にある実務処理の場へ赴く。
 そこで傭兵認識票の記録と共に補完されている指紋の付いた紙を職員が渡すと、バンデラスはアリア達に二つの紙を渡した。

「こっちが、傭兵ギルドで採取していたマギルスの指紋。んで、こっちが鉄柵を握り広げた手の指紋。……さぁ、存分に確認してくれ」

「……」

「どうだい?」

「……同じよ。マギルスの指紋と、一致するわ」

「そうか。じゃあ決まりだな」

 マギルスが今回の事件を引き起こした張本人だと判明し、バンデラスは余裕の表情を浮かべ、相反してアリア達は厳しい表情を向ける。
 こうしてアリア達は、マギルスの捜索と連れ出した奴隷の奪還を余儀なくされた。 
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