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結社編 一章:ルクソード皇国

身の丈に合うもの

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 ルクソード皇国の皇都で冬を越える為に滞在する一行は、無事に一日目を終えて二日目を迎える。
 朝食を食堂で済ませた一行は女性陣の部屋に集合し、アリアから行動の提案が成された。

「それじゃあ、今日は服を買いに行くわよ」

「服か?」

「エリクの服は戦いでボロボロだし、マギルスなんてボロボロな上に闘士の服のままよ。他の服も破れたり薄くなったりし始めてきて、私の裁縫じゃ補修も難しくなってる。今日は皆の服を買って、皇国内で不自然じゃない身形にするのよ」

「不自然?」

「街の人達の服装を見たでしょ? 旅で着てた分厚くて不格好な服はこの街では少し浮いちゃうのよ。だから冬の間は不自然では無い程度の格好になってもらわないと、変に目立っちゃうでしょ?」

「そうなのか」

「それにエリクは一回、散髪屋に行きましょうか」

「さんぱつや?」

「お金を払って男の人が髪を切る場所のこと。マシラを出てから切る機会も無かったから、どんどん伸びてきてるでしょ? 強面な男がボサボサの長髪なんて見苦しいだけなんだから、短く切ってサッパリしなさい」

「そ、そうか。分かった」

 エリクに服の購入と散髪の必要性を説くアリアは説得に成功すると、マギルスにも顔を向けた。

「マギルス。アンタも服を新調してもらうわよ」

「えー。僕、これ気に入ってるのに」

「黄色の服は目立つのよ。似合うの選んであげるから、その服は捨てなさい」

「えー、やだー!」

「……分かったわよ。闘士の服は捨てなくていいから、着ている服は替えなさい。マシラの闘士を知ってる奴がアンタを見たら、なんでここにって話になるでしょ?」

「むー、分かったよぉ。でも格好良いの選んでね?」

「はいはい」

 マギルスの説得にも成功したアリアは、ケイルにも顔を向ける。
 その表情と意図に真っ先に気付いたケイルは、表情を強張らせて言葉を遮った。

「ケイ――……」

「嫌だ」

「……ちょっと。まだ何も言ってないでしょ?」

「百歩譲って服を新調するのは良い。だけどお前にアタシの服は選ばせない。自分で選ぶ」

「えー、なんでよ!?」

「お前の事だから、どうせヒラヒラしたやつを買わせて着せようって腹だろ。絶対に嫌だからな」

「ケイルも女性なら、身嗜みだけじゃなくて服も女性らしいものを着ましょうよ。髪も美容室に行って綺麗に整えて、化粧品も買ってお洒落しましょうよ。素材は良いんだし、絶対に綺麗になるわよ?」

「嫌だ。自分の物は自分で選ぶ。美容室なんて絶対に行かねぇし、化粧なんて絶対にしないし、お前が選んだ服は絶対に着ない」

「……チッ、勘が良過ぎるのも考えものね」

「なんか言ったか?」

「いいえ。分かったわよ、ケイルの服は自分で選ぶということで。それじゃあ良い時間になったら服屋に行きましょうか」

 ケイルにお洒落をさせる目論見が失敗に終わりながらも、その日は服を購入する為に出掛ける事が決まった。
 アリアの髪は偽装魔法で黒に染め、全員に構築式を刻んだ小さな魔石を袋に入れて渡した。

「コレを一応、皆で持ってて」

「これは?」

「偽装魔法の術式を刻んだ魔石。いざって時に袋から取り出して握ると、偽装魔法で姿を変えられるわ」

「どうして魔石これを?」
 
「念の為にね。問題を起こしたり巻き込まれた時に使えば、元の姿のまま逃げるより遥かに逃げ易くなるでしょ? 皆に似合う偽装を刻んで魔法を込めておいたから、いざとなったら使ってね。使う時は、魔石を手に直接持てば発動するわ」

「そうか、分かった」

「それじゃあ、街に繰り出しましょうか」

 アリアの先導で一行は宿を出ると、道端の人に尋ねて服屋や散髪屋の場所を聞く。
 そして十数分ほど歩いた区画に訪れると、アリアは目当ての店を見つけた。

「あったわね。ここで服を買いましょう」

「ここで?」

「この服屋は帝国に同じ店舗があるの。店も大きくて最新デザインの服を取り揃えてるのよ。とりあえず入りましょうか」

 アリアの勧めで店内に入ると、男物から女物まで様々な服が並べられた空間があることにエリクは驚く。
 マギルスは様々な服を見て物珍しい視線を流し、ケイルは女物の服がある場所を見て顔を引き攣らせた。

「それじゃあ、服を選びましょうか。ケイルは自分で選ぶのよね?」

「ああ」

「私は先にエリクの服を選ぶわ。マギルスは、自分が着れそうな子供服の場所を見てきなさいよ。気に入ったのがあったら持って来なさい。買ってあげる」

「はーい!」

 ケイルとマギルスがその場から離れて広い店内に散らばると、残ったアリアはエリクが着れそうな服を探しに違う方向へ向かう。
 大きめの男性が着れる服が置いてある場所を見つけると、似合いそうな服をアリアは選び始めた。
 そんなアリアに、エリクは周囲を見渡しながら疑問を述べた。


「ここも、こんな風に服を飾って売っているのか?」

「ええ。こういう服がありますよって見え易くしてるの」

「盗まれたりはしないのか?」

「そんな民度の低い事をするようなのは滅多にいないわよ。……王国には居たの?」

「物を見え易い位置に飾る商店を狙って、盗みを働く者は多くいた」

「そうなの。まぁ、ここは物品や食料が一般市民にも多く行き渡ってるし、物を盗まなきゃ生きられない人達っていうのは少ないと思うわ」

「貧民は居ないのか?」

「居るにはいるでしょうね。でも皇国では貧民に対して救済措置を取ってるはずよ」

「救済措置?」

「孤児やお金が無い貧民に衣食住を提供して、仕事を教えて就かせるの。そうすることで人手の足りない職に人を行き渡らせて働いてもらって、給料を受け取って皇国に住む為の税を払えるようにする。そういう措置よ」

「そんな事を、この国や帝国はしていたのか?」

「ええ。そうすることで生活技術の知識を引き継がせて衰退させないようにしたり、国民が盗賊になったり飢えて死ぬ事を防いでたのよ。国民は国の財産なんだから、タダで死なせたら国の損になっちゃうじゃない?」

「そうなのか」

「そうなのよ。でも王国はそう認識してなかったみたいだけどね。国民の扱いがそんなに酷いということは、国民を消耗品としか思ってなかったということでしょうね」

「……消耗品か。確かに、そうかもしれない。村の民が飢えて死んでも、俺達のような傭兵や兵士が戦場で死んでも、貴族達は見向きもしていなかった」

「エリク」

 王国の貴族のことを話すエリクに、アリアは真剣な表情で声を向けた。

「私は貴方を、消耗品だなんて思ってないわ」 

「!」

「貴方は私にとって大事な仲間で、旅をする為に必要不可欠な存在だと思ってる。……だから、もう無茶をしちゃ駄目だからね?」

「……」

「貴方が死んじゃったら……。私はきっと、また心が折れちゃうから」

「……」

「これは雇い主としての命令よ。貴方は私より先に死んでは駄目。無茶をして死んでも駄目。分かった?」


「……君も……」

「?」

「君も、俺より先に死なないでほしい」

「!」

 アリアがエリクに要求し、その返事をせずにエリクも要求を返す。
 今までエリクが心の隅に置いていた僅かな不安を、アリアの前で初めて吐露した。
 

「マシラで捕まった後、君が死ぬ夢を見るようになった」 

「!」

「マシラの王宮での記憶が、俺にはほとんど無い。マギルスは、俺が魔人化し暴れたと言っていた。そうなった記憶が無いし、思い出せない」

「……」

「君が死ぬ夢は、ただの夢なのか。それとも王宮で見た俺の記憶なのか。どっちなんだ?」

「……」

「本当は君に、その事をずっと聞きたかった。だが戻って来た時、君は宿部屋に閉じこもっていた。立ち直った後も国から出る為に忙しく、今まで聞かなかった」

「……」

「アリア。俺に命令するなら、君に約束して欲しい。……君と俺が安住の地に辿り着く前に、俺より先に死なないでくれ」

「……」

 エリクが漏らし伝える約束事に、アリアは驚きの表情に僅かな気まずさを宿して顔を背ける。

 マシラでの騒動で、確かにアリアは瀕死し絶命寸前の重傷を負った。
 牛鬼に変貌したゴズヴァールの一撃に耐え切れずに胸を突き刺され、その死に姿をエリクに見られている。
 そしてエリクが魔人化し暴走した原因が、自分の死んだ姿を見たからではないかと、アリアは心の隅で察していた。

 だからこそアリアは、決死の覚悟で暴走するエリクを止めた。
 僅かな可能性に賭けて古代魔法を使用し身体に大きな負荷を懸けながら、エリクを人間の姿へ戻した。
 
 戻って来たエリクがそれを一度も口にしておらず、暴走した原因で記憶が無くなっているのだろうと思っていた所に不意打ちを受けたアリアは、気まずそうな表情を引かせながら顔を向けた。

「……私は貴方を守る為にゴズヴァールと戦った。そして負けた。……エリク。貴方が見たのは夢じゃない。現実の出来事よ」

「……ッ」

「あの時、私は油断してた。完璧に封じ込めたと思ったゴズヴァールが魔人化して再び襲って来る事を予期することが出来なかった。……私はあの時、確かに一度は死んだわ。でも自分に施していた回復魔法で、延命する事が出来たの」

「……」

「私は、貴方が今度も危険な目に遭って死に掛けたら、自分の命を投げ打ってでも絶対に助ける」

「!?」

「ゴズヴァールを相手に、貴方が血塗れで戦い続ける姿が私には耐えられなかった。私の魔法では貴方の重傷を治せない。それが悔しくて仕方なかった」

「それは、俺が魔人だから……」

「魔人かなんて関係無い」

「!」

「私の甘えと油断が、貴方に血を流させる結果になってしまったことが、凄く情けなくて悔しかった。そして自分の実力を隠して貴方の後ろで守られているだけの自分が、如何に怠惰で恥ずべき存在なのかを痛感させられた。……だから私は、本当の力を隠さないと自分で決めたの」

「……だから、襲って来た奴等を殺したのか?」

「そう。あれは今まで貴方に甘えてた私を捨て去る為の儀式。……貴族の御嬢様から変わる為の、第一歩よ」

「……そうか」

 アリアが元闘士達を厭わず殺した真意を聞き、エリクは不思議と納得した。
 人々の傷を癒し、魔物を殺す事に躊躇するアリアが、ログウェルとの戦いの後に自ら訓練を施して欲しいと頼み込んだあの時から、エリクはアリアの変化に気付いていた。
 それが言語化され理由として述べられた事で、初めてアリアの真意を納得したのだ。

 納得したエリクがアリアを見て、先ほどの返事した。

「……分かった。無茶をして死ぬような事は、もうしない」

「!」

「だから君も、それを約束して欲しい。……俺は……」

「……エリク……?」

「俺は、君が死んだら、悲しい」

「!!」

 エリクの口からその言葉が出たことに、アリアは驚かずにはいられない。
 自分の死で悲しむという言葉。
 アリアはそれを聞き、顔が僅かに熱を宿した事を察すると、持っていた服をエリクの顔に押し当てた。

「ッ」
 
「こ、これ! 着れるかどうか確かめて見て!」

「……ア、アリア?」

「ちゃんと、私も約束する。もう無茶をして死ぬようなこともしないわ。だから、今は服を選びましょう」
 
「……分かった」

 互いに約束した後、エリクは渡された服を持って試着室へ向かう。
 アリアはそれを見送り、試着室にエリクが入ったのを確認した後に、呟き自分が抱いた気持ちを吐露した。

「……私が死んだら悲しいって……。なんで私、それを聞いて嬉しがってるのよ……」

 アリアは服を顔に押し当てて悩む。
 自分の中で生まれている気持ちを理解できず、あるいは理解しない為に別の思考で誤魔化す。
 魔法理論と構築式を頭に思い描きながら気持ちを落ち着けて、十数秒後にアリアは復帰した。

「……エリクは、まっすぐ過ぎるのよ……」

 愚痴を一言だけ零したアリアは、エリクの試着を待つ。
 その後はいつも通りの態度で、アリアはエリクに接して服選びを進めた。
 そしていつも通り、エリクの服は黒色で統一され、購入する服が決まる。

 マギルスが持ってきた服と他の服も選び分け、ケイルが持ってきた服と共に清算を済ませると、最後にアリア自身の長い長い服選びが開始された。
 それに付き合わされた一行は、昼を越えるまで服屋の店内に居続ける事になった。
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