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結社編 一章:ルクソード皇国

苛立ちの理由

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 試験へ合格し五等級傭兵になったマギルスの後始末をさせられたアリアは、かなり不機嫌な状態で町を出た。

 雪は降らずとも冬場の季節。
 町で防寒服を購入して旅を継続する一行だったが、寒さに比例した険悪な雰囲気が流れている。
 その原因であるアリアが愚痴を零した。

「――……あの町で冬を越えるまで滞在しようと思ったのに、追い出されちゃったじゃないのよ。どっかの誰かのせいで」

「僕のせいじゃないよ?」

「アンタのせいでしょ!」

「……どっちもだろ」

 口論を始めそうになるマギルスとアリアに割り込むように、ケイルが口を挟む。
 その口から町を追い出された経緯を話した。

「ギルドマスターの治療した後に、破損した試験場の修理費と慰謝料をギルドが要求したら、お前が猛反発したのも原因だろ?」

「だってそれは、なんでそれを私が払わなきゃいけないのよ!? ……って話でしょ?」

「マギルスに払えないから、保護者のお前が払えって言ってきたんだろ」

「私はコイツの保護者じゃないわよ!」

「傭兵登録に立ち会ったのはお前なんだし、ギルド側がそう認識してても仕方ねぇだろ。第一、金なら魔石を売った白金貨が余ってるだろうに」

「向こうがこっちの忠告無視して、油断して瀕死になったのを治療してあげて謝罪もしたのに、賠償金まで払えとか理不尽過ぎるでしょ!?」
 
「そうだな。お前がキレてギルドマスターを氷漬けにしなければ、アタシも幾らか庇おうと思えるんだけどな」

「ぅ……。だってあの男、こっちが下手に出れば被害者面して、私かケイルに一晩の相手をさせろとか暗に言い出したのよ? 全身を氷漬けにして井戸に投げ捨てなかっただけ、マシだと思って欲しいわよ」

「まぁ、向こうが調子に乗った非もあるから、傭兵登録を抹消されたり賠償金を払わされたりはせずに済んだけどな。あの町に居られなくなったのは妥当だろ。むしろ居座り続けたら報復や復讐をされかねないからな。旅に必要な物は買い込めたし、すぐに出て行けたのは正解だ」

「……」

「マギルスもそうだが、特にアリア。お前はマシラの時もそうだったけどな、騒動を拡大させてる要因になってる事を自覚しろよ。下手な行動して厄介事に発展させるな」

「……ふんっ」

 ケイルの正論にアリアは返す言葉も無く、無言で顔を背けて背中を見せながらいじけた。
 子供の喧嘩の仲裁役になるケイルは、マギルスにも忠告した。

「マギルス。お前もマシラ共和国とこの国では勝手が違うんだから、舐められても意地になるのは止めとけ。ここではお前は、無名の子供なんだからな」 

「むー。それって、強いって証明しちゃいけないってこと?」

「強さってのは見せびらかすだけじゃない。いざって時の為に隠すものさ」

「ふーん。ケイルお姉さんはそうなの?」

「ああ」

「そっか。うーん……。でも僕、強いのに弱く見られるのは嫌だなぁ」

「そういうのは人それぞれだけどな。とりあえずこの国では、強さを見せる時だって場面まで隠しとけばいい。しばらくは町の入出以外で傭兵認識票も見せびらかすなよ? 子供なのに傭兵のはずがないって、絶対に言われるからな」

「えー、つまらないなぁ」

 喧嘩を黙らせ双方に妥協を示させるケイルは、溜息を大きく吐き出して疲れを見せる。
 そんなケイルを黙って見ていたエリクが声を掛けた。

「ケイル。これから何処に向かうんだ? このまま次の大陸まで、野宿を続けるのか?」
 
「いや、出来るだけそれは避ける。雪が降る前に長期間滞在できる場所を目指す」

「そんな場所があるのか?」

「ここらへんで向いている一番デカい町が、さっきの場所だったんだがな。こうなったら、首都に向かうしかない」

「この国の首都に向かうのか?」

「ああ。普通の馬ならここから飛ばして二週間。マギルスの馬なら三日もあれば辿り着けるだろ。そうだよな、マギルス?」

「うん!」

「アリア御嬢様も、冬場の野宿が嫌なら首都に向かうしかないわけだが。それでいいよな?」

「……ええ」

 自信満々に頷くマギルスと不貞腐れるアリアは首都行きに異論を挟まず、そのまま了承した。
 溜息を吐き出すケイルは、そのままマギルスに手綱を任せて首都までの道を案内する。
 一行はそうした理由で、ルクソード皇国の首都に向けて足を進めた。

 しかしアリアとマギルスの不仲は解消されない。
 逆にマギルスとの関係を上手くさせているのは、喧嘩を諌めるケイルと、遊びで親交を深めるエリクの二人。
 一行に仲良くなろうとする様子を見せずに口数が少なくなるアリアを危惧し、ケイルは野営を張る時にアリアを呼び出した。

「……なに、ケイル? こんな所に呼び出して」

「アリア。お前がマギルスを毛嫌いしてるのは、マシラでの一件があるからか?」

「……」

「お前、マギルスと一戦やったとか言ってたな。その時に何かあったのか?」

「……別に、何も無かったわ。私が油断を突いて勝っただけよ」

「じゃあなんで、マギルスには辛く当たるんだよ?」

「……」

「始めに言っとくけどな。別にアタシは、マギルスが一緒に旅しても構わないと思ってる」

「!!」

「マギルスは、アタシやエリクと一緒だ。そういう環境に取り残されて生き残る為に強くなった、そういう手合いだ。趣味思考は違うが、その根本も生きる為に必要だったからだろ」

「……」

「エリクには聞いてないが、少なくとも邪険にしてるような感じじゃない。同じ魔人だからってのもあるだろうが、自分とアイツが似てるって事には、無意識に気付いてるんだろ」

「……ッ」

「……ハッキリ言うぞ。マギルスを邪険にして受け入れてないのは、お前だけだ。アリア」

 ケイルはアリアに現実を突きつける。
 ここ最近、一行に漂う雰囲気が悪くなる要因となっているのが、マギルスには辛く当たるアリアだった。
 その原因には確かに、マギルスの子供然とした身勝手で思慮の足りない行動も原因もある。
 しかしマギルスは理路整然と注意すれば自身の行動を改善する。
 そんなマギルスを認めず拒絶している節があるアリアに、ケイルは気付いていた。

「どうしてマギルスが嫌いなんだ?」

「……言いたくない」

「前に言ったよな? 仲間に甘えるなって」

「……」

「野宿で寒さに我慢できないとか、体調が悪いから宿で休みたいってのはしょうがねぇことだ。でも今のお前がやってるそれは、アタシから言わせれば甘えだ。……マギルスを受け入れてるアタシ等にまで向き合おうとしなくなったら、お前との関係はアタシ等の中で本当に終わるぞ」

「……ッ」

「嫌いな理由をハッキリさせろ。さっきの町での騒ぎもそうだけどな、今のお前は見苦しいってのを自覚しろよ」

 辛辣ながらも真実を突き刺すケイルに、アリアは何も言い返さない。
 言い返せばそれすら見苦しいものだと突き返されるのを、アリアも気付いていた。
 だからこそ、アリアはやっと話し始めた。

「……似てるのよ」

「似てる?」

「子供の頃の私と、マギルス。似てるの」

「……御嬢様のお前と、マギルスが似てる?」

「自分より弱い相手を見下してる所とか、相手の事を考えない所とか。子供の頃の私を、思い出すの」

「……今と変わらないじゃねぇか」

「今の私は、自分より弱い人でも正当な努力を積んで来たなら評価もするし、真摯に向き合い対等な関係を築く人間には同じように接するわ。その逆も然り。そして相手の思考を理解して物事に対応出来るように努力してる」

「……そ、そうか」

「でも今のマギルスは、子供の頃の私と同じ。……自分の才能と強さに胡坐をかいてる、ただの子供。それがイライラするのよ」

 マギルスに対するアリアの本音に、ケイルは軽い溜息を吐き出す。
 その気持ちはある程度、ケイルにも理解出来るからだ。

 未熟な頃の愚かさを鏡写しのように見せられる精神的な苛立ちは、確かにどんな人間にも宿る事はある。
 それが怒りや不満として態度に出てしまう事もあるだろう。
 しかし上手く立ち回れる人間であれば、それを表面上に見せずに隠して相手と接する。
 アリアはそれを隠し切れず、険悪な雰囲気を周囲にばら撒いていた。

「アリア。もう一つ、聞いていいか?」

「……なに?」

「それがお前の苛立つ原因だとして。お前はマギルスがどうなれば、その苛立ちを治せる?」

「……どうって……」

「自分より弱い相手を見下さず、相手の事を考えるようになって、言う事を素直に聞く子供になれば、お前は不満を持たなくなるワケか?」

「……」

「今すぐにそうなるのは無理だってことは、お前も分かるよな?」

「……ッ」

「人間であれ魔人であれ、成長するには経験が要る。経験も無いまま成長なんてしないし、失敗もしない。お前がそう思い行動するようになったのも、何かしらの経験と失敗をしたからだろ?」

「……」

「マギルスがそれを経験しない内は、アタシやお前が何を言おうとアイツは学ばない。自分が痛い目に遭わなきゃ、何も分からないさ」

「……そうね」

「お前が苛立つ理由は理解したが、その不満を今のマギルスや周りのアタシ等にぶつけるのは止めろよ」

「……」

「これは仲間としての要望だ。返事は?」

「……分かった」

「よし。じゃあさっさと飯を作るぞ。お前、今日は芋の皮剥きな。人の不満で不貞腐れる前に、芋の皮剥きくらい上達させろよな」

「……うん」

 アリアの不満を明かさせ、その不満が今すぐに解消できる類のモノではないと悟らせたケイルは、食事を作る為にアリアと共に野営の場所まで戻った。

 それから首都までの旅路で、アリアはマギルスと激しい喧嘩は行わなかった。 
 口論自体は何度かありながらも、アリアが途中で口を噤んで留まり口論を中断する場面が多く見られる。 
 その度に荷馬車の後ろから空を見上げるアリアを心配するエリクだったが、アリアを励ますことも諭すことも出来ずに歯痒い気持ちを感じていた。

 そして三日後。
 一行はルクソード皇国の首都に辿り着いた。
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