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南国編 閑話:舞台の裏側

激流の再会 (閑話その十二)

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自ら囮となったローゼン公爵と、それを追う追跡者。
互いに馬を走らせながら南に向かい、
反乱軍の包囲網を避けて西側寄りに移動していく。

長い道のりをローゼン公爵は駆け抜け、
その意に従う白馬は逞しく、
他の馬に比べて長く力強く走り続けた。

追走劇は半日近く続き、
先に潰れたのは追跡者の馬だった。
倒れる馬と飛んで着地した追跡者を見て、
ローゼン公爵は振り返りながら確認した。


「やっと潰れたか。ただの馬で、我が愛馬に勝てると思うな!」

「……」


そう言いながらも不気味に立つ追跡者を怪訝に思い、
ローゼン公爵は移動を緩めず更に南下する。

すると追跡者は倒れた馬に対して一礼し、
懸念した通りに走りながら追って来た。

その速度は常人離れしており、馬の移動速度に匹敵する。

白馬の踏み場を選びながら進む自分に対して、
走る追跡者との距離が縮まる予想外の事態に、
ローゼン公爵は驚きながらも思考を止めなかった。


「まさか、魔人か!?」


追跡者を魔人だと断定したローゼン公爵は、
そのまま馬を走らせ続ける。

しかし、朝から走り続けた白馬に疲弊が色濃くなる。

山間に入り大きな森と崖が見えたローゼン公爵は、
現在位置を記憶と照らし合わせて何かを思い付き、
白馬を崖が見えた方角に向かわせる。
そして限界が近い白馬からローゼン公爵は飛び降りると、
騎馬具を槍で切り外して白馬に別れを告げた。


「ここまでの働き、感謝する! ……お前の子供を死なせてすまなかった。後は自由に生きろ」

「ブルル……」


別れと共に謝罪を呟き、ローゼン公爵は森へ入る。
白馬はそれを見送りながら、命じられた通りに森から離れた。

追跡者は白馬を無視し、森の中に入る。
周囲の様子でローゼン公爵の通り道を察知し、
視界が狭まった森の中を軽快に進んでいく。

森を抜けた先に広がるのは、
底の深い崖と凄まじい勢いの渓流。
そこで待つローゼン公爵は追跡者と相対し、
間合いに入る前に呼び掛けた。


「聞いておこう! 私は、クラウス=イスカル=フォン=ローゼン。貴様が狙う相手で間違いは無いか?」

「ええ。その通りでございます」

「!」

「御挨拶が遅れ、先に名乗らせてしまい申し訳ありません。……私の名はヴェルフェゴール。とある方にお仕えする者です」


牽制の呼び掛けに素直に応じ、
深々と頭を覆ったフードを外した追跡者が顔を見せる。

黒髪に白が混じるオールバックの髪型。
金銀妖瞳で顔立ちを整わせた二十代の男性。
そして外套の下には黒い執事服を身に付けた人物。

ローゼン公爵の追跡者は、
老騎士ログウェルと渡り合ったゲルガルドの執事だった。


「……ヴェルフェゴール。なるほど、東港町でコソコソと動いていたのは貴様の事だな?」

「帝国の礎にして要であるローゼン公爵家当主クラウス様に置かれましては、ご機嫌麗しゅう」

「私の機嫌が良いように見えるか?」

「いいえ。今の貴方には関係の無い言葉です」

「?」

「これからは死者の世界で元気にお過ごし下さいという意味で、述べさせて頂きましたので」

「……なるほど」


殺す意思を変える気は無い相手に、
ローゼン公爵は改めて赤槍を構えて向かい合う。
それを見ながら微笑むヴェルフェゴールは、
一本の食器ナイフを袖口から取り出して素早く投げた。

それを赤槍で打ち払った姿に、ヴェルフェゴールは感心する。


「見事な御手前です」

「この程度の事が出来ねば、帝国貴族は名乗れぬ」

「なるほど。確かに貴方は帝国最大の、そして最高の帝国貴族です。……だからこそ、貴方を殺す意味がある」

「……」

「私は貴方に対する恨みは無い。むしろ人間という種族の中では敬意に値する対象だと思っています。……ですが、これも契約です。仕方ありませんね」

「……貴様、何者だ? 人間ではあるまい」

「そうですね。あちらの世界に赴く前に、改めて自己紹介させて頂きましょう」


微笑みながら両手の袖口から食器ナイフを取り出し、
ヴェルフェゴールは改めて挨拶を交わした。


「私は【男爵バロン】の位を持つ悪魔、ヴェルフェゴールと申します。我が主との契約により、貴方には舞台から退場して頂きます」

「!!」


悪魔と名乗った相手にローゼン公爵は驚き、
白い眼球が黒に染まったヴェルフェゴールが、

複数の食器ナイフを素早く放つ。
それに対応してローゼン公爵は打ち払うも、
払い損なった一つが右足の太股を深々と刺さった。

痛みを堪えながらローゼン公爵は後ろへ下がる。
しかし、下がる先には断崖絶壁。
逃げ場の無いローゼン公爵を相手に、
ヴェルフェゴールは食器ナイフを両手に持って近付いた。


「さようなら、ローゼン公爵」

「さらばだ。悪魔ヴェルフェゴール」

「!」


そう告げたローゼン公爵は崖に自ら飛び込んだ。

何十メートルという高さの崖を凄まじい速度で落下し、
飛び出た岩場を赤槍を当て押し更に飛び崖の中央へ飛ぶと、
激しい水流の中に身を投じた。

それを驚きで見送ったヴェルフェゴールは、微笑んで呟いた。


「……やはり、純粋な魂を持つ人間は面白い」


ヴェルフェゴールは追おうとはせず、
崖下を一瞥してその場を離れた。
そして激しい渓流の中で岩場を片手で掴み、
ローゼン公爵は顔を上げて息継ぎをした。


「――……プハッ、ゴホッ! ゲホッ、ガハ……ッ。……ログウェルに修練を受けておいて、正解だったな。……何度も、崖には突き落とされた経験が、活きた……」


過去の出来事を思い返すローゼン公爵は、
息を整えながら高い崖を見上げた。
周囲に岸と呼べる場所は無く崖は何十メートルと高い。

足を刺されたローゼン公爵に崖を登るという選択肢は無い。

岩場に腰を乗せてから片手で掴む赤槍を見ると、
魔法の構築式に反応した赤槍が内側に縮まり、腰の鞘に収まる。
そして刺されたナイフを川へ投げ捨て、
首に巻く赤いスカーフを脚の傷にきつく巻き締めると、
軽く溜息を吐き出しながら身に纏う赤鎧を外し始めた。


「……このまま泳ぐしかないか」


渓流に逆らわず泳いで渓谷を抜けようと決意し、
躊躇せずに鎧を川へ投げ捨てる。
防具を全て脱ぎ捨てた後に残るのは、
武器である槍と短剣だけになると、崖上を見上げながら呟いた。


「……悪魔か。確か、人間や魔族の肉体を得て乗り移り、現世へ干渉する魔族だったか」


悪魔と名乗ったヴェルフェゴールの言葉で、知識で知る悪魔を思い出す。

悪魔族デーモン】。

精神と魂だけで現世を生きる精神生命体。
悪魔は依り代となる肉体を得る事で現世を活動できる。
しかし肉体を得る為には契約を行う必要があり、
契約者の死後に魂を輪廻へは行かせず、
己が糧とする為に喰らうと言い伝えられている。

その中で特に危険な悪魔は、『爵位くらい』を持つ悪魔達。

上位の悪魔には【男爵バロン】【子爵ソーン】【伯爵《モウ》】【侯爵モト】【公爵《ロード》】という位が授けられ、
位が高いほど実力の高く危険な悪魔だと云われている。

それ等は魔族や上級魔人すら凌駕する強さを持ち、
特に【伯爵】以上の悪魔は容易く一国を滅ぼすという伝承もある。
そんな危険な悪魔達のほとんどが、魔大陸に住む【魔神王】の下にいる。

その上位悪魔の最下級ながらも【男爵バロン】の悪魔が、
ゲルガルドの下で契約を結び活動している。
それを知ったローゼン公爵は険しい表情を浮かべた。


「……悪魔に対抗できるのは、聖人しかいない。やはりログウェルの助力が必要か。最悪、他の七大聖人を招集する案を四大国家に打診しなければ。……それより今は、俺が生き残れるかどうか、か」


残してきた者達を思いながら、
覚悟したローゼン公爵は水の中に飛び込み、激流に身を任せた。

岩に直撃しないように無我夢中で泳ぎ、
時には岩場を掴み上がり休み休みに流される。
上手く行かずに岩壁に激突し身体を痛め、
過酷な渓流下りを行い続けた。

そうして何時間と過ぎ、夜から朝になる。

脚から血を流し続けたまま渓流を泳いで体力を落とし、
秋頃の肌寒い水で体温を奪いながらも、
火属性魔法で体温を調整し続けるも魔法の使用限界を超えた。

貧血と魔力酔いで意識が朦朧としながら最後の滝を落下し、
水面に浮かび身体を動かしながら岸に流れ着き、気絶する。

そして次に目を開けた時、
ローゼン公爵は見知らぬ場所に居た。


「……ぅ……。……ここは……?」


上半身を起こしたローゼン公爵は、
木と葉が敷き詰められた場所で目を覚ました。
上半身は裸で槍も短剣も傍には無く、
痛めた箇所や脚の傷に薬草を塗られた匂いが漂う。

天幕の外から音が聞こえる。

全身を襲う痛みで顔を歪ませながらも、
ローゼン公爵は身体を起こして天幕から出た。

そこで見たのは、木々が野太く輪生した森の中。
周囲には木と葉で敷き詰められ獣の皮を張った集落があり、
褐色の人々が赤い紅を身体に塗り、
稚拙な服を身に付けている未発達の文明世界。

ローゼン公爵はここが何処なのかを思い出した。
そして天幕から出た数秒後に声を掛けられた。


「――……目が覚めたか? アリスの父親」

「……お前は、あの時の……?」


現れたのは、褐色肌と右腕に僅かな火傷跡を残す黒髪の女性。
今から二ヶ月前にアリアとエリクが来訪し過ごした樹海の友人。

少し髪が伸びた森の守護者センチネルの女勇士パールが、
予期せぬ形でアリアの父親と再会を果たしたのだった。
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