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南国編 四章:マシラとの別れ

赤鬼斬撃

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三度の対峙を果たしたエリクとエアハルト。

今度は互いに殺気を漲らせ、
生かして帰さないという意思を持つ二人には、
互いに語るべき言葉は不要だった。

先に動いたのはエリクであり、
駆け出しながら大剣を振るって凄まじい剣戟を浴びせる。
それを回避したエアハルトは返すように鉤爪を薙ぎ、
エリクに攻撃を加えた。

大剣と鉤爪。
リーチと振り速度に違いはあれど、
どちらも凄まじい攻撃が続き、
周囲の木々を巻き込むように切断した。

「ッ!!」

「ッ」

王宮で戦った時のエリクは、
人間形態のエアハルトの速度を目では追えても、
身体的には追随するのに困難に見えた。

しかし、今のエリクは人狼化し身体能力を上げたエアハルトに、
互角の戦闘を見せながら戦っている。
それがエアハルトに思考に驚きを過ぎらせ、
ゴズヴァールがエリクを脅威と考えた理由を納得した。

互いの剣と爪が肌と毛に掠れ、
徐々に傷として現れるようになる。

そして互いの刃が鍔競り合うように、
エアハルトの両手で薙がれた鉤爪と、
エリクの大剣が凄まじい金属音を鳴らして激突し、
朝霧を払うように衝撃をその場に起こした。

互いに刃と刃を合わせながら睨み合う中で、
その刃が先に欠けたのは、エアハルトの鉤爪の方だった。

「!?」

「オオォォオオッ!!」

鉤爪にヒビが入った瞬間、
僅かに動揺が見えるエアハルトの隙を狙い、
エリクの雄叫びを上げて膂力を増し、
踏み込む足と大剣に力を込めて押し込む。

エアハルトはそれに耐え切れなかったのか、
それとも受け流す為に大剣の力を回避し、
避けて飛び退きながら後退した。
しかしそれを利用したエリクは、
大剣を地面に叩き付け、その場に土煙を起こした。

「チッ」

朝霧と共に土埃が舞い覆う状態をエアハルトは嫌った。
土が舞えば匂いが分散し途絶える。
鼻で匂いを嗅ぐ事の妨げになる事は、
エアハルトにとって気配を辿れない事を意味していた。

それを嫌ったエアハルトは即座に土埃から抜け出す。

しかし、その習性を知っていたかのように、
エリクは土埃から出たエアハルトに、
上段の構えで大剣を浴びせた。

「!?」

それに気付いたエアハルトは、
上半身を仰け反らせ大剣を回避し、
脚に力を込めて跳んでエリクから離れた。

苦々しい表情を浮かべるエアハルトを他所に、
エリクは鋭き視線でエアハルトを凝視しつつ、
零すように愚痴を述べた。

「……魔物の狼は、この手で大体は始末できるんだがな」

「!!」

「二本足で立つ狼は、勝手が違う」

「……貴様、俺を魔物の狼と同じだと言いたいのか……!?」

「?」

「この俺は誇りある狼獣族だ!! そこ等に居るような狼風情と同等だと思うなッ!!」

「……狼獣族とやらにある埃が気になるなら、掃除をして洗え。汚いぞ」

この煽りはエリクが意図したものではない。
エリクは最近まで『ほこり』という言葉と意味を知らなかった。
知ったのは、マシラ共和国に来てから。
しかも言葉の意味は、
家の掃除をする時に教えられた、
『埃』の方の意味合いでの言葉だった。

狼獣族に埃があると意味を理解したエリクは忠告し、
当人のエアハルトはケイルに侮辱を受けた以上の苛立ちを受けた。

「……貴様もか。貴様も!!」

エリクの天然物の煽りを受け、
憎悪を浮かべたエアハルトが更なる憤怒を見せると、
両腕の鉤爪をその場で薙ぎ、
エリクに向けて魔力斬撃ブレードを浴びせた。

五本の爪から魔力の斬撃がエリクに向かい、
エリクは土埃の僅かな動きを見て斬撃を回避する。
しかし以前のように回避するだけではなく、
逆に突っ込んでエアハルトとの間合いを詰めた。

「グルゥッ!!」

エアハルトは憤怒を剥き出しに歯を見せ、
今度は右脚を回し蹴りの要領で蹴り上げた。
その脚から凄まじい威力の魔力斬撃が生み出され、
接近したエリクを切断する為に襲う。

「ッ」

回避できないと判断したエリクは、
大剣を盾にして耐えながらも吹き飛び、
互いの距離が再び開いた。

この時、エアハルトが有利な状況に思えたが、
エアハルト自身は憎悪に入り混じった驚きに支配されていた。

「……足で放った斬撃を、あんな鉄剣で防いだだと……!?」

驚きを呟き漏らすエアハルトは、
エリク自身よりも、エリクの大剣に注目した。

魔力斬撃を防げるのは、
魔力で編まれた防御用の魔力障壁バリアか、
同威力の魔力で編まれた魔法や魔術のみ。
魔力的防御や迎撃が出来なければ、
軟な物質では意図も容易く真っ二つとなる。

どれだけ硬い鉄剣であれど、
今までエアハルトが放った脚の魔力斬撃で、
傷さえ付かなかった事は一度も無い。
にも関わらず、あの大剣は傷が付いていない。

それがエアハルトには驚きであり、
同時にエリク以上の脅威を感じていた。

「……ならば、使い手を先に潰せばいい」

大剣を脅威に感じつつも、
今のエリクを脅威に感じないエアハルトは、
腕と脚を振り魔力斬撃を再び開始した。

それをエリクは回避する中で、
一方に大きく回避しない事にエアハルトは気付いた。
その方向にあるモノに気付いたエアハルトは、
憎しみの笑みを浮かべた。

「……そうか。ならば……」

エアハルトは腕を振り、
エリクが回避しない場所へ魔力斬撃を放つ。
それに気付いたエリクは素早くそちらに移動し、
魔力斬撃を大剣を盾にして防いだ。

エリクは鋭い憤怒の顔を浮かべ、
エアハルトは憎しみの笑みを浮かべた。

「やはり、ケイティルを庇っていたか」

「……」

「そのまま庇い続けろ。死ぬまでな」

ケイルが倒れている場所へ斬撃を飛ばさない為に、
回避する場所を選んでいたエリクの意図を察し、
エアハルトは容赦無く魔力斬撃を飛ばした。
それをエリクは防ぎながらも、
その威力を殺しきれずに巨体が押されていく。

対抗できないエリクに勝利を確信し、
エアハルトは憎悪が宿った声で叫んだ。

「魔の力すら御しきれず、人間風情と馴れ合う貴様程度が、俺に勝てると思うなッ!!」

「……ッ」

「死ね、半端者がッ!!」

憎悪を叫ぶエアハルトの罵声と魔力斬撃を受けつつ、
エリクは大剣で全てを防いでいた。

エアハルトはこの時、気付いていなかった。

エリクが大剣での受け方に変化を付け、
魔力斬撃を受け流しながら軌道と威力を逸らしていた事を。
エリクはエアハルトの魔力斬撃を何度も見せ過ぎた。

そしてエアハルトが気付いた時には、既に遅かった。

「……まさか……!?」

「……」

「俺の魔力斬撃ブレードを、逸らしている……!?」

「それは、もう覚えた」

「!?」

両腕と片足の魔力斬撃を放つと、
エリクはそれを大剣で全て迎撃し、
受け流しながら別方向へ斬撃を逸らした。

魔力斬撃が受け流されていると確信し、
エアハルトは攻撃を止めて大きく後退した。

その瞬間を見逃さなかったエリクは、
その場で大剣を構え大きく息を吸い、
エアハルトに狙いを定める。

エリクの額に一本の黒角が魔力で生み出されると、
腕が褐色から赤に染まりながら身体全体の筋肉量が増し、
大剣を大きく振り被りながら呟いた。

「死ね、埃」

「……!?」

エリクが踏み込み、エアハルトに向けて大剣を振った。
その大剣から凄まじい量の赤い魔力が放たれ、
一閃するようにエアハルトへ向かう。
空を割り地面を抉りながら木々を薙ぎ倒し、
赤い魔力がエアハルトの身体を容赦なく切断した。

そしてその瞬間。

テクラノスと戦いで見せたアリアの魔法の余波を受け、
その場に凄まじい暴風と衝撃が支配すると、
朝霧を吹き飛ばしながら真っ白な光景へエリク達を誘った。

エリクとエアハルトの三度の戦いはこうして幕を下ろし、
エリクの勝利によって閉幕した。
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