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南国編 四章:マシラとの別れ

継承者

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アリアの前に現れた第五席テクラノス。

互いに『青』の称号を持つ【七大聖人セブンスワン】のガンダルフを師事し、
魔法の教えを受けた者同士が、
対立する立場として向かい合った。

アリアは整った顔で鋭く睨みを利かせ、
テクラノスは皺が浮き出る顔で鋭く睨む。

その中で先に口を開いたのは、アリアだった。


「私を殺す。そう聞こえたけど?」

「如何にも」

「面白くない冗談だわ」

「我とて同じ気持ちよ。小娘、お前は存在してはならぬ者だ」

「この世で生まれて生きていくのに、アンタの許可が必要だなんて知らなかったわ。今度からは全世界の妊婦さんの所に行って、生まれて来る子が存在していいか確認してきてくれない?」

「貴様のような異端児のみよ。存在してはならぬのは」


アリアの皮肉を強い意志と憤怒で返すテクラノスは、
先ほどの闘士達のような油断は見せず、
むしろ油断があれば即座に突く気だと、
テクラノスと向かい合うアリアは察した。

だからこそ、アリアは顔を向けないまま、
ジョニー達に叫んで後の事を託した。


「ジョニーさん、残った元闘士の相手をお願い!」

「なっ、どうしたん……あれは、五席のテクラノスか!?」

「この爺さんは私に用があるみたいなのよ。だからそっちは任せたわ」


そうジョニー達に伝えた瞬間、
アリアはすぐに短杖を横へ扇ぎ振ると、
先ほどと同じ氷の飛礫を中空に展開した。

しかし、テクラノスも同じように長杖を横に振り、
同じく短い詠唱を開始し、石の飛礫を生み出した。


「――……『雹の弾丸ハイルブレット』」

「――……『岩の弾丸ロックバレッド』」


数百の氷と石の飛礫つぶてを互いに生み出し、
同じ数を中空に生み出したアリアとテクラノスは、
短杖と長杖を互いに向け合い、相手に飛礫を放った。

それは、普通の魔法師であれば驚くべき光景だった。

数百以上の飛礫が高速で放たれながらも、
互いに全てを迎撃するように衝突して弾ける。

迎撃用と攻撃用の飛礫を互いに用意し、
自分に当てられる強力な飛礫を迎撃して相殺し、
相手に当てる飛礫に回転を加え強力にした上で放つ。

数百以上の飛礫がそうして消化され、
最後に残った一つの飛礫が互いに衝突し、
互いの顔面を僅かに逸れながら通過すると、
後ろにある木々へ刺し貫き、破壊した。


「お爺ちゃんのくせに、やるじゃない」

「小娘にしては、よくやる」


鋭い視線に変化は無いが、
お互いに口元を僅かに吊り上げ、
含みのある言葉と共に笑みを浮かべた。

そして次に仕掛けたのはテクラノス。

片腕で持つ長杖の柄を地面に軽く当てた瞬間、
地面に魔法陣が浮かび上がり、
それを見たアリアは咄嗟に横へ走り出す。

するとアリアが居た場所に巨大な土杭が下から出現し、
凄まじい威力と速度で周囲の木の高さを超えるまで伸び貫いた。

アリアはそれを見て、また口元を吊り上げた。


「ガンダルフ師匠の元弟子だけあるわ。そこらの魔法師とは構築式の厚さが違うわね」

「魔法陣に描かれた構築式を瞬時に読み解き、土杭を避けた貴様の異端さよ」

「生憎と、これが私の普通なのよ」


テクラノスが更に長杖を軽く持ち上げた瞬間、
横へ走り出したアリアは霧の中へ入っていく。
それを追うようにテクラノスも歩き出し、
何度か長杖の柄を地面に着けて、
土杭が地上から突き出るように出現した。

闘士達と戦う傭兵達はそれを横目で見ると、
代表してジョニーが仲間達の気持ちを代弁した。


「……アイツ等の相手だけは、絶対したくねぇ」


呟くジョニーの言葉に仲間達の内心で同意し、
寝かされていた仲間達が戻って来た中で、
残った十数名の闘士達を相手に戦った。

そして霧の中に入ったアリアと、
それを追うテクラノスは魔法での戦いを繰り広げる。

氷の飛礫と石の飛礫を瞬時に生み出し、
襲い来る石の飛礫を氷の飛礫でアリアは迎撃し、
霧の中を走り抜けていく。

しかしテクラノスはアリアを妨害する為に、
土杭をアリアの下や前方に出現させ、
それを先読みしたアリアは避けつつ走った。


「決して逃がさぬ」

「逃がすつもりが無いのは、知ってるわよ」


互いに逃がそうと思わず、
逃げようと思わずに移動する中で、
テクラノスが意図的に誘い出した場所へ、
誘導されたアリアは大人しく出向いた。

その場所は、木が無くなった芝のみの広場。

恐らくは旅の道中に、
マシラに向かう為の人々が、
憩いの場として広げられた場所。

そこに誘い出したテクラノスと、
わざと誘い出されたアリアは、
対峙するように中央へ立ち、再び向かい合った。


「ここならば、思う存分と使えよう」

「……アンタ。私を殺すと言いながら、何が狙いなの?」

「小娘。古代魔法を使えるそうじゃな」

「!!」

「マギルスの餓鬼めが聞いてきたわい。迂闊者よな」

「……やっぱり、教えるんじゃなかったわ」


テクラノスが誘い出した理由と狙いに気付いたアリアは、
後悔を残した中で深呼吸を行い、落ち着きを戻した。
そしてアリアは短杖を腰のホルスターに戻し、
テクラノスに向かい合い、話した。


「師匠と同じね。アンタ、古代魔法が見たいんでしょ」

「数百年前に失われた禁忌の魔法。禁忌故に後世には残されず、現代の魔法がガンダルフめの手によって広まった。歪であり、醜悪な魔法がの」

「……」

「他の弟子達と対立し、ガンダルフの下から我が離れたのは、失われし古代魔法を追い求める為。その使い手が儂の目の前に現れるとは、何たる僥倖。小娘であり異端なれど、この出会いこそ我の幸運よ」

「……なるほど。指名手配されてたのは、古代魔法を求めたのが理由なのね」

「さぁ、我に見せよ。貴様の魔法を。奇跡と呼ばれた太古の魔法を……!!」


そう歓喜して叫ぶテクラノスが、
長杖を振り以前に見せた光の輪を出現させた。

十数以上の光の輪を出現させた後に、
テクラノスはその内の二つをアリアに向け、
高速で回転しながら迫った。

アリアが無造作に右手を向けると、
高速で迫る光の輪が動きを止めた。


「!?」

「先に謝っておきたかったけど、遅れてごめんなさいね。貴方が知りたい古代魔法じゃないのよ。私が使ってるのは」

「な……!?」

「私は魔法訓練の基礎。その基礎の基礎を従順に行ってるだけよ」

「魔法の基礎じゃと……」


止まった光の輪に向ける右手の人差し指を、
アリアは軽く動かして見せた。
その向きに光の輪が突如として動き出し、
地面に突き刺さるよう衝突する。

それに驚いたテクラノスは、
自身の中に浮かんでいた疑問を確信へ変えた。


「まさか貴様は……。我が構築した魔法を、掌握しているのか……!?」

「そんなややこしいモノじゃないわ。私は単に、貴方が構築して形成した魔法に含まれる魔力を、操作しているだけ」

「我が構築した魔法式の魔力を、操作しているだと……。馬鹿な!?」

「魔法を成す為に魔力を操作するのは、魔法師にとっては基礎中の基礎じゃない?」

「大気に含まれる魔力を呼吸と共に体内へ取り込み、構築式を用いて体内に取り込んだ魔力で魔法の形と成す事が、現代魔法の基礎だ!!」

「私にとっては同じ事よ。体外に流れる魔力を操作するのも、体内に取り込んだ魔力を操作することもね」

「な……!?」

「私は別に、皆のように体内に魔力を取り込まなくても、体外の魔力を操作して魔法を成す事ができるだけよ。これで出来るのは、攻撃用と防御用の魔法だけだけどね。自分や対象者を回復する為には、体内に魔力を行き渡らせないといけないし」

「……馬鹿な。馬鹿な……!?」

「貴方の構築式、見事だと思うわ。体内に吸収する魔力が原因で起こる体調の変化を何十分の一にも軽減しながら、高出力で精度の高い魔法を生み出せる構築式。これほど見事な魔法式は、ガンダルフ師匠の以外だと、初めて見るわね」

「……!!」

「でも残念ね。どれだけ応用が出来ても、基礎が違えば魔法師としての力量に差が出るものよ」


右手を更にテクラノスに向けたアリアは、
他に浮かんでいた光の輪を掌握し、
腕と指を動かして操作しながら、
光の輪を一つに束ねて巨大な光の輪を作り出した。

テクラノスは上空に浮かぶ巨大な光の輪を驚愕して見ながら、
うわ言のように呟き、首を横に振った。


「馬鹿な……。馬鹿な、馬鹿な……。体外の魔力を操作し、魔法を成すじゃと……。しかも、他の者が用いる式で成した魔力までも操作じゃと……。そんな事をされれば、どんな魔法師であれど……」

「勿論、この空気中の魔力を操作するには条件があるわよ」

「!?」

「一つ目は、操作する魔力が自分の適応している属性であること。二つ目は、自分が思考演算内で処理できる魔力量であること。この二つの条件さえ合えば、誰でも出来るわよ」

「誰でも……!?」

「実際、ガンダルフ師匠に教えたら、三年で出来るようになったもの」

「!?」

「私、ガンダルフを師匠と呼んではいるけど、ガンダルフ自身も私に教えを受けた身よ」

「あのガンダルフに、教えた……!?」

「私が使う魔法の扱い方。魔力の操作の仕方。そして、構築式を瞬時に読み取れる方法なんかをね。それを交渉条件にして、私は現代魔法を二歳から五歳の間まで三年間、ガンダルフに習ったのよ」

「……馬鹿な。貴様は、貴様は本当に……!?」

「そして、魔力はこうする事も出来るのよ」

「!?」


アリアが掌握した光の輪が更に巨大化し、
霧を晴らしながらアリアとテクラノスの上空を照らす。

テクラノスはそれを見て何が起こっているかを理解し、
信じられずに首を横に振るしかなかった。


「馬鹿な……。何故、構築式に注ぎ終えた魔力が、どうして増大するのだ……!?」

「貴方、魔力という物質をどれだけ理解してるの?」

「なに……!?」

「魔力は世界の何処にでも存在する、目には見えない素粒子だと伝えられてる。でも人間の体ほどの大きさに圧縮された魔力は、星系そのものを覆い尽くす程の重厚な密度を有しているのよ」

「……!?」

「そうよ。今の魔法師が一つの魔法に注ぎ込む魔力は、広大な砂浜に散りばめられた砂粒にも劣るほど微量なのよ」

「……何故、貴様がそのような知識を……!?」

「そして本当の魔力は、砂粒一つ分の大きさでも膨大な内包量となる。でも、現代の構築式はそれを無意味に圧縮し、本来の魔力密度を発揮できていない」

「!?」

「貴方が注いだ魔力を本来の内包量で見せると、この光の輪は更に大きくなるわ。このようにね」


アリアがテクラノスにそう教えると、
上空に浮かぶ光の輪が更に巨大化し、
視界を覆い尽くす光の輪となって空を支配した。

しかも、魔法を維持する構築式が崩壊し、
光の輪が崩れて球形状に変化すると、
空を覆い尽くす巨大な魔力の塊が出現した。

テクラノスは驚愕して長杖を落とし、
その場に膝を崩して座りながら全身を震わせてアリアを見た。


「貴様は、やはり貴様は……輪廻から外れし者、『転生者』か……!?」

「ガンダルフも始めはそう言って疑ってたわね。でも違うわよ?」

「馬鹿な、馬鹿な……。ならば何故、このような知識を持ち、このような事を出来るというのだ!?」

「……そうね、貴方にも教えましょうか。私の知識の秘密。……これ、何か分かる?」

「!?」


アリアが左手で前髪をかき上げると、
その額に白い紋印が輝きながら浮かび上がる。
テクラノスはそれを見ると、
口を大きく開けて驚愕して地面に尻を着いた。


「それは、まさか……七大聖人セブンスワンの聖紋……!?」

「ガンダルフが言うには、聖紋とは少し違うらしいわ。これは多分、継承の紋印しるしなんですって」

「継承の紋印しるし……!?」

「魔法師が自分の子孫に蓄えた知識を移し渡すっていう、古の魔法師達が用いた知識の継承術よ」

「そんなモノが……!?」

「私の血縁者。多分、母親の方なんでしょうね。お父様もこれの事を知らなかったみたいだし。私は母親から知識を受け継いだ。恐らく、母親もそうやって知識を受け継ぎ続けた。だから私も、様々な知識を受け継いで、魔法や秘術が普通に出来るのよ」

「……そんなモノが、まさか。……まさか……?」

「?」

「その白き紋様……。異様な魔法の知識……。まさか、まさか貴様の一族は……」


震えるテクラノスが小声で呟きに、
聞き取れないまま地面に座るテクラノスをアリアは見る。
軽い溜息を吐き出しながら上空に浮かぶ魔力の球体を右手で操作し、
その姿を更に変貌させた。

球体が徐々に伸びるように広がり、
その形状が何を模しているか理解できた時には、
テクラノスは声すら出せずに絶句した。


「――……『海を飲み喰らう大蛇ヨルムンガント』。大昔に、魔大陸を統べていたハイエルフの女王が、人間を討つ為に編み出したという白き大蛇よ。本当はもっと巨大だったらしいけど」

「……ァ……ガ……ッ」

「この魔力、貴方に返すわ。ちゃんと受け止めなさいよ」


そう言い渡したアリアは右手を振り翳し、
魔力で成した白き大蛇の口がテクラノスを襲った。

テクラノスは絶句しながらも長杖を握り、
必死に魔力障壁と物理障壁を展開させ、
自身が用いる最大の結界を使ってその身を守った。

地面に大蛇の口が迫り、衝突する。

その場に凄まじい轟音と暴風が鳴り響き、
朝霧が吹き荒れる風で消えていくと、
衝撃破が広場の周囲にある木々を吹き飛ばした。

こうしてアリアとテクラノスの戦いは、
呆気も無く幕を下ろした。



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