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南国編 三章:マシラの秘術
生者の選択
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アリアの一方的な口論を遮るように、
マシラ王の隣にいる赤毛の女官が、
アリアに向けて話し始めた。
「……お話の最中に言葉を差し挟み申し訳ありません、アリア様。私はマシラ共和国の王宮にて、王の側仕えを命じられています。レミディアと申します」
「ええ、初めまして。……貴方が、王子のお母さんですね」
「……はい」
女官である赤毛のレミディアが入ると、
アリアは怒りの表情をすぐに引かせ、
冷静な表情でレミディアに顔を向けた。
先ほどまでの罵詈雑言の怒鳴り声は見る影も無く、
アリアはレミディアに対して丁寧に挨拶し質問をした。
「貴方は、彼が生者である事を御存知でしたか?」
「……いいえ。ただ、私の記憶の王と、今までの王の言動に違いがあり、違和感はありました。……ここに居る王は、私の記憶にある王ではなく、現世の王だったのですね」
「そうです。彼は秘術を用い、死者の魂に残る記憶の人物とすり替わり、自身を死者と装いつつ貴方と接触していたのでしょう」
「……そうだったのですね」
レミディアは落ち着きつつも、
何処か暗い表情を見せながら、
アリアからマシラ王に身体の向きを変えた。
そして優しくも冷たい声で、王に告げた。
「ウルクルス様。どうか、現世にお帰りください」
「レ、レミディア……」
「アリア様の言う通り。死者である私に、生者であるウルクルス様が共に居てはならぬ事だと、私にも理解できます」
「い、嫌だ。私はここに。レミディア、君と一緒に……」
「……ウルクルス様。私は生前から、貴方の側に立つには相応しく無い者でした」
「そんな事は無いッ!!」
「……」
「君の親の所業が、君が犯した事が、君の身分が、私達の仲を裂く理由にしてはいけないんだッ!!」
「……いいえ。十分な理由でございます」
「違う!!」
諭すレミディアの言葉を遮るように、
マシラ王はレミディアに抱き付き、
涙を流しながら訴えるように呟いた。
「……君は、君は何も悪くないじゃないか……レミディア……」
「……」
「君は、幼い妹に食べさせたくて、一つの果実を盗んだだけなのに……。なのに、そんな事で奴隷に墜とされて……ッ」
「……盗みは犯罪です。例え、果物一つでも」
「君が盗みを働かなくてはいけなかったのは、君の周りに居た者達の悪意のせいだろうに……ッ」
「……父の犯した罪は、その娘である私の責任であり、罪なのです」
「違う。君は、何も罪を背負っていない。だって、こんなに……こんなに、魂が綺麗じゃないか……ッ」
「……ウルクルス様は、お優しいですね」
「違う、違う。君の周りに、悪意がある者しか居なかっただけだ……ッ」
涙を流しながら訴えるマシラ王に、
レミディアは優しい表情を見せながら、
抱き付くマシラ王を静かに離した。
そしてマシラ王の顔を優しく手で撫で、
微笑みながら喋り始めた。
「……ウルクルス様。私に良くしてくださり、そして愛してくださり、感謝していました」
「!!」
「犯罪奴隷である私を寵愛して頂き、生き別れた妹を探す事にも助力してくださり、感謝の言葉では足りないほど、貴方様に良くして頂けた最後の人生。私は、とても幸せでした」
「……レミディア……ッ」
「生前にお伝え出来ずに、申し訳ありません。……私は貴方と出会えた幸福に、救われました」
そう告げたレミディアはマシラ王に微笑み、
そのままアリアの後ろに居る王子に目を向けた。
王子は母親であるレミディアを見ながら、
アリアの前に出て母親の元へ歩み寄っていく。
それに応じるようにレミディアも歩み寄り、
幼い王子に合わせるように身を屈め、優しく話し掛けた。
「アレクサンデル様。大きくなられましたね」
「……お母さん……」
「こうしてお外で御話するのは初めてですね。いつも病床で、アレクサンデル様とは床の間で御話していましたから」
「……」
まるで他人行儀の言葉遣いで話し掛けるレミディアに、
王子は顔を伏せながら気を落とす。
それに気付いたアリアは、
疑問を述べるようにレミディアに言葉を投げた。
「どうして自分の息子に、そんな他人行儀なのよ」
「……アレクサンデル様は王の息子です。ですから、私の息子ではありません」
「……どういうこと?」
微笑み答えるレミディアの言葉を聞いても、
意味を理解できないアリアは再び問い掛けた。
僅かに沈黙したレミディアの代わりに、
傍に居たマシラ王が渋い表情を見せながら話した。
「レミディアは私の子を宿した。私はレミディアを妻に、王妃に迎えようとした。だが犯罪奴隷であるレミディアを妻に迎える事を、元老院を始めとした周囲も許さず、認めようとしなかった……ッ」
「……そういうこと。犯罪奴隷の子だと民が知れば、マシラ共和国の象徴とは成り得ない。だから彼女は王子の母親である事を伏せられて、母親として対応する事を許されなかったのね」
「それだけじゃない」
「?」
「レミディアはアレクを出産後に、毒を飲まされ続けていたんだ……」
「!!」
「出産後に体力を落ちたところに、病を患い死んだように見せる為に。元老院に命じられた給仕が毒を仕込んで飲ませていたんだ……」
「……最悪ね」
「だからこそ、それを知った私はここに来た……ッ」
憤怒と後悔が入り混じるマシラ王の表情を見ながら、
アリアは此処に来たマシラ王の思いを知った。
それを知った上で、
アリアは厳しい表情を浮かべて言い放った。
「同情はするわ。けど、それとこれとは話が別よ」
「……ッ」
「貴方が戻らなければ、王子を置いて私は戻る。その条件は変える気は無いわ」
「……」
そう切り捨てたアリアの言葉に、
マシラ王は唇を噛み締める。
しかし共和国を滅ぼすという言葉を思い出し、
僅かに笑みを浮かべた様子がマシラ王に見えた事で、
アリアは自身の言葉が失言であると察した。
愛した女性を謀殺されたマシラ王も、
共和国の滅びを心の何処かで望んでいたのかもしれない。
マシラ王が残るという選択肢を助長させる発言に、
今更ながらに後悔を宿したアリアだったが、
王子と接していたレミディアがその話に加わった。
「……知っていました」
「?」
「毒を飲まされ続けている事に、気付いていました」
「!?」
「ですが、そうする理由も理解できました。私はマシラ共和国にとって、ウルクルス様とアレクサンデル様にとって、許されない存在だという事は」
レミディアの言葉にマシラ王は絶句し、
幼い王子は理解できないまま、母親が喋る姿を見ていた。
アリアはそんなレミディアに対して、
静かに怒りながら話し掛けた。
「……毒と知ってて、飲んでたの?」
「はい」
「どうして誰にも知らせなかったの?」
「それが王の為であり、王子の為でもあると思いました」
「……自分が死ねば誰かの為になるなんて、そんな事を思ったの?」
「……」
「そんな考え、間違ってるわ」
「……間違いでもいいのです」
「……」
「私は生を受けてから生きていく中で、何度も間違いを犯しました。その私の最後が間違えであったとしても、それでいいのです」
「いいワケがないでしょう」
「……」
「それじゃあ貴方は、その子を産んだ事すら、間違いだったと思ってるワケ?」
「……」
「貴方が言ってるのは、そういう事なのよ」
そう告げるアリアに、
レミディアは静かに微笑む表情を引かせ、
目の前にいる王子に顔を向けた。
王子の瞳に涙が浮かび、
それに気付いたレミディアは僅かに驚き、
すぐに表情を微笑みに変えて手を伸ばし、
王子の手を優しく触った。
「何が正しく、何が間違いなのか。私には生前の時にも、死後になっても分かりません」
「……」
「けれど。父が罪を犯した事も、私が果物を盗んでしまった事も、王が私を愛してくれた事も、アレクサンデル様を産んだ事も。全ては、それぞれが選択の結果でした」
「……」
「結果として。私は罪を犯し、王と出会い、アレクサンデル様を生み、死を選んだ。……それを間違いだと誰かが言うのであれば。それはきっと、間違いだったのでしょう」
「……」
「死者である私には、もう選択する事はできません。……だから生者である貴方達は、生き続ける限り選んでください。自分の選択を」
王子から手を離したレミディアは静かに立ち上がり、
三人に顔を向けながらそう告げた。
生者である自分達が選ぶのだと。
その時にアリアは察した。
目の前のレミディアという女性は、
選び続けて生きる生者ではなく、
選び終えた死者なのだと。
レミディアの生者の潤いを感じない瞳を見て、
アリアは初めて目の前の人物が死者なのだと、
理性的にではなく、本能的に自覚した。
マシラ王の隣にいる赤毛の女官が、
アリアに向けて話し始めた。
「……お話の最中に言葉を差し挟み申し訳ありません、アリア様。私はマシラ共和国の王宮にて、王の側仕えを命じられています。レミディアと申します」
「ええ、初めまして。……貴方が、王子のお母さんですね」
「……はい」
女官である赤毛のレミディアが入ると、
アリアは怒りの表情をすぐに引かせ、
冷静な表情でレミディアに顔を向けた。
先ほどまでの罵詈雑言の怒鳴り声は見る影も無く、
アリアはレミディアに対して丁寧に挨拶し質問をした。
「貴方は、彼が生者である事を御存知でしたか?」
「……いいえ。ただ、私の記憶の王と、今までの王の言動に違いがあり、違和感はありました。……ここに居る王は、私の記憶にある王ではなく、現世の王だったのですね」
「そうです。彼は秘術を用い、死者の魂に残る記憶の人物とすり替わり、自身を死者と装いつつ貴方と接触していたのでしょう」
「……そうだったのですね」
レミディアは落ち着きつつも、
何処か暗い表情を見せながら、
アリアからマシラ王に身体の向きを変えた。
そして優しくも冷たい声で、王に告げた。
「ウルクルス様。どうか、現世にお帰りください」
「レ、レミディア……」
「アリア様の言う通り。死者である私に、生者であるウルクルス様が共に居てはならぬ事だと、私にも理解できます」
「い、嫌だ。私はここに。レミディア、君と一緒に……」
「……ウルクルス様。私は生前から、貴方の側に立つには相応しく無い者でした」
「そんな事は無いッ!!」
「……」
「君の親の所業が、君が犯した事が、君の身分が、私達の仲を裂く理由にしてはいけないんだッ!!」
「……いいえ。十分な理由でございます」
「違う!!」
諭すレミディアの言葉を遮るように、
マシラ王はレミディアに抱き付き、
涙を流しながら訴えるように呟いた。
「……君は、君は何も悪くないじゃないか……レミディア……」
「……」
「君は、幼い妹に食べさせたくて、一つの果実を盗んだだけなのに……。なのに、そんな事で奴隷に墜とされて……ッ」
「……盗みは犯罪です。例え、果物一つでも」
「君が盗みを働かなくてはいけなかったのは、君の周りに居た者達の悪意のせいだろうに……ッ」
「……父の犯した罪は、その娘である私の責任であり、罪なのです」
「違う。君は、何も罪を背負っていない。だって、こんなに……こんなに、魂が綺麗じゃないか……ッ」
「……ウルクルス様は、お優しいですね」
「違う、違う。君の周りに、悪意がある者しか居なかっただけだ……ッ」
涙を流しながら訴えるマシラ王に、
レミディアは優しい表情を見せながら、
抱き付くマシラ王を静かに離した。
そしてマシラ王の顔を優しく手で撫で、
微笑みながら喋り始めた。
「……ウルクルス様。私に良くしてくださり、そして愛してくださり、感謝していました」
「!!」
「犯罪奴隷である私を寵愛して頂き、生き別れた妹を探す事にも助力してくださり、感謝の言葉では足りないほど、貴方様に良くして頂けた最後の人生。私は、とても幸せでした」
「……レミディア……ッ」
「生前にお伝え出来ずに、申し訳ありません。……私は貴方と出会えた幸福に、救われました」
そう告げたレミディアはマシラ王に微笑み、
そのままアリアの後ろに居る王子に目を向けた。
王子は母親であるレミディアを見ながら、
アリアの前に出て母親の元へ歩み寄っていく。
それに応じるようにレミディアも歩み寄り、
幼い王子に合わせるように身を屈め、優しく話し掛けた。
「アレクサンデル様。大きくなられましたね」
「……お母さん……」
「こうしてお外で御話するのは初めてですね。いつも病床で、アレクサンデル様とは床の間で御話していましたから」
「……」
まるで他人行儀の言葉遣いで話し掛けるレミディアに、
王子は顔を伏せながら気を落とす。
それに気付いたアリアは、
疑問を述べるようにレミディアに言葉を投げた。
「どうして自分の息子に、そんな他人行儀なのよ」
「……アレクサンデル様は王の息子です。ですから、私の息子ではありません」
「……どういうこと?」
微笑み答えるレミディアの言葉を聞いても、
意味を理解できないアリアは再び問い掛けた。
僅かに沈黙したレミディアの代わりに、
傍に居たマシラ王が渋い表情を見せながら話した。
「レミディアは私の子を宿した。私はレミディアを妻に、王妃に迎えようとした。だが犯罪奴隷であるレミディアを妻に迎える事を、元老院を始めとした周囲も許さず、認めようとしなかった……ッ」
「……そういうこと。犯罪奴隷の子だと民が知れば、マシラ共和国の象徴とは成り得ない。だから彼女は王子の母親である事を伏せられて、母親として対応する事を許されなかったのね」
「それだけじゃない」
「?」
「レミディアはアレクを出産後に、毒を飲まされ続けていたんだ……」
「!!」
「出産後に体力を落ちたところに、病を患い死んだように見せる為に。元老院に命じられた給仕が毒を仕込んで飲ませていたんだ……」
「……最悪ね」
「だからこそ、それを知った私はここに来た……ッ」
憤怒と後悔が入り混じるマシラ王の表情を見ながら、
アリアは此処に来たマシラ王の思いを知った。
それを知った上で、
アリアは厳しい表情を浮かべて言い放った。
「同情はするわ。けど、それとこれとは話が別よ」
「……ッ」
「貴方が戻らなければ、王子を置いて私は戻る。その条件は変える気は無いわ」
「……」
そう切り捨てたアリアの言葉に、
マシラ王は唇を噛み締める。
しかし共和国を滅ぼすという言葉を思い出し、
僅かに笑みを浮かべた様子がマシラ王に見えた事で、
アリアは自身の言葉が失言であると察した。
愛した女性を謀殺されたマシラ王も、
共和国の滅びを心の何処かで望んでいたのかもしれない。
マシラ王が残るという選択肢を助長させる発言に、
今更ながらに後悔を宿したアリアだったが、
王子と接していたレミディアがその話に加わった。
「……知っていました」
「?」
「毒を飲まされ続けている事に、気付いていました」
「!?」
「ですが、そうする理由も理解できました。私はマシラ共和国にとって、ウルクルス様とアレクサンデル様にとって、許されない存在だという事は」
レミディアの言葉にマシラ王は絶句し、
幼い王子は理解できないまま、母親が喋る姿を見ていた。
アリアはそんなレミディアに対して、
静かに怒りながら話し掛けた。
「……毒と知ってて、飲んでたの?」
「はい」
「どうして誰にも知らせなかったの?」
「それが王の為であり、王子の為でもあると思いました」
「……自分が死ねば誰かの為になるなんて、そんな事を思ったの?」
「……」
「そんな考え、間違ってるわ」
「……間違いでもいいのです」
「……」
「私は生を受けてから生きていく中で、何度も間違いを犯しました。その私の最後が間違えであったとしても、それでいいのです」
「いいワケがないでしょう」
「……」
「それじゃあ貴方は、その子を産んだ事すら、間違いだったと思ってるワケ?」
「……」
「貴方が言ってるのは、そういう事なのよ」
そう告げるアリアに、
レミディアは静かに微笑む表情を引かせ、
目の前にいる王子に顔を向けた。
王子の瞳に涙が浮かび、
それに気付いたレミディアは僅かに驚き、
すぐに表情を微笑みに変えて手を伸ばし、
王子の手を優しく触った。
「何が正しく、何が間違いなのか。私には生前の時にも、死後になっても分かりません」
「……」
「けれど。父が罪を犯した事も、私が果物を盗んでしまった事も、王が私を愛してくれた事も、アレクサンデル様を産んだ事も。全ては、それぞれが選択の結果でした」
「……」
「結果として。私は罪を犯し、王と出会い、アレクサンデル様を生み、死を選んだ。……それを間違いだと誰かが言うのであれば。それはきっと、間違いだったのでしょう」
「……」
「死者である私には、もう選択する事はできません。……だから生者である貴方達は、生き続ける限り選んでください。自分の選択を」
王子から手を離したレミディアは静かに立ち上がり、
三人に顔を向けながらそう告げた。
生者である自分達が選ぶのだと。
その時にアリアは察した。
目の前のレミディアという女性は、
選び続けて生きる生者ではなく、
選び終えた死者なのだと。
レミディアの生者の潤いを感じない瞳を見て、
アリアは初めて目の前の人物が死者なのだと、
理性的にではなく、本能的に自覚した。
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