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南国編 三章:マシラの秘術
死者との交信
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王室へ向かう通路の途上、
アリアに対してゴズヴァールは話をした。
それはマシラ王の秘術の話と同時に、
ゴズヴァール自身とマシラ血族に纏わる話だった。
「……先々代のマシラ王。彼は秘術魔法を使い、俺は救われた」
「先々代っていうと、まだマシラが王制にもなっていない時期よね」
「そうだ。丁度その時期、俺は自分が生まれた国を出た。そしてある物を捜し求める為に旅を続けていた」
「何を、探してたの?」
「『マナの樹』。そして、その樹に宿るという、『マナの実』だ。聞いたことは?」
「……文献で何度か。眉唾な情報ばかりで、実在してたのも怪しい物よね」
「実在はしていたらしい。その実を食せば、死人でも蘇る。国に残る逸話を聞き、俺はそれを探す為に国を出た」
「……誰を、生き返らせようとしたの?」
「妻と、子供だ」
「!」
「俺は妻と子供を失った。その時の俺は、家族の死に目にすら立ち会えなかった……」
「どうして?」
「俺はその時、牛鬼族へと進化し、浮かれていた。強さを焦がれるあまり、家族に目を向けていなかった。脅威となる相手を倒し、修行にひたすら明け暮れ、家に戻らぬ日が多かった」
「……そう。最低ね」
アリアの率直な感想にゴズヴァールは反論せず、
廊下を曲がった後に再び話を始めた。
「……俺が戻って来た時、妻は病で死に、子供も病を受け、死んでいた」
「……」
「俺は自身の愚かさと家族の死に目に立ち会えなかった事を嘆き、妻と子供を生き返らせる為に、マナの実を求めて旅を続けた」
「……」
「その旅の中、俺は奇妙な噂を聞いた。死者の声を伝え届ける血族がいると。その噂を頼りに、俺はこの大陸に渡った」
「……その血族が、マシラ王族だったというワケね」
「俺は先々代のマシラ王と面会し、死者の声を聞かせて欲しいと告げた。俺の妻と、子供の声を」
「……」
「先々代のマシラ王はそれを聞き届けてくれた。……そして俺は、死んだ妻と子に再会できた」
「……死者との交信。それがマシラ血族の秘術なのね」
「俺は妻と子供に謝った。俺を恨んでいるだろうと聞いた。家族を放置し自身の事しか頭に無かった俺を、憎んでいるだろうと聞いた。……だが妻も子も、俺を恨まず、憎んでもいなかった。生前のように優しく微笑みながら諭し、俺に優しく語りかけてくれた」
「……」
「俺は、家族に許されたかったワケじゃない。ただ、最後の声を聞けずに、死に目にさえ会えずに、別れた事が嫌だった。だから、生き返らせたかった。……だが、家族と話が出来た。それで満足したんだ」
「……」
「満足はしたが、妻も子も居ない国に戻る気は無かった。先々代のマシラ王に懇意を受け、俺はマシラ血族が率いる国で暮らした。それが王国となり、共和国へと変わった。……五十年以上、前の話だ」
そう話すゴズヴァールに、
アリアは微妙な面持ちを浮かべながらも、
言葉を選ばずに敢えて告げた。
「つまりマシラ共和国は、マシラ血族の秘術で死者の声を聞きたい者同士が繋がって出来た、大所帯だったってことね。そして国の上層部……元老院は、その秘術の恩恵を受けていた。そういうことね」
「ああ」
「私には分からないわ。術者の生命を脅かす、そんな秘術を用いてまで、死んだ人の言葉が聞きたいの?」
「……お前は、大事な者を失った事が無いんだな」
「ええ。無いわ」
「なら、その時がくれば分かる。……あるいは、失ってから気付くものだ。例え僅かな時間であっても、大事な者と再会したいと思う気持ちが」
「……」
そう告げるゴズヴァールの言葉を流し、
アリアは追従して王室まで案内された。
豪華な扉を押し開けたゴズヴァールは内側に入り、
追従するアリアは導かれるように部屋の中に招かれた。
「ここがマシラ王室。……そして、あそこに眠るのが、現マシラ王ウルクルス様だ」
「……」
王室の中を歩むゴズヴァールに先導され、
アリアは天幕が張られた豪華なベットの前に辿り着いた。
そこに寝かされた男性を、アリアは静かに見据えた。
「……確かに、マシラ王ね」
「マシラ王を知っているのか?」
「ええ。でも、私が見た時に比べれば、遥かに窶れてるけどね」
アリアは以前に帝国に来訪したマシラ王を思い出す。
まだ若く鋭気さえ見えたはずの面影は無く、
生気を失った肌と肉体の衰えが目に見えて分かるほど、
眠っているマシラ王は衰弱していた。
そのマシラ王を見ながら、アリアはゴズヴァールに尋ねた。
「王様が昏睡して、既に何ヶ月経過してるの?」
「……目覚めなくなったのは、二ヶ月ほど前だ」
「ウルクルス王の世代になって秘術魔法を使い始めた時期は、いつ?」
「……四年前、アレクサンデル王子が生まれた頃だったか。丁度その時期、凶悪な犯罪組織がマシラ共和国内に侵入し、巧妙に隠れひそみながら次々と村々を襲い、物品や女達を奪った。死者の声を聞き、奴等が根城としている場所を、マシラ王の秘術を用いて暴いた」
それを聞いたアリアは僅かに嘆息を漏らし、
首を横に振りながら漏らすように呟いた。
「……本来。死者との交信なんて、一度だって使うべきじゃないのよ。死者の世界に近付くということは、術者自身も死者の世界を尋ねるということ。一度か二度しか行かない被術者ならともかく、術自体を行使する秘術継承者がそれを使い始めれば、死の世界に近付くのは当たり前だわ」
「……治せないのか」
「治せる、治せないの問題じゃないわ。ウルクルス王は、既にこの世にいないってことよ」
「!?」
アリアの言葉を聞いたゴズヴァールが、
思わずアリアの胸倉の服を掴み掛かった。
「何を言っている。王はまだ生きている!」
「肉体はね。でも王の魂が、死者の世界に行きっぱなしなのよ」
「!?」
「秘術を使った後、王様はどんどん疲れて眠る時間が増えてたはずよ。気付かなかったの?」
「……確かに、そうだ」
「それはね、彼が死者の世界に自身の魂を往来させて、自身も死者の世界に近付き過ぎたから。魂が死者の世界に引っ張られて、肉体との乖離現象を起こしてたのよ」
「……」
「それがこの秘術の反動。術者自身が死者の世界に入る事こそ、この秘術の利点となり、逆に欠点にもなってしまった。……今見た限りじゃ、この身体にはウルクルス王の魂は、既に無いわ」
「……そんな……」
「私達が出来る事は、最低でもマシラ血族の子孫にこの秘術を継承させずに、この秘術そのものを世界から消滅させてしまうことよ。この秘術は、生者にも死者にも危険なモノでしかない。……それ以外、出来ないわ」
ゴズヴァールはアリアの胸倉から手を離し、
何歩か後退りした後、膝を落として顔を下げた。
そのゴズヴァールを一瞥したアリアは、
再びマシラ王を見つつ、何かを考える。
マシラ王がこんな状態では、交渉どころではない。
エリクを救う為の言葉を貰えない。
アリアは崖っぷちの状態で必死に思考し、
この状況を打破する為の案を考え始めた。
その時、部屋の奥の扉が開いた。
「……」
「久し振りね、王子様」
扉の奥を開けたのは、
マシラ王と同じ亜麻色の髪をした幼い少年。
アリアが助けたアレクサンデル王子が姿を見せた。
アリアに対してゴズヴァールは話をした。
それはマシラ王の秘術の話と同時に、
ゴズヴァール自身とマシラ血族に纏わる話だった。
「……先々代のマシラ王。彼は秘術魔法を使い、俺は救われた」
「先々代っていうと、まだマシラが王制にもなっていない時期よね」
「そうだ。丁度その時期、俺は自分が生まれた国を出た。そしてある物を捜し求める為に旅を続けていた」
「何を、探してたの?」
「『マナの樹』。そして、その樹に宿るという、『マナの実』だ。聞いたことは?」
「……文献で何度か。眉唾な情報ばかりで、実在してたのも怪しい物よね」
「実在はしていたらしい。その実を食せば、死人でも蘇る。国に残る逸話を聞き、俺はそれを探す為に国を出た」
「……誰を、生き返らせようとしたの?」
「妻と、子供だ」
「!」
「俺は妻と子供を失った。その時の俺は、家族の死に目にすら立ち会えなかった……」
「どうして?」
「俺はその時、牛鬼族へと進化し、浮かれていた。強さを焦がれるあまり、家族に目を向けていなかった。脅威となる相手を倒し、修行にひたすら明け暮れ、家に戻らぬ日が多かった」
「……そう。最低ね」
アリアの率直な感想にゴズヴァールは反論せず、
廊下を曲がった後に再び話を始めた。
「……俺が戻って来た時、妻は病で死に、子供も病を受け、死んでいた」
「……」
「俺は自身の愚かさと家族の死に目に立ち会えなかった事を嘆き、妻と子供を生き返らせる為に、マナの実を求めて旅を続けた」
「……」
「その旅の中、俺は奇妙な噂を聞いた。死者の声を伝え届ける血族がいると。その噂を頼りに、俺はこの大陸に渡った」
「……その血族が、マシラ王族だったというワケね」
「俺は先々代のマシラ王と面会し、死者の声を聞かせて欲しいと告げた。俺の妻と、子供の声を」
「……」
「先々代のマシラ王はそれを聞き届けてくれた。……そして俺は、死んだ妻と子に再会できた」
「……死者との交信。それがマシラ血族の秘術なのね」
「俺は妻と子供に謝った。俺を恨んでいるだろうと聞いた。家族を放置し自身の事しか頭に無かった俺を、憎んでいるだろうと聞いた。……だが妻も子も、俺を恨まず、憎んでもいなかった。生前のように優しく微笑みながら諭し、俺に優しく語りかけてくれた」
「……」
「俺は、家族に許されたかったワケじゃない。ただ、最後の声を聞けずに、死に目にさえ会えずに、別れた事が嫌だった。だから、生き返らせたかった。……だが、家族と話が出来た。それで満足したんだ」
「……」
「満足はしたが、妻も子も居ない国に戻る気は無かった。先々代のマシラ王に懇意を受け、俺はマシラ血族が率いる国で暮らした。それが王国となり、共和国へと変わった。……五十年以上、前の話だ」
そう話すゴズヴァールに、
アリアは微妙な面持ちを浮かべながらも、
言葉を選ばずに敢えて告げた。
「つまりマシラ共和国は、マシラ血族の秘術で死者の声を聞きたい者同士が繋がって出来た、大所帯だったってことね。そして国の上層部……元老院は、その秘術の恩恵を受けていた。そういうことね」
「ああ」
「私には分からないわ。術者の生命を脅かす、そんな秘術を用いてまで、死んだ人の言葉が聞きたいの?」
「……お前は、大事な者を失った事が無いんだな」
「ええ。無いわ」
「なら、その時がくれば分かる。……あるいは、失ってから気付くものだ。例え僅かな時間であっても、大事な者と再会したいと思う気持ちが」
「……」
そう告げるゴズヴァールの言葉を流し、
アリアは追従して王室まで案内された。
豪華な扉を押し開けたゴズヴァールは内側に入り、
追従するアリアは導かれるように部屋の中に招かれた。
「ここがマシラ王室。……そして、あそこに眠るのが、現マシラ王ウルクルス様だ」
「……」
王室の中を歩むゴズヴァールに先導され、
アリアは天幕が張られた豪華なベットの前に辿り着いた。
そこに寝かされた男性を、アリアは静かに見据えた。
「……確かに、マシラ王ね」
「マシラ王を知っているのか?」
「ええ。でも、私が見た時に比べれば、遥かに窶れてるけどね」
アリアは以前に帝国に来訪したマシラ王を思い出す。
まだ若く鋭気さえ見えたはずの面影は無く、
生気を失った肌と肉体の衰えが目に見えて分かるほど、
眠っているマシラ王は衰弱していた。
そのマシラ王を見ながら、アリアはゴズヴァールに尋ねた。
「王様が昏睡して、既に何ヶ月経過してるの?」
「……目覚めなくなったのは、二ヶ月ほど前だ」
「ウルクルス王の世代になって秘術魔法を使い始めた時期は、いつ?」
「……四年前、アレクサンデル王子が生まれた頃だったか。丁度その時期、凶悪な犯罪組織がマシラ共和国内に侵入し、巧妙に隠れひそみながら次々と村々を襲い、物品や女達を奪った。死者の声を聞き、奴等が根城としている場所を、マシラ王の秘術を用いて暴いた」
それを聞いたアリアは僅かに嘆息を漏らし、
首を横に振りながら漏らすように呟いた。
「……本来。死者との交信なんて、一度だって使うべきじゃないのよ。死者の世界に近付くということは、術者自身も死者の世界を尋ねるということ。一度か二度しか行かない被術者ならともかく、術自体を行使する秘術継承者がそれを使い始めれば、死の世界に近付くのは当たり前だわ」
「……治せないのか」
「治せる、治せないの問題じゃないわ。ウルクルス王は、既にこの世にいないってことよ」
「!?」
アリアの言葉を聞いたゴズヴァールが、
思わずアリアの胸倉の服を掴み掛かった。
「何を言っている。王はまだ生きている!」
「肉体はね。でも王の魂が、死者の世界に行きっぱなしなのよ」
「!?」
「秘術を使った後、王様はどんどん疲れて眠る時間が増えてたはずよ。気付かなかったの?」
「……確かに、そうだ」
「それはね、彼が死者の世界に自身の魂を往来させて、自身も死者の世界に近付き過ぎたから。魂が死者の世界に引っ張られて、肉体との乖離現象を起こしてたのよ」
「……」
「それがこの秘術の反動。術者自身が死者の世界に入る事こそ、この秘術の利点となり、逆に欠点にもなってしまった。……今見た限りじゃ、この身体にはウルクルス王の魂は、既に無いわ」
「……そんな……」
「私達が出来る事は、最低でもマシラ血族の子孫にこの秘術を継承させずに、この秘術そのものを世界から消滅させてしまうことよ。この秘術は、生者にも死者にも危険なモノでしかない。……それ以外、出来ないわ」
ゴズヴァールはアリアの胸倉から手を離し、
何歩か後退りした後、膝を落として顔を下げた。
そのゴズヴァールを一瞥したアリアは、
再びマシラ王を見つつ、何かを考える。
マシラ王がこんな状態では、交渉どころではない。
エリクを救う為の言葉を貰えない。
アリアは崖っぷちの状態で必死に思考し、
この状況を打破する為の案を考え始めた。
その時、部屋の奥の扉が開いた。
「……」
「久し振りね、王子様」
扉の奥を開けたのは、
マシラ王と同じ亜麻色の髪をした幼い少年。
アリアが助けたアレクサンデル王子が姿を見せた。
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