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南国編 二章:マシラの闘士

鬼神の血

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アリアは幼い頃、魔人という存在を書物で知る。

魔人と呼ばれる彼等は人間と魔族の血を持ち、
内臓器官などはほぼ人間と変わらないながらも、
体内に魔力を生み出し操る器官を有している。

故に魔人とは、人間とは一線を隔した存在。

魔人の中には人間と魔族の姿を切り替える者もおり、
それ等は『上級魔人』と人間達の中では呼ばれた。
そういう魔人は上級魔獣や王級魔獣に匹敵する脅威があると、
人間大陸の中では認識されていた。

しかし数百年前に巻き起こった、
世界全てを破壊しようと起こった天変地異で、
この星に住む全ての者達が協力し、それを乗り切った。

その事実は世界に語り広まり、
人間と魔族の仲は隔たりは残りつつも、
いがみ合い戦争までに発展する事態は、
この数百年間の間には確認されなかった。

その影響で魔人に対する偏見に似た差別は薄くなったが、
人間と異なる部分は変わることなく、
通常の人間を遥かに凌駕した身体能力を秘めた種族という認識は、
人間が住む人間大陸の中では変わらなかった。

アリアは、エリクがその魔人だったと知り、
少なくとも恐怖はしなかったが、
彼を雇っていた王国での扱いに納得していた。

王国の貴族達がよほどの無能でなければ、
エリクの人間を凌駕する身体能力を目の当たりにし、
彼が魔人なのではないかと勘繰る者もいたはずだ。

そして少なくともベルグリンド王国は、
人間至上主義の貴族社会体制であり、
魔物や魔獣は勿論、魔族という存在を良く思わない。
対してガルミッシュ帝国は実力主義の社会体制であり、
有能な者であれば人間や魔族、魔人にも寛容だった。

エリクが王国で冤罪を着せられ、
処刑されようとした理由。
それは王国が明確にエリクを魔人だと認識し、
排除しようとしたからだと、アリアは確信した。

アリアはそれを、エリクに喋らなかった。

それはエリクにとって既に過ぎた事であり、
今更そんな事を話しても無意味だと思ったからだ。

そしてエリク自体の姿が人間であり、
上級魔人のような姿形へ変貌する様子が見えなかったのも、
エリクが魔人であるという深刻さな事態を、
軽んじている理由でもあった。

そして今、アリアの死という喪失感と虚無感を経て、
牛鬼族と変貌したゴズヴァールに対する怒りが、
エリクを魔人として覚醒させた。


「ガアアアアアアアアァァァアアアッ!!」

「グオォォオオッ!!」


王宮内の建物が次々と破壊されていく。
それは巨体の姿を晒す二匹の獣が、
無遠慮に本気で攻撃を打ち合っていたからだ。

二足歩行の巨大な牛の姿をした魔人が、
マシラの闘士長ゴズヴァール。

そして目の白い部分が赤色へ変貌し、
正気の瞳を失ったエリクは、
徐々に人の姿を失っていった。

エリクの肉体が全体的に盛り上がり、
覆っていた服を破り、二メートルを軽く超える。
手の指は獣のように伸び、
腕を一振りしただけで空気の壁を切り裂き、
その先の対象物を一閃して破壊した。

そして、まだエリクは変化を続ける。
牛鬼族のゴズヴァールに匹敵する巨体へと膨れ上がり、
褐色の皮膚が徐々に赤みを増していく。

そのエリクの変化を近くで見るゴズヴァールは、
戦いの最中に驚くべき変化を確認した。


「!」

「ガァアアァッ!!」

「コイツ、額に角が……!!」


ゴズヴァールが見たのは、
エリクの前髪と額部分の境目。
その境目に二本の黒い角が生えつつあるのを、
ゴズヴァールは確認して深い驚きを見せた。


「貴様、もしや大鬼族《オーガ》かッ!?」

「グ、ガアアアアアアアッ!!」

「魔族随一の戦闘種族の血を継いでいたか、面白いッ!!」


真っ向から殺意を込めた腕を振り落とすエリクの攻撃を回避し、
ゴズヴァールは避けつつエリクの顎を砕くように拳を浴びせた。
しかしエリクの顎は砕けず、
そのまま痛みさえ無視するように攻撃を加え続ける。


「確かに力が強く素早い。だが、貴様の攻撃は単調が過ぎるッ!!」

「グ、ガッ……!!」


大振りのエリクの攻撃を全て捌き、
顔を中心とした人体の急所を的確に撃ち抜き、
ゴズヴァールは拳と蹴りを浴びせ続ける。

だが、エリクは止まらなかった。

それどころか肉体の変化は留まらず、
黒い角と共に黒髪が更に伸び、
肉体は三メートルにまで届きそうなほど膨れ上がった。
肌の赤みが更に増していくに連れて狂暴さも増し、
エリクから溢れ出る魔力は増大しているのを、
戦い対峙するゴズヴァールは確認した。

そしてついに、エリクの拳がゴズヴァールを捉えた。


「ガアッ!!」

「グッ!?」


エリクの拳を左腕で防いだゴズヴァールが、
吹き飛ぶように飛ばされ、左腕を折られた。
まともに防いだにも関わらず折られた左腕を確認し、
ゴズヴァールは驚きながらも自身の治癒力を高め、
左腕を癒しながら冷静にエリクを見た。


「……赤い肌。黒い角の大鬼《オーガ》……。まさか、コイツは……」


左腕を治癒しながらゴズヴァールは立ち上がり、
再び突っ込んで来る赤鬼のエリクと向かい合う。

そしてエリクの虚を突くように、
その真横から飛び出した何者かが、
エリクの顔面を蹴り飛ばした。


「ガッ!?」

「!」


エリクは顔面を強打され崩して倒れた。

エリクを強打したその人物もまた、
ゴズヴァールやエリク同様に異形の姿であり、
銀色の体毛に覆われた、人狼の姿だった。

ゴズヴァールは戦いに加わった人狼の名を呼んだ。


「エアハルトか」

「――……ゴズヴァール。このオーガは、あの侵入者なのか?」

「そうだ。エアハルト、倒されたと聞いていたが?」

「既に癒し終えた。そっちの傷は?」

「まだ時間が掛かる。エアハルト、このオーガを殺すぞ」

「……貴方が、俺と共に?」

「そうだ」

「珍しい事を言う。それほど危険な相手なのか」


起き上がり始めたエリクを見つつ、
参入したエアハルトは疑問を述べてゴズヴァールに聞いた。

ゴズヴァールはエリクを見つつ、こう答えた。


「アレは、鬼神の血だ」

「鬼神?」

「黒い角に、赤肌の大鬼族。まさか彼《か》の国の巫女姫以外にも、鬼神の血が残されていようとは」

「貴方が恐れる程の相手か、ゴズヴァール」

「まだ完全に覚醒はしていない。だが今ここで奴を始末しなければ、この国の……いや。この大陸に住む者達全ての、脅威となる」

「……分かった」


牛鬼となったゴズヴァールと、
人狼となったエアハルトは、
共に異形と化したエリクを見た。
先ほどのエアハルトの強襲さえ致命傷に至らず、
平然と立ち上がったエリクに、二人は笑みさえ零す。

そして、三名の魔人達が激突を開始した。

一方その頃。

死んだアリアの傍に、
少年闘士マギルスが立っていた。



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