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南国編 二章:マシラの闘士

真の姿

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魔人として自身の力を発揮するゴズヴァールと、
魔人として自分自身の力を引き出せないエリクの戦い。

それを見たアリアは、明らかな焦りを見せていた。


「……まずい。このままじゃ、エリクが……」


吹き飛ばしたエリクに歩み寄るゴズヴァールを見て、
アリアは小声で呟き、この状況を打破できる策を考えた。

しかし考える間もなく、
エリクが倒れる場所まで辿り着いたゴズヴァールは、
トドメを刺す為に右拳を振り上げた。

考える猶予さえ無くなったアリアは、強行手段に出た。


「マギルス。ここまで連れて来てくれて、ありがとう」

「え?……えっ、ちょっと。これって……またぁ!?」

「しばらく、動かないでね」


マギルスが呼びかけられた時、
アリアと繋ぎ結ばれた縄を握っていた手が、
縄を通じて氷で覆われ始めている事にマギルスは気付いた。

一瞬で縄を伝って手と腕を氷で拘束し、
更にマギルスの足も氷で覆って拘束したアリアは、
そのまま前へ出るように動いて縄の氷だけ薄くし、
マギルスが握っていた鎌の刃へ縄を当て、引き千切った。


「ちょ、ちょっとアリアお姉さん。何する気なの!」

「決まってるでしょ。エリクを助けるの」

「む、無理だよ!いくらお姉さんでも、ゴズヴァールおじさんは……。ねぇ、ちょっと!」


拘束され手足を覆う氷を剥がそうと、
マギルスは力を込めながらも上手くいかない。
氷の分厚さが尋常ではなく、
少年姿に似つかわしくない怪力のマギルスでも、
アリアの氷の拘束を解けなかった。

アリアはそのまま歩きつつ、
トドメを刺そうとするゴズヴァールに大声で怒鳴った。


「ゴズヴァール!」

「!」


手刀をエリクに突き刺そうとした直前。
ゴズヴァールは動きを停止させ、
後方から歩み寄るアリアに対して意識を向けた。

敢えて気付かせたアリアは、
詠唱も無しに周囲に氷の棘を生み出し、
ゴズヴァールに対して撃ち放った。
それを難なく飛び避け、
そして拳で撃ち落したゴズヴァールは、
アリアに体を向けて対峙した。

一度だけゴズヴァールはマギルスを見ると、
氷で拘束された姿を見ながら、アリアに視線を向け直した。


「……殺されたいらしいな。女」

「殺されるつもりは無いわ。特に、アンタにはね」

「どうやら、拘束具が意味を成していないようだ。……だが、その程度の魔法で、俺に勝つつもりか?」

「勝つ、ね。……まったく。見た目通り、脳筋で頭が悪い男が考えそうな貧相な言葉ばかり言うのね」

「……挑発の言葉にしては、力が足りないようだな」

「試せばいいわ。その貧相な発想と力でね」


ゴズヴァールはアリアの言葉を受け、
僅かに残す慈悲の目を喪失させた。

そのままアリアに歩み寄り、
圧倒的な体格差でアリアの正面に立つと、
素早く拳を振り、アリアの顔面を撃ち抜いた。

しかし次の瞬間。

アリアの顔面に届く直前に、
ゴズヴァールの拳が何かに阻まれた。


「!」

「詠唱しなきゃ魔法が使えないと思ってる。そういう驚き方ね」

「これは……魔法の物理障壁《シールド》か」

「それだけじゃないわよ」

「!」


物理障壁《シールド》に拳を撃ち付けた瞬間、
ゴズヴァールの拳と豪腕に痛みに似た衝撃が走った。
豪腕の皮膚が切り裂かれたように傷付き、
固められた拳が引き裂かれたように裂かれた傷から血を流す。

ゴズヴァールは驚いて腕を引き、
その驚いた表情を見ながらアリアが笑った。


「腕力で全て上手く行くなんて考え方は、時代遅れも甚だしいのよ」

「……」

「あの日の夜。私がどうして大人しく降伏を選んだか。一つだけ誤解されているようだから言っておくわ」

「誤解、だと?」

「あの場で全員倒すのも簡単だったのよ。アンタも含めてね。でも、そうなったらあの子も巻き込んじゃうから、大人しく投降してあげたのよ。感謝しなさい。おかげで王子様は取り戻せたでしょ」

「……」

「それにしても、何が闘士よ。王子をみすみす誘拐されたと思えば、自分の無能を棚上げして他人様に冤罪を押し付けて」

「……ッ」

「そんな闘士達もたった一人の男に壊滅させられて、人格にも戦力的にも問題があるんじゃない?」

「……貴様」

「ただ暴力を振るだけしか解決できない集団の長が、安い挑発も受け流せずに目を血走らせて。それがマシラ最強の男ですって。笑わせないでよ。こんな奴に頼りきってるマシラ王も元老院も、大した為政者だわね」


アリアは嘲笑いつつ、ゴズヴァールを罵った。
その言葉の幾つかはゴズヴァールの額に青筋を浮ばせ、
怒りで冷静さを欠けさせるに十分な言葉の槍となった。

その怒りで口を大きく歪ませて歯を食い縛る中、
ゴズヴァールは零すように口から言葉を吐いた。


「……元老院が命じた事だからこそ、拷問も行わず拘束のみに留まっていたが……。貴様は生かして帰さん」

「それはこっちの台詞よ。私の大事な相棒を散々叩きのめしてくれて……。許さないわ」


互いに怒りの形相へ変化したゴズヴァールとアリアが、
再び交戦を開始した。

ゴズヴァールの素早く重い殴打を物理障壁で防ぎ、
同時にアリアが無詠唱で展開する氷の棘がゴズヴァールに放たれた。
顔面に直撃する氷の棘を回避したゴズヴァールは、
容赦無く詰め寄り凄まじい殴打をアリアに浴びる。

そのゴズヴァールの殴打を全て物理障壁で防ぎながらも、
腕を拘束する鉄製の手枷を外せないまま、
アリアはほぼ一方的に物理障壁を打たれ、
その場から僅かに後退を始めた。

しかし、物理障壁へ打ち付けるゴズヴァールの腕や手足も、
先ほどと同じ裂傷が発生し、血が溢れて舞った。


「大口を叩いて、その程度かッ!!」

「その言葉、そっくり返すわよ!!」

「この障壁は、どうやら与えた攻撃を衝撃に変えて私に返すようだが、それも無意味だなッ!!」

「!」


ゴズヴァールが拳と蹴りを叩き込む中、
アリアは相手の腕や足に発生していた裂傷が、
瞬く間に治癒する瞬間を目撃した。


「魔人の、回復力……!」

「この程度の傷、治すのは造作も無い!!」

「ッ」

「この貴様の反撃もその程度か。ならば、俺が障壁を打ち破った時が、貴様の死だ。魔法使いッ!!」


物理障壁が軋みをあげる中で、
更に殴打力を高めたゴズヴァールの打撃が、
アリアを襲うように叩き込まれ続けた。

次第に障壁越しに打撃の威力が相殺できず、
障壁内のアリアが地面を削るように押されていく。

更に魔人として魔力を拳に通すゴズヴァールの打撃が、
物理障壁にひび割れを発生させた。


「やはり脆かったな、魔法使い!」

「……」

「貴様のような魔法使いとは幾度となく戦った。そして全て、この拳だけで倒してきた!」

「……ッ」

「思いあがった小娘が、死をもって償えッ!!」


ひび割れた障壁に狙いを定めたゴズヴァールが、
深い踏み込みと同時に左腕を大きく振って殴った。
そしてひび割れから障壁が砕けて決壊し、
ゴズヴァールの豪腕がアリアの華奢な体を襲った。

しかし、アリアは笑っていた。


「……フフッ、馬鹿ね」

「!」


そう告げたアリアをゴズヴァールの拳は、
思わぬ形で停止した。
撃ちつけた拳が氷を纏い、
拳から腕にかけて覆って拘束したのだ。

しかもその氷は、薄い赤色になっていた。


「これは……!?」

「アンタの拳と腕を封じたのは、アンタ自身が流した血」

「!?」

「怪我は治せても、外に出た血液までは体の内に戻せない。なら、それを凍らせて生み出す氷の起点を作ればいい」

「……貴様……ッ」

「それにエリクの返り血も、アンタの体を拘束するのに十分なほど浴びせていた。感謝するわ、エリク」


動かない腕と同時に、
回らない腰や胴回りを見たゴズヴァールは、
初めて自分が陥っている状態を認識した。

手足や腕だけではなく、
血液が付着していた場所から氷が発生し、
薄く覆い始め、所々が分厚く覆われ始めていた。
そして瞬く間に血液の氷が増殖し形状を変化させ、
ゴズヴァールの肉体を完全に覆って動きを封じた。

顔面さえ覆い始める氷に、
ゴズヴァールは驚きながらも呟いた。


「馬鹿な……」

「馬鹿はそっちよ。私を並の魔法使いと一緒にした時点で、アンタは終わってたわ」

「貴様、いったい……」

「覚えときなさい。アンタを氷漬けにした女の顔と、アリアという名前をね」

「……」


ゴズヴァールの五体を全て氷で覆い凍らせ、
その場に巨大な氷像にも似た氷の塊がそびえ立つ。
氷像の中にはゴズヴァールが拘束され、
表情と動きが完全に固まった状態で停止した。

そしてその氷は、巨大な赤い薔薇のような形として広がり、
閉じ込めたゴズヴァールを分厚い氷の層で覆い見えなくすると、
その場に咲き誇るように氷の赤薔薇が冷気を発して生み出された。


「――……秘術魔法、『傲慢なる者をブライズ赤い薔薇で彩り飾るアイゲンローズ』。光栄に思いなさい。わざわざ美しい赤い薔薇で彩って、氷の中に埋葬してあげるんだから」


そう告げたアリアは僅かによろめきながらも、
鼻から少量ながも鼻血を垂れ流した。
それを手で拭いながら、アリアは小声を漏らした。


「……マズいわね。これ以上、この方法で魔法を使ったら、反動が……」


そう呟きながら鼻血を拭い、
氷の薔薇を迂回しながらアリアは歩き、
エリクが倒れる場所へ辿り着いた。

アリアは血塗れで倒れるエリクに呼び掛けた。


「エリク。エリク?」

「……ゥ……」

「よかった、生きてるわね。……エリク、起きれる?」

「……ア、リア……?」

「そうよ。まったく、こんな無茶して。約束を破ったわね」

「……無事、か……」

「そっちが無事じゃないでしょ。傷はどうなの、動ける?」

「……ぅ……」


血塗れで怪我が酷いエリクを見たアリアは、
朦朧としながらも喋れる程度に意識が残っている事に安堵し、
華奢な体でエリクを支えようと肩を起こした。

しかしその時、アリアは嫌な音を聞いた。

薔薇の氷にひび割れが発生し、
冷気が発せられない状態になっている事に、
エリクの肩を抱えようとしたアリアは気付いた。


「……嘘。まさか、あれを自力で脱出できるはず……」


そう驚きながら目を向けるアリアだったが、
口から出た言葉とは裏腹に急いでエリクを抱え、
この場から離れようと動いた。

しかし十数秒後、氷の薔薇は砕けて崩壊した。
そして中から出て来たのは、
先ほどまで戦っていたゴズヴァールという大男ではなかった。


「……何よ、あれ……」


アリアが見たのは、ゴズヴァールの姿に近しい何か。

顔の形状が僅かに獣寄りになり、
頭の左右に黒い角を生やした姿。
肉体が肥大化して二メートル強の巨体へ変化し、
手足に剛毛に似た毛を覆う化物染みた様相。

そしてアリアが感じたのは見た目の異様さだけではなく、
化物染みた様相と共に放たれる、魔獣特有の魔力の波動。
そして身に纏う炎に似た魔力の姿。

アリアがその姿を見て連想したのは、
巨大な黒毛の闘牛が人間に近い形を模し、
二足歩行となったような存在。

牛鬼族《ミノス》。

目の前に居たのは、
魔大陸を棲み処にする戦闘種族。
牛頭族の進化体である牛鬼族へ変化したゴズヴァールは、
振り返って睨む視線をアリアに向けた。


「確かに、侮った」

「……魔人って、そういうことも出来るわけね」

「怒りのあまり、貴様を侮った。俺の不覚だった」

「……」

「魔法師アリア。お前を、脅威ある敵として認めよう」


体の正面をアリアに向けたゴズヴァールが、
前傾姿勢となり、更に太く毛皮に覆われた手を地面に着けた。
そして頭の二本の角をアリアとエリクに向け、
鋭い眼光を向けて狙いを定めた。

そして、ゴズヴァールは闘牛の突進の数倍の速さで、
アリアとエリクが居る場所に突っ込んで来た。


「!!」


アリアはその瞬間、回避が不可能と判断し、
古代魔法を使用した物理障壁を前方へ展開した。
幾重にも障壁を重ねて自分自身とエリクを守る。

そして牛鬼族となったゴズヴァールの巨体と角が、
アリアの物理障壁に激突した。
衝突したゴズヴァールと障壁の凄まじい轟音と、
魔力の光がその場に満ちた次の瞬間。

その場に二つの影が宙を舞い、
重なるように地面へ落下した。

そして、赤い血が地面に流れた。


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