上 下
108 / 1,360
南国編 二章:マシラの闘士

歴然の差

しおりを挟む

 憮然として立つゴズヴァールの前で、膝を折り大剣に支えられた血塗れのエリクが息を乱している。

 それを遠目で確認したアリアは、老騎士ログウェルと戦い傷付いた時の事を思い出し、思わず大声でエリクを呼んだ。

「エリクッ!!」

「――……!」

 その声を聞いたエリクは、自分を呼ぶ声に視線を向けた。

 その時のエリクが見たのは、いつものアリアではない。
 普段は整えられた金色に靡く髪は乱れ、小さな傷と血が白い肌と服に浮き目立ち、細い腕には手枷が着けられ、首と手に縄を巻きつけられたアリアの姿。

 それを見たエリクは己の傷さえ省みず、目を血走らせてアリアの元へ駆け出しながら、大剣を構えて縄を持つマギルスに狙いを定めた。
 凄まじい速さで突進するエリクに気付き、マギルスは大鎌を構えて迎撃しようとする。

「何処に行く気だ」

「!!」

 しかしエリクの行動を阻んだのは、隣を並走するように飛び出したゴズヴァール。
 先に走り出したエリクにすぐに追い付き、エリクの横に並んだ瞬間に呼び掛け、その巨大な体を軽快に回して凄まじい蹴りをエリクに打ち込んだ。
 その蹴りを横腹に浴びながらも、エリクは吹き飛びながらも踏み止まった。

「――……グゥッ!!」

「頑丈な男だ」

 再び追撃するゴズヴァールは、接近戦でエリクを打ちのめす。
 掌底・拳・蹴り・肘や膝でエリクに殴打を浴びせ、最後に強力な飛び蹴りを放ってエリクを吹き飛ばす。
 石積みの建築物に衝突し砕きながらエリクは停止し、その場に土煙が巻き起こる。
 沈黙したエリクを確認した後に視線を外したゴズヴァールは、アリアを連れたマギルスに声を掛けた。

「マギルス。その女をどうして連れて来た?」

「びっくりしたぁ。おじさん、あれがエアハルトお兄さんを倒した侵入者?」

「らしいな。どうして連れて来た?」

「このお姉さん、さっき逃げちゃったけど僕が捕まえたんだ。その後に、おじさんが楽しそうな事をしてるって聞いて、見に来ちゃった」

「……そうか。その女を拘束しておけ。私がこの男を始末するまではな」

 ゴズヴァールはマギルスに命じて、エリクが居る場所に歩み寄る。
 それを止めようと駆け出そうとするアリアを、縄を引いて抑えたマギルスが小声で伝えた。

「アリアお姉さん。大人しくしてね。でないと、ゴズヴァールおじさんに殺されちゃうよ?」

「!」

「ゴズヴァールおじさん、今日は本当に本気でやってるね。お姉さんの仲間が、それだけ強かったってことみたいだ」

 周囲の状況を見て推察したマギルスが助言するが、それを聞きながらもアリアはエリクに対して声を向けた。

「エリク、生きてるわよね!?」

「あれだけゴズヴァールおじさんの攻撃を受けたんだよ。生きてるわけ……」

 エリクの死をマギルスは信じるが、次の瞬間には言葉を訂正させられる。

 崩れた建築物の影響で土埃が舞う中、殴打され吹き飛ばされたエリクが血塗れで立っていた。
 口から僅かに吐血し、ダメージを受けた事を如実に見せている。
 明らかに重傷ながらも再び歩き始めるエリクを見て、マギルスは驚いた。

「……凄いね、あのおじさん。ゴズヴァールおじさんの攻撃をあれだけ受けて、まだ動けるなんて」

 驚愕を漏らすマギルスに、アリアは返答をしなかった。
 アリアの視線を釘付けにするのは、血塗れのエリクだけ。
 今のエリクの状態では、戦闘継続は不可能としか思えない。
 先ほどのゴズヴァールの殴打も、樹海のブルズ戦の時に話した受け流す技術を使っている様子は無く、威力を殺す事も出来ずに直撃していた。

 そんな血塗れのエリクが足を縺れさせて膝を折り、視線を一点だけに向いていた。

「――……アリ、ア……」

「エリク……!!」

 息も絶え絶えながらアリアの事だけを辛うじて意識するエリクと、瀕死のエリクに今まで以上の焦りを見せるアリア。
 そのエリクの横へ歩み寄ったゴズヴァールが、朦朧とするエリクに声を聞かせた。

「本当に頑丈な男だ。……やはり貴様も、ただの人間ではないな」

「……」

「だが、頑丈なだけだ。力任せで技量が乏しい。大剣もただ振り回すだけ。膂力と素早さは確かに人間離れしているが、自身の身体能力に振り回されるだけの、素人も同然だな」

「……アリ、ア……」

 アリアに向けた視界を遮り、再び阻んだゴズヴァール。
 それに反応したエリクは拳を振った。
 それも片手で受け止められ、逆にエリクの顎と体の正面中央を打ち抜くように拳を突き込んだ。

「――……ッ」

「ハァッ!!」

 そしてエリクの鳩尾へ蹴り込み、再び吹き飛ばした。
 地面を削りながら転がり、エリクは停止した。
 それを見ていたアリアが驚愕と怒気を交えた震えを宿しながら、ゴズヴァールを見て呟いた。

「……エリクが、全く歯が立たないなんて……」

「ゴズヴァールおじさんだもん。しょうがないよ」

 マギルスが当然のように答える、アリアは疑問を零した。

「……あの男、何者なの?」

「お姉さん、フォウルって国を知ってる?」

「!」

「おじさんはその国で生まれて、ここまで旅してきたんだって。それで僕が生まれるずっと前に、この国に留まったらしいよ。……おじさんが言ってた。僕達は、おじさんと同じだって」

「……同じ?」

「僕やエアハルトお兄さん。それに闘士の中の何人かは、おじさんと同じ魔人なんだ」

「!?」

「僕等は人間と魔族の血が混じって、それを色濃く受け継いだ先祖返りなんだって。普通の人とは違うから、僕はもっと小さな頃に捨てられた。そんな僕や他の人達を、ゴズヴァールおじさんが見つけて拾って集めたんだよ」

「……」

「ゴズヴァールおじさんは、ああ見えて僕達には優しいんだよ。でも、敵に一切の容赦も慈悲も無い。それがこの国最強の闘士、ゴズヴァールおじさんなんだよ」

 マギルスが話す事を聞き、アリアは冷静に納得しる。
 ゴズヴァールに限らず、目の前の少年マギルスの異常な膂力と腕力。
 人間を超越した動きを見せる彼等の正体が魔人であるのなら、これ等の事に説明が付く。
 その情報は意味する先を悟り、アリアは更に焦りを深めた。

 今のエリクでは、ゴズヴァールに敵わない。

 魔人としての力の使い方を知らないエリクと、魔人として戦いに長けたゴズヴァールとでは、雲泥の実力差がある。
 その差がこのような形で歴然とし、絶対的な窮地にエリクを追い込んでいた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?

桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」 やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。 婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。 あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

処理中です...