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南国編 二章:マシラの闘士
エリク襲来
しおりを挟む回帰をし続け、ループに巻き込まれる者。
その間記憶を引き継ぎ続けたのが私であり、途中からアルフォンスもそこに加わった。
ではクロエさんはいつから全てを知っていたのだろうか。恐らく前回や前々回という直近の話ではないだろう。
(私が神殿に忍び込む時の既視感に、今日神殿に入れたことが当てはまった)
どんなに考えていても、どんなに計画を練っていても、案外ことは上手く運ばないもの。それは私が過去神殿に忍び込んだ経験が物語っている。
予想外なこと、下調べでは足りなかったことが起こる上で、その対処法を全て知り得て初めて何事もなく目的を達成できる。ただ、そこに行き着くまでは何回もの試行錯誤が絶対に必要なのだ。
(クロエさんが、全てを知っているかのように問題なく動けたのは、きっと今まで何回も動いてきた証拠なんだろうな)
それを考えれば、クロエさんこそ私と同等に、もしかしたらそれ以上何度もの回帰を経験しているはず。
(だとすれば……何よりも恐ろしいことがある)
それは、回帰の記憶は鮮明であるということ。より具体的に砕いて言えば、痛みは忘れられないということ。
導き出された仮説は、確かにクロエさんができる限り伝えたくない事実だった。
(サミュエルは、クロエさんを生き延びさせようとしているつもりなのに、実際は何度も殺していることになっていた。……なんという皮肉かしら)
愛する人だからこそ伝えられない真実。
傷付けたくないという想いが、クロエさんから痛い程伝わってきていた。だからこそ、どうかその言葉を使うことなく説得できたら……そう私も願っていた。
けれど、やはり上手く行かなかった。
きっとこれは、クロエさんからすれば想定通りだったのかもしれない。
だとすれば、私にできることは。
(クロエさんの力になること。そして、二人を繋げること)
そうして、私はサミュエルに残酷な真実を突き付けることにした。
「私はあと何回死ねばいいのかしら」
クロエさんの声色は、悲しみがこれ以上ないほど染み込んでいた。
「それは……どういう意味だ、クロエ」
「……そのままです」
「死ぬ? 違う、クロエ。君は生きるんだ、絶対に。何としてでも私が生かしてーー」
「知ってましたか、サミュエル。回帰には、痛みが伴うんです。記憶を引き継ぐとはそういうことなんです」
「!!」
その瞬間、サミュエルは固まってしまった。
「……普通、回帰の起点となっている貴方以外が記憶を持つことはあり得ません」
「………………」
クロエさんの言うことは正しく、例外である私とアルフォンスはレビノレアの力が関わっていた。では、クロエさんは一体何故。その疑問にサミュエルは答えられなかった。いや、言葉を失っていたというのが正しいのかもしれない。
「では逆を考えてみましょう。どうして、他の人は繰り返される人生ということに気が付けないのか。簡単です。それは、全く同じ人生を過ごしているから。サミュエルに関わる人間であっても、そう大きく人生における出来事が変わることはありません。だから気が付けないのです」
記憶のない人は、毎回同じことを言い、同じ行動をする。それこそ、記憶がない証拠となる。彼らにとっては毎回が初めて、一回目だから。
「でも私は違いました。サミュエル、貴方が何度も試行錯誤をして、助けてくれようとした。その影響から今まで行われた回帰で、一度たりとも全く同じ出来事をたどることはありませんでした。私が記憶を引き継ぐようになったきっかけは、その違和感です」
淡々と言葉を紡ぐクロエさんだが、冷たさはなくむしろ穏やかさがにじみ出ていた。
「……嘘、だ」
先程までの勢いは消え、サミュエルは小さく呟いた。その声がクロエさんに届いているかはわからないが、彼女は話を続けた。
「……サミュエル。私は貴方のことを本当に愛しております。心の底から、強く。私もできることなら年老うまで貴方の隣にいたかった」
「あ、あぁっ……」
ゆっくりと、確かに、クロエさんの本意がこの空間に響いていく。それと同時に、自分の犯した罪に気が付いたサミュエルは、へたりと座り込んでしまった。
「でもそれは不可能です。神殿に仕え、レビノレア神を信仰してきた大神官である貴方にならわかるはず」
「クロエっ……」
「……サミュエル、お願い。どうかもう私をーー」
クロエさんの声は、そこで初めて震えた。その震えは、誰にも想像できないほどの苦しみを伴っていた。
今目の前に対峙していない私でも、クロエさんが涙を流したのがわかった。
そして彼女は最愛の人に告げた。
「殺さないで」
▽▼▽▼
遅れてしまい申し訳ありません。こちら昨日分となります。本日分は後程更新いたしますので、よろしくお願いいたします。
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