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南国編 一章:マシラ共和国

地主への交渉

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 朝食を食堂で済ませ、宿泊している部屋をある程度まで片付けた三人は、荷物を置いてケイルに案内されながら、部屋を借りられる場所まで赴いた。
 その道中、街並みを見ていたアリアとエリクが町の中央に大きく立つ建物に注目した。そんな二人に、ケイルは説明をした。

「あの建物はマシラ共和国の王宮。王城でもあるな」

「ここ、王城があるの? しかも、あんな中心に?」

「ああ。この首都は山みたいな高層階層になってて、貧しい奴等が住む下層と、普通の市民や商業が盛んな奴等が住む中層、金持ちが集まる住宅地がある上層がある。そしてその上にマシラ王とその家族が住んでる王城があるってわけ。そうやって住み分けをしてるわけだ。ちなみに、泊まってた宿があるのは上層、傭兵ギルドや大浴場がある場所は中層だな」

「へぇ……。あれが王城……」

「どうした、王城が気になるのか?」

「ううん。ちょっと気になる話を聞いてたから」

「気になる話?」

「ここでは言えないから、後で話すわ。それより、私達が向かってる場所は?」

「下層の貧民街。そっちの方が空いてる部屋や家は結構多いし、部屋代も安い。隠れ住むにも便利だし、しばらく住むなら借りとくといい。風呂は中層にある大浴場に入ればいいだろ」

「そう、分かったわ」

 そんな会話をしつつ首都を歩く三人は階段を何度か降り、首都の下層に辿り着く。
 上層や中層より建物の古さや街並みの清潔さは損なわれながらも、人々が活気ある中で活動していた。
 そして首都の外周に近い位置まで歩き、とある掘っ建て小屋の前にケイルは辿り着くと、扉を叩きながら声を上げた。

「おい、婆さん! まだ居るか?」

「……」

「なんだよ。もう死んじまったか。あれから五年だからなぁ」

 そんな事を口から零すケイルだったが、勢いよく扉が開け放たれると同時に、ケイルの頭に扉が当たり、鈍い音を立てた。
 そして怒鳴り声がその場に放たれた。

「誰が死んじまっただい、このスットコドッコイが!」

「い、痛……ッ。い、いるなら返事くらいしろよ!」

「今してるだろうがぃ!」

「遅えよ!」

 出て来たのは背が小さく背中まで垂れ下がった白髪に、年老いて皺が目立つ肌を覆うように服を纏う老婆が、ケイルと怒鳴り合うように向かい合った。
 そんな二人の会話に止めつつ割り込んだのは、偽装を施していない金髪碧眼のアリアだった。

「あの、すいません」

「あぁ、なんだい。随分珍しい身形した嬢ちゃんじゃないか。異国人かい?」

「はい。私は先日、このマシラに訪れたばかりの傭兵です」

「アンタみたいな、か細いガラス細工みたいな嬢ちゃんが傭兵ぃ? 嘘は止めときな」

「私は魔法師ですから。それより、ここで部屋を借りられると、ケイルから伺って参ったんです」

「あぁ? 部屋だってぇ」

 そうして再びケイルに視線を向けた老婆が、嫌そうな顔を浮かべながら喋った。

「なんだい。あんたケイルかい。少し前に出てった顔だね」

「ああ、また部屋を借りに来たんだ。どっか良い場所が空いてないかい?」

「傭兵なんだから金くらいあるだろ、宿に泊まりな。宿に」

「少しワケ有りでね。長居が出来る部屋が必要なんだよ。出来れば二人か三人くらい余裕で入れるとこ」

「ふんっ」

 ケイルの交渉に老婆はそっぽを向きながら、開けた扉の中に戻ってしまった。
 そして小屋の中で老婆が声を掛けた。

「この辺はもう埋まってるんだ。狭い部屋しかないよ」

「それでいいよ」

「ふんっ。ゴホッ、ゴホ……」

 そうして再び小屋の奥に戻った老婆を見つつ、エリクはケイルに聞いた。

「ケイル。あの老人は?」

「この辺で部屋の貸し借りをしてる婆さん。アタシがまだマシラに居た時に世話になってた」

「あの老人、一人だけか」

「ああ。元々この地域は小さな村だったんだが、それを首都に組み込んで範囲を広げたんだ。その時に、あの婆さんが土地の管理を任されたらしい。家賃は一週間に一回払いに行けば、特に何も言わないし。地元のワケ有り連中なんかはここを利用してこっそり暮らしてる」

「詳しいな」

「アタシも昔、ここを借りてたからね。あの婆さんとは、結構長い付き合いだ」

「そうか」

 ケイルの話を聞いたエリクと、一緒に聞いていたアリアは事情を飲み込んだ。
 この地域の地主を任されている老婆は、幾つかの羊皮紙を束に纏めて持って来ると、それを投げつけてケイルに渡した。

「このどれかに、勝手に住みな」

「はいはい」

「家賃を払わなかったら、役人呼んですぐに追い払いに行くからね。……ゴホ、ゴホッ」

 先ほどから時折聞こえる、苦しそうに咳き込む老婆に気付いたアリアは、歩み寄りつつ話し掛けた。

「もしかして、ご病気ですか?」

「ゴホッ、違うよ。歳とってるだけさ。若いお嬢ちゃんには分からないだろうがね」

「……少し、診せて頂いて宜しいですか?」

「ああ? ちょっと、なんだい……」

 アリアは老婆に近付いて屈みつつ、顔色や目、肌や身体の各所を確認するように触り、老婆の体調状態を確認した。
 確認し終えたアリアは、呟くように伝えた。

「……肺が悪いんですね?」

「!」

「医者などには、掛かっていますか?」

「……ふんっ。医者なんて偉そうな連中、診せるワケがないよ!」

「ダメですよ。体は大事にしないと」

「うるさいねぇ。放っておいてくれ!」

 医者や病気の事を拒むように否定する老婆に、アリアは手を握って訴えた。

「貴方の体は、貴方のモノです。だからこそ、大事にしてください」

「な、なんだい」

「医者が嫌であれば、応急処置に近い形ですけど……――『上位なる光の癒しハイヒール』……!」

「ひっ。な、なんだいこれは……」

「……『清浄なる快復の癒しキアリテーション』……。どうですか、肺はまだ苦しいですか?」

 老婆に纏うように回復魔法の光りが覆い、回復魔法が老婆の体を癒した。
 それに驚く老婆だったが、身体の状態を聞いたアリアに戸惑いつつ、自分の体を確認した。

「……息が、苦しくなくなったね……。な、なんだか。体が前よりずっと軽いね……」

「肺と一緒に、身体を悪くしている部分を浄化させましたから。病気で落としていた体力も、回復魔法で戻しています」

「回復魔法……!?」

「言ったじゃないですか。私、これでも傭兵で魔法師なんです」

「か、回復魔法なんて……。医者よりも高いじゃないか! 私から巻き上げようって魂胆かい!?」

「いいえ。これは私が勝手にやったことなので。御迷惑だったらすいません」

「……」

「部屋を見て回ったら、戻ってきて何処に住むか御話します。昼前には戻りますね」

 そう伝えて笑いかけたアリアは、老婆に礼を述べてその場から離れた。
 待っていたケイルとエリクは戻って来たアリアを見ると、渡された羊皮紙に書かれた場所を見ながら、部屋の話に入ろうとする。
 そんな中で新たな羊皮紙を持った老婆が、アリアの後ろから声を掛けた。

「待ちな、嬢ちゃん」

「え?」

「この家、今は誰も使ってない。水道は引いてるが、風呂なんて気の利いたモンは無いし、何にも整理してないから荒れてるが、広いのは確かだ」

「えっ、良いんですか?」

「さっきの礼だ。……とりあえずはね」

 物件の情報が書かれた羊皮紙を渡し小屋に戻った老婆を見送ったアリアに、ケイルが驚きの顔を見せていた。

「……凄いな、アリア」

「えっ、何が?」

「あの婆さん、偏屈で滅多に注文通りの部屋、絶対に渡さないんだよ」

「えっ、そうなの?」

「注文通りの部屋を渡す婆さん、アタシも初めて見たぜ」

 そうした事を驚くケイルは、新たに渡された羊皮紙の中身を見て、要望通りに書かれた部屋の場所を見た。
 そしてアリアとエリクを伴いながら、三人は老婆が用意した部屋を確認に向かった。
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