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逃亡編 三章:過去の仲間

ユグナリスの憂鬱 (閑話その六)

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 俺の名前は、ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュ。

 ガルミッシュ帝国現皇帝の父ゴルディオスと、現皇后である母クレアから生まれた。
 俺は帝国皇帝の息子として、また皇子として皆に愛された。
 そして俺を愛してくれる者には、同じ愛を返そうと思ってきた。

 そんな中で、俺を愛さない奴がいた。
 それが父上の弟であるクラウス叔父の娘。
 アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン。

 アルトリアと初めて対面したのは、俺が七歳で、アルトリアが五歳の頃だ。
 父上と母上、そして叔父上に連れられた子供の俺達は、互いに初めて出会い、両親の合意の下で婚約を結んだ。
 当時の俺は、婚約というモノを理解していなかった。
 それでも、目の前に居る金髪碧眼の綺麗で可愛い女の子も、父上や母上のように、そして周りの者達のように、俺を愛してくれると何の疑いも抱かなかった。

 しかし、初めて二人きりになった時。
 アルトリアが俺に向けた言葉で、その幻想は崩れた。

「わたし、甘やかされてるあなた、きらい」

 幼いアルトリアが向けたその言葉は、幼い俺を愕然とさせるに十分だった。
 初対面のアルトリアへの印象は、可愛い女の子だった。
 その言葉を聞いた後は、言うまでもない。

 それから俺とアルトリアは、互いに二人きりになると口論した。
 父上や母上、叔父上や他の者達の前では、アルトリアは貴族令嬢として相応しい対応をとっていた。
 しかし俺と二人きりになると、途端に喧嘩に発展した。
 どうしてアルトリアが俺を愛さないのか、俺は理解できなかった。

 始めこそ、アルトリアの気を引こうと色々した。
 アルトリアの見た目に相応しい可愛く綺麗な物をプレゼントしたり、俺が凄いんだぞって所を話したりした。
 ちゃんと先生と剣の修行もしているんだというのも見せた。

 でも、アルトリアは俺の事を更に嫌っていくのが分かった。
 俺が甘やかされていると罵り、俺の努力を否定した。
 アルトリアの向ける言葉の一つ一つが、次第にストレスとして俺の中に溜まり、それを発散するように過食気味になって、俺は少し太った。

 アルトリアが婚約者だという言葉を理解した時、俺はあんな女と結婚させられるのかと絶望した。
 それでも、父上と母上が望む事を叶えなければならなかった。
 周囲の期待に応えなければならなかった。
 俺は今まで一度として、アルトリアから逃げなかった。

 俺が十五才の時、アルトリアが十三歳の時。
 魔法学園にアルトリアが入学すると聞いて、俺も魔法学園に入学する事に決めた。
 俺は炎と光属性の魔法を扱える才能があったから、俺が凄いんだぞという所を見せ付けて、今度こそアルトリアの態度を改めさせようとした。

 でも、アルトリアは天才だった。
 アルトリアの才能は前代未聞だった。
 全ての属性魔法を操り、俺の得意だった光属性の魔法も使い手として凌駕した。
 唯一勝っていた火属性魔法も、アルトリアの得意とする水属性魔法と相性が悪く、魔法の模擬戦でも敗北を喫した。
 アルトリアは魔法だけでなく、勉学や体術も誰よりも上を目指した。
 そして魔法技術でも新魔法論文を発表して、帝国魔法師の世界に新しい波紋を生じさせた。
 アルトリアはたった二年間で、魔法学園で不動の頂点を築いた。
 そんなアルトリアが俺を見下す視線が見えた。

 凄く悔しかった。
 俺を愛さず、俺を凌駕するアルトリアが憎くなってきた。
 それでも俺は我慢した。
 父上と母上の期待を裏切らない為に、アルトリアの婚約者である為に、俺は頑張った。

 でも追い付けなかった。
 それどころか周囲の視線はアルトリアへ称賛として向けられ、俺に向けられる視線は、そんなアルトリアと比較されるモノとなった。
 俺はその視線に我慢することが出来ず、自暴自棄気味になり、アルトリアから貰えない女性からの愛を求めた。
 魔法学園や他の場所で様々な女性に話し掛け、俺がアルトリアとは違う凄さを持っている事を話した。
 俺の事を見て愛して欲しくて、声を掛けた。

 でも皆がアルトリアを称賛し、俺を称賛しなかった。
 ついには、俺を罵る声もあった。
 それが我慢できずについ女性に手が出てしまった。
 怒りを抑えきれずに手が出てしまった女性に対して、俺はちゃんと謝罪の言葉を述べた。
 謝罪金を払い、謝罪の意味も込めて豪華な物品を送った。

 その件をアルトリアに知られ、罵倒された。
 ちゃんと罵られた相手にも我慢して謝罪したのに。
 俺が抱えるアルトリアの劣等感は拭い切れなかった。

 どうにかアルトリアを見返したかった。
 そしてアルトリアが悔しがる姿が見たくて、俺はあることを計画をした。
 その計画は俺の考えに同調してくれた魔法学園に通う友人の協力を得て準備された。

 魔法学園の俺が卒業するパーティを開いた際に、アルトリアを困惑させるドッキリ企画だった。
 勿論、その後に種明かしをして悪ふざけだったと話し、アルトリアに謝罪するつもりだった。
 ただ、アルトリアが悔しがる顔が見たかったんだ。
 俺は発案し、協力してくれる友人に企画の準備を任せ、俺はその日を今か今かと待ち侘びていた。

 しかし、その企画は実行されなかった。
 俺の卒業パーティが開かれた日、アルトリアはパーティに来なかったからだ。
 代わりに来たのは、魔法学園に在学する令嬢や女性の父兄達。
 俺が声を掛け、手を出してしまった女性の家族も来ていた。
 それぞれが書状に収められた手紙を持ち、俺に詰め寄って真実を聞いてきた。
 俺が女性達に酷い権力圧と暴力を向けたというのが、事実だったのかということを。

 俺はその日の卒業パーティで、俺を愛してくれていた父上と母上、そして幼い頃から付き従ってくれた家人達。
 そしてアルトリアの父である叔父上の前にして、失望された。

 そしてその翌日。
 アルトリアが行方不明になったと聞かされた。
 俺との婚約破棄の書状を、父上と母上に送った上で。

 俺はアルトリアが大嫌いだ。
 俺が人を嫌いになった初めての相手だ。
 自分を愛してくれないアルトリアを嫌いになった。

 それでも、俺は逃げた事は一度だってなかった。
 嫌いな女と婚約しても、俺は逃げなかった。
 いつかアルトリアも俺を愛してくれると信じていた。
 俺とアルトリアも、いつか父上と母上のように愛し合えると。
 俺とアルトリアが愛し合える日が来ると信じていた。

 そう信じていたアルトリアは、俺を裏切って逃げ出した。
 周囲の期待も裏切って逃げ出した。
 俺は初めて、逃げたアルトリアを許せないと思った。

 アルトリアは嫌いではあったけど、許せないと思った事は一度としてなかった。
 アルトリアが成してきた事を内心では認めていた。
 いつか皇帝になる男が、妻となる女性への寛容さを身に付けなくてどうするんだ。
 そんな俺がアルトリアを初めて、許せないと思った。
 父上や母上に初めて叱責を受けながらも、俺はアルトリアが許せないという気持ちの方が勝り、叱責の言葉も耳から通り抜ける日々が続いていた。

 そしてアルトリアが逃げ出して一ヶ月が経過した頃。
 俺の部屋に、ある老人が笑いながら訪れた。

「誰だ? 警備の兵はどうした」

「ほっほっほっ。お前さんがユグナリス殿下ですかな。クレア様に似た輝くような赤毛をしとる」

「誰だと聞いている」

「儂はログウェル。お前さんの父上、ゴルディオス様にお前さんの教育を任された者じゃ」

「ログウェル……。まさか絵本にある、騎士ログウェル?」

「ほっほっほっ、そのような本もありますな」

「俺も子供の頃によく読んだ。貴方が騎士ログウェルだとしたら、俺は貴方を尊敬している」

「そうですか、それは光栄じゃて。……話に聞いていたより、随分と殊勝な面持ちですな」

「……アルトリアの件での、俺の事を話しているのか?」

「随分と、酷い事を行われたと聞いていましたのでな」

「……確かに俺は、度が過ぎる事を行ったのかもしれない。その点は反省している」

「ほぉ」

「でも、こうやって反省し罰を受ける俺と比べれば、逃げ出したアルトリアの方が、俺は許されるべきではないと思っている」

「……ほぉ」

「俺は、アルトリアが子供の頃から嫌いだった。好きでも無い相手と婚約させられて、その相手と結婚しなければならない。それが辛かった。……でも俺は、それから逃げ出そうとなんて、一度も思わなかった」

「……」

「だが、アルトリアは逃げ出した。……俺を罰する事に恨みはない。アルトリアに正面から打ち破られ、打破されただけだ。俺の行いに皆が失望するのも当然だろう。……でも、俺からも周囲の期待からも逃げ出したアルトリアを、俺は許せない」

「……なるほど、そういう事ですか」

 言い切った俺に対面するログウェルは、微笑みつつ歩み寄る。
 そして近い距離で立ち止まったログウェルに、俺は今後の事を聞いた。

「……ログウェル殿。俺の教育係と言ったな」

「そうですじゃ」

「貴殿が何を俺に教育するのか知らないが、今の時期に尋ねたということは、俺の更正でも父上に頼まれたのか?」

「そうですな。そのつもりじゃったが、ちと趣向を変えましょう」

「え?」

「お前さんはどうやら、本当にゴルディオス様の息子のようじゃ」

「どういうことだ?」

「お前さんの叔父上ユリウス様は鷹として、アルトリアという鷹を生んだ。そしてお前さんの父親ゴルディオス様は鳶として、ユグナリスという鳶を生んだ。そういう事ですじゃ」

「……それは、褒めているのか? それとも、貶しているのか?」

「褒めておるんじゃよ。……さて、お前さんの教育じゃが、儂が行うのは一つだけじゃ」

「え?」

「お前さんを強くしよう。そして鳶であるお前さんが強くなり、鷹であるアルトリア御嬢様に挑め。そして勝つといい」

「アルトリアに、勝つ……?」

「勝つと言っても、千差万別じゃがな。まずはアルトリアに実戦で勝利してみせよ。さすれば、お前さんも見えてこよう。お前さんが立つべき場所の風景がの」

「それは、どういう……」

「さて。まずは西側に赴くとしよう。クラウス様とゴルディオス様の若い頃に、あそこに連れて稽古したものじゃて」

「お、おい」

「問答無用じゃよ。これからは自力で頑張りなされ」

 その日、ログウェルというクソジジイに気絶させられた俺は、引き摺られながら帝国領の西側に運ばれた。
 それから俺の生活は、苦難の日々が始まった。
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