66 / 1,360
逃亡編 三章:過去の仲間
約束の和解
しおりを挟む朝になり、ついに南の国へ出発する日が訪れた。
宿の食堂で朝食を済ませたアリアとエリクは準備を終えていた荷物を抱えて、宿の受付で挨拶を済ませて港へ向かった。
昨夜の会話で微妙な空気が続き、二人の間に初めて気まずい状態が継続していた。
「……」
「……」
「もうすぐ、着くわね」
「そうか」
「……」
「……」
アリアは何か言わなければと話題を出すが、短い受け応えしか出来ない話題と、エリク自身が話の幅を広げられないこともあり、どんどん会話の幅が狭まってしまっていた。
そして港に着いた頃に、ついにアリアが我慢し切れずに立ち止まった。
「エリク!」
「な、なんだ?」
「昨日の夜の話。今度は貴方から私に質問しなさい!」
「えっ」
「なんか、こう。もう、この空気が嫌なのよ! だから話題を提供しなさい!」
「あ、ああ……」
急な話題振りに戸惑いながらもエリクは再び歩くアリアに付いて行き、質問の内容を考えた。
そして思い付いたエリクは、それをアリアに聞いた。
「……アリアは、好きな食べ物はなんだ?」
「あっ、昨日と同じ質問する気ね」
「あ、ああ」
「まあ、いいわ。……そうね、柔らかいバターロールに、ハムエッグ。それにポテトサラダね」
「それは、今日の朝食だな」
「そうよ。私、朝にあのメニューを食べるのが好きなのよ。あの宿にあって良かったわ」
「そうか。しばらくは、食べられないな」
「はい、そういう暗い話は禁止!」
「あ、ああ」
「さぁ、次の質問!」
「……き、嫌いな食べ物は?」
「幼虫の踊り食い……」
「そ、そうか」
「というか、もっと貴方が私に聞きたい事を聞くの!」
「ん、んん……」
悩みながら歩くエリクは、再び何かを思いついてアリアに聞いた。
「……アリアの、家族の事を教えてくれ」
「え?」
「俺は家族がいないから。少しだけ、興味はあった」
「……そっか。じゃあ、誰から聞きたい?」
「父親からだ」
「……お父様は、ローゼン公爵家の当主で、若い頃には軍の将校を務めていたそうよ。今では政治方面に力を入れているけど、軍の訓練によく参加して、部下を鍛えてるわ。私にとっては、凄く厳しい人だった」
「そうか。……母親は?」
「……お母様の事は、私もよく知らないの」
「そうなのか?」
「どういう人だったか聞いても、お父様は答えてくれないし。……でも、小さな頃にそれらしい人と会ってた記憶はあるの」
「そうか。どんな、母親だったんだ?」
「……よく、私を抱っこしてくれてたと思う。笑ってて、髪の毛は私と違ったけど。でも、あれはお母様だと思う」
「そうか。……あとは、兄だったか?」
「うん。お兄様は、お父様が厳しい反面、私に優しく接してくれる人なの。私と七歳差で、よく遊んでもらってた。でも、ローゼン公爵家の次期当主だから、いつも忙しそうにしてて、魔法学園に入学してからは疎遠になっちゃった」
「そうか。……他には?」
「いないわ。お父様の部下や、お兄様のお友達が時折尋ねてきたけど、私は友達が出来なかったし、あの馬鹿皇子の婚約者だったから、男の人で親しい人も出来なかった。本当、全部あの馬鹿皇子のせいに思えてきたわ」
「……そうか」
そう話し終えたアリアと再び沈黙し出したエリクの様子に気付き、アリアが再び話を切り出した。
「エリク、他に質問は?」
「……それじゃあ、一つだけ」
「なに?」
「……どうして、俺を遠ざけようとする?」
「!」
立ち止まったアリアは振り返り、思わずエリクを見た。
そしてエリクも立ち止まり、アリアに真剣な表情を向けていた。
「君は、俺を遠ざけようとしている気がする」
「……うん」
「何故だ?」
「……エリク、せっかく仲間と会えたんじゃない。親しかったんでしょ?」
「ああ」
「だったら、仲間達と一緒に居たいと思うのは、普通でしょ?」
「……いいや」
「だってエリク。昔の仲間達と出会って、凄く楽しそうだったじゃない」
「ああ、楽しかった」
「だったら……」
「俺は、君に雇われた。アリア」
「!」
「君を一生、守ると約束した」
「え……」
「俺は、君と交わした約束は守りたい。……君と一緒に、旅を続けたいと思っている」
真剣な表情でそう告げるエリクの言葉にアリアは思わず呆然とし、数秒後に顔を背けて歩き出した。
エリクはそれを追うように歩き始め、歩き出したアリアに声を掛けた。
「アリア?」
「……今は、声を掛けないで」
「どうしたんだ?」
「今、顔を見られたくないの」
「……分かった。よくなったら、教えてくれ」
「うん」
後ろから見えるアリアの顔から、水のような液体が滴り、地面へ落ちた。
それを見たエリクは察し、声を掛けるのを止めて後を付いていった。
手と腕に顔を押し当てつつ、顔に滴る水滴を払おうとするアリアは、自分の顔に手を当てて下位の回復魔法を施しつつ、パタパタと顔を仰いだ。
港から吹き込む風が顔に当たり、次第に乾いていく顔を向けたアリアが、いつもの微笑みでエリクに対して告げた。
「エリク。私に、付いて来てくれる?」
「ああ」
「何処まで?」
「俺が、付いて行きたいと思うまで」
「分かった。絶対、付いて来てよね」
「ああ」
微笑みを浮かべたアリアを見て、エリクは安心するように口元を微笑ませた。
「……よし。それじゃあ、南の国に渡って、私とエリクが暮らせる安寧の地を探すわよ! 長い旅になるかもしれないけど、覚悟してよね。エリク」
「ああ、分かった」
そしていつもの調子で喋る二人は、自分達が乗る商船の場所を目指して歩いた。
南の国を目指す為に。
そして、アリアとエリクが港に到着した時。
東港町にとある二人組が訪れていた。
一人は目立つ赤い外套を羽織った痩せ細った男と、もう一人は灰色の外套を羽織った老人。
灰色の外套を羽織った老人がフードを被ったまま、微笑むように周囲を眺めた。
「懐かしいのぉ。訪れたのは、半年ほど前じゃったか。……さて、御嬢様の所に行きますぞ」
「……ああ」
そして、赤色と灰色の外套を羽織った男達が、港の方へ足を向けた。
10
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!
アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。
「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」
王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。
背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。
受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ!
そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた!
すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!?
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。
※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。
※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?
桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」
やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。
婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。
あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる