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逃亡編 三章:過去の仲間

平民と貴族の違い

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 アリア達の事情を聞いたエリクの傭兵仲間達は、渋い表情を見せながら話を全て聞き終えた。
 その中で真っ先に声を出したのは、マチスだった。

「……まさか、傭兵ギルドがそんな依頼を……。じゃあ、俺がエリクの旦那やアンタを監視していたのも……?」

「私達が依頼を無視して逃げ出すのを防ぐ為と、万が一逃げ出した場合、私を殺す為でしょう」

「密航業者を探してたってのも……」

「傭兵ギルドが逃がすより暗殺を選んだ場合に備えて、緊急脱出できる手段を得る為でした」

「……そうか。だから、あんな無茶な事を……」

 マチスが口を閉じた次に聞いたのは、考えるように目を閉じていたワーグナーだった。

「なるほど。だから南の国マシラを目指す、か」

「はい」

「……一つ、質問だ」

「何でしょうか?」

「アンタはどうして、そうまでして逃げたがる?」

「どういう意味でしょう?」

「アンタは、あのローゼン公の娘だ。戻れば栄華が約束されている。それを捨ててまで逃げて、アンタは何を得たいと思っている?」

「……」

「俺達は王国でも平民の出。しかも貧民街で生まれた。俺達から言わせれば、アンタの立場は羨ましい。貴族の御嬢様がそんな立場を捨てて逃げる理由が理解できない。それ相応の理由があるんだろ。それを教えてくれ」

「……貴方達から見れば、くだらない理由です。私は帝国の皇子と幼い頃に婚約していました。私はその皇子の為に、家柄の為に、良き皇后になる為に教育を受け続け、我慢して公爵令嬢を演じ続けました。でも、私はその皇子に裏切られた。私があの国で培った全てが無駄だったのだと思い、あの国にも、そして身分に居るのが嫌で逃げました」

「……確かに、俺達が生きてた世界に比べたら、くだらない理由だな」

「でも、私は後悔はしていません。逃げる事に、私自身が後悔してはいけない。そう思います」

 意思を強く見せるアリアの青い瞳に、ワーグナーはそれ以上の否定を口にしなかった。
 それを聞いていたケイルが横から割り込み、アリアに罵倒に近い言葉を浴びせた。

「夢見がちな御嬢様の逃避行か。そんなんでエリクを巻き込むんじゃないよ」

「……そうですね。私のせいでエリクを危険に晒した事が何度もあるのは事実です」

「素直にお前のお父様とやらの家に戻ればいいんだ。少なくとも、気楽に生きられる貴族の方が、こんな泥臭い傭兵稼業に身を置くのに比べたら楽だろうよ」

「……貴方は、貴族というモノを誤解していますね」

「なに?」

「貴方が考える貴族と平民。違いがあるとすれば、何でしょうか?」

「そりゃ、身分の違いだよ。それに金を持っているか、持っていないかの違いだ」

「違います。責任の違いです」

 凄然とした力強い声でケイルの言葉を否定したアリアが、力説するように力強く言い放った。

「王国ではどうか知りませんが、帝国の貴族とは平民に対し平等を与え、安寧を与えるべき存在です。彼等が平和に暮らす為に、そしてより良い暮らしを出来るように務めるのが、帝国貴族の在り方であり、平民との違いです。貴族とは国と臣民を平和に導く存在であり、それを行える立場に居る者達です」

「……まるで、平民が国を平和に出来ないとでも言ってるようじゃないか。汗水と血を流して前線で戦ってるのは、その平民だろうが」

「私達の国は王国の徴兵制と違い、軍制を行っています。平民から軍に志願し訓練を行い、兵士として前線で戦う制度です。彼等はそういう意味で平民ではなく、国の軍兵です」

「結局、そいつ等は平民だろって言ってんだよ。お前等貴族が、前線に出て血を流して戦ってるとでも言うつもりか!?」

「はい。それが帝国貴族です。そうでない者は、帝国貴族を名乗る資格はありません」

「!?」

「帝国貴族とは、常に兵士達と共に戦場を駆けて戦う者。そして、自分の領土に住まう民が求める安寧の暮らしを維持する者達です」

「……なんだよ、それ」

「帝国貴族とは、臣民の為に生きて政治を行い、臣民の為に戦い続ける者達です。そんな貴族が楽に生きられる? 王国貴族とは、よほど怠慢な考え方をした者達なのですね。そして、そんな貴族を見てきた貴方達は、そんな貴族達の在り方に毒されてしまったんですね」

「……おい、喧嘩売ってるのか?」

 ケイルが立ち上がり怒りの形相を見せる中で、他の仲間達が止めるように立ち上がった。
 それでもアリアは言葉を止めなかった。

「貴族が楽をして生きている。それは間違いだと言っているだけです。喧嘩を売っているつもりはありません」

「……」

「貴族とは、常に責任を負う立場の者達。様々な教養と知識を幼い頃から教えられ、磨かれ、鍛え続けなければなりません。その過程で富が増える事もあるでしょう。でも結局は、それは責任を果たす為の副産物に過ぎません。……平民だって、商人だって、富を持つじゃないですか。そして失敗すれば金銭を失い立場を失う。貴族も同じです」

「……貴族と平民が、同じだと……?」

「ええ。私は、幼い頃から公爵家の令嬢として厳しい訓練を行い続けました。魔法師としても才能を見出された時には、更に他の令嬢達とは比べ物にならない訓練も受け続けた。泣く事すら怠慢だと怒鳴られ続けた貴族としての生き方。私は貴族として生まれた責任として、それを果たす為に努力を怠ったつもりは、一度としてありません」

「……何が言いたいんだ?」

「私が貴族に戻れば楽に生きられる。その怠慢な考え方を訂正してください。それだけです」

「……ッ」

 そう強く意思を伝えて訂正を求めたアリアに、ケイルは困惑を秘めた怒りの表情のまま、席に荒々しく座って顔を背けた。
 訂正の言葉を貰えないアリアは、そのまま席を立ち上がる。
 それに反応するようにエリクも立ち上がったが、それを引き止めるようにアリアの方から制止した。

「私、宿に戻るわね。お酒を飲んで、酔っちゃったみたいだから。会計は、この金貨を渡しておくわね」

「いや、俺も行こう」

「エリクはこのまま皆さんと飲んでて。……やっぱり私と一緒じゃ、純粋にエリクとの再会を楽しめないでしょうから。特に、貴族が嫌いな人はね」

「アリア……」

「じゃあ、私は宿に戻るから。大丈夫。今度は油断しないように、自分の身は自分で守るわ」

 そうエリクに促したアリアは、一人で酒場を出ようとした。
 その中でエリクが目を向けたのはマチスであり、その視線を受けたマチスが頷いて席を立った。

「分かったよ、エリクの旦那。アリアのお嬢ちゃんが宿に無事戻るまで見張っておくよ。いざとなったら助けるし、何かあったら伝えるさ」

「頼む」

 そしてマチスがアリアの後を追った。
 その場に残されたエリクの傭兵仲間達は、一緒に残ったエリクと微妙な空気を残しつつも、何とか会話を行う為に口を開いた。

「そ、その。ケイルがすまねぇ、旦那」

「ほら、ケイルも謝っとけよ」

「エリクの兄貴を怒らせたら怖いのは知ってるだろ?」

「……フンッ」

 謝るように促す仲間達に、ケイルは憮然とした態度のままで顔を背ける。
 その中でワーグナーが話し始めた。

「すまんな、エリク」

「いや。……ケイルは、アリアに気を遣ったんだろう。それは何となく、分かった」

「!」

「ケイルはケイルなりに、アリアの心配をしてくれたんだろう。ありがとう」

 エリクが述べる言葉に全員が驚き、特にケイルが自分の意図を察したエリクに驚いた。
 そんなエリクに、ワーグナーは笑いながら話した。

「エリク。お前、変わったな」

「?」

「少し前までは、そういう事に気付かないというか。気にもしてなかっただろ」

「……ああ、そうだな」

「お前が変わったのは、あのお嬢ちゃんのおかげか?」

「……多分、そうだと思う」

「そうか。……そうか、あのお嬢ちゃんがなぁ……」

 しみじみと新しく酌んだ酒を飲みつつ、ワーグナーはエリクの成長に感慨深い何かを思っている。
 その中でケイルが顔をエリクに向けて、小言ながらに零すように伝えた。

「……すまん」

「いや。アリアも多分、ケイルが言いたかった事は、分かっている」

「あの嬢ちゃんが?」

「ケイルが心配して、親の所に戻れと言ったのは分かっているはずだ。アリアは怒ったんじゃなく、本当に訂正して欲しかっただけだろう」

「……貴族が、楽に生きているってのを?」

「ああ。……アリアは時々、ああいう感じになる。アリアはアリアで、貴族としての何かを大事にしてきたんだろう」

「……」

「アリアは、その貴族の立場を自分から捨てた。それが自分でも、許せていないのかもしれない」

 エリクがそう話す事を聞いた仲間達は、更に驚きの表情を浮かべる理由が出来た。
 あのエリクが、何かを饒舌に語っているのだ。
 それは少し前のエリクを知る彼等にとっては衝撃的な光景であり、同時に感慨深いモノだったのかもしれない。

 そうして、暫く酒を飲み交わしたエリク達は、マチスが戻りアリアが無事に宿に帰った事を伝えた後、互いに酒を酌み交わしながらも数十分後には解散し、再会の場はお開きになった。
 それぞれが別れを告げつつ、エリクはアリアが待つ宿に戻っていった。
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