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逃亡編 三章:過去の仲間
疑念と推理
しおりを挟む傭兵仲間であるマチスと再会を果たした次の日。
南の国に行く依頼まで残り二日。
エリクとアリアは早朝、再び傭兵ギルドへ訪れていた。
その日の朝に宿屋に伝言が有り、傭兵ギルドのマスターであるドルフの言伝で呼び出された。
マチスが自分達が密航者を探している事を傭兵ギルドに伝えたのではないかと、疑いの気持ちをアリアとエリクは持った。
弩弓の矢で付けられた服の傷跡や血の跡を、アリアは念入りに隠滅を計り、朝にギルドへ訪れたアリアとエリクは、ドルフの自室で再び対面していた。
「おう、来たな」
「御用は何ですか?」
「ああ。依頼の件だが、同行する傭兵達が決まったぜ。全員それなりの腕前だし、ギルドの方でも実績と貢献をしてくれてる奴等だ。経歴はともかく、人格は信頼はしてくれていいだろう」
「……今日呼び出したのは、その件だけですか?」
「ああ。……どうした。まさか、何かしたのか?」
「いいえ、別に」
自分達が呼び出された件が、密航業者の捜索を行っているからではないと知り、アリアとエリクは互いに顔を見合わせた。
マチスは今回の件を、本当に報告はしてくれなかったようだ。
「それで、一度は傭兵同士で依頼人と顔合わせをしたい。今日は傭兵達と依頼人が忙しいんで都合が合わないんだが、明日の昼頃に都合を付けて、依頼人と一緒に会って欲しい。どうだ?」
「……」
アリアは少しだけ悩む様子を見せた。
アリアの心境を考えれば、密航業者を探したい気持ちが残っていた。
しかし同行者となる傭兵達や依頼人との顔合わせは、重要ではある為、悩んだ様子を見せる。
僅かな沈黙の後に、アリアは口を開いた。
「分かりました。顔合わせに参加します」
「そうか、良かったぜ。それじゃあ、明日の昼食頃に傭兵ギルドの会議部屋に来てくれ。そこで同行者になる傭兵達と、リックハルトという商人を紹介する。バックレたりするなよ?」
「分かってますよ。他に御用は?」
「特に無いな。そうだ、旅の前に受付で認識票の更新を一応しといてくれ。二年間の更新が無いと傭兵ギルドはそいつを死亡ないし失踪したと判断しちまうから、傭兵ギルドの活動圏内で動くなら、更新は小まめにしといてくれよ」
「はい、そうしておきます」
「……なんか、今日は随分と大人しいな。やっぱり何かやってるんじゃないか?」
「いいえ、何も」
「……まぁ、厄介事は勘弁してくれよ。一応、俺等としてはお前等を逃がした方が遥かに儲かるんでな」
微笑みつつ笑って否定するアリアに、ドルフは怪訝な表情を見せた。
しかしそれも数秒後には興味を無くさせ、念押ししつつ依頼の達成を第一に考えていると主張し、ドルフとの対談は終わった。
ギルドの外に出たアリアとエリクは、大きく一息だけ吐き出しながら話し始めた。
「マチスという人は、本当に喋ってくれなかったみたいね」
「ああ」
「……あと二日。何とかして密航業者と接触したかったけど、現実的に難しいわね」
「そうだな。せめて昨日、一人でも捕まえる事が出来ればよかったんだが……」
「エリクのせいじゃないわよ。私のせいだから」
「ああ、そうだな」
「そこは、そんなことないぞって私を気遣うところよ」
「そ、そうか」
「冗談よ、冗談。……樹海での経験で有頂天になってたわ。あれだけエリクと競ったパールと訓練をしてきたんだがら、あんな相手余裕だと思ってて、油断した。ごめんね」
微笑みに影を落とすアリアだったが、今度はそれをエリクが気遣った。
「いや、いい」
「……それに、訓練で人と戦った事はあるけど。ああいう殺し合う為の戦いは、魔物や魔獣以外だと、二度目の経験だった」
「二度目?」
「……」
「……もしもの時は、俺がやる。俺は、慣れているからな」
「……それって、エリクなりの気遣い?」
「ああ。そのつもりだ」
「そっか。……でも、いざとなったら、私もやるからね」
「……そうか。分かった」
「うん。……一度、宿に戻りましょう。明日の準備をしないと」
「ああ」
エリクの気遣いに微笑みが柔らかくなるアリアは、そう言いつつエリクの気遣いに素直に答え、そして改めて決意にも似た気持ちを抱いた。
それは旅をする上で、いつか必要になるだろうこと。
人間同士の対立によって起こる、人間同士の戦いで必ず起こる結果。
いつか人間を殺すという経験をする覚悟を、アリアは胸の内に宿す事が出来たのだった。
しかし宿に戻ったアリアの口から、思わぬ事がエリクに告げられた。
「……エリク。聞いてもらいたいことがあるの」
「なんだ?」
「一通り、聞き込みで得た情報と、私なりの推理を挟んだ、私の盗賊組織に対する見解」
「どういうことだ?」
「……多分、盗賊組織の正体は、そして昨日襲って来た連中は――……」
アリアの推理を聞くエリクは、それを驚きながらも聞いていた。
そこで話される事は、エリクの思考では到れない結論であり、アリアが辿り着いた独特の思想に拠るモノだった。
それをアリアはエリクに話し終えた。
「――……以上が、私が盗賊組織の根幹が、彼等だと考える理由よ」
「……」
「どう思う?」
「……突拍子もない、とは思う」
「そうね。これはあくまで仮説に過ぎない。でも、可能性は十分にあるわ」
「どうして、そう言える?」
「私の家。ローゼン公爵家の領地自治が、まさにそういう体制だから」
「!?」
「領地を支配するには、表の顔と裏の顔を持つのは当たり前なの。だからこそ、それが出来てるローゼン公爵家やゲルガルド公爵家の利益は莫大よ。……この港町がこれほど栄えてる理由も、そういう事なんでしょうね」
「……」
アリアの話を聞いたエリクが浮かない顔を見せる中で、アリアは不意に言葉を零した。
「……さっきの話。私が人間同士の殺し合いを経験したのが二度目という話。覚えてる?」
「ああ」
「実は私ね。帝都を出てすぐに、暗殺者っぽい身形の奴等に追われて、殺されそうになったの。それが一度目」
「!!」
「エリクに黙ってたのは、ややこしい事を話すと貴方が面倒だと思って離れてしまうと思ってたから。……馬が死んだ話をしたわよね。本当はその馬は、年老いた馬なんかじゃないの。私が十二歳になった時にお父様から渡された、私の愛用していた馬だったのよ」
「……馬は、その暗殺者達に殺されたのか?」
「……うん。魔法師の回復魔法は人間にしか効かないモノだから、馬を癒せなかった。……あの子は足を射抜かれ毒を受けたけど、最後まで私を背負って走り続けてくれた。あの子が頑張ってくれなかったら、私はエリクにも会えずに、そのまま奴等に殺されていたかもしれない」
「射抜かれた……。矢か」
「……昨日、私達と出くわした連中。その時の暗殺者に雰囲気が似ていた気がする」
「!」
「でも、確証は無い。あくまで私の推理と感覚。けどエリクは一応、それを頭に入れておいて。でないと、いつ足元を掬われるか分からないから」
「……分かった」
そう教えるアリアの言葉に、エリクは初めて町や国の造り方を考えさせられた。
アリアの述べる出来事は、それだけエリクに衝撃を与えると共に、それを考えさせるに十分な理由になったからだ。
アリアとエリクは宿から出て昼の内に必要な買い物を済ませ、エリクの傭兵仲間達と会う夜になるまで時間を費やし、旅の準備をした。
アリアは既に密航という手段を諦め、依頼を受ける事で南の国に渡航する事を考えているように、エリクには思えた。
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