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逃亡編 三章:過去の仲間

再会

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 弩弓の矢がアリアに迫る中で、気付き叫ぶエリクは瞬時に胸元に手を伸ばし、控えていたナイフを持ち即座に投げ放った。
 それが見事に鉄矢に命中させ僅かに軌道がそれた鉄矢は、アリアの右肩を掠めて通過する。

「痛……ッ」

「アリア、俺の後ろにいろ」

 物理障壁シールドを発動する間も無く、気付けば矢で射抜かれていた事に気付いたアリアは、右手に持っていた短杖を落としながらも、盾となるように前に出たエリクの背中に隠れた。

「……ッ、『――……中位なる光の癒しミドルヒール』……ッ」

「……」

 アリアは左手を傷口に運び、自身に回復の魔法を施す中で、エリクはアリアに背を見せながら覆面の男達に向ける顔は、極めて厳しく彫りの深い怒りの表情だった。
 その顔と身体中から放たれるエリクの殺気に気付き、覆面の男達が慌てるように弩弓の準備を再び行う前に、エリクが鬼のような形相で駆け出した。

 その時、唐突な超えが頭上から裏路地に鳴り響いた。

「エリクの旦那!」

「!」

 頭上から飛び降りてきた人物が、弩弓を持つ一人の覆面男を襲い蹴り殴る。
 顔を蹴られた覆面男は倒れて弩弓を手放し、他の覆面男達は倒れた仲間を抱え上げ、すぐその場から逃げるように走った。

 それを追おうとしたエリクだったが、視界の端に更なる回復魔法を唱えるアリアを確認すると、追うのを止めてアリアの元に駆け寄った。

「大丈夫か?」

「へ、平気。傷自体は治したから。矢に毒が塗られてたかもしれないし、解毒魔法も使ってたとこよ」

「……すまない」

「エリクのせいじゃないわよ。私が前に出過ぎたの。それに、相手の動きが遅いからって油断してた。私こそ、ごめんなさい」

「……そうか。無理はするな」

「うん、そうする」

 自分の油断からの負傷だと言い、エリクを責めずに自分の責を認めるアリアは回復魔法を掛け終わり、短杖を拾って立った。
 そして、弩弓を拾い上げて眺める謎の男を見て、話し掛けた。

「……それで、そっちは何処の誰?」

 アリアが問い質す先に立つ人物は、弩弓を持つ覆面男を蹴り倒した一人の男。
 茶と白が混ざる髪の毛に、皮鎧と茶色の外套を身に付けた軽装。
 小柄で背丈はアリアと同じくらいだが、顔立ちや身体付きは十分に鍛えられた者であり、只者ではない風格を備えているようにアリアに見えた。
 その男はエリクを見ながら、再び呼び掛けた。

「久し振りだ、エリクの旦那」

「……マチスか」

「覚えててくれたかい、エリクの旦那」

 エリクがマチスと呼ぶその人物は、笑いながら歩み寄ってくる。
 そのマチスという人物を見ながら、アリアはエリクに問い掛けた。

「エリク、知り合い?」

「王国で傭兵をしていた時の仲間だ」

「エリクの、傭兵仲間?」

「ああ。……そうか、マチス。お前だったのか、見張っていたのは」

「え……」

 かつての傭兵仲間と再会したエリクはマチスに聞いた。
 それを聞かれたマチスが苦笑を浮かべつつも、事の経緯を説明をしてくれた。

「ご名答。エリクの旦那とそっちのお嬢ちゃんを見張ってたのは、俺だったんだよ。俺は今、傭兵ギルドの斥候をやってんだ」

「傭兵ギルドに入っていたのか」

「この町で生きていくには、傭兵ギルドが手っ取り早いからな。他の奴等も、今は傭兵ギルドに入ってるんだぜ」

「誰か他にも、この町に来ているのか?」

「ああ!ワーグナーやケイルの奴も、王国から逃げ出した連中は、皆が来てるぜ!」

「……そうか。皆、無事だったか」

 マチスの話で逃げた傭兵達が全員、無事にこの町に居ると知ったエリクは、安堵の息を吐き出した。
 そしてエリクは浮かんだ疑問をマチスに問い掛けた。

「追跡しているのがお前なら、どうして声を掛けなかった?」

「ギルドの依頼なもんで、監視中に対象者と接触しちゃいけないんだ。でも、折を見て会えないかと思ってたんだ」

「他の皆も、俺が来ている事に気付いているのか」

「ああ。というか、少し前に下町の宿に泊まってただろ? そこでアンタの事をエリクって、そのお嬢ちゃんが呼んでたんで、もしかしてとは思って皆にも声を掛けてたんだ」

「あの時にも居たのか」

「ああ。そしたらすぐに、試験で飛び級して【二等級】の傭兵になった大男と可愛いお嬢ちゃんがいるって噂が立ってな。全員が間違いなく、大男はエリクの旦那だって気付いたぜ」

 笑いながら話すマチスはそう言いながら周囲を見渡した。
 そして呆れたように溜息を吐き出し、エリクとアリアに向けて話を続けた。

「しかし旦那、それにお嬢ちゃん。何やってんだよ? 窃盗団絡みの情報収集はギルドでも内密の調査をしないと危ないってのに、あんな堂々と探ってたら、狙われるに決まってるぜ」

「……これには、事情がある」

「事情?」

 不思議そうな顔を見せるマチスから目を逸らし、アリアに視線を向けたエリクは、どうするべきかを顔で聞いた。
 少し悩むようにアリアは目を瞑ったが、数秒後に目を開けてエリクの横に並んで告げた。

「先に、助けて頂けたようでありがとうございます。マチスさん」

「おう、油断は禁物だぜ。お嬢ちゃん」

「私はアリア。今はエリクのパートナーとして組んでいます」

「まぁ、ここ二日間くらい監視してたし、ギルマスのドルフからも色々聞いてるから、お嬢ちゃんの事も知ってるぜ。貴族の御嬢様だろ?」

「ええ。私達はとある理由で盗賊団を探り、捕まえなければならないんです」

「その理由は?」

「マチスさんの今現在の立場が邪魔で、答えられません」

「……なるほど。ギルマスにはバレたくないって話か」

「そういう事です」

「……分かった。ギルマスには黙っておくから、事情を教えてくれよ。何なら、協力するぜ?」

 手を上げてそう告げるマチスの態度に、アリアは警戒しつつもエリクを見た。

「エリク、この人は喋っても大丈夫そう?」

「……マチス。本当に喋らずにいてくれるか?」

 そう聞くエリクの言葉に、マチスは頷きながら応えた。

「ああ、旦那との縁だ。喋らないさ」

「だ、そうだ」

「……そう。じゃあ話しましょう。協力してくれるかは、それを聞いてからってことで」

 そして、アリアは一部の事情を素直に話した。

 自分達が密輸業者を探していること。
 南の国に依頼以外で行ける方法を探していること。
 そしてその為に、盗賊団を探り接触しようとしたこと。

 それを聞いたマチスは、考えるように腕を組んで声を零した。

「無謀な策だな」

「!」

「盗賊組織の奴等と接触したところで、密航業者に辿り着けるとは限らないぜ。実際、こうして殺されそうになってんだ。向こうだって部外者を入れて、自分達の危機に繋がりかねない要素を加え入れようとは思わないだろうぜ。それに傭兵ギルドは、盗賊組織と対立してるんだ。傭兵になった時点で、嬢ちゃん達は目の仇にされてるだろうよ」

「……確かに、そうでしょうね」

「大人しくギルマスの依頼を受けておけよ。その方が確実に、南の国にいけるんだからさ。盗賊組織と無理に接触する必要はないだろ?」

「……」

「……まぁ、今日は大人しく帰っておきな。今日の事は、ギルマスには報告しないでおいてやるから」

 そう促すマチスはアリアを諌め、今度はエリクに顔を向けて喋りかけた。

「エリクの旦那。良かったら明日、時間あるかい?」

「……アリア次第だ」

「そのお嬢ちゃんも一緒で良いさ。他の仲間も集めるからさ、会わないか?」

「……いいのか?」

「ああ。集合場所は、エリクの旦那達が一度泊まった下町の宿の酒場。あそこは親父さんが色々融通してくれるから、話し合うには便利だぜ。明日の夜に、皆で会おうぜ!」

 そう提案するマチスの言葉を聞き、エリクはアリアの方に顔を向けて聞いた。

「アリア、いいか?」

「……分かった。私も同行するから、行っていいわよ」

「ありがとう」

「いいのよ。生き別れた仲間との再会の邪魔なんてしないわ。マチスさん、そういうことで」

「マチス、明日の夜に」

 そう伝えたアリアとエリクの言葉を聞き、マチスは嬉しそうに笑いつつ、その場から去った。
 路地裏の窓や壁を上手く利用して登り、再び監視者に戻ったマチスを見ながら、アリアとエリクは話した。

「随分、身軽な人なのね」

「ああ。軽業なら、マチスは俺より身軽だ。昔から斥候も得意だった」

「昔って、結構長い付き合いなの?」

「もう、十年近く傭兵として一緒に戦場へ出ていた」

「へぇ、そんなに……」

「どうしたんだ、アリア」

「別に、何でもないわ。……今日は疲れちゃった、戻りましょう」

「あ、ああ」

 不機嫌さが僅かに見えるアリアに、エリクは心配な表情を見せていた。
 そして当人であるアリアは、過去の仲間であるマチスに面白くない感情を抱きながら、自分達が泊まる宿へと戻った。

 こうしてエリクは再び、傭兵仲間と再会の約束をした。
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