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逃亡編 ニ章:樹海の部族

樹海侵攻 (閑話その三)

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 南港町ポートサウスから南東に位置する大規模な樹海。
 陸の中央に巨大な火山を含んだ樹海には、膨大な鉱物や植物と動物的資源があると予想されていた。
 その大地へ植民した帝国領民や領主は、樹海を開拓する為に森へ伐採に入り、開拓と資源の確保の為に多くの人員が動員された。

 しかし長い年月で開拓が遂行されながらも、当時の人々は断念せざるをえなかった。
 断念した理由には細かい理由が幾つか存在したが、大きな理由は一つ。

 森の守護者センチネルと呼ばれる先住民達に、激しい抵抗戦を仕掛けられていたのだ。
 技術力で上回るはずの帝国兵を幾度も破り、当時の森の守護者は樹海への侵入を防ぎきった。
 そして当時の領主と大族長の間で約定が交わされ、森へ冒す事を深く禁じた。

 それ以後の歴史上で森へ勝手に侵入した者達は、その死すら不明な状態で行方不明となり、植民領の人々は、その樹海をこう名付けた。
 『死の樹海デス・バァム』と。

「――……なるほど。お前達が森へ入り捜索を拒む理由が、その話か」

「は、はい。ローゼン公爵閣下……」

 その樹海の外に陣取るテントの一つに、素朴で簡素ながらも一見で分かる程に名工によって作製された、青い防具を着込んだ金髪碧眼の壮年男性が居た。
 彼の名はクラウス・イスカル・フォン・ローゼン。
 本国の帝都から長女アルトリアを連れ戻す為に自らの私兵を伴い移動してきた、アリアの父親であるローゼン公爵本人だった。

 そして彼の周囲に居る者の中で、ひたすら頭を下げて頼むように慎むのが、この植民領の現領主、何代と続くガゼル子爵だった。
 ガゼル子爵はローゼン公爵派閥の貴族であり、まだ三十代と若くしながらも才幹によって次男で爵位と領地を得た稀有な貴族派閥でも実力派、のはずだった。

「ガゼル。お前達がその話を恐れ、捜索網をこの森には向けなかった理由は分かった」

「で、でしたら……」

「だからこそ、アルトリアがこの森に逃げ込んだと、聞いて確信した」

「!?」

「あの娘であれば、誰も通るはずがない……入らないと思う森を逃げ道にするのは道理だろう。だからこそ、あの森を通ったはずだ。……森へ兵を送り出せ。アルトリアの捜索範囲は、あの樹海にも含まれる」

「し、しかし。そうであれば……」

「アルトリアは生きてはいない、か」

「……お言葉を濁さず、お伝えするならば……」

「ほぉ……」

 頭を垂れながら伝えたガゼル子爵の言葉を聞き、ローゼン公爵は凄まじい眼光を向けた。
 その威圧感を確かに受けながら、頭を上げずに言葉の意味を変えずに伝えきる子爵に、ローゼン公爵は一度だけ目を伏せ、再び命じた。

「お前が森の脅威を信じるように、私は自分の娘を信じている。あの子はあの樹海に逃げ込んだ。そして森に棲む者達を打倒し、あるいは懐柔し、隠れ潜んでいるとな」

「ロ、ローゼン公爵……」

「森の六方を囲みつつ、各兵力を展開して樹海の中で狭めてゆけ。各々の兵力に我が領地の私兵を加えた混成部隊を作る。森の外へ拠点を作り『死の樹海』を攻略して、アルトリアを見つけ出せ」

「……了解、しました」

「先に言っておいたように、アルトリアは無傷で保護しろ。護衛をしているエリクらしき男が居た場合、抵抗するなら殺して構わない。魔物や魔獣の類は無論だ」

「……森に棲む者達、センチネル部族と呼ばれる者達は?」

「先に言ったエリク同様、森への侵入を阻む為に抵抗し攻撃してくる場合は殺して構わん。だが、まずは捕える。彼奴等がアルトリアを捕えている場合は交渉を試みろ。応じなければ殺してアルトリアを取り返す。応じたとしても、アルトリアを害していた場合は――……」

「……御命令、確かに……」

 そう命令を受けたガゼル子爵は、冷たくなっていくローゼン公爵の声に震え、冷や汗を掻きながら命令に従った。

 こうして樹海へ兵力を広げつつ、各地で拠点を作ったガゼル子爵の千名に及ぶ私兵と、ローゼン公爵が率いた二千の兵力が合流した。
 その中には帝国領内では高名な魔法師も含まれており、ローゼン公爵直々の捜索参加と、自軍の補給経路さえ整え済みの計画性と行動力で思わせるのは、公爵が本気で長女アルトリアを連れ戻したいという、執着にも似た親心だったのかもしれない。

 そして準備が整った日。
 ローゼン公爵とガゼル子爵の混成部隊が、各方面から『死の樹海』の攻略を開始した。
 実に百年振りとなる森に対する侵略行為であり、かつての約定を破棄した瞬間。
 皮肉ながらもアリアが関わる事で、樹海の安寧は侵される事となった。

 そして捜索開始から数日が経過した後。
 捜索部隊の中で奇妙な声が呟かれ始めた事を、アリアの父親であるローゼン公爵は報告を受けていた。

「奇妙な視線を感じる、か」

「はい。森の中で魔物や魔獣等と遭遇中、幾度か奇妙な視線を感じたそうです。手練の者がそれを感じた際、恐らくは同じような手練の監視者が、魔物や魔獣の気配に紛れて見ていたのではないか、と」

「それ等の者も意見も取り纏めていよう。感じた彼等からの意見は?」

「……大規模な待ち伏せを行っている可能性があると。そして、森の奥まで引き寄せられ続ければ、不利な形で襲撃を受けるかと、そういう意見を得ています」

「なるほど。これが噂の森の部族か、ガゼル」

 幾人かの配下を率いるローゼン公爵自身がその報告を受け取り、森の部族からの待ち伏せがある事を確信した。
 それを傍らで聞いているガゼル子爵は、ローゼン公爵に対して無言で頷いて見せる。
 そしてローゼン公爵は一度だけ目を伏せてから、再び瞼を開けて兵士達に命令を飛ばした。

「各々の部隊に伝えよ。各方面に分けた部隊を集結させ、大規模な部隊を結成。ガゼル子爵の兵は、我が兵士の補給線と退路を確保してもらう」

「ハッ」

「我が兵力を主力に、待ち伏せを行う森の部族共と対峙する。魔法師を集結させ包囲するように守りつつ、円形陣を築きつつ各方位からの襲撃に備えながら進め。――……私も部隊に集合する」

「ローゼン公爵閣下、御自おんみずから!?」

「それはなりませぬ、閣下!!」

 ローゼン公爵自身が出陣すると聞き、ガゼルを始めとした周囲の者達が驚き、武器である槍形状のランスを持ったローゼン公爵を全員が諌めようと思わず飛び出た時。

「控えよ。ここは死地であるぞ」

 そのローゼン公爵自身が発する威圧感と声に、思わず全員が後ずさりをした。

「我が兵を死地へ赴かせるのに、将が後方にて惰眠を貪っていては士気に関わろう」

「し、しかし閣下……」

「何より私は、私の兵を信じておる。例え強襲されたとて、罠が待ち構えたとして。それを打破する実力と判断力、そして我が身を守るに値する兵士達だと」

「こ、公爵閣下……」

「何より、森の部族とやら。私自身の目で奴等を見極めたい。いや、見極めねばならない。真の敵であり、我が帝国を脅かす存在だとすれば、この日を持って仇敵として滅ぼす。何か私は、間違っている事を言ったか?」

「閣下は、何も間違った事は仰っていません!!」

 苛烈な言葉を述べるローゼン公爵に、周囲の者達は怯えつつも敬服を込めて膝を着いた。

「ガゼル、この場を任せる。上手く指揮して見せよ」

「う、承りました」

「では往くぞ。久方振りの戦場だ。老いた身を再び磨く場とは、胸が躍るな。諸君」

「ハッ!!」

 そうしてローゼン公爵自身が、配下を引き連れて後方拠点から出ると、静まり返った周囲の中で、口から零れ出るようにガゼルが言葉を漏らした。

「……かつて【烈火の猛将】と恐れられた、帝国二大皇子の一人。身は整いながらも、やはり戦場でこそ栄える人であったか……」

 そう零した口を塞いだガゼル子爵は、その相手に見限られないように急いで自分の仕事へ取り掛かった。

 約三十年前から二十年前までの帝国に、皇子ながらに戦場を駆ける猛将がいたと伝えられている。
 金色の髪に碧眼ながらに目立つ出で立ちは戦場で味方の兵士を鼓舞し、敵の兵士に侮辱の限りをぶつけ、戦場でその怒りの矛先となったとされる大将軍。

 それがクラウス将軍。
 クラウス=イスカル=フォン=ガルミッシュ。
 前時代の帝国で第二の皇位継承を持っていた男の名前。

 本人も極めて高水準の槍の使い手であり、かつて兄のように慕った騎士ログウェルの下で修行し、ログウェルが育てていたメヴィアという女性と親しくなり、ローゼン公爵となってから結婚した。
 それ以後は自身の領地に関する事や、兄ゴルディオスの助けとなるように内政に力を入れ続け、戦場に立つ事が無かった帝国の大将軍。

 それがローゼン公爵の本来の姿だと、今現在の帝国で知る者は限りなく少ない。
 しかし右手に持つ銀と赤で塗装された槍は【烈火の猛将】と称された時代からの愛槍であり、小さく残す傷が戦歴を物語っている事を、周囲の者達は確信に近い思いで見つめていた。
 アリアの父親であるローゼン公爵は、センチネル部族が待ち構える死地に、自ら潜り込んだ。
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