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逃亡編 ニ章:樹海の部族

舌戦交渉

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 知らぬ場でセンチネル族のパールと婚儀を結んでしまったエリク。

 二人の婚儀が終わった夜。
 アリアの寝かされている室内で守るように傍で座り休むエリクが、伏せた目を開けて外に意識を向けた。

「何の用だ?」

「……え?」

 エリクの声で起きたアリアが、横になりながらも外に意識を向けた。
 そして布張りの入り口の中を潜って現れたのは、族長の娘であるパールだった。
 睨むようにエリクを見るパールと、無言のまま入ってきたパールにエリクは警戒を向け、アリアを守るように立ち上がって相対した。

「何か用か」

「……」

「そうか、俺の話す言葉は分からないのか」

 用を尋ねるエリクだったが、相手が自分達とは異なる言語で話す事を思い出し、対峙したまま固まる形となる。
 そうした膠着の場を動かしたのは、横になっているアリアだった。

「『――……ええっと、これで通じる?』」

「『!』」

「アリア、こいつ等の言葉を話せるのか?」

「ううん、魔法よ。言語自体は喋れるわけじゃないけど、要は言葉なんてのは相手に自分のイメージを伝える為の機能みたいなものだから、魔法で私の言語を置き換えて、私と相手の言語野を同調させてるの。貴方から聞けば違う言語だけど、向こうから聞けば同じ言語に伝わってるはずよ。勿論、私が聞けば翻訳された声として聴こえるけどね」

「……そ、そうか」

「はいはい、分かってないのね。とにかく、通訳は私がしてあげるから」

 そうして体を起こしたアリアは、座った姿勢のままパールに問い掛けた。

「『それで、何か用があるのかって、この男は聞いてるわよ。通訳は私がしてあげる』」

「『……その男と再戦したい。立ち合うように話せ』」

「『えぇ……。なんでまた?』」

「『……今夜、その男の子を孕むように父に言われた。それが嫌だからだ』」

「ブッ!!」

 パールと話す中で、驚きの言葉が飛び出てきた事に驚くアリアが、思わず噴き出してしまった。
 その様子にエリクが驚いて聞いてきた。

「どうしたんだ?」

「こっちがどうなってるか聞きたいわよ!! エリク、アンタこの子に何したの!?」

「コイツは、この村に来る前に襲って来たので、追っ手だと思い捕まえただけだ。族長の娘だと言っていた」

 エリクの情報を聞いたアリアが落ち着きを取り戻しながら、再びパールの方へ顔を向けながら話した。

「『どうして貴方の父親は、貴方にこの男の子供を孕めなんて、とんでもない事を言い出したの?』」

「『アタシは、その男に負けた。女の勇士は負けた時、相手が男であれば、その男が女を得る資格を与えられる。婚儀を済ませて、一族に迎えられたこの男の子を孕み、強く育てろと族長の父に命じられた。それが、センチネル族の掟だ……』」

「『……ええっと、婚儀っていつしたの?』」

「『昼にやった』」

「エリク。昼間に貴方はこの子と結婚式をしたらしいけど、本当?」

「結婚式? いや、ここの村の者達が全員で集まり、食事をしただけだ」

 パールとエリクの話す言葉を聞き、脳内で情報を整理したアリアは、ここまでで起きている事を把握した。

「エリク。この子の父親、ここの族長ってのに騙されたわね」

「どういうことだ?」

「外部の人間が、樹海に棲む部族同士の決闘に割り込めるような緩い掟があるはずがない。だからここの族長は、本当にエリクをセンチネル族の一員にして、決闘に出させようとしてるのよ」

「……どういうことだ?」

「アンタとこの子は、昼間に結婚して夫婦になったの。そして、センチネル族の一員として決闘に出るの」

「……は?」

 ようやく状況を飲み込めたエリクが、呆然とした表情を見せる中で、アリアは再びパールに顔を向けた。

「『この男は、アンタと結婚したなんて理解してないわよ』」

「『なに……!? 父はその男が、アタシを欲していると……』」

「『この男は、貴方達の言葉も文化も理解できてないし、貴方を欲してもいない。そういうわけだから、貴方の父親、族長を今からここに連れてきて』」

「『え?』」

「『いいから、連れてきなさい。私が族長と話を着けるから。貴方がこの男の子供を孕みたくないなら、アンタのお父さんを今すぐ連れてくるの!』」

「『あ、ああ……』」

 族長を連れてくるよう怒鳴るアリアに気圧される形でパールは出て行くと、十数分後に再びパールが尋ね、その後に族長が入り口を潜って入った。
 その族長に対して座り待っていたアリアが、腕を組みながら睨みつつ話し掛けた。

「『やってくれたわね、族長さん』」

「『元気そうだね、勇士エリオの連れの方。我等の言葉を話せるのかい?』」

「『ええ、私はアリス。このエリオを雇っている雇用主よ。困るのよね。雇用主の私を無視して、勝手にエリオとその子を結婚させるなんて』」

「『これは決闘を行う為の前提条件。そうしなければ、勇士エリオが我が一族の代表として決闘に出られない』」

「『そこまではまだ良いわ。でも、その子にエリオの子供を産むように強要してるってのは、どういうこと?』」

「『勇士となった部族の女は、強き男に負けた時、その男の妻となる。そういう掟だ』」

「『妻になる必要はあっても、子供を作る必要はないでしょ。しかも今すぐとか、おかしいじゃない?』」

「『これは異な事を言う。女とは強い男の子供を孕み、強く育てる為の存在だろう』」

「『違うわよ』」

 族長ラカムと舌戦を交える中で、不意に出た言葉に頭に青筋を浮かべたアリアが一段と低い声で族長と話を交えた。

「『女ってのはね、強い男の子供を産む為にいるんじゃない。自分を愛して、自分が愛した相手の為に生きて、その過程で子供を生まれるの。子供を産む為だけに存在するんじゃないわ』」

「『何を言う。強い子を残していく事こそ、女の在り方だろう』」

「『随分と傲慢な考え方をした未開人ね。未発達な知性の欠片も感じさせない人間が答えそうな言葉だわ』」

「『……なんだと?』」

 この瞬間、族長ラカムの顔が小娘を相手に油断し切った表情から、自分を侮辱する敵対者への表情に変化した。
 アリアはそんな族長に対して態度を変えず、突き刺すように舌戦を交えた。

「『人間ってのはね、反りが合わせなきゃ付き合ってられないのよ。身分の違い。立場の違い。環境や思想諸々。色んな事を含めて全ての反りを合わせていかないと、いつか関係が破綻するわ。ましてや男と女の夫婦ともなれば、それを乗り越える為に特別なものが要るのよ』」

「『そんなもの、子を残す事に関係なかろう』」

「『あるわ。例えばそのパールって女の子。エリクを好きになるどころか、ますます嫌いになってるじゃない。無理もないわ。昨日今日会ったばかりの男に負けて悔しさが残ってる中で、その男の子供を生めなんて他人に強制されたら、嫌で嫌でたまらないでしょうよ』」

「『それがどうした。例え憎まれようと、強い子を産ませるのが親として、そして部族の長としての務めだ』」

「『最低の考え方ね。貴方みたいな親がいる、その子が不憫でしょうがないわ。仮にその子がエリオの子供を孕んで産んだ後、強く育てるなんて不可能でしょ。男と女、その夫婦の間に生まれた子供に一番必要なのは、愛よ。強い子供ってのはね、そうした夫婦から愛を貰いながら、自分で強く育っていくわ。アンタみたいなのが居るから、子供がグレて弱くなるのよ』」

「『フンッ、愛するだと。そんなもの、強い子を生み育てるのに必要ない』」

「『アンタ達が未発達で不完全な人間だと言ってる理由がそこよ。アンタは愛を理解してない。理解できない・理解しようとしない古い人間よ。子供を育てる上で愛は必要なの。愛が無ければ、どれだけ強い種の子供が残せても、その子は何の愛も持たずに生きる、未熟で不完全で欠落した人間として育つわ。そんな子供が強く育つなんてありえない。そして、そんな人間が生まれる場所が栄えるはずがない。力に固執して、いつか弱まり滅ぶだけよ』」

「『小娘の戯言だ。我等はそうして生きてきた』」

「『へぇ、そう。今まさに、貴方達センチネル族が外来人のエリオに決闘を託さなければならないほど弱くなって滅ぶ一歩手前にいるのが、貴方の考え方が間違っている証拠じゃないのかしら?』」

「『……ッ』」

 アリアは族長ラカムとの舌戦において、最初にラカムの口を詰まらせた。
 エリクに頼るこの状況こそが、まさにアリアの伝える滅びの過程だと、族長自身も理解したのだろう。
 それを突くように、アリアは言葉の槍を族長の喉元に差し出した。

「『貴方は自分達の部族が弱く、近い将来に滅ぶ事を予期した。だからエリオを利用して、娘を差し出してまで一族に取り入れた。そして自分の娘にエリクの子供を生ませて、エリクの強さを繋ぎ止めようした。違うかしら?』」

「『……』」

「『そんな貴方にこちらから言える妥協案は一つだけ。決闘が終わるまでは、エリオと貴方の娘が夫婦というままにしてもいい。でも決闘が終わるまで子作りはしないし、決闘が終わったら二人は夫婦じゃなくなる。そして私とエリオは森から出ていくわ』」

「『……パールとの婚儀を無かったことにしろと、そんなことを認めると思うか?』」

「『私達の文化には、夫婦が別れる離婚という文化がある。そっちの文化はある程度は尊重してあげる。なら、貴方達も私達の文化に妥協しなさい。受け入れられないなら、私達は今すぐ村からも森から出て行くわ。決闘は貴方達で勝手にやって、そして部族全員で滅びの道を進みなさい』」

「『……ッ』」

「『それと言い忘れていたわ。薬をありがとう。でも、随分と用意が良いのね。まるで始めから薬を用意していたみたい』」

「『!!』」

「『私みたいな小娘なら気付かないとでも思った? ……後ろのエリオに言ってしまおうかしら。私に毒を打ち込んだ悪い虫が、誰だったかを』」

「『……分かった。お前の言う通りにしよう』」

「『よろしい。交渉成立ね』」

 舌戦を制し、妥協案を呑ませたアリアは勝ち誇るように満足した笑みを浮かべた。
 疲れた顔をした族長は静かに立ち上がり、そのまま布張りの入り口から出て行った。
 残されたエリクは二人の会話を理解できず不可思議な表情を浮かべ、同じく共に聞いていた族長の娘パールは、アリアに驚きと羨望の視線を向けていた。
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