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逃亡編 一章:帝国領脱出
再び診療所へ
しおりを挟む診療所に向かう中で、エリクだけが自分達を見る視線と気配に気付いた。
「……」
「エリク、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
「そう?」
「ああ」
視線を周囲に向けているエリクに気付き、アリアは不思議そうに聞いたが、エリクはアリアに何も伝えなかった。
その言葉を半信半疑にしながらもエリクの言葉を信じたアリアは、視線と顔の向きを前に戻した。
そうして診療所に着いた二人は、診療所内に入り受付に佇む中年女性に声を掛けた。
「こんにちは。昨日お伺いした――……」
「ああ、魔法使い様かい! それに、その父親の傭兵さんだね。昨日はありがとうございましたねぇ」
「いえ、魔法師として当然の事をしただけです。マウル医師はいらっしゃいますか? あれから怪我人達の経過と報酬の話を伺いたく、この時刻に来ると伝えていたのですが」
「ええ、伺ってますよ。ただ、マウル先生は外での診療に行っていましてねぇ。もうすぐ帰ってくると思うんだけど……」
「そうなんですか。それじゃあ、今は昨日の息子さんが?」
「ええ。丁度、最後の患者を診察してるとこですよ」
「そうですか。それじゃあ、最後の患者さんの診察が終わったら、息子さんに各怪我人達の経過を聞いてもいいですか?」
「ええ、ちょっと待ってくださいね」
受付の中年女性はそう伝え、昨日と同じように奥の部屋へ入った。
そして一分もしない内に戻ってくると、アリアに待つように伝えて、診療所の受付前にある座れる椅子へ導く。
アリアとエリクは座り待ち、十数分後に診察部屋から親子連れの患者が出てきた。
それと一緒に出てきたのは、昨日マウル医師と一緒に出てきた若い男性医師。
彼がマウル医師の息子であり、この診療所のもう一人の医師。
その息子が患者を見送ると、改めてアリアとエリクに歩み寄り、話し掛けた。
「昨日は御世話になりました。そして挨拶が遅れて申し訳ありません。私はオスカーといいます」
「いえ。昨日は忙しい中、手伝って頂きありがとうございます。その後の怪我人の容態に、変化などは?」
「容態に関しては、アリス様の回復魔法のおかげで滞りなく治癒できました。後はリハビリ次第で、日常生活に戻れるでしょうね」
「そうですか」
「昨日、治癒された皆さんが、改めてアリス様に是非お礼がしたいと、そう言っていますよ。お顔を見せに行きますか?」
「いいえ、私は魔法師として、魔法学園の卒業者として務めを果たしたに過ぎませんから」
「そうですか、分かりました。父のマウルですが、外回りの診療を行っています。昨日で大方の患者の容態は治まったので、家で安静にする患者達を診察する時間が出来たので」
「そうなんですね。……実は、明日の内に私達は定期船で南港町へ行こうと思います。後の事はお任せしてしまいますが、よろしいですか?」
「ええ、お任せください」
「それと、コレをマウル医師かオスカーさんを差出人にした上で、それぞれ王都へ手紙として送ってください。宛先は既に記入していますので」
「これは……手紙、ですか?」
「私から魔法学園と、軍宛に書いた二つの書状が入っています。この手紙を両方に送り届ければ、早急に魔法師が手配されるでしょう」
「!?」
「半年も一つの町に魔法師が常駐していないのは、流石に問題となりますから」
「あ、ありがとうございます! 本当に、何から何まで……」
「いいえ。これも魔法師の務めです」
アリアは印を記した封筒を二つ渡し、それをオスカーは感謝しながら受け取った。
「昨日、父が言っていました。回復の魔法があっても、医者は不要ではなく必要な存在と、貴方が言ってくれたことを。本当に、ありがとうございます」
「当然の事を言っただけですから。オスカーさん、お父様の成されている医者としてのお仕事。是非、絶やさぬように継いでくださいね」
「はい、勿論です」
そう礼を述べるオスカーを見つつ、アリアに意識を向けたエリクはこう思った。
親から定められた役目から逃げるアリアと、親の意思を継ぐ目の前のオスカー。
対照的な二人がこうした会話をする事が、不思議な感覚に思えたのだった。
そうしたやり取りをする中で、診療所のドアを開けたのはマウル医師で、外の診察回りから戻って来たところだった。
「ただいま。おお、アリス様、それにエリオ様も、もうお越しでしたか」
「お邪魔させて頂いています」
「お邪魔などとんでもない。報酬のことですな。少々お待ちください」
戻って来たマウル医師は、訪れたアリアとエリクに丁寧に接し、今日訪れた用件を的確に思い出し、その報酬を用意している場所へ戻ろうとした。
それを止めつつ話すのは、マウル医師の息子オスカーだった。
「父さん、アリス様がこの書状を」
「ん? これは……」
「この手紙を王都に送れば、半年も待たずに新たな魔法使い様が来て下さるそうなんだ」
「そこれはこれは、そんな大層な物を……」
「魔法師としての務めですから」
オスカーから事情を聞くマウルが驚く中で、それを遮るようにアリアが微笑みつつ答えると、マウルは頭を下げて礼を述べつつ、オスカーを伴いながら奥の部屋へ入った。
それから少し待った後、戻って来たマウルとオスカーは何かを収めた麻袋を持ち、エリクとアリアの前に差し出した。
「これが、昨日お願いされていた報酬ですが……。本当に、これでよろしいので?」
「はい。怪我人達からそれぞれ銀貨一枚、合計で三十四枚。そして治療に必要な道具を一式に、薬品。確かに受け取りました。これが欲しかったんです、ありがとうございます」
「あれほどの治癒と回復を行ってくださったのですから、もっと高額な報酬でも……」
「実は、明日の定期船で南に向かう事が決まっていまして。準備をする為の時間が少なくて、旅に使う医療道具や薬品まで購入するのに、手が回らないだろうと思っていたんです。それに治療自体はすぐ終わりましたから、この銀貨分で十分です」
「ア、アリス様がそれでよろしいのなら……。本当に、ありがとうございました」
報酬を渡すマウルは報酬の量の少なさを聞き、アリアはそれを受け流すように答えて、強引にそう納得させた。
それを受け取り中身を確認し終えたアリアは、隣に居るエリクに渡しつつ鞄に収めさせ、椅子から立ち上がり、診療所を出たのだった。
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