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堕ちた悪魔

寿命の与奪

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魔法陣がヒカルの血で染まっていく。
その光景は、アシャレラを呼び出したときと酷似していた。
まず、血を止めなければ。
私は薬草を口に含み、ヒカルに手を翳す。
その時、その手を掴まれた。
「リビさん・・・。」
消え入りそうな声で、ヒカルは私の手を握る。
「ヒカルさん!!今、血を止めますから。」
「加護を成す寸前、急に、体に影響が・・・。」
咳き込むたびに血が落ちていく。
それを見たアシャレラが私の肩を掴む。
「魔法陣の力が強すぎて影響が出てる。肺からの出血の可能性が高いから血を止めて、できれば治癒をした方がいい。」
「分かりました、ヒカルさん血を止めるから。」
私たちがヒカルの治療を始めたとき、教会の扉付近にいたアヴィシャは外を見た。
「太陽の神はよほど焦ったみたいだね。各国の魔法陣を全て壊されたせいかな?聖女が死にそうだから、治癒してくれない?光魔法使える奴がいるでしょ?」
そう言われて教会に入ってきたのはヒメだった。
ヒメはすぐさまヒカルに駆け寄る。
「翼のエルフ、だっけ?きみたちの魔法弱いけど大丈夫?聖女が死んだら困るんだよね。」
アヴィシャの言葉に反応したのはアシャレラだ。
「弱いなんてどうして分かるんだ?」
「だって少し前まで一緒にいたからね、翼のエルフの子供と。黄金の国からの招待状が白銀の国に出せたのは、翼のエルフの魔力感知があったからだよ。でも、負の魔力を入れた魔獣が出始めた頃から魔力感知が弱まって、使い物にならなくなったから捨てたんだ。その後はリビが大きなドラゴンで移動してくれたからなんとなく位置は把握してたけどね。」

翼のエルフの子供を捨てた?
私は手が止まりそうになりながらも、ヒカルの血を止めることに専念しなければならなかった。
代わりにアシャレラが聞いてくれるとどこかで思っていたのかもしれない。

「・・・捨てた子供は生きてるの?」
「知らないよそんなの。常に魔法を使わせていたから弱ってたね。どこかの森で、モンスターや魔獣に襲われない限り生きてるんじゃない?」
「その子の、家族は?」
「知らないってば。偶然道で拾ったものを、使えなくなったから捨てたそれだけ。ほんと、悪魔のくせにどうかしてるよアシャレラ。」

翼のエルフは姿を消すことができる能力を持っているが幼い場合はそれが難しい。
そして、珍しい種族ゆえに見つかった場合奴隷として売り飛ばされるケースが多い。
今回その子供は堕ちた悪魔に捕まってしまったということだ。
どうか、生きていてくれと願うことしか出来ない。

「そんなどうでもいいことより、聖女を死なせないでくれる?ぎりぎり生きていればいいからさ。そうすれば、あれは絶対ここに来るよ。」

教会が大きく揺れ、積み上げられたレンガがガタガタと震える。
頑丈に作られているとはいえ、山の上に持っていただけの教会は強度が足りないかもしれない。
でも今はヒカルの命を繋げることが第一だ。
肺の損傷に対して血止めを行い、次にヒメの治癒魔法を補助する強化を施す。
その時、教会の外から大きな衝撃音が響く。

「何の音ですか!?」

何かが物凄い力で衝突する音、そしてそれが反響しているように聞こえた。
アヴィシャは扉から外を見ながら、納得したように頷いて微笑んだ。
「ああ、やっぱり生きてたんだ白銀の国王。」
その不気味な笑顔に背筋が凍りついて、それを見ていたヒメは私に向かって声をあげた。
「リビはヒサメ様を守って!!ボクは聖女様を助けるから!」
「でも・・・!」
「堕ちた悪魔にとっても聖女様が生きていた方がいいんでしょ、だったらここはとりあえず安全なはずだから。」
私は治癒を続けるヒメと、教会の扉に立って外を笑顔で眺めるアヴィシャを見比べる。
「リビはヒサメ様の近衛騎士でしょ、行って。」
「分かりました、行こうソラ、アシャレラ。」
私とアシャレラはソラに飛び乗り、教会の扉を飛び出した。
アヴィシャはそれを邪魔するでもなく、ただ眺めているだけだ。

教会の外へと出ると先ほどとは違う衝撃音が聞こえる。
それがあちこちで聞こえて私はソラの上からあたりを見回す。
「何が起こってるの、一体何が。」
「キュキュ!」
ソラが指さした方角にはハルと硝子の竜、そしてドウシュがいて、こちらに気づいて手を振ってくれていた。
私たちはハルたちのいる場所へと滑空する。

「もう少しこちら側に来てちょうだい。この石の外側よ。」

ソラが地面に下り立つと、ハルが地面の石を指さした。
「この石の内側から王子様の結界の中よ。堕ちた悪魔のみ外に出ることが出来ないという条件を付けていると言っていたわ。」
「結界自体は成功していたんですね!ってことは、教会ごと結界の中に入れたってことですか。」
「聖女様がそうしたほうが光の加護が強くなるからって言ったのよ。危険なのはリビも同じだからってね。でも、加護が発動出来ていない。聖女様に何があったの。」

私はハルたちに教会の中で今何が起こっているのか説明した。

「ヒメの治癒次第で今後の動きが変わるかもしれません。」
「太陽の神が現れるって言いたいんでしょ。」
ハルは私のことをじっと睨む。
「記憶、どこまで読みました?」
「どこまで?リビが口にしていないことすべてよ。太陽の神が記憶の操作をしていることも、アヴィシャが太陽の神から魂を取り返したいこともね。」
「あ、じゃあ手間が省けました。私、ヒサメ様を守りに行くんで。」
「それも大事だけど!!太陽の神に記憶を消されるかもしれないなんて一大事じゃないの!!元闇の神様は何かそのことについて知らないの!?」

ハルに言われた硝子の竜は、表情は分かりにくいがとてつもなく困っているように見えた。

『確かに協力できることがあればと思いここまで来たが、以前も言った通りワシは闇の神の中でも知ることは少ない。太陽の神などほとんど話したこともないお方なのだ。だが、記憶が消されると言うのは確かだ。前回の封印を誰も覚えていないのだから。』
「太陽の神の記憶操作を知っていたなら教えてくれてもいいはずじゃない。それともなに、それも誓約?」
『誓約、というよりどうしようもないからだ。成す術を知らない、回避も分からない。封印が終わったらお主等の記憶は全部無かったことになるなんて、士気の下がるようなことを言えると思うか?堕ちた悪魔をどうにかできるのはお主等だけだ。そんなお主等に絶望しか与えないようなことをいう訳にはいかなかった。』

硝子の竜の言っていることは正しい。
あの時点では、堕ちた悪魔を封印するしかないという結論にたどり着いたところだった。
そうして確実に堕ちた悪魔を封印するために現闇の神に会いに行こうと志した。
自分たちの行動がちゃんと定まったあの時、太陽の神の記憶操作の話なんかしたら混乱したはずだ。
全部記憶が消えるなら、今自分たちが命を懸けようとしていることは一体なんなのか。
そんなことを考え始めたら前に進めなかったはずだ。
そもそも太陽の神の記憶操作について知れたのは、アシャレラとの契約で私に魂がないことを知れたからだ。
そして、元月の神で記憶があるソラの母が生きてその場にいてくれたからだ。
それが無ければ太陽の神が記憶を消しているなんて最後まで知らなかったかもしれない。

「太陽の神の記憶操作は、元神には通じないということか。」

ドウシュのその言葉に私たちは、確かに、と気づく。
『そうなるな。だからこそ、封印のためには特殊言語を持った人間が必要なのかもしれない。記憶を維持できるのがドラゴンだからな。そのために特殊言語は必ず、一番初めにドラゴンの言葉を理解できるようになる。どんなに弱い特殊言語でも使えるようにということなのだろう。』
「記憶操作の条件が何か分かれば、その魔法にかからないことも不可能ではないということですよね。」
私の問いに硝子の竜は縮こまってしまった。
『記憶操作の魔法が条件によってなのか、指定によってなのか。太陽の神が自由に選べるのか否か。ワシに言えることは何もない。ワシにあるのは神だった時のほんのわずかな知識と、下界に堕ちてから見てきたことと言ったはずだ。』

硝子の竜にとって、というより太陽の神以外の神にとって、太陽の神は異質な存在なのかもしれない。
強力な力を持ち、光側のトップに君臨しているらしい太陽の神は、光側の決定権を握っている。
そうして、絶望的に闇の神との相性が悪い。
性格・考え方・物の見方・好み・感性などなど。
もはや挙げたらキリがないのだろう。
その真反対の神がいることで、ある意味この世界はバランスを取っている。
光属性の光魔法と自然魔法、闇属性の闇魔法。
この二つの属性が無ければ、この世界が成立しないわけだ。

私は騎士の制服のポケットからツキの羽を取り出した。
「それなら、これは分かりますか。妖精から上手く使えと託された羽です。この羽の効果を知りたいんです。」
美しく透き通るその羽は、ヒビ割れている。
硝子の竜はそれを見ると、目を見開いた。
『迷いの森の妖精か・・・死んだのだな。』
そう言われて羽を持つ手が震えた。
「最期を見届けたわけではありません。」
『迷いの森の妖精は、その羽が命そのものなのだ。それがここにあるということは、そういうことだ。人嫌いの妖精が命を渡すとはな。それほどお主はその妖精と絆を深めていたということか。』
「どうでしょうか。彼女はシュマによって回復できないほどに傷つけられた。その復讐をしてほしいと頼めるのが、特殊言語を持った私だけだったからです。」
『妖精は決して人を信用も信頼もしない。それゆえに妖精には気を付けろと人間の子供には言い聞かせると言う。恐ろしいものだと教えられ、妖精もまた人を遠ざける。その遠ざける理由の一つが、その羽だ。その羽は他者の寿命を奪う。その奪った寿命によって妖精は永く生きることが可能だ。そして、それとは反対に与えることも出来る。ただし、その寿命の与奪は妖精の無意識下で行われる。』

硝子の竜の言葉にハルが口を開く。

「その羽の持ち主は、ヒバリに寿命を与えた妖精なのね。」
「はい。ツキさんはやはり、ヒバリさんに無意識のうちに寿命を与えてしまったんですね。」

コントロールできない寿命の与奪によって、ヒバリは100年を超える年齢になっても生き続けている。
体は衰えているようだが、見た目は若いまま。
そのせいで苦労してきたこともあったと聞いている。

『滅多にないことだ、有り得ないと言ってもいい。妖精は奪った寿命で生きている。その寿命を他者に分けるなど通常では考えられない。だが無意識といえど感情と連動していないとは言い切れない。おそらく奪われた人間は妖精に敵意を見せただろう。そして、与えられた人間は妖精がどうしても生きて欲しいと望んだ存在だったのだろう。』

ヒバリに恋をしていたであろうツキは、ヒバリを迷いの森から出した。
私はツキに迷いの森から出る方法を教えなければ一緒にいられるのにと言った。
ツキはその時、そんなことをしたら死ぬ、人間は脆いからと言っていたがそれだけではない。
自分が無意識にヒバリの命を削るのではないかと怖かったのだ。
傍にいることでヒバリに何かしらの影響があると分かっていたのだ。
遠ざけることでしか守れない、それを誰よりも理解していたんだ。

「会ったら文句言ってやろうって思ってたのに、ヒバリよりも先に亡くなるなんて無責任だわ。どれだけヒバリが大変な思いをしてきたか、どれだけヒバリが悩んでいたか、あんたのせいで私はヒバリの一番になれないって、言ってやろうと思ってたのに。死んじゃったら余計に、綺麗な思い出になっちゃうじゃない。」

ハルはそう言って、私の手のひらにある羽を指で触れた。

「堕ちた悪魔は寿命でしか死ねないって、あなた言ったわよね。」
ハルに睨まれた硝子の竜は再び縮こまり、頷いた。
『ああ、ここに寿命の与奪を司る妖精の羽がある以上確かめてみない手はない。光の加護が発動しない現状では、いつ結界が壊されてもおかしくない。効果付与のお主にしか出来ないことだ、説明はいらないな?』

ツキの羽を食べて、堕ちた悪魔の寿命を奪う。
堕ちた悪魔の寿命が分からない以上、最大限の魔法を引き出す必要がある。

「ハルさん、作ってくれたんですよね、劇薬。」
「・・・言うと思ったわ。本音を言うと使って欲しくない。二度も使用するなんて正気の沙汰じゃない。でも、託されたこの羽を使えるのも、堕ちた悪魔を殺せる可能性があるのもリビだけよ。分かってると思うけど、劇薬はタイムリミットがある。それに」
「命の危険は百も承知です。それに傷が増えたってもう、泣きませんから。」
私が微笑めば、ハルも合わせるように微笑んだ。
「言ったじゃない、覚悟の証は誇るものだって。だから、生き残って見せなさい、リビ。」

ハルに力強く手渡されたその瓶を握りしめ、私は結界の中へと入ろうとした。
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