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堕ちた悪魔

突破口

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シュマを一時的に味方につけた私たちは、短時間ではあるものの二人だけで話せる機会を得た。
10分間というこの時間の中で、こちら側に有利な何かを閃けるのか否かが重要になってくる。
シュマから少し離れた茂みの中で、私とアシャレラは最大限の小声で作戦会議を始めていた。
「アヴィシャの話の中で何か気になったことはありませんか。悪魔的観点からでも何でもいいので、些細なことでも挙げてください。」
「そうだね、まずはアヴィシャの話を整理してみようか。言っていたことが真実だと仮定すると、アヴィシャの目的は太陽の神から自分の魂を取り返すことだね。アヴィシャの魂は特別で、前世の記憶を覚えていることができるらしい。口ぶりからすると、1000年以上前から記憶を維持しているみたいだ。そして、今回初めて悪魔になったとも言っていたね。」

初めて悪魔になったということは、今まで魂を取られたことはなかったということだ。
だから、生まれ変わりを何度も経験したということになる。
しかし、今回は誰かしらを殺したことによって悪魔になり魂を取られてしまった。

「アヴィシャは上界で太陽の神に接触したけど、魂を取り返せなかったと言っていましたね。太陽の神は上界によく現れるんですか?」
「頻繁というわけではないけど、姿を見せるよ。上界を乱す者がいないかどうかの監視だろうね。前にも言ったけど、俺は苦手で近寄らないね。悪魔に助け合いを強要するなんざ馬鹿げてる。誰にとって何が幸せかなんて違うのに統一しようとする考えが気に食わない。あー腹立ってきたな。」
「落ち着いて下さい。そういえば、上界では太陽の神の言葉は分かるのですね。」
「神が干渉できないのは下界だからだよ。契約して下界に来た俺も、堕ちた悪魔どもも太陽の神の言葉はもう分からないだろうな。リビちゃんは特殊言語があるから例外だよ。」

例外、というのが引っ掛かった。
この世界には誓約というものがあり、それが全てをややこしくしている。
誓約は神も守らされているものだから、神は自ら下界を気に掛けるようなことをしてはいけない。
しかし、最も重要視される世界の均衡を保つためならば、太陽の神は記憶すら書きかえることを厭わない。
つまり、太陽の神がしている記憶操作という行動は下界を気に掛けている行動にならないというわけだ。

ソラの母親は元月の神として、世界の均衡を保つという使命のため堕ちてドラゴンになった。
元闇の神の硝子のドラゴンは堕ちた悪魔を封印する方法を獣人王に伝えるため、使命を持って堕ちてドラゴンになった。
均衡のため、というのは太陽の神も同じなのに、太陽の神がとてつもなく横暴に思える。
自分は堕ちることさえなく神という立場に居続けながら高みの見物をしている上に、全てが終わった後に何もなかったことにするため記憶を消したり変えたりする。
記憶を操作された人たちはそれ自体に気づくことすら出来ずに、これまで通り生活していくことになるだろう。
都合の悪いことは全部隠してしまえばいい、どうせ誰も覚えてない。
誰も覚えていないなら、無かったことと同じだ。
そうやって誓約の不完全な部分を無理やり穴埋めしているようにしか思えないのだ。
そして、穴埋め要員として呼ばれた私は太陽の神の思い通りにならない存在だから魂を取られている。
太陽の神はこの世界の生きる者すべてを、世界のパーツとしてしか見ていないのかもしれない。
自分の思い描く幸せを押し付けて、記憶を消したり書きかえたりして。
気に入らなければ魂を奪って、太陽の神の影響を与えやすくすればいいと考えているのだろう。

「太陽の神は、いつ私に接触して魂を取ったんでしょうか。生前にいた世界から下界に直接来たということなら、太陽の神が干渉できる場はないはず。その間に、太陽の神が接触できる場所を通ったということになりますよね。」
「太陽の神が行ける場所は上界だと思うけど、その場合だと転移者は全て上界を通過した後に下界に行ったことになるね。仮説ではあるけど、上界を通ったなんて記憶は残しておけないよね。どう考えても誓約に触れる。そうして、上界に来た転移者を天使、悪魔、下界で生きる者に分けるのかもしれない。」

この仮説通りであれば、魂を取られた私だけではなく、ヒカルたちも一度は太陽の神に会っていることになる。

「一度接触している私たちであれば太陽の神が記憶を改竄しやすいかもしれません。でも、下界の人たちの記憶はどうやって消すんでしょうか。」
「記憶消去も当然魔法だ。空間魔法だとすれば、世界を凍らせたドラゴンと同様に世界に魔法をかければいい。」
「太陽の神は下界に干渉できないでしょ。つまり、魔法だって簡単にはかけられないはず。アヴィシャは太陽の神を呼び出すためには聖女が必要だと言ってましたよね。それって、つまり・・・。」

私とアシャレラは顔を見合わせ、お互いに同じことを考えていることに行きついた。

「聖女が太陽の神と契約すれば、下界に干渉できる。」

二人の声が合わさって、ため息まで同時だった。

「私がアシャレラと契約したことで、アシャレラは私の体を使い悪魔の力を行使することができる。それが、神でも同じことが出来るなら話は早い。太陽の神はヒカルの体を使って世界に魔法をかける気でいるということになりますね。」
「封印の場には必ず聖女がいる。封印を終えた後に記憶を消すのに丁度いい器があるってことだね。」

アシャレラの言葉にはっとする。
私は、嫌なことに気づいてしまったかもしれない。

「ソラの母親、元月の神はきっとこのことを知ってた。封印にヒカルさんが必要だと言った闇の神も知ってたはず。初めは、転移者が強い光魔法を持っているから封印に適しているんだと思ってたけど、そうじゃない。太陽の神に一度接触している方が、器に入りやすいとかあるのかもしれない。太陽の神のみならず神は全員、下界に生きる者は材料に過ぎないって思ってるのかな。」

この世界が成り立つためにはバランスが必要で、上界には悪魔と天使、下界にはそれなりに生きる材料がなければいけなくて、それが崩れないように神は必死になっているのだろうか。

「リビちゃん、他者の考えを正確に読み取る事なんてできないし、相手の行動を制御するのも困難だ。ましてや相手は神だからね。重要なのは、こちらが取れる行動は何かってこと。今話してて気づいたのは、仮に聖女と契約しなければ干渉できないのであれば、今まさにアヴィシャがかけた魔法がどうして発動したのかってことだね。」
「どうしてって、太陽の神の動揺が引き金って言ってましたよね。私が誓約に触れまくったせいで太陽の神が怒って、それで魔法が発動したんでしょ?アヴィシャが言うには触れたことによって連動してるって。」
「その連動ってどこで繋がってると思う?」

どこで繋がってる?

私は今まで学んできたことから一つずつ考えを整理していく。
「それって、スイッチである太陽の神が上界にいて、連動している暴走する人たちが下界にいることがおかしいってことですか?」
「そういうこと。上界と下界はそもそも繋がっていないんだよ。互いに干渉を許されない中、唯一の方法として下界に教えられたものがあるだろ?」
「魔法陣ですね。でも、太陽の国にある大元の魔法陣も、光の加護も、太陽の神ではなく月の神によるものだって言ってたでしょ。」
「確かに、仕事をこなしてるのは月の神だろうな。堕ちるのも月の神だけだし。だけど、太陽の神もそれを利用しているとしたら?」

月の神は太陽の神に従って行動している。
それならば、繋がっている魔法陣を太陽の神がどう使おうが誰も何も言えないはず。

「なぁ、リビちゃん。神はどうして下界に魔法陣という世界を繋げるやり方を教えようしたと思う?」
「均衡を保つために、下界の人々の願いを聞き入れる環境を作りたかったとか?魔法陣というやり方を入手したおかげで、下界の人々は光の加護によって自身の魔法が強化されたり、国を守れたりするわけでしょ?」
「均衡を保つ、という名目で太陽の神は監視するために魔法陣を与えたとしたら?」
「!そう、ですね、それが一番太陽の神らしいかも。」

私はまだまだ、甘い考えを抱いているようだ。
下界の人々のため、に見えるようなことでも本当の目的は違うかもしれないんだ。

「魔法陣は結果的に下界の人々にとってありがたいものになってるのかもな。いや、そう思わせるために魔法の強化という付加価値を付けた可能性だってある。そうすることで、たくさんの人々が暮らす国には加護の魔法陣が必ずあるわけだ。さて、今回の魔法の暴走だけど、全て光の加護のある国でおこってない?」
「言われてみればそうですね。火森の村にいるフブキさんからは暴走の連絡はありませんし、静寂の海や白銀の国からも暴走の連絡は来てません。」
「つまり、アヴィシャの魔法の連動は魔法陣によって繋がっている可能性があるんだ。」

アシャレラの考察によって導き出された答えはとても信憑性が高いものだ。
だが、それを確かめるためにはリスクを冒さなければならない。

「光の魔法陣をすべて壊すしかないですが、了承してもらえるとは思えません。」

光の加護が国にとってどれだけ重要視されてきたか。
神聖なものとして扱われ、加護を強くするために手段を選ばないことだってあった。
その加護によって振り回された人々も、加護によって処刑された闇魔法の人間も山ほどいる。
それを全て破壊してくれなんて、聞き入れてもらえるとは思えない。
破壊した場合、暴走した人たちは止まるかもしれないが、それ以外の人々の魔法の威力も下がることになる。
壊された建物、負傷した人々の治癒にだって魔法は必要だ。
加護によって強化されていなければ、使い物にならない弱い魔法の人たちだっている。
でも、長引けば長引くほど死者が増えるのは明らかで。

「リビちゃん、了承なんて取ってたら間に合わない。分かってるでしょ。」

また私は、立ち止まろうとしてしまっていた。
私の迷いは誰かが死ぬことになるって何度も心の中で繰り返しているのに。
まだ私は、自分の弱さを捨てきれていない。

「そうですね、迷っている暇はない。」

私は水晶を取り出して、全員に向けて信号を発した。

〈それぞれの国 全ての魔法陣を壊して 暴走を止められるかもしれない〉

そうして私は続けて信号を送った。

〈全て私の命令だと 守り神の遣いからの命令だと 言って〉

以前、ブルームーンドラゴンの言葉なら聞き入れた村人たちがいた。
だからこそ、守り神という言葉は使えるのではないかと思ったのだ。

〈〈了解〉〉

全ての騎士の信号は同じだった。
拒否するでもなく、戸惑うでもなく、受け入れられた。
あとは、魔法陣を壊してくれるのを待つしかない。
そして、壊して暴走が止まることを祈ることしか出来ない。

「リビ、そろそろ戻らないとアヴィシャがうるさいから。」

シュマはそう言って私の手を掴んだ。
おそらく10分を少し過ぎていたはずだ。
それでもシュマはギリギリまで待ってくれていたのだろう。

「ありがとうございます、時間をくれて。」

たとえ敵だとしても言わなくてはいけないと思った。
それだけのことをしてくれたと思ったのだ。
この時間がなければ、思いつかなかったことがたくさんあるから。
ペガサスに乗ったシュマはこちらを振り返ると、普通の少女のように笑うのだ。

「お礼言うなんて変なの。あたしの約束のためだもん、リビはきっとそれだけは守ってくれるでしょ。」

私たちは神々の頂へと進む。
アヴィシャは太陽の神から魂を取り返すために。
そして、私は彼らを封印するためだ。
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