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反撃開始
水晶の策
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白銀の国の周りに集まる魔獣を凍らせて、大きな要塞の入口に降り立った。
そこにはミゾレが入国許可のペンダントを持って立っていた。
「ミゾレさん、どうして私たちが来るって分かったんです?」
「ヒサメ様ほどではありませんが耳が良いもので。おや、しかし人数を間違えてしまったようですね。聴覚が衰えているのかもしれません。」
ミゾレはヒカルとアルに入国許可のペンダントを渡す。
そして、ドラゴン4頭にもペンダントを手渡す。
ヒメは元々ヒサメの隠密だから入国できるが、問題はアシャレラだ。
「俺は実体がないからな、ペンダントは無意味だよ。」
「実体がない、ということは入国許可は必要ないということですね。畏まりました。」
ミゾレはアシャレラのことを何も聞かず、門を開けてくれた。
どう考えても何者なのか聞かなければならない場面だと思うのだが。
「それでは城へ参りましょう。」
ドラゴン4頭は空から城へ向かってもらった。
結界の範囲内であれば上空でも安全だろう。
そして緊張の面持ちで歩いているのはヒカルだ。
他国へ行ったことがないヒカルが、一番最初に訪れる国が白銀の国とはとてつもなく凄いことだろう。
閉鎖的だった白銀の国が緩和されたとはいえ、いまだに門が開かれているわけではない。
狼獣人しか入れない結界。
さらには魔獣の暴走により、他国との交流どころではなくなってしまった。
そのとき、少女がこちらに向かって大声をあげた。
「お姉さん!!」
その少女は以前来た時に駆け寄ってきてくれた少女だ。
大きく手を振って、側にいた母親らしき人が会釈をしてくれる。
私も笑顔で手を振り返し、その様子をヒカルはじっと見つめてきた。
「リビさんは、白銀の国の、騎士なのですね。」
「ええ、そうです。」
なんとはなしに答えたが、ヒカルは白銀の国を見回した。
「私がもっとしっかりしていれば、太陽の国もここと同じようにリビさんを迎え入れてくれたのでしょうか。」
私が首を傾げれば、ヒカルは少し俯く。
「酒瓶を投げられていたでしょう?空から見えていました。他の騎士はそれを咎めもしなかった。その状況をおかしいのだと理解できないこと自体が狂っています。私はそれをなんとかしたかったのに、国は二つに分かれてしまいました。」
これまでを変えようとするヒカルと国王側。
これまでの生活を変えたくない側。
ヒカルたちの方が劣勢というのがなんとも悲しいが仕方がないようにも思う。
「私としては、ヒカルさんと国王側についてもいいと考える国民がいるだけでも上々だと思いますよ。人間、安定した暮らしを変えたいと思う方が少ないはずです。今回二極化したことで、聖女や神官様が本当はどう考えていたのかを知れたことが大きいと思います。彼らだって、誰かを救うことが嫌だったわけではない。いつの間にか逃れることもできず、口を閉ざすことしかできなかったそんな環境が苦しかったはずです。国が二つに分かれたからと言って、悪い訳ではないと思いますよ。」
私の言葉にヒカルは深く頷いた。
「私はいつか必ず、太陽の国の意識を変えて見せます。リビさんに尊敬の眼差しを送る、そんな国民が増えるようにしてみせます。」
なかなかに難易度の高い意気込みだ。
根強い闇魔法の人間への差別を解消するのは至難の業だろう。
そんな私の思いが伝わってしまったのだろう、ヒカルは真剣な瞳をした。
「せめて、人にものを投げてはいけないという教育をすべきです。」
そんなことをあまりに真剣に言うので、思わず私は笑ってしまった。
アシャレラも豪快に笑っている。
「あはははっ、聖女様面白いね。ああいうのはもはや手遅れだけどね、今更何も学べやしない。」
「分からないでしょう、そんなこと。誰だって変わることは出来るはずです。」
「聖女様っぽいこと言うね。でもさ、あんな分厚い瓶が頭に当たってたら俺のリビちゃん大怪我してたかも。その点についてどう思う?」
「それは正直許せないです。逆さづりにして酔いを醒まさせればよかったんですよ。」
ヒカルの発言にアシャレラはまた笑う。
「良かった、同意見だわ。これから仲良くできそうだね聖女様。」
そうしてアシャレラが差し出した手を掴もうとしたヒカルの手をすり抜けた。
「あー残念、俺リビちゃんにしか触れないんだよね。ほーんと残念。」
明らかにわざと手を差し出したアシャレラの胸を肘でどついておいた。
「シグレさん、ボタンさん!」
二人はこちらに気づくと駆け寄ってきてくれた。
「表にいた魔獣は負の魔力を抜いておきました。ここに来る途中の魔獣は対処してきたのでしばらく問題ないかと。」
「通りで静かになったと思いました。ヒサメ様とフブキからある程度の情報は受け取っています。ヒサメ様は現在神々の頂、フブキは火森の村で教会建設ですね?」
「はい、そうです。その二人とわかれてからの話をお伝えします!」
私はシグレとボタンを含む騎士たちに今起こっていることを情報共有した。
「白銀の国に堕ちた悪魔は侵入できないので、人による魔法の暴走が起こる可能性は低いです。ただ万が一を考えて安全な対象魔法を使える人材を把握しておいた方がいいかもしれません。」
「分かりました、国民を含めて確認しておきましょう。」
シグレは他の騎士に指示を出す。
「ちなみになんですけど、シグレさんは対象魔法だったりします?」
今まで私はシグレの魔法を聞いたことがない。
魔法内容を他人に明かすリスクは高いからこそ、私はシグレに聞いたことが無いのだ。
「あー分かってます、無理に聞き出したかった訳ではなくてですね。」
「別にかまいませんよ、リビさんだったら。他の騎士なら知っていることです。あなたも俺の同僚ですから、耳を貸して。」
そうしてシグレに告げられた魔法は、対象魔法ではなかった。
「俺は魔法暴走の役には立てませんので、他のことで尽力させて頂きます。リビさんもそのためにここに来たのでは?」
シグレの言葉はどこか確信めいていて、さすが私の鍛錬の師匠だ。
「白銀の国の周辺にいた魔獣はもう、いません。」
「それは聞きましたよ?」
「国の危機が一時的に退いたからこそのお願いです。騎士の皆さんのお力を借りたいんです。」
「待ってました!!」
私の言葉に真っ先に答えたのは隣にいたボタンだった。
「私その言葉をずっと待ってたんですよ、本当にずっと。ようやく、リビさんと一緒に戦えるってことですよね?」
ボタンはずっと私のことを心配してくれていた。
大怪我を負った私をずっと看病してくれた彼女は、私のことを最後まで気に掛けてくれていた。
そして、私を同じ騎士として認めてくれた大事な友人だ。
「ボタンさんもシグレさんも、そして他の騎士の皆さんも聞いて下さい。私たちに出来て、堕ちた悪魔にはできないこと。それによってこちらが大きく有利になるはずです。それがこれです。」
私が鞄から取り出したのは水晶だ。
「狼獣人の騎士や兵士の皆さんはこの水晶で連絡を取ることが出来るんですよね。」
「ええ、そうですね。これでヒサメ様とフブキとも連絡を取っています。」
「この水晶に送られる信号は狼獣人特有のもの。だから他の者で使うことが出来ない、ですね?」
「ええ、他の国でも連絡手段として水晶を使用しているところはあると思いますが、信号は異なるでしょうね。」
そう、この世界には魔力で連絡を取るという手段が存在する。
例としてはこの水晶や、静寂の海の人魚語が聞こえる音巻貝などだ。
「今この世界は堕ちた悪魔によって困難な状況に追い込まれています。そんな中、私がそれぞれの国に行って情報共有したり、現状把握したりするのにはいくらドラゴンに乗っているとはいえ時間がかかりすぎる。これまで回ってきた国も今はどういう状況になっているのか不安でもあります。だけど、国と国との連絡手段は主に手紙だけ。しかも、それぞれの国で独自の連絡信号を作っているとなると水晶があっても連絡はできない。となると、各国で状況を瞬時に把握することができる環境を作るしかありません。」
「それぞれの国に狼獣人の騎士や兵士を配置する、ということですか。」
シグレの声は緊張を含んでいる。
「はい、今私が思いつく最速の連絡手段はそうするしかないと思っています。それぞれの国で何か起きた時、それを知るのが遅れるのは悪手です。他の国にも同じことが起きるのであればそれがほぼ同時に分かる方が対処も早い。そして、それぞれの国の状況が掴めている方が今後、役に立つはずです。」
シグレをはじめとして、ボタンや他の騎士たちには戸惑いが窺える。
当然だ、少し前まで白銀の国の狼獣人は世界から恐れられていた。
先代王がやってきた横暴の数々、戦争で刻み込まれてきた恐怖。
ヒサメが王へと変わり、白銀の国を変えようと努力してきたとはいえまだまだ道半ば。
他の国が連絡を取る手段だからといって、狼獣人を受け入れてくれるか否かは別の話だ。
それでもこれは、どうしても必要なんだ。
「堕ちた悪魔は手段も相手も選んでいません。だから、どの国であっても悲劇は起こりうる。そんな相手に対抗するにはこちら側が連携を取る必要があると思うんです。人間も獣人もエルフも人魚も、種族がばらばらでもいい。今脅かされている平和を自分たちで守るしかない。」
騎士たちは拳を握りしめている。
迷う気持ちは痛いほど分かる。
自分を受け入れてもらえない場面に何度遭遇したか分からない。
今回も他国に受け入れられず、石や酒瓶を投げられるかもしれない。
いや、狼獣人を恐れて震えて帰ってくれと泣かれるかもしれない。
でも、守るために一歩踏み出すのは私たちだけじゃだめだ。
「要塞の鉱石浄化のとき、白銀の国にはエルフと人魚、猟虎の獣人が来てくれました。人間である私とドラゴンであるソラがいました。全員が揃わなければ鉱石浄化を成し得ることはできなかった。魔獣の暴走によって、要塞は壊されていたかもしれなかった。そうしたら、この白銀の国は大変なことになっていたはずです。建物が壊され、怪我人や死亡者がでたかもしれない。そうなっていないのは、他の種族が助けてくれたからです。」
騎士たちの耳がぴこっと動く。
あと一押しだ。
「これからもヒサメ様がこの白銀の国王である限り、他国との交流を広げていくことになるでしょう。そんな足掛かりとするには絶好のチャンスともいえます。救護に回るのも良し、人助けするも良し。状況を水晶で共有しながら他国に恩を売っておきましょう。そうすることで、騒動が収まった後ヒサメ様の国際交流が軌道に乗るように足場を固めておくんです。ヒサメ様を支えるのが私たち騎士の仕事でしょう?」
私はそんなことを言いながら一抹の不安を抱いていた。
シグレやボタン以外の騎士は、私が騎士であることを認めていないかもしれない。
だから、私の言葉に耳を傾けてはくれないのでは。
そんなことを考えていた次の瞬間。
「そうですね、封印のためにヒサメ様が行動している今、私たちにできることはそれを援護することです。」
「そうだな!他の国に白銀の騎士が友好的なことを示せればヒサメ様のためにもなるよな!」
「そうと決まれば配置を考えなくては!シグレさん、指示をお願いします!!」
思っていたよりも騎士の皆は前向きに考えてくれたようだ。
私に嫌な顔をする騎士もいなかった。
するとボタンは私の肩を叩く。
「白銀の騎士の中に、リビさんを受け入れない者などいませんよ。要塞の鉱石の浄化も、ヒサメ様の命を救ったこともちゃんと知ってます。ヒサメ様が選んだ騎士であることを、皆誇っていますから。」
ボタンの言葉に、周りの騎士たちは頷いてくれる。
だからこそ、私も騎士としてやらなくてはいけないことがある。
「シグレさん、私にも水晶の信号を叩きこんで下さい!!騎士の私が使えないなんて言ってられないですから。」
そんなこと言ってから後悔した。
シグレの笑顔がとてつもなく怖かったからだ。
「言いましたね?数日である程度会話できるようにしますからね、使い物にならないようでは困るので。あの馬鹿でも習得するのは早かったのでリビさんなら大丈夫でしょう。共通言語も勉強で習得されたのでしょう?それならできます、できるようになってもらいます。まずは表を渡すので自分である程度の信号を叩きこんで頂いて。その間にこちらは各国の騎士の配置を検討するので、それが終わり次第テストしましょう。」
いつの間に用意したのか信号の表を渡された。
ヒカルとヒメとアルは騎士に混ざって話を続けている。
窓の外は中庭でドラゴンが4頭休憩しているのが見えた。
私はその大きな部屋を出て、自分の部屋に向かうことにした。
隣にはアシャレラだけがいる。
「アシャレラは残らなくていいんですか?」
「俺はリビちゃんからあんまり離れられないんだよね。というわけで、俺も信号を勉強しとくよ。使えるか知らないけど。」
私はアシャレラと二人で水晶の信号を勉強することになったのだった。
そこにはミゾレが入国許可のペンダントを持って立っていた。
「ミゾレさん、どうして私たちが来るって分かったんです?」
「ヒサメ様ほどではありませんが耳が良いもので。おや、しかし人数を間違えてしまったようですね。聴覚が衰えているのかもしれません。」
ミゾレはヒカルとアルに入国許可のペンダントを渡す。
そして、ドラゴン4頭にもペンダントを手渡す。
ヒメは元々ヒサメの隠密だから入国できるが、問題はアシャレラだ。
「俺は実体がないからな、ペンダントは無意味だよ。」
「実体がない、ということは入国許可は必要ないということですね。畏まりました。」
ミゾレはアシャレラのことを何も聞かず、門を開けてくれた。
どう考えても何者なのか聞かなければならない場面だと思うのだが。
「それでは城へ参りましょう。」
ドラゴン4頭は空から城へ向かってもらった。
結界の範囲内であれば上空でも安全だろう。
そして緊張の面持ちで歩いているのはヒカルだ。
他国へ行ったことがないヒカルが、一番最初に訪れる国が白銀の国とはとてつもなく凄いことだろう。
閉鎖的だった白銀の国が緩和されたとはいえ、いまだに門が開かれているわけではない。
狼獣人しか入れない結界。
さらには魔獣の暴走により、他国との交流どころではなくなってしまった。
そのとき、少女がこちらに向かって大声をあげた。
「お姉さん!!」
その少女は以前来た時に駆け寄ってきてくれた少女だ。
大きく手を振って、側にいた母親らしき人が会釈をしてくれる。
私も笑顔で手を振り返し、その様子をヒカルはじっと見つめてきた。
「リビさんは、白銀の国の、騎士なのですね。」
「ええ、そうです。」
なんとはなしに答えたが、ヒカルは白銀の国を見回した。
「私がもっとしっかりしていれば、太陽の国もここと同じようにリビさんを迎え入れてくれたのでしょうか。」
私が首を傾げれば、ヒカルは少し俯く。
「酒瓶を投げられていたでしょう?空から見えていました。他の騎士はそれを咎めもしなかった。その状況をおかしいのだと理解できないこと自体が狂っています。私はそれをなんとかしたかったのに、国は二つに分かれてしまいました。」
これまでを変えようとするヒカルと国王側。
これまでの生活を変えたくない側。
ヒカルたちの方が劣勢というのがなんとも悲しいが仕方がないようにも思う。
「私としては、ヒカルさんと国王側についてもいいと考える国民がいるだけでも上々だと思いますよ。人間、安定した暮らしを変えたいと思う方が少ないはずです。今回二極化したことで、聖女や神官様が本当はどう考えていたのかを知れたことが大きいと思います。彼らだって、誰かを救うことが嫌だったわけではない。いつの間にか逃れることもできず、口を閉ざすことしかできなかったそんな環境が苦しかったはずです。国が二つに分かれたからと言って、悪い訳ではないと思いますよ。」
私の言葉にヒカルは深く頷いた。
「私はいつか必ず、太陽の国の意識を変えて見せます。リビさんに尊敬の眼差しを送る、そんな国民が増えるようにしてみせます。」
なかなかに難易度の高い意気込みだ。
根強い闇魔法の人間への差別を解消するのは至難の業だろう。
そんな私の思いが伝わってしまったのだろう、ヒカルは真剣な瞳をした。
「せめて、人にものを投げてはいけないという教育をすべきです。」
そんなことをあまりに真剣に言うので、思わず私は笑ってしまった。
アシャレラも豪快に笑っている。
「あはははっ、聖女様面白いね。ああいうのはもはや手遅れだけどね、今更何も学べやしない。」
「分からないでしょう、そんなこと。誰だって変わることは出来るはずです。」
「聖女様っぽいこと言うね。でもさ、あんな分厚い瓶が頭に当たってたら俺のリビちゃん大怪我してたかも。その点についてどう思う?」
「それは正直許せないです。逆さづりにして酔いを醒まさせればよかったんですよ。」
ヒカルの発言にアシャレラはまた笑う。
「良かった、同意見だわ。これから仲良くできそうだね聖女様。」
そうしてアシャレラが差し出した手を掴もうとしたヒカルの手をすり抜けた。
「あー残念、俺リビちゃんにしか触れないんだよね。ほーんと残念。」
明らかにわざと手を差し出したアシャレラの胸を肘でどついておいた。
「シグレさん、ボタンさん!」
二人はこちらに気づくと駆け寄ってきてくれた。
「表にいた魔獣は負の魔力を抜いておきました。ここに来る途中の魔獣は対処してきたのでしばらく問題ないかと。」
「通りで静かになったと思いました。ヒサメ様とフブキからある程度の情報は受け取っています。ヒサメ様は現在神々の頂、フブキは火森の村で教会建設ですね?」
「はい、そうです。その二人とわかれてからの話をお伝えします!」
私はシグレとボタンを含む騎士たちに今起こっていることを情報共有した。
「白銀の国に堕ちた悪魔は侵入できないので、人による魔法の暴走が起こる可能性は低いです。ただ万が一を考えて安全な対象魔法を使える人材を把握しておいた方がいいかもしれません。」
「分かりました、国民を含めて確認しておきましょう。」
シグレは他の騎士に指示を出す。
「ちなみになんですけど、シグレさんは対象魔法だったりします?」
今まで私はシグレの魔法を聞いたことがない。
魔法内容を他人に明かすリスクは高いからこそ、私はシグレに聞いたことが無いのだ。
「あー分かってます、無理に聞き出したかった訳ではなくてですね。」
「別にかまいませんよ、リビさんだったら。他の騎士なら知っていることです。あなたも俺の同僚ですから、耳を貸して。」
そうしてシグレに告げられた魔法は、対象魔法ではなかった。
「俺は魔法暴走の役には立てませんので、他のことで尽力させて頂きます。リビさんもそのためにここに来たのでは?」
シグレの言葉はどこか確信めいていて、さすが私の鍛錬の師匠だ。
「白銀の国の周辺にいた魔獣はもう、いません。」
「それは聞きましたよ?」
「国の危機が一時的に退いたからこそのお願いです。騎士の皆さんのお力を借りたいんです。」
「待ってました!!」
私の言葉に真っ先に答えたのは隣にいたボタンだった。
「私その言葉をずっと待ってたんですよ、本当にずっと。ようやく、リビさんと一緒に戦えるってことですよね?」
ボタンはずっと私のことを心配してくれていた。
大怪我を負った私をずっと看病してくれた彼女は、私のことを最後まで気に掛けてくれていた。
そして、私を同じ騎士として認めてくれた大事な友人だ。
「ボタンさんもシグレさんも、そして他の騎士の皆さんも聞いて下さい。私たちに出来て、堕ちた悪魔にはできないこと。それによってこちらが大きく有利になるはずです。それがこれです。」
私が鞄から取り出したのは水晶だ。
「狼獣人の騎士や兵士の皆さんはこの水晶で連絡を取ることが出来るんですよね。」
「ええ、そうですね。これでヒサメ様とフブキとも連絡を取っています。」
「この水晶に送られる信号は狼獣人特有のもの。だから他の者で使うことが出来ない、ですね?」
「ええ、他の国でも連絡手段として水晶を使用しているところはあると思いますが、信号は異なるでしょうね。」
そう、この世界には魔力で連絡を取るという手段が存在する。
例としてはこの水晶や、静寂の海の人魚語が聞こえる音巻貝などだ。
「今この世界は堕ちた悪魔によって困難な状況に追い込まれています。そんな中、私がそれぞれの国に行って情報共有したり、現状把握したりするのにはいくらドラゴンに乗っているとはいえ時間がかかりすぎる。これまで回ってきた国も今はどういう状況になっているのか不安でもあります。だけど、国と国との連絡手段は主に手紙だけ。しかも、それぞれの国で独自の連絡信号を作っているとなると水晶があっても連絡はできない。となると、各国で状況を瞬時に把握することができる環境を作るしかありません。」
「それぞれの国に狼獣人の騎士や兵士を配置する、ということですか。」
シグレの声は緊張を含んでいる。
「はい、今私が思いつく最速の連絡手段はそうするしかないと思っています。それぞれの国で何か起きた時、それを知るのが遅れるのは悪手です。他の国にも同じことが起きるのであればそれがほぼ同時に分かる方が対処も早い。そして、それぞれの国の状況が掴めている方が今後、役に立つはずです。」
シグレをはじめとして、ボタンや他の騎士たちには戸惑いが窺える。
当然だ、少し前まで白銀の国の狼獣人は世界から恐れられていた。
先代王がやってきた横暴の数々、戦争で刻み込まれてきた恐怖。
ヒサメが王へと変わり、白銀の国を変えようと努力してきたとはいえまだまだ道半ば。
他の国が連絡を取る手段だからといって、狼獣人を受け入れてくれるか否かは別の話だ。
それでもこれは、どうしても必要なんだ。
「堕ちた悪魔は手段も相手も選んでいません。だから、どの国であっても悲劇は起こりうる。そんな相手に対抗するにはこちら側が連携を取る必要があると思うんです。人間も獣人もエルフも人魚も、種族がばらばらでもいい。今脅かされている平和を自分たちで守るしかない。」
騎士たちは拳を握りしめている。
迷う気持ちは痛いほど分かる。
自分を受け入れてもらえない場面に何度遭遇したか分からない。
今回も他国に受け入れられず、石や酒瓶を投げられるかもしれない。
いや、狼獣人を恐れて震えて帰ってくれと泣かれるかもしれない。
でも、守るために一歩踏み出すのは私たちだけじゃだめだ。
「要塞の鉱石浄化のとき、白銀の国にはエルフと人魚、猟虎の獣人が来てくれました。人間である私とドラゴンであるソラがいました。全員が揃わなければ鉱石浄化を成し得ることはできなかった。魔獣の暴走によって、要塞は壊されていたかもしれなかった。そうしたら、この白銀の国は大変なことになっていたはずです。建物が壊され、怪我人や死亡者がでたかもしれない。そうなっていないのは、他の種族が助けてくれたからです。」
騎士たちの耳がぴこっと動く。
あと一押しだ。
「これからもヒサメ様がこの白銀の国王である限り、他国との交流を広げていくことになるでしょう。そんな足掛かりとするには絶好のチャンスともいえます。救護に回るのも良し、人助けするも良し。状況を水晶で共有しながら他国に恩を売っておきましょう。そうすることで、騒動が収まった後ヒサメ様の国際交流が軌道に乗るように足場を固めておくんです。ヒサメ様を支えるのが私たち騎士の仕事でしょう?」
私はそんなことを言いながら一抹の不安を抱いていた。
シグレやボタン以外の騎士は、私が騎士であることを認めていないかもしれない。
だから、私の言葉に耳を傾けてはくれないのでは。
そんなことを考えていた次の瞬間。
「そうですね、封印のためにヒサメ様が行動している今、私たちにできることはそれを援護することです。」
「そうだな!他の国に白銀の騎士が友好的なことを示せればヒサメ様のためにもなるよな!」
「そうと決まれば配置を考えなくては!シグレさん、指示をお願いします!!」
思っていたよりも騎士の皆は前向きに考えてくれたようだ。
私に嫌な顔をする騎士もいなかった。
するとボタンは私の肩を叩く。
「白銀の騎士の中に、リビさんを受け入れない者などいませんよ。要塞の鉱石の浄化も、ヒサメ様の命を救ったこともちゃんと知ってます。ヒサメ様が選んだ騎士であることを、皆誇っていますから。」
ボタンの言葉に、周りの騎士たちは頷いてくれる。
だからこそ、私も騎士としてやらなくてはいけないことがある。
「シグレさん、私にも水晶の信号を叩きこんで下さい!!騎士の私が使えないなんて言ってられないですから。」
そんなこと言ってから後悔した。
シグレの笑顔がとてつもなく怖かったからだ。
「言いましたね?数日である程度会話できるようにしますからね、使い物にならないようでは困るので。あの馬鹿でも習得するのは早かったのでリビさんなら大丈夫でしょう。共通言語も勉強で習得されたのでしょう?それならできます、できるようになってもらいます。まずは表を渡すので自分である程度の信号を叩きこんで頂いて。その間にこちらは各国の騎士の配置を検討するので、それが終わり次第テストしましょう。」
いつの間に用意したのか信号の表を渡された。
ヒカルとヒメとアルは騎士に混ざって話を続けている。
窓の外は中庭でドラゴンが4頭休憩しているのが見えた。
私はその大きな部屋を出て、自分の部屋に向かうことにした。
隣にはアシャレラだけがいる。
「アシャレラは残らなくていいんですか?」
「俺はリビちゃんからあんまり離れられないんだよね。というわけで、俺も信号を勉強しとくよ。使えるか知らないけど。」
私はアシャレラと二人で水晶の信号を勉強することになったのだった。
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