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反撃開始
弱さとは
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次の国へと向かいつつ、私は中断してしまった話をアシャレラに聞くことにした。
「さっき言ってた悪魔の魔法は弱いってどういうことですか?」
「魔法自体の強さではなく、魔法の種類の強さが弱いって意味だよ。闇魔法はたくさんの種類が存在している。その中でも例えば白銀の王様の結界魔法。あれは桁違いに強い種類の魔法だね。闇の神が授けたとはいえ、応用の幅も広いだろ?当の本人が物理的に強いからあまり魔法に頼ってないみたいだけど、あの結界魔法ってもっと様々な場面で使える魔法だと思うんだよね。応用の幅が広いほど、便利なほど、強い種類だと思わない?」
確かにヒサメの魔法が強い種類だというのは分かる。
使い勝手がいいほどに強い魔法となるのだろうか。
「強い種類の魔法はそれだけ扱うのも難しいけどね。それこそ狼獣人以外を入れなくする結界なんて後継者の特訓が大変そうだ。逆にさ、弱い種類の魔法は制限があったり役に立てる幅が少なかったりする。ドウシュちゃんの魔法ってさ、対象の毒を割り出せる魔法なんだけど。あれって毒は分かっても対処法までは分からないんだよね。結局はその毒に対応する解毒方法を学んでいないと使えない訳だ。それをきちんと学んでいるドウシュちゃんは魔法を上手く使っているみたいだけど全員がそうできるわけじゃないでしょ。」
ドウシュはヒバリから植物の知識を学んでいた。
それ以前からも自分自身で努力していた可能性は高い。
生前の彼は、妹のために頑張れる心優しい人だったのだから。
「悪魔なんてさ、ただでさえ努力からかけ離れてるわけ。それに限らず悪魔が持ちうる闇魔法は誓約によって制限されてるのさ。それをいかに上手く使って人間から負の魔力を搾り取れるか。ある意味、努力できている奴が生き残っているのかもしれないな。」
人間から負の魔力を取っていないアシャレラが言うと違和感がある。
「でも、シュマの負の魔力を付与する魔法は強いじゃないですか。今私たちはそのせいで振り回されているんでしょ。」
「その子の魔法はさ、今まで何十年と集めてきた下界の者の負の魔力を利用してるんだったでしょ。つまり、長い年月をかけなければ使えないほどの魔法なのさ。ちょっとずつちょっとずつ国を移動しながら負の魔力を集めて、ようやくその計画を開始した。まぁ、年月をかけられるのは堕ちた悪魔の特権だけどね。」
寿命が人よりも長いから成立する魔法ってことになる。
でも、成立した時点で厄介なのは一緒だ。
「それならルージの操りの魔法はどうです?静寂の海のクレタさんのときも、黄金の国のグウル国王のときも、もっと被害が拡大してもおかしくなかった。それでも操りの魔法は他と比べると弱いってことですか?」
私の問いにアシャレラは頬杖をつく。
「俺も正確に魔法を把握できるわけじゃないけどね。その悪魔の魔法は操りではないと思うよ。」
「どういうことです?」
「ざっと話を聞いた限り、その魔法をかけるためには直接話をする必要がある。そして、相手に興味を持ってもらう必要がある。俺の印象としては欲をかきたてる魔法、という方がしっくりくるね。だからこそ唆して毒薬を飲ませたり、元々ドラゴンに興味のあったグウル国王が魔法をかける対象になったのかもしれない。事前調べが必要だったり、長々と話をしなくちゃならなかったり、やっぱり弱い魔法っていうのは面倒な行程があるってことだ。」
アシャレラはそう言って私の肩に腕を回す。
「リビちゃんは食べるだけでその効果を付与できる。闇の神が与えた超つよーい魔法ってこと。」
「私だって今までこの魔法を使いこなすの大変だったんですよ。そもそも、効果だって植物図鑑で勉強したんですから!」
「リビちゃんが苦労してないなんて一言も言ってないでしょ。きみの体見れば、どれだけ死にかけてきたかなんて明らかだ。神様っていうのは残酷だよね、悪魔の俺の方がリビちゃんのこと心配するくらいにね。」
遠い目をしているアシャレラの腕をどけつつ、私はその横顔を見る。
「そういえばアシャレラの魔法を聞いていませんでした。一心同体の私を通してならアシャレラの魔法は使えますよね?」
「使えるか使えないかという問いなら前者だね。俺の体ってもう全てリビちゃんのだからさ。」
「その言い方、なんとかなりませんか。」
私だけではなく、アルもヒメもうわ・・・という顔をしている。
「俺は事実を言ってるだけだよ。悪魔の契約はこの身すべてを契約者のために使うことが条件なんだからね。そういえばリビちゃん、いつの間にか俺のこと呼び捨てで呼んでくれてるね。嬉しいな、距離を縮める気になったの?」
腰に回そうとしてくる腕を払いながら、下を見下ろす。
「名前長いので、さん付けするのが面倒になっただけです。かまいませんか?」
「勿論いいよ。リビちゃんのお好みでたくさん呼んでね。」
わざとらしく語尾にハートを付けたような言い方を無視しながらふと思う。
話を逸らされた。
アシャレラは自分の魔法の話をしたくないのかもしれない。
私がちゃんと聞けば答えなくてはいけないだろうけど、今無理に聞き出すこともないだろう。
上から見える大きな国にもうすぐ到着する。
太陽の国、ここでヒカルに協力を要請するつもりだ。
まずは、魔獣対策と魔法暴走対策をみんなに伝えなければ。
上空から太陽の国の門の前。
たくさんの騎士が魔獣の侵入を阻止しているのが目に入る。
大きな国である太陽の国は、騎士の数も他国より多い。
そして、魔獣を足止めできるだけの強さがあるわけだ。
『自国でなんとかなるなら、俺たちの助けはいらないんじゃないか?』
ウミがそう言って踵を返そうとするので、背中をもふもふと叩く。
「そういう訳にはいきません。負の魔力の暴走を止める術は今のところその魔力を取り除くことだけ。それができるのも今私たちだけなんですから。とりあえず凍らせてください。」
『はいはい。』
バサリと大きな翼の影が太陽の門を覆い尽くす。
急に暗くなった上空を騎士の全員が見上げていることだろう。
次の瞬間、その大きな門を突き抜けるほどの魔法で地面も建物も凍りついていく。
そうして戦っていた魔獣も動けなくなり、言葉を失っている騎士たちの目の前にドラゴン4頭が降り立った。
「リビ!!」
駆け寄ってきてくれたのは当然ヴィントだ。
こんな大きなドラゴン4頭がいるところに平然と寄ってこれる人間はそういない。
「ヴィントさん、太陽の国は魔獣の侵入がないようですね。それならここで情報共有しますので、国王にはあなたが伝えて頂けますか。」
私が開口一番にそう言えば、ヴィントは一瞬だけ表情が固まった気がした。
だがすぐに頷いてくれる。
「ああ、分かった。」
私はヴィントに魔獣の暴走はなるべく私たちで対処することと、その影響で人間の魔法の暴走が起きていることを伝えた。
「ただ、太陽の国は魔獣によって外壁を壊されたりしていません。なので堕ちた悪魔たちが接触している可能性は低いとは思います。ですが、万が一魔法の暴走が多発した場合には水魔法の人間を集めて下さい。対象にとって安全ならいいので光魔法でもいいですが、今太陽の神殿はどうなっていますか?」
その問いにヴィントは困ったような顔をする。
「今太陽の神殿は2極化してる。これまでの聖女と神官の固定概念を壊そうとするヒカル派閥。これまで通り、光魔法を神格化する派閥だ。そして太陽の国の国民の大半が従来の考え方を推している。変わることを恐れている、というのが正しいかもしれない。」
太陽の国は光魔法を持つ人達を特別視して丁重に扱った。
転移してきた人間たちはとても魔法力が高く、聖女や神官にさせるためにあらゆることを援助した。
そうして彼らがその役目を担うために、彼らを隔離する。
祈りを捧げ続けることが素晴らしい役目だと教え続け、神殿から自由に出ることも叶わず、彼らはそうであることが正しいのだと刷り込まれるのだ。
そうして怪我をした人々を癒し、太陽の国の加護を強い状態に保つことこそ誉れであると崇められる。
加護が強ければ強いほどその中で暮らす自然魔法の人間は魔法が安定し加護の力を受けることができる。
光魔法があればあらゆる怪我を治せる、そしてその人間たちは常に太陽の国にいてくれる。
国民が考えているのは自分たちの安寧の暮らしであり、自分たちがこれまで通り何不自由なく生きていけることだけだ。
…光魔法の人達の安寧な暮らしはどこにあるのか。
国民たちの笑顔の裏で身を犠牲にしている光魔法の人間が本当に見えていない訳では無いだろう。
見ないふりをしてきたそれは、ヒカル達によって今可視化されているのだ。
「ウミ、ヴィントさんと共に太陽の国の中に入って貰えますか。」
『入ってどうするんだ?』
「ヴィントさんを王宮に送るだけでいいです。あなたほど大きければ国民は必ず気付く。守り神であるドラゴンが太陽の国の騎士を乗せていると。国王は当然、ヒカルさん側ですよね?」
ヴィントはそれに大きく頷く。
「リビと話した国王はあれから考えを変えていない。国民を守るために変わりたいと思い続けている。」
「それなら良かった。ついでに帰りにヒカルさんを乗せて帰ってきて下さい。ヒカルさんには封印を手伝ってもらわないといけないので。」
多くの人が目にすることになる。
守り神のドラゴンに乗る聖女の姿を。
誰もがきっとその姿に畏怖と憧れを抱く。
ヒカルを支持したいと思う人間が必ず増える。
ヒカルが乗っていれば神秘的にも映るかもしれない。
今更卑屈になるわけではないが、私と違って、という言葉が後ろに付くだろう。
『今は人間同士が争ってる場合ではないのにな。周りが見えていない人間どもの家でも凍らせとくか?』
「ウミの判断に任せます。」
『ほう、柔軟になってきたじゃないか騎士様。』
ふと、ヴィントが何故か驚いているのが目に入る。
「今気付いたが、ドラゴンの声が俺にも聞こえる。」
「ああ、特殊言語が強くなってまして。」
「それに、騎士様って…?」
「ヒサメ様の騎士になりました。」
ヴィントはなにやら複雑な顔をして、それから深く息を吸った。
「リビは凄いな、どんどん前に進んでる。その点、俺は何も変われていない。」
「何言ってるんですか、この国を騎士として変わらず守っている。魔獣の侵入だって防げている。それに、こうやって駆け寄ってきてくれたじゃないですか。変わればいいってもんでもないですよ。」
私がそう言って笑えば、ヴィントも笑顔になってくれた。
ウミの背中に乗ったヴィントは私の方を見下ろしている。
「リビ、やっぱりまた無茶したんだな。言うか迷ったが、どうしても気になった。その腕は、大丈夫なのか?」
「痛みもなくて問題ありません。そうだ、ドウシュさんに会いましたよ!ヴィントさんとエルデさんのことちゃんと覚えてました。今は協力してもらっています、いつかまた会えるといいですね。」
「…そうだな、そうなれば嬉しい。リビも、また来てくれるか?」
なんだかいつもよりも不安そうな表情を浮かべている。
私はその表情に気付かないフリをしながら微笑んだ。
「はい、いつかまた。」
ヴィントを乗せたウミは王宮へと飛んでいく。
すると何故か姿を消していたヒメとアルがそろそろと姿を現した。
「なんで隠れたんですか?」
「邪魔かなって。」
アルがそんなことを言うのでアシャレラも同意する。
「翼のエルフ二人が消えたから俺も空気を読んで黙ってたのよ。なーにあの騎士、特別な人?恋バナする?」
「もうとっくに振られて吹っ切れていますので。」
大袈裟に驚いた顔をするアシャレラは私の肩に腕を回す。
「俺の胸貸してあげるね。リビちゃんも人並みに恋できる乙女だったことが衝撃だけど。」
「1000年以上思い続けてるアシャレラより衝撃的でもないでしょ。」
離れようとするとアシャレラは引き寄せて耳許で囁く。
「痛くないじゃなくて、痛みを感じないでしょ。あの騎士絶対気付いてたよ?もっと上手に誤魔化さないとね。」
「アシャレラもでしょ、それは。」
自分の魔法を気づかせたくない、そうでしょ。
そんな私の思考を読むようにアシャレラは不敵な笑みを浮かべる。
その瞬間、後ろから気配を感じて思わずそれを手で掴んだ。
手で握ったのは酒瓶で、その視線の先には酔った男がふらふらと立っている。
外に出るのは危ないと騎士に言われているはずなのに。
守られていると自覚がない人間はどこにでもいる。
「魔獣騒ぎはお前の仕業か?お前のような人間のせいでこの太陽の国はめちゃくちゃだ。今まで平穏だったのに、お前のような闇魔法なんかがこの国に来たせいでなにもかもおかしくなっちまったんだよ!!」
周りの騎士は男を止めるか迷っているようにも見えた。
そういえば門番も私に好意的だったことはないな。
するとアシャレラが私の肩を掴む。
「俺の隠し事、リビちゃんはきっと無理に聞き出そうとはしないよね。そんなリビちゃんだからこそ、俺は放っておけない。瓶を持ってる手をぎゅってして。」
アシャレラに言われるがまま手を握れば、酒瓶は粉々に崩れ落ちていく。
いとも簡単に、脆いクッキーみたいに。
それを見ていた男も騎士も顔面蒼白になり、一歩後ずさる。
丁度いいなと思った。
「あなた達がどう考えようと、私は魔獣を鎮めに来たんです。邪魔だけはしないで下さい。」
その言葉に、剣に手をかける騎士までいる。
私と戦うつもりなの?国王側の私と?
最悪眠らせるか、と思ったその時。
上空からウミが戻ってきた。
『頭が高いな、人間ども。』
顔が怖いウミに凄まれた男も騎士も膝をつく。
『聖女連れてきたぞ、早く乗れリビ。』
ウミが名前を呼んだのはおそらく周りに聞かせるためだ。
誰が守り神と共にいるのか知らしめるためだ。
ウミに乗っていたヒカルもこちらに笑顔で手を振っている。
「リビさん、行きましょう!」
そうして手を伸ばすヒカルに引き上げられ、私たちは太陽の国を後にした。
「さっき言ってた悪魔の魔法は弱いってどういうことですか?」
「魔法自体の強さではなく、魔法の種類の強さが弱いって意味だよ。闇魔法はたくさんの種類が存在している。その中でも例えば白銀の王様の結界魔法。あれは桁違いに強い種類の魔法だね。闇の神が授けたとはいえ、応用の幅も広いだろ?当の本人が物理的に強いからあまり魔法に頼ってないみたいだけど、あの結界魔法ってもっと様々な場面で使える魔法だと思うんだよね。応用の幅が広いほど、便利なほど、強い種類だと思わない?」
確かにヒサメの魔法が強い種類だというのは分かる。
使い勝手がいいほどに強い魔法となるのだろうか。
「強い種類の魔法はそれだけ扱うのも難しいけどね。それこそ狼獣人以外を入れなくする結界なんて後継者の特訓が大変そうだ。逆にさ、弱い種類の魔法は制限があったり役に立てる幅が少なかったりする。ドウシュちゃんの魔法ってさ、対象の毒を割り出せる魔法なんだけど。あれって毒は分かっても対処法までは分からないんだよね。結局はその毒に対応する解毒方法を学んでいないと使えない訳だ。それをきちんと学んでいるドウシュちゃんは魔法を上手く使っているみたいだけど全員がそうできるわけじゃないでしょ。」
ドウシュはヒバリから植物の知識を学んでいた。
それ以前からも自分自身で努力していた可能性は高い。
生前の彼は、妹のために頑張れる心優しい人だったのだから。
「悪魔なんてさ、ただでさえ努力からかけ離れてるわけ。それに限らず悪魔が持ちうる闇魔法は誓約によって制限されてるのさ。それをいかに上手く使って人間から負の魔力を搾り取れるか。ある意味、努力できている奴が生き残っているのかもしれないな。」
人間から負の魔力を取っていないアシャレラが言うと違和感がある。
「でも、シュマの負の魔力を付与する魔法は強いじゃないですか。今私たちはそのせいで振り回されているんでしょ。」
「その子の魔法はさ、今まで何十年と集めてきた下界の者の負の魔力を利用してるんだったでしょ。つまり、長い年月をかけなければ使えないほどの魔法なのさ。ちょっとずつちょっとずつ国を移動しながら負の魔力を集めて、ようやくその計画を開始した。まぁ、年月をかけられるのは堕ちた悪魔の特権だけどね。」
寿命が人よりも長いから成立する魔法ってことになる。
でも、成立した時点で厄介なのは一緒だ。
「それならルージの操りの魔法はどうです?静寂の海のクレタさんのときも、黄金の国のグウル国王のときも、もっと被害が拡大してもおかしくなかった。それでも操りの魔法は他と比べると弱いってことですか?」
私の問いにアシャレラは頬杖をつく。
「俺も正確に魔法を把握できるわけじゃないけどね。その悪魔の魔法は操りではないと思うよ。」
「どういうことです?」
「ざっと話を聞いた限り、その魔法をかけるためには直接話をする必要がある。そして、相手に興味を持ってもらう必要がある。俺の印象としては欲をかきたてる魔法、という方がしっくりくるね。だからこそ唆して毒薬を飲ませたり、元々ドラゴンに興味のあったグウル国王が魔法をかける対象になったのかもしれない。事前調べが必要だったり、長々と話をしなくちゃならなかったり、やっぱり弱い魔法っていうのは面倒な行程があるってことだ。」
アシャレラはそう言って私の肩に腕を回す。
「リビちゃんは食べるだけでその効果を付与できる。闇の神が与えた超つよーい魔法ってこと。」
「私だって今までこの魔法を使いこなすの大変だったんですよ。そもそも、効果だって植物図鑑で勉強したんですから!」
「リビちゃんが苦労してないなんて一言も言ってないでしょ。きみの体見れば、どれだけ死にかけてきたかなんて明らかだ。神様っていうのは残酷だよね、悪魔の俺の方がリビちゃんのこと心配するくらいにね。」
遠い目をしているアシャレラの腕をどけつつ、私はその横顔を見る。
「そういえばアシャレラの魔法を聞いていませんでした。一心同体の私を通してならアシャレラの魔法は使えますよね?」
「使えるか使えないかという問いなら前者だね。俺の体ってもう全てリビちゃんのだからさ。」
「その言い方、なんとかなりませんか。」
私だけではなく、アルもヒメもうわ・・・という顔をしている。
「俺は事実を言ってるだけだよ。悪魔の契約はこの身すべてを契約者のために使うことが条件なんだからね。そういえばリビちゃん、いつの間にか俺のこと呼び捨てで呼んでくれてるね。嬉しいな、距離を縮める気になったの?」
腰に回そうとしてくる腕を払いながら、下を見下ろす。
「名前長いので、さん付けするのが面倒になっただけです。かまいませんか?」
「勿論いいよ。リビちゃんのお好みでたくさん呼んでね。」
わざとらしく語尾にハートを付けたような言い方を無視しながらふと思う。
話を逸らされた。
アシャレラは自分の魔法の話をしたくないのかもしれない。
私がちゃんと聞けば答えなくてはいけないだろうけど、今無理に聞き出すこともないだろう。
上から見える大きな国にもうすぐ到着する。
太陽の国、ここでヒカルに協力を要請するつもりだ。
まずは、魔獣対策と魔法暴走対策をみんなに伝えなければ。
上空から太陽の国の門の前。
たくさんの騎士が魔獣の侵入を阻止しているのが目に入る。
大きな国である太陽の国は、騎士の数も他国より多い。
そして、魔獣を足止めできるだけの強さがあるわけだ。
『自国でなんとかなるなら、俺たちの助けはいらないんじゃないか?』
ウミがそう言って踵を返そうとするので、背中をもふもふと叩く。
「そういう訳にはいきません。負の魔力の暴走を止める術は今のところその魔力を取り除くことだけ。それができるのも今私たちだけなんですから。とりあえず凍らせてください。」
『はいはい。』
バサリと大きな翼の影が太陽の門を覆い尽くす。
急に暗くなった上空を騎士の全員が見上げていることだろう。
次の瞬間、その大きな門を突き抜けるほどの魔法で地面も建物も凍りついていく。
そうして戦っていた魔獣も動けなくなり、言葉を失っている騎士たちの目の前にドラゴン4頭が降り立った。
「リビ!!」
駆け寄ってきてくれたのは当然ヴィントだ。
こんな大きなドラゴン4頭がいるところに平然と寄ってこれる人間はそういない。
「ヴィントさん、太陽の国は魔獣の侵入がないようですね。それならここで情報共有しますので、国王にはあなたが伝えて頂けますか。」
私が開口一番にそう言えば、ヴィントは一瞬だけ表情が固まった気がした。
だがすぐに頷いてくれる。
「ああ、分かった。」
私はヴィントに魔獣の暴走はなるべく私たちで対処することと、その影響で人間の魔法の暴走が起きていることを伝えた。
「ただ、太陽の国は魔獣によって外壁を壊されたりしていません。なので堕ちた悪魔たちが接触している可能性は低いとは思います。ですが、万が一魔法の暴走が多発した場合には水魔法の人間を集めて下さい。対象にとって安全ならいいので光魔法でもいいですが、今太陽の神殿はどうなっていますか?」
その問いにヴィントは困ったような顔をする。
「今太陽の神殿は2極化してる。これまでの聖女と神官の固定概念を壊そうとするヒカル派閥。これまで通り、光魔法を神格化する派閥だ。そして太陽の国の国民の大半が従来の考え方を推している。変わることを恐れている、というのが正しいかもしれない。」
太陽の国は光魔法を持つ人達を特別視して丁重に扱った。
転移してきた人間たちはとても魔法力が高く、聖女や神官にさせるためにあらゆることを援助した。
そうして彼らがその役目を担うために、彼らを隔離する。
祈りを捧げ続けることが素晴らしい役目だと教え続け、神殿から自由に出ることも叶わず、彼らはそうであることが正しいのだと刷り込まれるのだ。
そうして怪我をした人々を癒し、太陽の国の加護を強い状態に保つことこそ誉れであると崇められる。
加護が強ければ強いほどその中で暮らす自然魔法の人間は魔法が安定し加護の力を受けることができる。
光魔法があればあらゆる怪我を治せる、そしてその人間たちは常に太陽の国にいてくれる。
国民が考えているのは自分たちの安寧の暮らしであり、自分たちがこれまで通り何不自由なく生きていけることだけだ。
…光魔法の人達の安寧な暮らしはどこにあるのか。
国民たちの笑顔の裏で身を犠牲にしている光魔法の人間が本当に見えていない訳では無いだろう。
見ないふりをしてきたそれは、ヒカル達によって今可視化されているのだ。
「ウミ、ヴィントさんと共に太陽の国の中に入って貰えますか。」
『入ってどうするんだ?』
「ヴィントさんを王宮に送るだけでいいです。あなたほど大きければ国民は必ず気付く。守り神であるドラゴンが太陽の国の騎士を乗せていると。国王は当然、ヒカルさん側ですよね?」
ヴィントはそれに大きく頷く。
「リビと話した国王はあれから考えを変えていない。国民を守るために変わりたいと思い続けている。」
「それなら良かった。ついでに帰りにヒカルさんを乗せて帰ってきて下さい。ヒカルさんには封印を手伝ってもらわないといけないので。」
多くの人が目にすることになる。
守り神のドラゴンに乗る聖女の姿を。
誰もがきっとその姿に畏怖と憧れを抱く。
ヒカルを支持したいと思う人間が必ず増える。
ヒカルが乗っていれば神秘的にも映るかもしれない。
今更卑屈になるわけではないが、私と違って、という言葉が後ろに付くだろう。
『今は人間同士が争ってる場合ではないのにな。周りが見えていない人間どもの家でも凍らせとくか?』
「ウミの判断に任せます。」
『ほう、柔軟になってきたじゃないか騎士様。』
ふと、ヴィントが何故か驚いているのが目に入る。
「今気付いたが、ドラゴンの声が俺にも聞こえる。」
「ああ、特殊言語が強くなってまして。」
「それに、騎士様って…?」
「ヒサメ様の騎士になりました。」
ヴィントはなにやら複雑な顔をして、それから深く息を吸った。
「リビは凄いな、どんどん前に進んでる。その点、俺は何も変われていない。」
「何言ってるんですか、この国を騎士として変わらず守っている。魔獣の侵入だって防げている。それに、こうやって駆け寄ってきてくれたじゃないですか。変わればいいってもんでもないですよ。」
私がそう言って笑えば、ヴィントも笑顔になってくれた。
ウミの背中に乗ったヴィントは私の方を見下ろしている。
「リビ、やっぱりまた無茶したんだな。言うか迷ったが、どうしても気になった。その腕は、大丈夫なのか?」
「痛みもなくて問題ありません。そうだ、ドウシュさんに会いましたよ!ヴィントさんとエルデさんのことちゃんと覚えてました。今は協力してもらっています、いつかまた会えるといいですね。」
「…そうだな、そうなれば嬉しい。リビも、また来てくれるか?」
なんだかいつもよりも不安そうな表情を浮かべている。
私はその表情に気付かないフリをしながら微笑んだ。
「はい、いつかまた。」
ヴィントを乗せたウミは王宮へと飛んでいく。
すると何故か姿を消していたヒメとアルがそろそろと姿を現した。
「なんで隠れたんですか?」
「邪魔かなって。」
アルがそんなことを言うのでアシャレラも同意する。
「翼のエルフ二人が消えたから俺も空気を読んで黙ってたのよ。なーにあの騎士、特別な人?恋バナする?」
「もうとっくに振られて吹っ切れていますので。」
大袈裟に驚いた顔をするアシャレラは私の肩に腕を回す。
「俺の胸貸してあげるね。リビちゃんも人並みに恋できる乙女だったことが衝撃だけど。」
「1000年以上思い続けてるアシャレラより衝撃的でもないでしょ。」
離れようとするとアシャレラは引き寄せて耳許で囁く。
「痛くないじゃなくて、痛みを感じないでしょ。あの騎士絶対気付いてたよ?もっと上手に誤魔化さないとね。」
「アシャレラもでしょ、それは。」
自分の魔法を気づかせたくない、そうでしょ。
そんな私の思考を読むようにアシャレラは不敵な笑みを浮かべる。
その瞬間、後ろから気配を感じて思わずそれを手で掴んだ。
手で握ったのは酒瓶で、その視線の先には酔った男がふらふらと立っている。
外に出るのは危ないと騎士に言われているはずなのに。
守られていると自覚がない人間はどこにでもいる。
「魔獣騒ぎはお前の仕業か?お前のような人間のせいでこの太陽の国はめちゃくちゃだ。今まで平穏だったのに、お前のような闇魔法なんかがこの国に来たせいでなにもかもおかしくなっちまったんだよ!!」
周りの騎士は男を止めるか迷っているようにも見えた。
そういえば門番も私に好意的だったことはないな。
するとアシャレラが私の肩を掴む。
「俺の隠し事、リビちゃんはきっと無理に聞き出そうとはしないよね。そんなリビちゃんだからこそ、俺は放っておけない。瓶を持ってる手をぎゅってして。」
アシャレラに言われるがまま手を握れば、酒瓶は粉々に崩れ落ちていく。
いとも簡単に、脆いクッキーみたいに。
それを見ていた男も騎士も顔面蒼白になり、一歩後ずさる。
丁度いいなと思った。
「あなた達がどう考えようと、私は魔獣を鎮めに来たんです。邪魔だけはしないで下さい。」
その言葉に、剣に手をかける騎士までいる。
私と戦うつもりなの?国王側の私と?
最悪眠らせるか、と思ったその時。
上空からウミが戻ってきた。
『頭が高いな、人間ども。』
顔が怖いウミに凄まれた男も騎士も膝をつく。
『聖女連れてきたぞ、早く乗れリビ。』
ウミが名前を呼んだのはおそらく周りに聞かせるためだ。
誰が守り神と共にいるのか知らしめるためだ。
ウミに乗っていたヒカルもこちらに笑顔で手を振っている。
「リビさん、行きましょう!」
そうして手を伸ばすヒカルに引き上げられ、私たちは太陽の国を後にした。
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後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
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私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
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名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
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