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反撃開始
過ぎたる力
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目を開けるとそこには白い天井が見えた。
目を動かせば、医師らしき数人が話し合っているのが見える。
そんな私の顔を覗き込んだのはアシャレラだ。
「リビちゃんが気絶してから4時間経過した。翼のエルフの二人は怪我した国民の治癒にあたってる。他に聞きたいことは?」
「暴走した人たちは・・・?」
「あの場にいた人たちなら全員生きてる。きみの無謀な行動は、こうなることを予期してのことだったのかな?」
アシャレラはそう言うと私の背中を支えて体を起こさせる。
私の目に飛び込んできたのは、骨が見え、その周辺の肌が燃えるような赤色に変色している腕だった。
その赤い肌は徐々に骨を覆い隠すように再生しているようにも見えた。
「なに、これ。」
「なんだ、リビちゃんも分からないんだ。それなら本当に無謀なだけだったね。」
目を覚ましたことに気づいた医者たちが私のベッドの周りへと集まってくる。
「リビさん、でしたよね。我々は新緑の国の医療班です。あなたの腕は初めての症例で私たちにはどうすることもできません。治癒魔法も効かない、水魔法の自己治癒を上げる魔法も駄目でした。包帯を巻こうにも、燃えてしまうのです。ですが、僅かながらその赤い肌の周辺は埋まり始めているように、見えます。」
医者の説明を聞きながら、私は手を握りしめて開いてみた。
一応、動く。
その様子を見た医者たちは信じられないものを見る目で私を見る。
「動かせる状態では、ないはずなのですが。もう、私たちの手には負えません。申し訳ありません。」
その瞳は私を恐れている、ということだけが分かる。
だが彼らは医者として、逃げ出すことなくこの場にいる。
それだけでも凄いことなのだ。
そこに女王様がカツカツと靴音を鳴らし、入ってきた。
ボロボロの私の姿を見下ろし、頭を下げる。
「国民を救って頂き本当にありがとうございます。騎士から話は全て聞いています。ブルームーンドラゴンは宮殿の中庭で騎士に守らせていますが、正直なところ安全とは言えません。あなたたちの言う敵の強さは計り知れない。私たちでは太刀打ちできないことは、この一連の騒ぎでも十分理解しています。ですが、それでも私は国民を守らなくてはなりません。被害を最小限にとどめるためにもあなたの力が必要です。」
「今回は運が良かっただけです。何度も同じ手は使えない、見ての通り次は腕が千切れてもおかしくありません。私にできることは先ほどの状況を見て、策を提案することだけです。私は、他の国にも行かなくてはなりませんから。」
私の返答に女王様は手を握りしめる。
「ええ、分かっています。知恵をお借りできますでしょうか。」
女王様は、私にこの国に残って国民を守って欲しいのだろう。
得体の知れない私の命を削ってでも、女王として国民を守りたい。
当然のことだ。
その言葉を飲み込んで頭を下げられる彼女は凄い人なのだろう。
「魔獣の暴走とは別に、人の魔力を無理やり増幅させる魔法なのではないかと考えています。あのまま魔法があふれ出たままでは本人が死ぬことになる。そして、その家族の負の感情が誘発されそれが暴走に繋がる。負の連鎖を作り上げるための計画なのでしょう。自然魔法の中で唯一安全に人に干渉できるのは水魔法です。自己治癒をあげる水魔法で闇魔法を解除するしか方法はない。水魔法の人間を集めて、また人が暴走したときに備えることが必要です。」
「ですが、そもそも水魔法の治癒はかなり高度な魔法です。皆が出来るわけではありません。」
「だからこそ、人を集めるんです。騎士や兵士だけではなく、国民全体で国民を守るんです。強い闇魔法に対抗するには人数がいる。逃げているだけでは駄目なんです。」
魔獣や暴走した人から逃げ惑う国民をたくさん見た。
魔力が少ない人もいるだろう、戦った経験がない人も大勢いるだろう。
でもこの世界の人は全員、魔法が使える。
物理的ではない魔法もある闇魔法とは違い、自然魔法は全て物理だ。
なにかしらできることが必ずあるはずだ。
「ここ新緑の国は光の加護を受けているはずです。魔法陣が消されない限り、この国の中では自然魔法の力が上がる。当然暴走する人もですが、全国民の魔法が優位になるはず。魔法が弱い強いにかかわらず、この国を守るためにできることをして下さい。」
できれば、他の国も一刻も早く対策を立てて欲しいところだ。
新緑の国のみならず、他の国の人だっておそらくアヴィシャは接触している。
だがこの混乱の中、情報伝達の機関が正常に機能しているかは怪しいところだ。
「他国への情報伝達の方法はありますか。」
「そうですね、比較的近い黄金の国であれば騎士や兵士を馬で向かわせることも可能です。手紙屋に頼むことが基本ですが、魔獣が暴走していることで手紙屋も機能していない可能性は高いです。」
女王様の言葉は予想範囲内だ。
結局はドラゴンが一番早い訳だ。
私はベッドから下りて頭を下げた。
「できるだけ私が他国への情報共有を試みます。女王様はこの国を守る行動を、お願いします。」
そうして、中庭へと向かいウミたちとこの国を出る。
『随分と化け物じみてきたな。もはや、人間と呼んでいいのかすら分からなくなってきた。』
「そうですね、私もそう思います。」
ウミに乗って、それからヒメとアルを迎えに行ってから新緑の国を出た。
空の上は異様に静かで、というのもヒメとアルが怒っていたからなのだが。
私はその空気に耐えかねて、二人に謝ることにした。
「勝手な行動をとってすみませんでした。アルさんの言う通り、私の行動は封印の計画を台無しにしかねないものでした。ですが、効果付与が空間対象だと分かったことは封印の際にも使える有用性のあるものだと思います。これで封印の確率が上がるのであれば、無謀なだけの行動ではなかったと・・・。」
「リビ嬢、ボクは怒ってない。悲しいだけ。リビ嬢が傷だらけになって、ボロボロになってどれだけ血を流しても、それはボクの光魔法で治せる範囲外だ。悪魔が関与しているその傷は誰にも治せない。だから、リビ嬢が死にそうになっても誰も助けられない。そうしてきみが死んだら確かに封印は困るだろうね。でもさ、それ以前の話だ。きみが死ぬのがいやだから止めたんだ。きみが死んだら悲しいから理由をつけて説得しようしたんだ。だから、リビ嬢の謝罪は的外れだよ。」
静かなその声はとても心に響くものだった。
とても温かい思いだった。
「アルさん、私だって死にたくないのは本当です。痛いのも苦しいのも本当に嫌なんです、これでも。でも、私がこの世界に来た本当の役割を知った今、私がやらなければいけないのも事実です。闇の神は私がそうする人間だと知っている。私がそうしなければ、私以外が死ぬことになる。アルさんも一緒に聞いていたでしょ。」
「うん、聞いていたよ。闇の神はリビ嬢の覚悟できるところがお気に入りなんでしょ。だからきみは、何度だって命を削る救い方をするんでしょ。自分以外が死ななければ、それでいい。そういうところがある人間だから選ばれたんだ。友人であるボクの悲しみは闇の神の役割の前では無力に決まっているよね。」
私がアルだったら。
私も私を止めるだろう。
あまりに酷い傷を負い続ける私に、目を背けたくなるほどの無謀さに怒りを感じるだろう。
でも、止められないことは分かっている。
誰よりも分かっている。
「アルさん、悪魔の力を借りるのは最小限にします。腕が無くなるのは困るし、見た目も人間味が薄れてきて怖いですから。人の暴走は水魔法でも対抗できるはず。誓約を知っている人が増えている今ならば、国民はもっと団結できるはずです。私ばかりがなんとかしなくても、解決できる道はある。試行錯誤しながらではありますが、そうすることで国民は自分自身を守れるようになる。冷静さを失わなければ、解決策は見つけられるはずです。」
アルはゆっくりと顔を上げると頷いた。
「そうしてくれるならボクも冷静でいられるよ。国民一人一人が現状を理解し、打開策を考えてくれればリビ嬢一人が命を削らなくて済むから。悪魔関与以外の傷ならボクが治してみせるから。リビ嬢は何か行動する前にボクたちのことを一度考えて。考えた上でどうしても自分がなんとかしなければならないその時は、ボクの悲しみを無視していいよ。」
少しだけ震えるその声はアルの覚悟だ。
私の側にいてくれる人たちはこんなにも温かい。
それを聞いていたヒメは、翼で自身の体を覆って殻に閉じこもっている。
「ヒサメ様は許可しないよ。リビが命を削ることを、絶対に。」
ヒメはそう言って白い翼の隙間からこちらを睨む。
ヒサメは許可しない、それは痛いほどよく分かっている。
今まで散々、そのことでヒサメと揉めているのだから。
若干一方的とも言えるその約束を私は幾度となく破りかけている。
今回の悪魔の力を借りたこともそのひとつ。
だけど、死ぬつもりは本当になかった。
アシャレラが魂のない私をやすやすと見殺しにするはずがないとどこかで思っていた。
そしてなにより、私は自分の命を削るたびに魔力が上がっていることに気づいている。
闇魔法は負の感情の高まりによって少しずつ魔力が高まるという話は初めの頃、シグレに教えて貰ったことだ。
私は、封印のためならこのひとつひとつを糧にできる。
獣人王と聖女様を犠牲にするわけにはいかないのだから。
「封印でヒサメ様を死なせないために私がいるんですから。そのことを念頭に置いてもう少し気を付けます。」
「・・・そもそもその腕、ヒサメ様が見たらなんて言うだろうね。」
ヒメが指さす私の腕は、炎を纏い焼けたような濃い赤色をしている。
すると、アルが徐にその燃えている腕に手を近づけた。
「ちょっと、危ないですよ!!」
「別に熱くないよ。魔法を使った直後のリビ嬢の腕は骨がむき出しだった。あまりの酷さに息を飲んだよ。でも、今はほとんど骨が見えなくなってる。この赤色の皮膚が骨を覆っているんだよ。」
アルはそう言いながら、その炎を撫でるように手を動かす。
「新緑の国の医師は、包帯が燃えるから巻けないと言っていましたが。アルさんの手は燃える気配がないですね。」
自分自身、この炎は温度を感じない。
そしてそれはアルも同じということだ。
『どう見てもフェニックスだろ。』
そんなことを言うのはウミだ。
『あいつらの炎は燃やす相手を選べる。あんたは新緑にいた医者を信用してなかったから燃えたってことだ。』
ウミの言葉でアシャレラは私の燃えている腕を掴んだ。
「なるほど、じゃあリビちゃんは俺のこと信用してるんだね嬉しいな。」
「怪我してる腕を掴まないでください。燃やしますよ。」
「でも、痛くないんでしょ?」
そう言われて痛みを感じない事に気づいてしまう。
『フェニックスの特性は再生することによって死を回避すること。その再生があんたの細胞に働きかけることによって腕の一部が再生している可能性がある。だが、もはやその赤い肌の部分はあんたの皮膚とは言えないかもな。』
ウミはそう言ってため息をついた。
「私の皮膚じゃないって、どういうことですか。」
『あんたは魔法を使うために物質を取り込まなくてはならない。おおかた、フェニックスの羽か灰かを口に入れたんだろ。闇の神から授けられたその魔法のせいで、ある程度は取り込むことが出来るんだろう。だが、あんたはそもそも人間なんだよ。闇の神が作り出す新たな魔法は決して人間に配慮された魔法じゃないってことだ。』
ウミはそう言って黙ってしまった。
私は思わずアシャレラの顔を見た。
「神って人間には過ぎたる力を与えがちって話ね。使用する魔法に合わせてある程度気を付けなければならない体の構造はしてるとは思うんだ。神々の頂の毒が効かないのは植物の毒に耐性が出来ていたりね。だけど、当然ながら万能にもなり切れない。フェニックスの灰は取り込んだリビちゃんに対して勝手に効果を与えている。リビちゃんの意思とは連動していないその効果は、リビちゃんの制御できるようなものではなかったということだ。結果的に、きみの腕が千切れなかったのは良かったのか否か。このままフェニックスの再生に侵食されれば、もはやリビちゃんの意思で動くことすら出来なくなるかもしれない。」
あれだけ酷い怪我を負っても動いているこの手が、動かなくなるかもしれない?
「今腕を切り落としても再生は止まらないですよね。」
「潔いね。でもどうなるかは誰も分からない。再生が止まるかもしれないし止まらないかもしれない。それなら、切り落とすのはおすすめしないね。」
「この炎は私の意思で触れられる相手を選んでますよね。それって、私がこの力を制御できる可能性があるということなのでは?」
私が顔を上げてアシャレラを見れば、彼は嬉しそうな顔をして意地悪く笑っていた。
「ちゃんと気づけて偉いね、リビちゃん。そうでなくては困る、俺の契約者なんだから。今のところ、この再生の力はリビちゃんに味方してる。だからこのままリビちゃんの制御下におければベストかな。大丈夫、もし腕が動かなくなっても俺が何でも手伝ってあげるからね。魂を貰うその日まで。」
私は本当に変わりものの悪魔と契約してしまった。
そう思いつつも彼以外の悪魔であれば契約しなかっただろうなとも思った。
制御下におかなくてはならないのはアシャレラも同様だ。
使える物はすべて使わなくては。
燃えている腕も、隙あらば試そうとしてくる悪魔も利用する。
「とりあえずまずは、他国に情報共有に行きましょう。」
目を動かせば、医師らしき数人が話し合っているのが見える。
そんな私の顔を覗き込んだのはアシャレラだ。
「リビちゃんが気絶してから4時間経過した。翼のエルフの二人は怪我した国民の治癒にあたってる。他に聞きたいことは?」
「暴走した人たちは・・・?」
「あの場にいた人たちなら全員生きてる。きみの無謀な行動は、こうなることを予期してのことだったのかな?」
アシャレラはそう言うと私の背中を支えて体を起こさせる。
私の目に飛び込んできたのは、骨が見え、その周辺の肌が燃えるような赤色に変色している腕だった。
その赤い肌は徐々に骨を覆い隠すように再生しているようにも見えた。
「なに、これ。」
「なんだ、リビちゃんも分からないんだ。それなら本当に無謀なだけだったね。」
目を覚ましたことに気づいた医者たちが私のベッドの周りへと集まってくる。
「リビさん、でしたよね。我々は新緑の国の医療班です。あなたの腕は初めての症例で私たちにはどうすることもできません。治癒魔法も効かない、水魔法の自己治癒を上げる魔法も駄目でした。包帯を巻こうにも、燃えてしまうのです。ですが、僅かながらその赤い肌の周辺は埋まり始めているように、見えます。」
医者の説明を聞きながら、私は手を握りしめて開いてみた。
一応、動く。
その様子を見た医者たちは信じられないものを見る目で私を見る。
「動かせる状態では、ないはずなのですが。もう、私たちの手には負えません。申し訳ありません。」
その瞳は私を恐れている、ということだけが分かる。
だが彼らは医者として、逃げ出すことなくこの場にいる。
それだけでも凄いことなのだ。
そこに女王様がカツカツと靴音を鳴らし、入ってきた。
ボロボロの私の姿を見下ろし、頭を下げる。
「国民を救って頂き本当にありがとうございます。騎士から話は全て聞いています。ブルームーンドラゴンは宮殿の中庭で騎士に守らせていますが、正直なところ安全とは言えません。あなたたちの言う敵の強さは計り知れない。私たちでは太刀打ちできないことは、この一連の騒ぎでも十分理解しています。ですが、それでも私は国民を守らなくてはなりません。被害を最小限にとどめるためにもあなたの力が必要です。」
「今回は運が良かっただけです。何度も同じ手は使えない、見ての通り次は腕が千切れてもおかしくありません。私にできることは先ほどの状況を見て、策を提案することだけです。私は、他の国にも行かなくてはなりませんから。」
私の返答に女王様は手を握りしめる。
「ええ、分かっています。知恵をお借りできますでしょうか。」
女王様は、私にこの国に残って国民を守って欲しいのだろう。
得体の知れない私の命を削ってでも、女王として国民を守りたい。
当然のことだ。
その言葉を飲み込んで頭を下げられる彼女は凄い人なのだろう。
「魔獣の暴走とは別に、人の魔力を無理やり増幅させる魔法なのではないかと考えています。あのまま魔法があふれ出たままでは本人が死ぬことになる。そして、その家族の負の感情が誘発されそれが暴走に繋がる。負の連鎖を作り上げるための計画なのでしょう。自然魔法の中で唯一安全に人に干渉できるのは水魔法です。自己治癒をあげる水魔法で闇魔法を解除するしか方法はない。水魔法の人間を集めて、また人が暴走したときに備えることが必要です。」
「ですが、そもそも水魔法の治癒はかなり高度な魔法です。皆が出来るわけではありません。」
「だからこそ、人を集めるんです。騎士や兵士だけではなく、国民全体で国民を守るんです。強い闇魔法に対抗するには人数がいる。逃げているだけでは駄目なんです。」
魔獣や暴走した人から逃げ惑う国民をたくさん見た。
魔力が少ない人もいるだろう、戦った経験がない人も大勢いるだろう。
でもこの世界の人は全員、魔法が使える。
物理的ではない魔法もある闇魔法とは違い、自然魔法は全て物理だ。
なにかしらできることが必ずあるはずだ。
「ここ新緑の国は光の加護を受けているはずです。魔法陣が消されない限り、この国の中では自然魔法の力が上がる。当然暴走する人もですが、全国民の魔法が優位になるはず。魔法が弱い強いにかかわらず、この国を守るためにできることをして下さい。」
できれば、他の国も一刻も早く対策を立てて欲しいところだ。
新緑の国のみならず、他の国の人だっておそらくアヴィシャは接触している。
だがこの混乱の中、情報伝達の機関が正常に機能しているかは怪しいところだ。
「他国への情報伝達の方法はありますか。」
「そうですね、比較的近い黄金の国であれば騎士や兵士を馬で向かわせることも可能です。手紙屋に頼むことが基本ですが、魔獣が暴走していることで手紙屋も機能していない可能性は高いです。」
女王様の言葉は予想範囲内だ。
結局はドラゴンが一番早い訳だ。
私はベッドから下りて頭を下げた。
「できるだけ私が他国への情報共有を試みます。女王様はこの国を守る行動を、お願いします。」
そうして、中庭へと向かいウミたちとこの国を出る。
『随分と化け物じみてきたな。もはや、人間と呼んでいいのかすら分からなくなってきた。』
「そうですね、私もそう思います。」
ウミに乗って、それからヒメとアルを迎えに行ってから新緑の国を出た。
空の上は異様に静かで、というのもヒメとアルが怒っていたからなのだが。
私はその空気に耐えかねて、二人に謝ることにした。
「勝手な行動をとってすみませんでした。アルさんの言う通り、私の行動は封印の計画を台無しにしかねないものでした。ですが、効果付与が空間対象だと分かったことは封印の際にも使える有用性のあるものだと思います。これで封印の確率が上がるのであれば、無謀なだけの行動ではなかったと・・・。」
「リビ嬢、ボクは怒ってない。悲しいだけ。リビ嬢が傷だらけになって、ボロボロになってどれだけ血を流しても、それはボクの光魔法で治せる範囲外だ。悪魔が関与しているその傷は誰にも治せない。だから、リビ嬢が死にそうになっても誰も助けられない。そうしてきみが死んだら確かに封印は困るだろうね。でもさ、それ以前の話だ。きみが死ぬのがいやだから止めたんだ。きみが死んだら悲しいから理由をつけて説得しようしたんだ。だから、リビ嬢の謝罪は的外れだよ。」
静かなその声はとても心に響くものだった。
とても温かい思いだった。
「アルさん、私だって死にたくないのは本当です。痛いのも苦しいのも本当に嫌なんです、これでも。でも、私がこの世界に来た本当の役割を知った今、私がやらなければいけないのも事実です。闇の神は私がそうする人間だと知っている。私がそうしなければ、私以外が死ぬことになる。アルさんも一緒に聞いていたでしょ。」
「うん、聞いていたよ。闇の神はリビ嬢の覚悟できるところがお気に入りなんでしょ。だからきみは、何度だって命を削る救い方をするんでしょ。自分以外が死ななければ、それでいい。そういうところがある人間だから選ばれたんだ。友人であるボクの悲しみは闇の神の役割の前では無力に決まっているよね。」
私がアルだったら。
私も私を止めるだろう。
あまりに酷い傷を負い続ける私に、目を背けたくなるほどの無謀さに怒りを感じるだろう。
でも、止められないことは分かっている。
誰よりも分かっている。
「アルさん、悪魔の力を借りるのは最小限にします。腕が無くなるのは困るし、見た目も人間味が薄れてきて怖いですから。人の暴走は水魔法でも対抗できるはず。誓約を知っている人が増えている今ならば、国民はもっと団結できるはずです。私ばかりがなんとかしなくても、解決できる道はある。試行錯誤しながらではありますが、そうすることで国民は自分自身を守れるようになる。冷静さを失わなければ、解決策は見つけられるはずです。」
アルはゆっくりと顔を上げると頷いた。
「そうしてくれるならボクも冷静でいられるよ。国民一人一人が現状を理解し、打開策を考えてくれればリビ嬢一人が命を削らなくて済むから。悪魔関与以外の傷ならボクが治してみせるから。リビ嬢は何か行動する前にボクたちのことを一度考えて。考えた上でどうしても自分がなんとかしなければならないその時は、ボクの悲しみを無視していいよ。」
少しだけ震えるその声はアルの覚悟だ。
私の側にいてくれる人たちはこんなにも温かい。
それを聞いていたヒメは、翼で自身の体を覆って殻に閉じこもっている。
「ヒサメ様は許可しないよ。リビが命を削ることを、絶対に。」
ヒメはそう言って白い翼の隙間からこちらを睨む。
ヒサメは許可しない、それは痛いほどよく分かっている。
今まで散々、そのことでヒサメと揉めているのだから。
若干一方的とも言えるその約束を私は幾度となく破りかけている。
今回の悪魔の力を借りたこともそのひとつ。
だけど、死ぬつもりは本当になかった。
アシャレラが魂のない私をやすやすと見殺しにするはずがないとどこかで思っていた。
そしてなにより、私は自分の命を削るたびに魔力が上がっていることに気づいている。
闇魔法は負の感情の高まりによって少しずつ魔力が高まるという話は初めの頃、シグレに教えて貰ったことだ。
私は、封印のためならこのひとつひとつを糧にできる。
獣人王と聖女様を犠牲にするわけにはいかないのだから。
「封印でヒサメ様を死なせないために私がいるんですから。そのことを念頭に置いてもう少し気を付けます。」
「・・・そもそもその腕、ヒサメ様が見たらなんて言うだろうね。」
ヒメが指さす私の腕は、炎を纏い焼けたような濃い赤色をしている。
すると、アルが徐にその燃えている腕に手を近づけた。
「ちょっと、危ないですよ!!」
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自分自身、この炎は温度を感じない。
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『あいつらの炎は燃やす相手を選べる。あんたは新緑にいた医者を信用してなかったから燃えたってことだ。』
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「怪我してる腕を掴まないでください。燃やしますよ。」
「でも、痛くないんでしょ?」
そう言われて痛みを感じない事に気づいてしまう。
『フェニックスの特性は再生することによって死を回避すること。その再生があんたの細胞に働きかけることによって腕の一部が再生している可能性がある。だが、もはやその赤い肌の部分はあんたの皮膚とは言えないかもな。』
ウミはそう言ってため息をついた。
「私の皮膚じゃないって、どういうことですか。」
『あんたは魔法を使うために物質を取り込まなくてはならない。おおかた、フェニックスの羽か灰かを口に入れたんだろ。闇の神から授けられたその魔法のせいで、ある程度は取り込むことが出来るんだろう。だが、あんたはそもそも人間なんだよ。闇の神が作り出す新たな魔法は決して人間に配慮された魔法じゃないってことだ。』
ウミはそう言って黙ってしまった。
私は思わずアシャレラの顔を見た。
「神って人間には過ぎたる力を与えがちって話ね。使用する魔法に合わせてある程度気を付けなければならない体の構造はしてるとは思うんだ。神々の頂の毒が効かないのは植物の毒に耐性が出来ていたりね。だけど、当然ながら万能にもなり切れない。フェニックスの灰は取り込んだリビちゃんに対して勝手に効果を与えている。リビちゃんの意思とは連動していないその効果は、リビちゃんの制御できるようなものではなかったということだ。結果的に、きみの腕が千切れなかったのは良かったのか否か。このままフェニックスの再生に侵食されれば、もはやリビちゃんの意思で動くことすら出来なくなるかもしれない。」
あれだけ酷い怪我を負っても動いているこの手が、動かなくなるかもしれない?
「今腕を切り落としても再生は止まらないですよね。」
「潔いね。でもどうなるかは誰も分からない。再生が止まるかもしれないし止まらないかもしれない。それなら、切り落とすのはおすすめしないね。」
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私が顔を上げてアシャレラを見れば、彼は嬉しそうな顔をして意地悪く笑っていた。
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私は本当に変わりものの悪魔と契約してしまった。
そう思いつつも彼以外の悪魔であれば契約しなかっただろうなとも思った。
制御下におかなくてはならないのはアシャレラも同様だ。
使える物はすべて使わなくては。
燃えている腕も、隙あらば試そうとしてくる悪魔も利用する。
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※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
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