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神々の頂
灰の山
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神々の頂。
それは白銀の国が所持している山の一つで、希少な魔光石が取れる山でもある。
人が立ち入らないその山は、魔獣やドラゴンが住処にしていると言われている。
珍しい植物から出ている毒によって、麻痺などが効きずらい狼獣人ですら奥地を知らない。
私とソラは今、その神々の頂の入口にいる。
ブルームーンドラゴンの住処であることからそれを狙うドクヘビと対峙する可能性を危惧してはいたが、そうは言っていられなくなってきた。
シュマの能力によって負の魔力を入れ込まれた魔獣が今、世界各地で暴走している。
そしてシュマはブルームーンドラゴンであるソラを殺そうとはしなかった。
ドラゴンを殺すことに固執しているのはシュマ以外の悪魔ということだったのか否かは分からない。
だが、この魔獣の暴走による混乱に乗じてわざわざこの神々の頂でドラゴンを殺す必要はない。
どうせなら、この混乱の中でもっと人々を陥れるように行動したほうが有意義なはずだ。
そんな今だからこそ、神々の頂のドラゴンを保護するには適しているはずだ。
変な霧がかかるその木々の間をソラと共に進んでいく。
毒は効かないとはいえ、どんな魔獣に遭遇するのかも分からない。
そう思っていたのに、山はやけに静かだった。
襲ってくる魔獣もいなければ、風で揺れる木々の音だけが聞こえているのだ。
「ソラ、ドラゴンの気配する?」
「キュウ・・・。」
ソラが困り顔になるのも当然だ。
ソラは同族に会ったことがない。
つまり、気配そのものを知る由もない。
「ごめん、分かんないよね。」
ソラは母親のことすら覚えていない。
出会ったあの時は、それほど幼かったという訳だ。
秋田犬の仔犬ほどしかなかった小さな体も、今や人を3人も乗せられるほどの大きさまで成長した。
子供の成長は早いなぁ、などと物思いにふけっている場合ではない。
周りを見渡せば、珍しい植物が山ほど見える。
初めて見た、なんて植物も当然ある。
私はそれを摘みながら鞄に押し込めていく。
なんとなくの効果しか覚えていないが、持っていれば使う日がくるかもしれない。
それにハルに聞けば分かるだろう。
そんな他人任せな思考で植物を摘んでいると、ソラが指を差した。
「キュッキュ。」
小さな声であっちに何かいるよ、と差された方角を見ればそこにはフェニックスが横たわっていた。
生きてる、よね?
木の陰からソラと覗きこめば、微かに呼吸している動きが分かる。
実物を見るのは初めてだが、火のような姿は神々しい。
とはいえ、フェニックスといえばヒサメが九死に一生を得ることとなった件の鳥だ。
警戒しなければ。
「キュ?」
ソラが気になったのは、フェニックスのすぐ隣にある灰の山だ。
その灰の山を囲うように羽を広げている。
「なんだろうね、あれ。」
私とソラが顔を見合わせていると、声がした。
『こんなところまで何用ですか、ドラゴンの子。』
澄んだその声は女性の声のように聞こえた。
『人間と共にいるなんて、物好きなドラゴンもいたものですね。』
「物好きとはなかなかな言われようですね。」
私がそう返せばフェニックスは顔を上げた。
『しかも、言葉が分かる魔法持ちですか。随分と闇の神に気に入られているのですね。』
「闇の神様をご存知で?ですが、この特殊言語は直接授けられた訳では。」
『この下界にある魔法のいくつかは闇の神が授けたことにより、存在することを許されます。そしてその魔法は、闇の神の好みの者に与えられるのが基本です。忌まわしい。』
フェニックスがそう言い捨てると体に纏う光が赤く燃え上がる。
これは危険だろうか、と下がろうとするとソラが挙手をした。
「キュキュウ?」
『闇の神と仲が悪いか、ですって?ええ、好きではないです。夫が戻らないのは、闇の神の呪いですから。』
このフェニックスはソラの言葉が分かるんだな、ということから始まり、気になるワードがいくつも出てきた。
「キュ?」
『・・・夫というのは、この灰です。本来わたしたちは何度も生まれ直し死ぬことはない。ですが、闇の神のお気に入りを殺した夫は、死んでから何年も灰のまま戻らないのです。』
纏う火が強くなっているのにも関わらず、ソラはよく質問できるな。
「闇の神の呪いなんてあるんですか?私、今まで結構傷だらけになってますけど、今のところ呪いを見たことはないですよ。」
『闇の神のお気に入りが死ぬと、必ずその者を殺した者に罰が下る。不治の病・事故・災害に見舞われ命を落とす。当然といえば当然です。神の所有物を勝手に殺したのですから。』
「所有されてるつもりはないですが。」
『新たに生み出される魔法は神の一部とも言えるもの。それを持たされた自覚を持つことですね。』
天罰が下る、という言葉が現代にはあるが本当に明確な罰がこの世界にはあるのだろうか。
病気も事故も災害も、偶然で片付けてしまえるものばかりだ。
だが、現代とは違い私は闇の神様と会話もしてしまっている。
天罰なんてくだらないと一蹴はできない。
「旦那さんは、その闇の神のお気に入りを殺したせいで生まれ直しが出来ない。と考えているわけですね。」
『そうです。そもそも、夫が狼獣人を殺したのは、彼のせいではないというのに。どうして夫が罰を受けなければいけないのでしょう。』
フェニックスはそう言うと、灰を抱きしめるように羽を広げた。
「狼獣人を、殺したんですか?一体、誰を。」
『白銀の国の王子です。白銀の国は闇の神の魔法を受け継いでいるはず。ということは、夫が殺したのは神のお気に入りである可能性があります。堕ちた悪魔どもが魔獣たちを暴走させているでしょう?夫も恐らく、同じように暴走させられたのです。』
フェニックスの話を聞きながら、私はとある話が繋がっていた。
「あの、それって15、6年前くらいじゃないですか?」
『ええ、生まれ直しをしていてもおかしくない年月が経過しているというのに夫は灰の中から戻ってこないのです。』
「旦那さんは、狼獣人を殺してないです!!王子は生きてますよ!」
私の言葉に、フェニックスの炎が燃え上がり私とソラさえ包まれてしまった。
死ぬほど驚いたが、熱くもなく燃えてもいない安全な炎で助かった。
『殺していない?どういうことです?』
「確かに狼獣人の王子様はフェニックスに致命傷ともいえる傷を負わされましたが、光魔法の治癒で一命を取り留めたんです。今も元気に生きてます。」
今現在ヒサメは負の魔力の治療を終えて疲弊はしているが、彼ならすぐに回復するはずだ。
『それならどうして夫は、戻れないの?闇の神の罰でないのなら、どうして・・・。』
このフェニックスはずっと夫が戻るのをここで待ち続けているということか。
それにしても、ヒサメやフブキ、シグレの人生を変えたあの事件に堕ちた悪魔が関わっていたとは。
本当に救えない悪魔たちだ。
私はフェニックスと灰の山に近づいた。
『この灰に近寄らないで。この灰が無ければ、夫は永遠に戻ってこられない。』
「生まれ直しってどういう原理なんです?この灰を元に体が形成されるとか?」
私の問いかけにフェニックスは迷いながらも答えてくれた。
『この灰は夫が死んで燃え崩れたものです。この灰は夫の全て、その灰に含まれる物質の結びつきの効果によって魔力と結合し生まれ直します。』
「それじゃあ試しに、魔力増幅でもかけてみましょうか。」
鞄から取り出したのは先ほど摘んでいた植物だ。
道端にある魔力増幅の薬草よりも効果が強いが、毒がある。
私だからこそ使える増幅薬だ。
その植物をむしゃむしゃと口に入れれば、フェニックスは顔を顰めた。
『この山に何故入れるのかと思いましたが、そういうことですか。二つの魔法持ちとは、化け物か何かですか?』
「酷い言われようですね。人間です。」
私は灰に向かって魔力増幅をかける。
黒い光はちゃんと当たっているものの、灰はぴくりとも動かない。
ただ、魔力増幅に反応していることから魔力を含んでいるであろうことは分かる。
私は一旦魔力増幅の魔法をかけるのをやめて、フェニックスに問う。
「この灰は、魔力との結合により体を形成するんですよね?」
『そういうことになりますね。』
「この灰って、全部必要ですか?」
『どういう意図の質問ですか?まさか、この灰が欲しいとでも?どうするおつもりですか、返答次第ではあなたをここで灰にしますよ。』
また炎が強くなり、今度は熱さを感じるようになってきた。
ソラは私の顔を見て頷いている。
私が何を考えているのか、分かっているみたいだ。
「私の二つ目の魔法は効果付与、闇の神に与えられた魔法です。今ご覧いただいたように植物を食べてその効果を与えることも、魔光石を食べて、魔力吸収の効果を付与することも可能です。そこで、灰を食べて結合の効果を最大限に引き出してみるというのはどうですか?」
私の提案にフェニックスは目を丸くし、顔を歪め、それからため息をついた。
『闇の神の所有物に振り回される人生、というわけですか。いいでしょう、このまま待っていても埒が明かない。ただし、それによって成されたものに責任は持てません。それでも良ければ、灰を。』
責任を持てないというのはどういう意味だろうか。
そんな疑問を頂きつつも、ひとつまみ灰を手に取った。
ここで出会ったのもなにかの縁だ。
それに、彼女たちは落ちた悪魔の被害者とも言える。
それならば、やってみる意味もある。
灰を口に入れると何とも言えないザラザラ感が舌に纏わりつく。
飲み込むのを拒否したいそんな異物感を無理やり飲み下し、魔力増幅も一緒に口に押し込める。
そうして灰に結合の効果を付与する。
少しずつ少しずつ灰が動いていき、1時間。
灰の中に現れたのは小さな固まり。
「すみません、失敗したかもしれません。」
そう言って頭を下げれば、フェニックスはその固まりに顔を近づけた。
『いいえ、これで良いのです。本当にあなたの魔法は桁違いなものですね。生まれ直しさせる魔法なんて聞いたことがない。』
「キュ?」
『ええ、卵です。ここから生まれ直しするのですよ。』
ソラの質問のおかげでようやくその固まりが卵だと分かった。
そうしてその卵がゴロゴロと揺れて、亀裂が入る。
殻を崩しながら、その中には小さな雛が顔を覗かせる。
『ああ、ようやく会えた。待っていました、ずっと。』
「ぴぴっ。」
普通の鳥みたいな鳴き声の雛はフェニックスの羽に抱き着いている。
「記憶は引き継がれるんですか?」
『大人になれば自然と思い出すでしょう。そういう生物ですから。』
生まれ直しができる生物なんてそうそういない。
彼女たちにしか分からない常識があるのだろう。
『夫を戻してくれたお礼をしましょう。とはいえ、魔獣であるわたしに出来ることは限られますが。』
そう言って貰えたので私はすかさず答えた。
「ブルームーンドラゴンの住処はどこか知っていますか?私は彼らを保護するのと同時に、協力を要請しに来たんです。今各地で魔獣が暴走している、それを止めるために力を借りたいんです。」
『ドラゴンの力を借りる?話せる魔法持ちとはいえ、本当に変わっていますね。ブルームーンドラゴンの住処はもっと上です。彼らは隠れていますから、探せるかどうかはあなた方次第でしょう。』
フェニックスにそう言われた私とソラはさらに上を目指すことになった。
小さな雛がこちらに手を振ってくれているのでソラが大きく手を振り返す。
『気を付けなさい、神の愛し子。今この山には堕ちた悪魔がいるようです。』
「分かるんですか?」
『山の気配と魔力の流れが違うのです。こういう時は決まって異物が混ざる。長く生きて得た感覚です。』
フェニックスはそう言うと炎に包まれて姿を消した。
おそらく身を隠したのだろう、堕ちた悪魔が近くにいるのだから当然だ。
「ソラ、行こうか。」
「キュ!」
堕ちた悪魔に対峙するかもしれない覚悟を持ちつつ、私たちは山を登り始めた。
それは白銀の国が所持している山の一つで、希少な魔光石が取れる山でもある。
人が立ち入らないその山は、魔獣やドラゴンが住処にしていると言われている。
珍しい植物から出ている毒によって、麻痺などが効きずらい狼獣人ですら奥地を知らない。
私とソラは今、その神々の頂の入口にいる。
ブルームーンドラゴンの住処であることからそれを狙うドクヘビと対峙する可能性を危惧してはいたが、そうは言っていられなくなってきた。
シュマの能力によって負の魔力を入れ込まれた魔獣が今、世界各地で暴走している。
そしてシュマはブルームーンドラゴンであるソラを殺そうとはしなかった。
ドラゴンを殺すことに固執しているのはシュマ以外の悪魔ということだったのか否かは分からない。
だが、この魔獣の暴走による混乱に乗じてわざわざこの神々の頂でドラゴンを殺す必要はない。
どうせなら、この混乱の中でもっと人々を陥れるように行動したほうが有意義なはずだ。
そんな今だからこそ、神々の頂のドラゴンを保護するには適しているはずだ。
変な霧がかかるその木々の間をソラと共に進んでいく。
毒は効かないとはいえ、どんな魔獣に遭遇するのかも分からない。
そう思っていたのに、山はやけに静かだった。
襲ってくる魔獣もいなければ、風で揺れる木々の音だけが聞こえているのだ。
「ソラ、ドラゴンの気配する?」
「キュウ・・・。」
ソラが困り顔になるのも当然だ。
ソラは同族に会ったことがない。
つまり、気配そのものを知る由もない。
「ごめん、分かんないよね。」
ソラは母親のことすら覚えていない。
出会ったあの時は、それほど幼かったという訳だ。
秋田犬の仔犬ほどしかなかった小さな体も、今や人を3人も乗せられるほどの大きさまで成長した。
子供の成長は早いなぁ、などと物思いにふけっている場合ではない。
周りを見渡せば、珍しい植物が山ほど見える。
初めて見た、なんて植物も当然ある。
私はそれを摘みながら鞄に押し込めていく。
なんとなくの効果しか覚えていないが、持っていれば使う日がくるかもしれない。
それにハルに聞けば分かるだろう。
そんな他人任せな思考で植物を摘んでいると、ソラが指を差した。
「キュッキュ。」
小さな声であっちに何かいるよ、と差された方角を見ればそこにはフェニックスが横たわっていた。
生きてる、よね?
木の陰からソラと覗きこめば、微かに呼吸している動きが分かる。
実物を見るのは初めてだが、火のような姿は神々しい。
とはいえ、フェニックスといえばヒサメが九死に一生を得ることとなった件の鳥だ。
警戒しなければ。
「キュ?」
ソラが気になったのは、フェニックスのすぐ隣にある灰の山だ。
その灰の山を囲うように羽を広げている。
「なんだろうね、あれ。」
私とソラが顔を見合わせていると、声がした。
『こんなところまで何用ですか、ドラゴンの子。』
澄んだその声は女性の声のように聞こえた。
『人間と共にいるなんて、物好きなドラゴンもいたものですね。』
「物好きとはなかなかな言われようですね。」
私がそう返せばフェニックスは顔を上げた。
『しかも、言葉が分かる魔法持ちですか。随分と闇の神に気に入られているのですね。』
「闇の神様をご存知で?ですが、この特殊言語は直接授けられた訳では。」
『この下界にある魔法のいくつかは闇の神が授けたことにより、存在することを許されます。そしてその魔法は、闇の神の好みの者に与えられるのが基本です。忌まわしい。』
フェニックスがそう言い捨てると体に纏う光が赤く燃え上がる。
これは危険だろうか、と下がろうとするとソラが挙手をした。
「キュキュウ?」
『闇の神と仲が悪いか、ですって?ええ、好きではないです。夫が戻らないのは、闇の神の呪いですから。』
このフェニックスはソラの言葉が分かるんだな、ということから始まり、気になるワードがいくつも出てきた。
「キュ?」
『・・・夫というのは、この灰です。本来わたしたちは何度も生まれ直し死ぬことはない。ですが、闇の神のお気に入りを殺した夫は、死んでから何年も灰のまま戻らないのです。』
纏う火が強くなっているのにも関わらず、ソラはよく質問できるな。
「闇の神の呪いなんてあるんですか?私、今まで結構傷だらけになってますけど、今のところ呪いを見たことはないですよ。」
『闇の神のお気に入りが死ぬと、必ずその者を殺した者に罰が下る。不治の病・事故・災害に見舞われ命を落とす。当然といえば当然です。神の所有物を勝手に殺したのですから。』
「所有されてるつもりはないですが。」
『新たに生み出される魔法は神の一部とも言えるもの。それを持たされた自覚を持つことですね。』
天罰が下る、という言葉が現代にはあるが本当に明確な罰がこの世界にはあるのだろうか。
病気も事故も災害も、偶然で片付けてしまえるものばかりだ。
だが、現代とは違い私は闇の神様と会話もしてしまっている。
天罰なんてくだらないと一蹴はできない。
「旦那さんは、その闇の神のお気に入りを殺したせいで生まれ直しが出来ない。と考えているわけですね。」
『そうです。そもそも、夫が狼獣人を殺したのは、彼のせいではないというのに。どうして夫が罰を受けなければいけないのでしょう。』
フェニックスはそう言うと、灰を抱きしめるように羽を広げた。
「狼獣人を、殺したんですか?一体、誰を。」
『白銀の国の王子です。白銀の国は闇の神の魔法を受け継いでいるはず。ということは、夫が殺したのは神のお気に入りである可能性があります。堕ちた悪魔どもが魔獣たちを暴走させているでしょう?夫も恐らく、同じように暴走させられたのです。』
フェニックスの話を聞きながら、私はとある話が繋がっていた。
「あの、それって15、6年前くらいじゃないですか?」
『ええ、生まれ直しをしていてもおかしくない年月が経過しているというのに夫は灰の中から戻ってこないのです。』
「旦那さんは、狼獣人を殺してないです!!王子は生きてますよ!」
私の言葉に、フェニックスの炎が燃え上がり私とソラさえ包まれてしまった。
死ぬほど驚いたが、熱くもなく燃えてもいない安全な炎で助かった。
『殺していない?どういうことです?』
「確かに狼獣人の王子様はフェニックスに致命傷ともいえる傷を負わされましたが、光魔法の治癒で一命を取り留めたんです。今も元気に生きてます。」
今現在ヒサメは負の魔力の治療を終えて疲弊はしているが、彼ならすぐに回復するはずだ。
『それならどうして夫は、戻れないの?闇の神の罰でないのなら、どうして・・・。』
このフェニックスはずっと夫が戻るのをここで待ち続けているということか。
それにしても、ヒサメやフブキ、シグレの人生を変えたあの事件に堕ちた悪魔が関わっていたとは。
本当に救えない悪魔たちだ。
私はフェニックスと灰の山に近づいた。
『この灰に近寄らないで。この灰が無ければ、夫は永遠に戻ってこられない。』
「生まれ直しってどういう原理なんです?この灰を元に体が形成されるとか?」
私の問いかけにフェニックスは迷いながらも答えてくれた。
『この灰は夫が死んで燃え崩れたものです。この灰は夫の全て、その灰に含まれる物質の結びつきの効果によって魔力と結合し生まれ直します。』
「それじゃあ試しに、魔力増幅でもかけてみましょうか。」
鞄から取り出したのは先ほど摘んでいた植物だ。
道端にある魔力増幅の薬草よりも効果が強いが、毒がある。
私だからこそ使える増幅薬だ。
その植物をむしゃむしゃと口に入れれば、フェニックスは顔を顰めた。
『この山に何故入れるのかと思いましたが、そういうことですか。二つの魔法持ちとは、化け物か何かですか?』
「酷い言われようですね。人間です。」
私は灰に向かって魔力増幅をかける。
黒い光はちゃんと当たっているものの、灰はぴくりとも動かない。
ただ、魔力増幅に反応していることから魔力を含んでいるであろうことは分かる。
私は一旦魔力増幅の魔法をかけるのをやめて、フェニックスに問う。
「この灰は、魔力との結合により体を形成するんですよね?」
『そういうことになりますね。』
「この灰って、全部必要ですか?」
『どういう意図の質問ですか?まさか、この灰が欲しいとでも?どうするおつもりですか、返答次第ではあなたをここで灰にしますよ。』
また炎が強くなり、今度は熱さを感じるようになってきた。
ソラは私の顔を見て頷いている。
私が何を考えているのか、分かっているみたいだ。
「私の二つ目の魔法は効果付与、闇の神に与えられた魔法です。今ご覧いただいたように植物を食べてその効果を与えることも、魔光石を食べて、魔力吸収の効果を付与することも可能です。そこで、灰を食べて結合の効果を最大限に引き出してみるというのはどうですか?」
私の提案にフェニックスは目を丸くし、顔を歪め、それからため息をついた。
『闇の神の所有物に振り回される人生、というわけですか。いいでしょう、このまま待っていても埒が明かない。ただし、それによって成されたものに責任は持てません。それでも良ければ、灰を。』
責任を持てないというのはどういう意味だろうか。
そんな疑問を頂きつつも、ひとつまみ灰を手に取った。
ここで出会ったのもなにかの縁だ。
それに、彼女たちは落ちた悪魔の被害者とも言える。
それならば、やってみる意味もある。
灰を口に入れると何とも言えないザラザラ感が舌に纏わりつく。
飲み込むのを拒否したいそんな異物感を無理やり飲み下し、魔力増幅も一緒に口に押し込める。
そうして灰に結合の効果を付与する。
少しずつ少しずつ灰が動いていき、1時間。
灰の中に現れたのは小さな固まり。
「すみません、失敗したかもしれません。」
そう言って頭を下げれば、フェニックスはその固まりに顔を近づけた。
『いいえ、これで良いのです。本当にあなたの魔法は桁違いなものですね。生まれ直しさせる魔法なんて聞いたことがない。』
「キュ?」
『ええ、卵です。ここから生まれ直しするのですよ。』
ソラの質問のおかげでようやくその固まりが卵だと分かった。
そうしてその卵がゴロゴロと揺れて、亀裂が入る。
殻を崩しながら、その中には小さな雛が顔を覗かせる。
『ああ、ようやく会えた。待っていました、ずっと。』
「ぴぴっ。」
普通の鳥みたいな鳴き声の雛はフェニックスの羽に抱き着いている。
「記憶は引き継がれるんですか?」
『大人になれば自然と思い出すでしょう。そういう生物ですから。』
生まれ直しができる生物なんてそうそういない。
彼女たちにしか分からない常識があるのだろう。
『夫を戻してくれたお礼をしましょう。とはいえ、魔獣であるわたしに出来ることは限られますが。』
そう言って貰えたので私はすかさず答えた。
「ブルームーンドラゴンの住処はどこか知っていますか?私は彼らを保護するのと同時に、協力を要請しに来たんです。今各地で魔獣が暴走している、それを止めるために力を借りたいんです。」
『ドラゴンの力を借りる?話せる魔法持ちとはいえ、本当に変わっていますね。ブルームーンドラゴンの住処はもっと上です。彼らは隠れていますから、探せるかどうかはあなた方次第でしょう。』
フェニックスにそう言われた私とソラはさらに上を目指すことになった。
小さな雛がこちらに手を振ってくれているのでソラが大きく手を振り返す。
『気を付けなさい、神の愛し子。今この山には堕ちた悪魔がいるようです。』
「分かるんですか?」
『山の気配と魔力の流れが違うのです。こういう時は決まって異物が混ざる。長く生きて得た感覚です。』
フェニックスはそう言うと炎に包まれて姿を消した。
おそらく身を隠したのだろう、堕ちた悪魔が近くにいるのだから当然だ。
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