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夜明けの国
魔獣の暴走
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勢いよく開いた扉の先にいたのはハルだった。
「ハルさん!?どうしてここに。」
「夜明けの国の中が騒がしいから心配で見に来たのよ!あなたたちが侵入したのがバレて騒ぎにでもなったのかと思ってね。でも、違ったわ、魔獣が暴れてるの。」
「さっきの揺れは魔獣が建物に攻撃してるってことだね。」
アルの言葉に納得してから、あたりを見回す。
「ハルさん、ソラは?」
「ソラなら神官様たちと一緒に戦ってるわ。あなたたちも外に出なさい。お嬢さんは王子様を守るんでしょ。」
ハルにそう言われた私はしっかりと頷いた。
大きな廊下を走りながら玄関へと向かう。
「それにしてもハルさんはあの扉開けられるんですね。」
「なにそれ、どういう意味?」
走りながら首を傾げるハル。
私とアルは顔を見合わせて、妙に納得する。
ヒサメほどとは言わないが高身長で、私を軽々と持ち上げることができる筋力。
紫のローブで隠れてはいるが、その下には固い胸板が。
「ハルさんって実は強いんじゃないですか?」
「言ったでしょ、期待しないでって。か弱い私じゃ魔獣とは戦えないわ。」
「そうなんですか。」
「なによ、その顔。私は攻撃型の魔法は持ってないし、獣人のような屈強な肉体もない。魔法を使えないモンスターならまだしも、魔獣の強さはその比じゃないのよ。」
以前ハルにモンスターについて教わった。
モンスターは元々は馬や牛のような魔法を使えない動物で、その変異体だ。
魔力を保持できる器が環境によって大きくなってしまったせいで、己の許容量を超えた魔力を体内に取り込んでしまう。
そして、モンスターは魔法を使えないからその魔力を発散できず苦しんで暴れてしまう。
一方で魔獣は魔法を使うことが出来る。
それに適応した体と器を持っているため、モンスターとは比べ物にならない強さを持っているということだ。
「どうして、モンスターではなく魔獣が暴れているんでしょうか?」
「分からない。野生の魔獣は基本的に人のいない山で暮らすことが多い。遠霧山もその一つだった。魔獣は強い魔法を持っているし、人間も下手に手を出すことはないはず。このタイミングであるとすれば、ドクヘビの奴らによる計画かもしれないわね。」
ドクヘビは魔獣さえも操ることが出来るのだろうか。
だとしたらどうして今の今までやらなかったんだ?
静寂の海のクレタを操り、海熱病を流行らせようとした。
黄金の国のグウル国王を操って、ソラを奪い私を殺そうとした。
人間ひとりを動かすよりも、魔獣を操って殺しに来た方が早いような気もする。
なにより、今回はそうしようとしたのでは。
玄関の扉を開ければ、そこには大きな熊のような魔獣が10体ほど見えた。
5メートルを超えるであろうその体に恐怖する。
こんな至近距離で熊なんて見たことがない。
それだけでも怖いのに、その熊の体は炎を纏っているようだった。
建物に激突を繰り返す熊もいれば、神官たちを襲う熊もいる。
魔獣の動きは、明らかにバラバラだった。
戦闘している神官たちの中でひときわ目立つ戦いをしていたのはヒサメとベルへだ。
二人の連携で魔獣の熊は圧されている。
それでも、巨大な熊10体の対応に神官の数が間に合っていない。
ソラも神官たちを援護しているようだが、氷の魔法を魔獣だけに当てるのは難しいようだ。
私も戦わないと。
そう思って駆けだそうとした私の手首をハルが掴んだ。
「なんですか、私も戦いに行きます。」
「魔獣はただでさえ強い生物な上、あの子たちは今自我さえ保てていない。壁に体を打ち続けているあの魔獣を見て。自分自身が血だらけになっているのにも関わらず、あの子はそれをやめようとしない。モンスター以上に理性もなく、暴れることしか出来ない。何かしらの魔法が原因だとしか思えないわ。」
ハルに言われて私は魔獣の熊たちを見る。
酷い怪我を負っているのにも関わらず、魔獣はそれを庇うような素振りすらしない。
目の前にあるものを壊そうとしているだけに見える。
「もし、ドクヘビの操りの魔法がかけられているとしたら、私の魔法は跳ね返されてしまいます。」
「魔力を底上げする魔法薬にお嬢さんは耐え抜いた。そして、今さっき神様と話してきたんでしょう?明らかにあなたの魔法の力は上がってる。そろそろ、堕ちた悪魔の魔法くらい上回って見せて。」
無茶なことを言う。
今ここにいる熊は10体。
その全員にドクヘビの魔法がかけられているとしたら全員の魔法を解くことなんてできない。
グウル国王の操りの魔法を解くのだって命がけだったんだ。
そんな私が、今この場にいる魔獣の魔法を解くなんて。
「考えてる時間なんてないわよ。ここにいる神官様たちは勿論強いけど、魔法で操られているなら分が悪い。捨て身で攻撃している魔獣の方が有利になるわ。それに、基本的に魔獣は殺してはならない生物。やむ負えない場合を除いて、共存することを目標としているの。神官様たちならなおさら、魔獣を攻撃することに躊躇いが生じる。お嬢さんの魔法で操られている魔法が解ければ、魔獣を殺さずに済むかもしれない。」
殺さずに済む。
そう言われた私は鞄から麻痺の薬草を取り出して口に入れた。
魔法を解くだけなら麻痺でもいいはず。
私は建物の壁に衝突を繰り返す魔獣に手をかざす。
私の魔法の黒い光は、最初の頃とは比べ物にならないくらいの光を帯びていた。
お願い、操りの魔法が解けるくらいの魔法を。
強く強く念じて、そうして魔獣にかけた魔法は跳ね返されることはなかった。
何故なら、魔法自体がかかっていないのだ。
「ハルさん、魔獣に魔法なんてかかってないです!!」
「どういうこと、それじゃあ魔獣はどうして暴れてるの。」
私が麻痺の魔法を強くかけた魔獣はそれでもなお、壁に体を打ち続けている。
麻痺なんかじゃ、彼らの動きを止められない。
神官たちは燃える魔獣の攻撃をいなしつつ、なんとか動きを止められないか戦っている。
ヒサメとベルへも、何度攻撃を加えても立ち上がる魔獣を、殺すか否か迷っているのが見える。
ソラは魔獣の足止めをしようと氷魔法で応戦しているが、魔獣はどれだけ血を流しても止まってくれない。
暴れている原因が分からない。
しかし、このままでは神官たちの体力も持たないだろう。
そのとき、ハルが私に紫の花を手渡した。
「効果は知ってるわね?もう、迷っている時間はない。」
それは、呼吸困難を引き起こす猛毒の花。
「神官様たちが殺す決断を下す前に、お嬢さんが覚悟を決めて。酷なことを言っているのは分かってる。それでも、お嬢さんが命を奪う判断をするべきなの。」
真剣な表情をするハルに、私は穏やかな顔を向けた。
私は紫の花を花びらから茎、そして葉もすべて噛んで飲み込んだ。
全てが毒を持つこの紫の花の効果を最大限に引き出す。
まず、ヒサメとベルへが戦っていた魔獣。
その次に神官たちが応戦していた魔獣。
私の黒い光が当てられた魔獣は悶え苦しんでそのままその場に倒れていく。
「・・・リビ殿。」
驚いて、そしてあり得ないものを見るような顔をしたヒサメが視界の端に映る。
私は、そんなヒサメを見ないようにして振り返る。
ボロボロと崩れていく壁にぶつかる魔獣に、最後に手を翳す。
「ごめんね、なるべく一瞬で済ませるから。」
神経系の毒の作用により、呼吸筋が麻痺し上手く酸素が取り込めなくなる。
どうしても、苦しむことになってしまう。
だから、できるだけ強い魔法をかけるしかない。
苦しそうに壁をガリガリと爪でひっかいた熊はその場に倒れこんだ。
その熊に近づいて、呼吸していないことを確認する。
そんな私を、周りの皆が戸惑ったような顔で見ていた。
私が躊躇もなく魔獣を殺したからだ。
「リビ殿、オレたちを助けてくれたんだろう。それは理解している。だが・・・。」
ヒサメはそう言ったが、いつものように近くには来てくれなかった。
その時、声が聞こえた。
それは、夜明けの国の門の前にいた。
「ひどーい、全員殺しちゃったの?結構自信作だったんだけどなぁ。」
黒いローブを身に纏い、長い金髪を靡かせた女性だ。
その瞬間、ヒサメが彼女の目の前に走り、その女の首を掴んだ。
「へぇ、初対面なのに積極的だね。でも、首を掴むなんて乱暴じゃない?」
「魔獣を仕向けたのは貴様だな。堕ちた悪魔の一人か。」
「なーんだ、結構バレてるじゃん。だからもっと早目にしようって言ったのに。融通効かない男ばっかで嫌になるよね。あたしも人のこと言えないけどさぁ。」
女性はそう言って笑うと、ヒサメの胸に手を当てた。
ヒサメはすぐさま警戒して距離を取ったが、胸を押さえて片膝をついた。
「すばしっこいね、でも安心してよ。あたしの魔法って人型にあんまり効かないんだよね。でもでも、ちょっとは効果があるはずだよ。」
女性はにこりと微笑むと、バキバキとした音をさせて首を回す。
ヒサメが掴んだことによって骨が折れていたのか?
それを、今戻したのか?
女性は首を傾げて私の方を向いた。
「ドラゴンを連れた闇魔法使い。ほーんとあたしたちの邪魔ばっかしてきらーい。でもでも、躊躇なく魔獣を殺すなんて冷たくてちょっと好きかも。だから、シュマのこと覚えていいよ。」
シュマ、おそらくこの女性の名前だ。
周りの神官は誰一人動けないでいた。
この堕ちた悪魔の異様なオーラに気圧されているのだ。
ベルへはヒサメに駆け寄って、庇うように立っている。
シュマがソラを見るので、私はソラの前に立った。
「そのドラゴンまだまだ子供じゃん、かわいいねぇ。別に殺さないよ?あたしの魔法と相性悪いし。」
「ヒサメ様に何をしたんですか。この魔獣たちが自信作ってどういう意味ですか。」
「あたしに興味あるの?じゃあ、問題出してあげる。悪魔が糧にしているものはなんでしょーか。」
「負の魔力、でしょ。」
「せいかーい。負の魔力は下界の生き物が魔法を使うとき、負の感情があればあるほど空気中に分散される魔力のことだよ。この負の魔力を糧にできるのは上界の悪魔だけ。でも、それを下界の生物が取り込んでしまうとどーなるでしょーか。」
シュマはにこにことしながら、そこらじゅうに横たわる魔獣の遺体を順に指さした。
「それとか、あれとか、これとか。たーくさんの負の魔力を無理やり取り込んでしまうと、もともと持っている自分の中の魔力は押しやられて、下界の生物にとっては取り込んではいけない負の魔力でいっぱいになるの。」
シュマは最後にヒサメを指さした。
「人型はその魔力の器が複雑で、ちょっとしか負の魔力を送り込めないから相性最悪。でもでも、意味はあるんだよ。」
微笑んだシュマの顔立ちは高校生くらいの少女にも見えた。
それでも、その瞳の奥は笑っていない恐ろしさがあった。
「そろそろ戻らないとあいつがうるさいからもう行くね。勝手に動くなって束縛してくる男なの。」
「逃がすか!!」
ヒサメはそう言ってシュマに結界の魔法を発動しようとしたが、魔法が出てこなかった。
「意味はあるって言ったじゃん。聞いてなかったの?それじゃあ、ばいばい。」
「待って!!」
「ねぇ、あたしにかまってる場合じゃないよ。もっと、たくさんいるんだよ?」
そう言われて私は立ち止まった。
この魔獣たちだけじゃない?
蹲っているヒサメを一瞬視界に映すと、その隙にシュマはいなくなっていた。
「ハルさん!?どうしてここに。」
「夜明けの国の中が騒がしいから心配で見に来たのよ!あなたたちが侵入したのがバレて騒ぎにでもなったのかと思ってね。でも、違ったわ、魔獣が暴れてるの。」
「さっきの揺れは魔獣が建物に攻撃してるってことだね。」
アルの言葉に納得してから、あたりを見回す。
「ハルさん、ソラは?」
「ソラなら神官様たちと一緒に戦ってるわ。あなたたちも外に出なさい。お嬢さんは王子様を守るんでしょ。」
ハルにそう言われた私はしっかりと頷いた。
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「なにそれ、どういう意味?」
走りながら首を傾げるハル。
私とアルは顔を見合わせて、妙に納得する。
ヒサメほどとは言わないが高身長で、私を軽々と持ち上げることができる筋力。
紫のローブで隠れてはいるが、その下には固い胸板が。
「ハルさんって実は強いんじゃないですか?」
「言ったでしょ、期待しないでって。か弱い私じゃ魔獣とは戦えないわ。」
「そうなんですか。」
「なによ、その顔。私は攻撃型の魔法は持ってないし、獣人のような屈強な肉体もない。魔法を使えないモンスターならまだしも、魔獣の強さはその比じゃないのよ。」
以前ハルにモンスターについて教わった。
モンスターは元々は馬や牛のような魔法を使えない動物で、その変異体だ。
魔力を保持できる器が環境によって大きくなってしまったせいで、己の許容量を超えた魔力を体内に取り込んでしまう。
そして、モンスターは魔法を使えないからその魔力を発散できず苦しんで暴れてしまう。
一方で魔獣は魔法を使うことが出来る。
それに適応した体と器を持っているため、モンスターとは比べ物にならない強さを持っているということだ。
「どうして、モンスターではなく魔獣が暴れているんでしょうか?」
「分からない。野生の魔獣は基本的に人のいない山で暮らすことが多い。遠霧山もその一つだった。魔獣は強い魔法を持っているし、人間も下手に手を出すことはないはず。このタイミングであるとすれば、ドクヘビの奴らによる計画かもしれないわね。」
ドクヘビは魔獣さえも操ることが出来るのだろうか。
だとしたらどうして今の今までやらなかったんだ?
静寂の海のクレタを操り、海熱病を流行らせようとした。
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人間ひとりを動かすよりも、魔獣を操って殺しに来た方が早いような気もする。
なにより、今回はそうしようとしたのでは。
玄関の扉を開ければ、そこには大きな熊のような魔獣が10体ほど見えた。
5メートルを超えるであろうその体に恐怖する。
こんな至近距離で熊なんて見たことがない。
それだけでも怖いのに、その熊の体は炎を纏っているようだった。
建物に激突を繰り返す熊もいれば、神官たちを襲う熊もいる。
魔獣の動きは、明らかにバラバラだった。
戦闘している神官たちの中でひときわ目立つ戦いをしていたのはヒサメとベルへだ。
二人の連携で魔獣の熊は圧されている。
それでも、巨大な熊10体の対応に神官の数が間に合っていない。
ソラも神官たちを援護しているようだが、氷の魔法を魔獣だけに当てるのは難しいようだ。
私も戦わないと。
そう思って駆けだそうとした私の手首をハルが掴んだ。
「なんですか、私も戦いに行きます。」
「魔獣はただでさえ強い生物な上、あの子たちは今自我さえ保てていない。壁に体を打ち続けているあの魔獣を見て。自分自身が血だらけになっているのにも関わらず、あの子はそれをやめようとしない。モンスター以上に理性もなく、暴れることしか出来ない。何かしらの魔法が原因だとしか思えないわ。」
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酷い怪我を負っているのにも関わらず、魔獣はそれを庇うような素振りすらしない。
目の前にあるものを壊そうとしているだけに見える。
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「魔力を底上げする魔法薬にお嬢さんは耐え抜いた。そして、今さっき神様と話してきたんでしょう?明らかにあなたの魔法の力は上がってる。そろそろ、堕ちた悪魔の魔法くらい上回って見せて。」
無茶なことを言う。
今ここにいる熊は10体。
その全員にドクヘビの魔法がかけられているとしたら全員の魔法を解くことなんてできない。
グウル国王の操りの魔法を解くのだって命がけだったんだ。
そんな私が、今この場にいる魔獣の魔法を解くなんて。
「考えてる時間なんてないわよ。ここにいる神官様たちは勿論強いけど、魔法で操られているなら分が悪い。捨て身で攻撃している魔獣の方が有利になるわ。それに、基本的に魔獣は殺してはならない生物。やむ負えない場合を除いて、共存することを目標としているの。神官様たちならなおさら、魔獣を攻撃することに躊躇いが生じる。お嬢さんの魔法で操られている魔法が解ければ、魔獣を殺さずに済むかもしれない。」
殺さずに済む。
そう言われた私は鞄から麻痺の薬草を取り出して口に入れた。
魔法を解くだけなら麻痺でもいいはず。
私は建物の壁に衝突を繰り返す魔獣に手をかざす。
私の魔法の黒い光は、最初の頃とは比べ物にならないくらいの光を帯びていた。
お願い、操りの魔法が解けるくらいの魔法を。
強く強く念じて、そうして魔獣にかけた魔法は跳ね返されることはなかった。
何故なら、魔法自体がかかっていないのだ。
「ハルさん、魔獣に魔法なんてかかってないです!!」
「どういうこと、それじゃあ魔獣はどうして暴れてるの。」
私が麻痺の魔法を強くかけた魔獣はそれでもなお、壁に体を打ち続けている。
麻痺なんかじゃ、彼らの動きを止められない。
神官たちは燃える魔獣の攻撃をいなしつつ、なんとか動きを止められないか戦っている。
ヒサメとベルへも、何度攻撃を加えても立ち上がる魔獣を、殺すか否か迷っているのが見える。
ソラは魔獣の足止めをしようと氷魔法で応戦しているが、魔獣はどれだけ血を流しても止まってくれない。
暴れている原因が分からない。
しかし、このままでは神官たちの体力も持たないだろう。
そのとき、ハルが私に紫の花を手渡した。
「効果は知ってるわね?もう、迷っている時間はない。」
それは、呼吸困難を引き起こす猛毒の花。
「神官様たちが殺す決断を下す前に、お嬢さんが覚悟を決めて。酷なことを言っているのは分かってる。それでも、お嬢さんが命を奪う判断をするべきなの。」
真剣な表情をするハルに、私は穏やかな顔を向けた。
私は紫の花を花びらから茎、そして葉もすべて噛んで飲み込んだ。
全てが毒を持つこの紫の花の効果を最大限に引き出す。
まず、ヒサメとベルへが戦っていた魔獣。
その次に神官たちが応戦していた魔獣。
私の黒い光が当てられた魔獣は悶え苦しんでそのままその場に倒れていく。
「・・・リビ殿。」
驚いて、そしてあり得ないものを見るような顔をしたヒサメが視界の端に映る。
私は、そんなヒサメを見ないようにして振り返る。
ボロボロと崩れていく壁にぶつかる魔獣に、最後に手を翳す。
「ごめんね、なるべく一瞬で済ませるから。」
神経系の毒の作用により、呼吸筋が麻痺し上手く酸素が取り込めなくなる。
どうしても、苦しむことになってしまう。
だから、できるだけ強い魔法をかけるしかない。
苦しそうに壁をガリガリと爪でひっかいた熊はその場に倒れこんだ。
その熊に近づいて、呼吸していないことを確認する。
そんな私を、周りの皆が戸惑ったような顔で見ていた。
私が躊躇もなく魔獣を殺したからだ。
「リビ殿、オレたちを助けてくれたんだろう。それは理解している。だが・・・。」
ヒサメはそう言ったが、いつものように近くには来てくれなかった。
その時、声が聞こえた。
それは、夜明けの国の門の前にいた。
「ひどーい、全員殺しちゃったの?結構自信作だったんだけどなぁ。」
黒いローブを身に纏い、長い金髪を靡かせた女性だ。
その瞬間、ヒサメが彼女の目の前に走り、その女の首を掴んだ。
「へぇ、初対面なのに積極的だね。でも、首を掴むなんて乱暴じゃない?」
「魔獣を仕向けたのは貴様だな。堕ちた悪魔の一人か。」
「なーんだ、結構バレてるじゃん。だからもっと早目にしようって言ったのに。融通効かない男ばっかで嫌になるよね。あたしも人のこと言えないけどさぁ。」
女性はそう言って笑うと、ヒサメの胸に手を当てた。
ヒサメはすぐさま警戒して距離を取ったが、胸を押さえて片膝をついた。
「すばしっこいね、でも安心してよ。あたしの魔法って人型にあんまり効かないんだよね。でもでも、ちょっとは効果があるはずだよ。」
女性はにこりと微笑むと、バキバキとした音をさせて首を回す。
ヒサメが掴んだことによって骨が折れていたのか?
それを、今戻したのか?
女性は首を傾げて私の方を向いた。
「ドラゴンを連れた闇魔法使い。ほーんとあたしたちの邪魔ばっかしてきらーい。でもでも、躊躇なく魔獣を殺すなんて冷たくてちょっと好きかも。だから、シュマのこと覚えていいよ。」
シュマ、おそらくこの女性の名前だ。
周りの神官は誰一人動けないでいた。
この堕ちた悪魔の異様なオーラに気圧されているのだ。
ベルへはヒサメに駆け寄って、庇うように立っている。
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「負の魔力、でしょ。」
「せいかーい。負の魔力は下界の生き物が魔法を使うとき、負の感情があればあるほど空気中に分散される魔力のことだよ。この負の魔力を糧にできるのは上界の悪魔だけ。でも、それを下界の生物が取り込んでしまうとどーなるでしょーか。」
シュマはにこにことしながら、そこらじゅうに横たわる魔獣の遺体を順に指さした。
「それとか、あれとか、これとか。たーくさんの負の魔力を無理やり取り込んでしまうと、もともと持っている自分の中の魔力は押しやられて、下界の生物にとっては取り込んではいけない負の魔力でいっぱいになるの。」
シュマは最後にヒサメを指さした。
「人型はその魔力の器が複雑で、ちょっとしか負の魔力を送り込めないから相性最悪。でもでも、意味はあるんだよ。」
微笑んだシュマの顔立ちは高校生くらいの少女にも見えた。
それでも、その瞳の奥は笑っていない恐ろしさがあった。
「そろそろ戻らないとあいつがうるさいからもう行くね。勝手に動くなって束縛してくる男なの。」
「逃がすか!!」
ヒサメはそう言ってシュマに結界の魔法を発動しようとしたが、魔法が出てこなかった。
「意味はあるって言ったじゃん。聞いてなかったの?それじゃあ、ばいばい。」
「待って!!」
「ねぇ、あたしにかまってる場合じゃないよ。もっと、たくさんいるんだよ?」
そう言われて私は立ち止まった。
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