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夜明けの国
あんな男
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遠霧山を下り、私たちは夜明けの国へと向かう。
現在は夜の森の中。
夜明けの国には明日到着予定だ。
闇魔法の人間である私や、そう判断されてしまうハルがいるため町の宿をとることは難しい。
迷いの森でのベッドのない生活というのは、まさか野宿を慣れさせるためなんて目論見はないだろうか。
神がどこまでを想定しているかなんて知らないが、役に立っていることに腹が立ちそうだ。
焚火をたいてその周りを囲んで座る。
ソラは私とハルとアルを乗せて飛んでいるので疲れて既にうとうとしている。
「寝てていいよ、ソラ。」
「キュ。」
ソラは丸くなると寝息を立て始めた。
ヒサメは森の奥が騒がしいと言って、そちらの方へと歩いて行ってしまったがいつものことだ。
「今回の野宿はお嬢さんの王子様がいるから安心ね。魔獣が山ほどいる遠霧山を一人で無傷で登ってくるような人だもの。戦闘向きではない私やアルはおろか、お嬢さんの出番だって必要ないでしょうね。」
向かい側に座るハルはそう言って頬杖をつく。
「そうは言ってもヒサメ様は白銀の国王なので、私は部下として守る役目があります。」
「守り守られる関係って話?あの人、どんな部下にもあんな対応なの?」
「あんな対応、とは?」
ハルはうんざりしたような表情で頭を抱える。
「遠霧山を登ってきた直後のあの人の話よ。今思い返してみると、物凄く怖いこと言ってたわよね?封印の話でそれどころじゃなかったから流してたけど、あんな感情を向けられてよく平気な顔してられるわね。」
「ああ、あれ言われたの初めてじゃないんですよね。」
私が暢気に頷けば、ハルはとてもげんなりした顔をする。
”逃げられないと知っているなら、いい。”
ヒサメのその言い方は、他にやり方を知らないからだと考えている。
自分の手元に置いておきたい人を繋ぎとめる方法が分からない。
だから、必然的にそうなるように仕向けることしか出来ない。
そんなところが、横暴な前ザラ王と少し重なってしまう。
だけどきっと、そうならざる負えない部分もあるはずだ。
幼いころからの愛情の欠如や信用できる大人の少なさ。
大切なフブキが自分のせいで国を追い出され、そのフブキの両親は父親によって処刑された。
ヒサメは、自分の手の届かない場所でもう、全てを失いたくないだろう。
「ヒサメ様が私に向ける感情は、私を傷つけたりなんかしないって分かってますから。言い方は本当に怖いですけど、ヒサメ様なりの部下を大切に思うお言葉ってやつです。」
「そうだった、お嬢さんもおかしいんだったわ。普通なら、あんな男やめておきなさいと言うところよ。」
「ハルさんにヒサメ様がどう見えているか分かりませんが、一般的に優良物件なお人だと思いますよ。基本的に気遣いのできる人ですし、王族だというのに階級問わず分け隔てない接し方の出来る人です。それに・・・。」
そこまで言って、私はボタンのプレゼンを思い出す。
何故私はハルさんにヒサメ様のプレゼンをしているんだ?
ヒサメの部下としての自覚が出てきているという証拠だろうか。
「それに、なんだ?」
すぐ後ろから声が聞こえて、私が見上げる先には見下ろすヒサメがいた。
ハルは飛び退いて隣のアルに抱きついている。
「モンスターいました?」
「ああ、追い返した。オレにかまわず話を続けて良いぞ。あんな男と言われたのだから、部下であるリビ殿がちゃんと弁明してくれないとな。」
ヒサメは私の隣に腰を下ろすと、ハルに向かって微笑んだ。
ハルはヒサメを睨んでそれから、腕を組んだ。
「私はヒバリのような物腰の柔らかい男が好みなの。いくら顔が良くてもその微笑みには屈しないわ。」
「別にそんな理由で笑顔を向けたわけではないのだが。これから行動を共にするキミたちとは程よい友好関係を築いておこうと思ってな。だが、あんな男と言うほどだ。懸念点があれば教えて欲しい。」
私はヒサメの横顔を見ながら、あ、ちょっと根に持ってるなと思った。
「私たちの目的はドクヘビの行動を止めること。あなたの戦闘力や魔力は申し分ないし、決断力も判断力もそれに伴う行動力も何も問題ない。今回の要は獣人王が持つ結界魔法と知って、あなたが協力してくれるならこんなにも心強いことはないと思ってる。」
「その評価に恥じぬ働きをするつもりだ。」
「こんな私の物言いにも真摯な対応ができるあなたの度量の大きさも上に立つ者としての気概も十分で非の打ち所がないのは確か。」
ハルは思っていた以上にヒサメのことを認めているようだ。
ハルが重要視している覚悟をヒサメが持っているからだろうか。
「でも、それとこれとは話が別。あなたが向ける感情は一歩間違えば脅威だわ。お嬢さんは何故か平気みたいだけど、他の人もそうとは限らないでしょ。」
「誰彼構わず向けるはずがない。ハル殿がその対象になることはないから安心してくれ。」
「そんな心配してないわよ!あーもうやだ、藪蛇じゃないの。」
ハルはそう言って寝ているソラのもふもふな体に顔を埋めた。
ソラは寝息を立ててすやすやと眠っている。
アルはそんなハルを見てからヒサメの方を向く。
「当然ボクもその対象にはならないわけだ。」
「無論だ。なりたいわけでもあるまい。」
「うん、ボクは無理だね。重たいのとか向いてない。でも、仮にボクがヒサメ国王の恩人になれば、その可能性はあったりする?」
アルの言葉にヒサメは表情を動かすことなく、ゆっくりと瞬きした。
「ないな。」
「だよね、それを聞いて安心した。」
アルは人懐っこい笑顔を浮かべた。
ヒサメの中で恩人枠というのがあったのだろうか。
そりゃあ、助けられるたびに恩人にしていたらキリがないだろうが、これからもきっとフブキを助けてくれる人はいると思う。
そうなれば、ヒサメはきっとその恩に報いるのだろう。
私は偶然にも、その枠に入っているだけ。
ハルは私のことをおかしいと言ったけど、ヒサメの執着には決定的に足りないものがある。
相手に同じものを求めない。
だからヒサメはフブキを無理やり国に連れ帰ったりしないし、私のことを部下だからと縛り付けたりはしない。
そんなことをすれば、父親と同じ道を辿ると心のどこかで感じているのかもしれない。
そんなヒサメを放っておけないのは、むしろ周りの方だ。
信頼されたい、信じて欲しい、一人でどこかへ行かないで欲しい。
ヒサメの周りの人たちはそう思っていてもなかなか口には出せない。
近づきすぎれば離れていくと思うから。
逃げられないと知っているなら、なんて言っておいてヒサメの方がきっと私を置いていくだろうから。
だから、私は怖くもなんともないんだ。
「リビ殿、先ほどの続きは聞かせてもらえないのか?」
もふもふの尻尾が背中にぽふっと当たる。
ヒサメにとってはありきたりな誉め言葉だっただろうに、何を期待しているのだろう。
「フブキさんを一途に思い続けることが出来る人って、言いたかっただけです。」
「それは、紹介内容として適しているのか?」
「フブキさんのことを抜いてヒサメ様のことを語るわけにはいかないでしょ。一番じゃなくてもいい、と思えるか否か。ヒサメ様のお相手として成り立つのか見分けるには最適の一文だと思いますけどね。」
シグレも言っていたが、未来の妃には絶対に聞いておかなければならないことだ。
絶対にヒサメの一番にはなれないのだから。
「そんな一文がなくとも、こんな男はやめておけとオレも思うがな。貴族の令嬢の皆様は、オレが何をしてきたか知るはずもない。親父を殺す以前より、もっと多くを手にかけている。王になるために、それに必要なことはどんなことでもやってきた。そんなオレの手は、穢れを知らない者に触れてはならない。」
焚火を見つめるヒサメ同様に、私も焚火を眺める。
アルはいつの間にか寝てしまっていて、ハルもソラに抱き着いたまま動かない。
火のパチパチとした音と、木々の揺れる音だけがこの空間にある。
「皆が皆、おきれいな訳じゃないと思いますけどね。勝手な貴族のイメージですが、賄賂や裏金は当たり前。周りを蹴落としてでも王族と懇意にしたい人で溢れている。金の力で他人を動かしてあくどいことに手を染めて。そんな親の背を見て育つ令嬢方もきっといます。」
「酷いイメージだな、キミの貴族は。」
「例えそんな親を見て育っても、揺らがない自分の意思がある令嬢ならいいかもしれませんね。本当に何もかも知らない令嬢が妃なんてやっていけないと思いますし。」
「キミはオレに貴族相手との結婚を望むか?」
突然の問いに私はヒサメの顔を見た。
表情はあまり動かないが、耳が少し傾いているように見える。
「え、いや、それはヒサメ様次第なのでは。私は、私やシグレさんたちはヒサメ様がいいなって思う人と結婚して欲しいですよ。」
「そんな相手が候補の中にいると思うのか?そもそも、今回の封印でオレが死ぬのなら婚約など無意味だ。」
そんな弱気なことを言うものだから、私はヒサメの背中をそれなりの強さで叩いた。
ヒサメは想定外だったのか、少し驚いて耳を立てている。
「私には尻尾がないので拳でやらせてもらいました。死なない方法を探すために夜明けの国に向かってるんでしょうが。そんな後ろ向きなことを言うほど婚約が嫌ですか。それならしなくていいです、そんな婚約。相手の令嬢も一番目になれない上に投げやりなこんな男が婚約者なんて可哀想だし。」
勢いで強い口調で言ってしまった。
ヒサメに死ぬなんて嘘でも言って欲しくなかった。
私には、死ぬなって言ったその口で。
いくらなんでもさすがに怒られるかな。
俯いているヒサメの様子を伺おうとすると、小刻みに肩が揺れている。
顔を覗き込めば、口元を押さえて笑っていた。
「ああ、そうだなキミの言う通りだ。オレとの婚約など可哀想だ、だから全て白紙に戻す。しなくていいってリビ殿が言ったのだとシグレたちには伝えよう。」
「ちょっと待ってください、それは言い方に気を付けてください本当に。」
「一言一句そのままだ、嘘偽りない真実だろう。」
笑っているせいだろうか、尻尾がかすかに揺れている。
こうやって笑っててほしいって、私もシグレたちも・・・。
いや、私自身が思っているんだ。
「あなたたちいつまで喋ってるつもり?明日も早いんだからさっさと休んでくれる?むず痒い会話聞かされるこっちの身にもなってちょうだい。」
もぞもぞと動いたハルに怒られた。
確かに少しうるさかったかもしれない。
私とヒサメは顔を見合わせてから目を閉じた。
モンスターが来るかもしれないから完全には眠れないけど、ヒサメがいるのだから何も恐れることはない。
現在は夜の森の中。
夜明けの国には明日到着予定だ。
闇魔法の人間である私や、そう判断されてしまうハルがいるため町の宿をとることは難しい。
迷いの森でのベッドのない生活というのは、まさか野宿を慣れさせるためなんて目論見はないだろうか。
神がどこまでを想定しているかなんて知らないが、役に立っていることに腹が立ちそうだ。
焚火をたいてその周りを囲んで座る。
ソラは私とハルとアルを乗せて飛んでいるので疲れて既にうとうとしている。
「寝てていいよ、ソラ。」
「キュ。」
ソラは丸くなると寝息を立て始めた。
ヒサメは森の奥が騒がしいと言って、そちらの方へと歩いて行ってしまったがいつものことだ。
「今回の野宿はお嬢さんの王子様がいるから安心ね。魔獣が山ほどいる遠霧山を一人で無傷で登ってくるような人だもの。戦闘向きではない私やアルはおろか、お嬢さんの出番だって必要ないでしょうね。」
向かい側に座るハルはそう言って頬杖をつく。
「そうは言ってもヒサメ様は白銀の国王なので、私は部下として守る役目があります。」
「守り守られる関係って話?あの人、どんな部下にもあんな対応なの?」
「あんな対応、とは?」
ハルはうんざりしたような表情で頭を抱える。
「遠霧山を登ってきた直後のあの人の話よ。今思い返してみると、物凄く怖いこと言ってたわよね?封印の話でそれどころじゃなかったから流してたけど、あんな感情を向けられてよく平気な顔してられるわね。」
「ああ、あれ言われたの初めてじゃないんですよね。」
私が暢気に頷けば、ハルはとてもげんなりした顔をする。
”逃げられないと知っているなら、いい。”
ヒサメのその言い方は、他にやり方を知らないからだと考えている。
自分の手元に置いておきたい人を繋ぎとめる方法が分からない。
だから、必然的にそうなるように仕向けることしか出来ない。
そんなところが、横暴な前ザラ王と少し重なってしまう。
だけどきっと、そうならざる負えない部分もあるはずだ。
幼いころからの愛情の欠如や信用できる大人の少なさ。
大切なフブキが自分のせいで国を追い出され、そのフブキの両親は父親によって処刑された。
ヒサメは、自分の手の届かない場所でもう、全てを失いたくないだろう。
「ヒサメ様が私に向ける感情は、私を傷つけたりなんかしないって分かってますから。言い方は本当に怖いですけど、ヒサメ様なりの部下を大切に思うお言葉ってやつです。」
「そうだった、お嬢さんもおかしいんだったわ。普通なら、あんな男やめておきなさいと言うところよ。」
「ハルさんにヒサメ様がどう見えているか分かりませんが、一般的に優良物件なお人だと思いますよ。基本的に気遣いのできる人ですし、王族だというのに階級問わず分け隔てない接し方の出来る人です。それに・・・。」
そこまで言って、私はボタンのプレゼンを思い出す。
何故私はハルさんにヒサメ様のプレゼンをしているんだ?
ヒサメの部下としての自覚が出てきているという証拠だろうか。
「それに、なんだ?」
すぐ後ろから声が聞こえて、私が見上げる先には見下ろすヒサメがいた。
ハルは飛び退いて隣のアルに抱きついている。
「モンスターいました?」
「ああ、追い返した。オレにかまわず話を続けて良いぞ。あんな男と言われたのだから、部下であるリビ殿がちゃんと弁明してくれないとな。」
ヒサメは私の隣に腰を下ろすと、ハルに向かって微笑んだ。
ハルはヒサメを睨んでそれから、腕を組んだ。
「私はヒバリのような物腰の柔らかい男が好みなの。いくら顔が良くてもその微笑みには屈しないわ。」
「別にそんな理由で笑顔を向けたわけではないのだが。これから行動を共にするキミたちとは程よい友好関係を築いておこうと思ってな。だが、あんな男と言うほどだ。懸念点があれば教えて欲しい。」
私はヒサメの横顔を見ながら、あ、ちょっと根に持ってるなと思った。
「私たちの目的はドクヘビの行動を止めること。あなたの戦闘力や魔力は申し分ないし、決断力も判断力もそれに伴う行動力も何も問題ない。今回の要は獣人王が持つ結界魔法と知って、あなたが協力してくれるならこんなにも心強いことはないと思ってる。」
「その評価に恥じぬ働きをするつもりだ。」
「こんな私の物言いにも真摯な対応ができるあなたの度量の大きさも上に立つ者としての気概も十分で非の打ち所がないのは確か。」
ハルは思っていた以上にヒサメのことを認めているようだ。
ハルが重要視している覚悟をヒサメが持っているからだろうか。
「でも、それとこれとは話が別。あなたが向ける感情は一歩間違えば脅威だわ。お嬢さんは何故か平気みたいだけど、他の人もそうとは限らないでしょ。」
「誰彼構わず向けるはずがない。ハル殿がその対象になることはないから安心してくれ。」
「そんな心配してないわよ!あーもうやだ、藪蛇じゃないの。」
ハルはそう言って寝ているソラのもふもふな体に顔を埋めた。
ソラは寝息を立ててすやすやと眠っている。
アルはそんなハルを見てからヒサメの方を向く。
「当然ボクもその対象にはならないわけだ。」
「無論だ。なりたいわけでもあるまい。」
「うん、ボクは無理だね。重たいのとか向いてない。でも、仮にボクがヒサメ国王の恩人になれば、その可能性はあったりする?」
アルの言葉にヒサメは表情を動かすことなく、ゆっくりと瞬きした。
「ないな。」
「だよね、それを聞いて安心した。」
アルは人懐っこい笑顔を浮かべた。
ヒサメの中で恩人枠というのがあったのだろうか。
そりゃあ、助けられるたびに恩人にしていたらキリがないだろうが、これからもきっとフブキを助けてくれる人はいると思う。
そうなれば、ヒサメはきっとその恩に報いるのだろう。
私は偶然にも、その枠に入っているだけ。
ハルは私のことをおかしいと言ったけど、ヒサメの執着には決定的に足りないものがある。
相手に同じものを求めない。
だからヒサメはフブキを無理やり国に連れ帰ったりしないし、私のことを部下だからと縛り付けたりはしない。
そんなことをすれば、父親と同じ道を辿ると心のどこかで感じているのかもしれない。
そんなヒサメを放っておけないのは、むしろ周りの方だ。
信頼されたい、信じて欲しい、一人でどこかへ行かないで欲しい。
ヒサメの周りの人たちはそう思っていてもなかなか口には出せない。
近づきすぎれば離れていくと思うから。
逃げられないと知っているなら、なんて言っておいてヒサメの方がきっと私を置いていくだろうから。
だから、私は怖くもなんともないんだ。
「リビ殿、先ほどの続きは聞かせてもらえないのか?」
もふもふの尻尾が背中にぽふっと当たる。
ヒサメにとってはありきたりな誉め言葉だっただろうに、何を期待しているのだろう。
「フブキさんを一途に思い続けることが出来る人って、言いたかっただけです。」
「それは、紹介内容として適しているのか?」
「フブキさんのことを抜いてヒサメ様のことを語るわけにはいかないでしょ。一番じゃなくてもいい、と思えるか否か。ヒサメ様のお相手として成り立つのか見分けるには最適の一文だと思いますけどね。」
シグレも言っていたが、未来の妃には絶対に聞いておかなければならないことだ。
絶対にヒサメの一番にはなれないのだから。
「そんな一文がなくとも、こんな男はやめておけとオレも思うがな。貴族の令嬢の皆様は、オレが何をしてきたか知るはずもない。親父を殺す以前より、もっと多くを手にかけている。王になるために、それに必要なことはどんなことでもやってきた。そんなオレの手は、穢れを知らない者に触れてはならない。」
焚火を見つめるヒサメ同様に、私も焚火を眺める。
アルはいつの間にか寝てしまっていて、ハルもソラに抱き着いたまま動かない。
火のパチパチとした音と、木々の揺れる音だけがこの空間にある。
「皆が皆、おきれいな訳じゃないと思いますけどね。勝手な貴族のイメージですが、賄賂や裏金は当たり前。周りを蹴落としてでも王族と懇意にしたい人で溢れている。金の力で他人を動かしてあくどいことに手を染めて。そんな親の背を見て育つ令嬢方もきっといます。」
「酷いイメージだな、キミの貴族は。」
「例えそんな親を見て育っても、揺らがない自分の意思がある令嬢ならいいかもしれませんね。本当に何もかも知らない令嬢が妃なんてやっていけないと思いますし。」
「キミはオレに貴族相手との結婚を望むか?」
突然の問いに私はヒサメの顔を見た。
表情はあまり動かないが、耳が少し傾いているように見える。
「え、いや、それはヒサメ様次第なのでは。私は、私やシグレさんたちはヒサメ様がいいなって思う人と結婚して欲しいですよ。」
「そんな相手が候補の中にいると思うのか?そもそも、今回の封印でオレが死ぬのなら婚約など無意味だ。」
そんな弱気なことを言うものだから、私はヒサメの背中をそれなりの強さで叩いた。
ヒサメは想定外だったのか、少し驚いて耳を立てている。
「私には尻尾がないので拳でやらせてもらいました。死なない方法を探すために夜明けの国に向かってるんでしょうが。そんな後ろ向きなことを言うほど婚約が嫌ですか。それならしなくていいです、そんな婚約。相手の令嬢も一番目になれない上に投げやりなこんな男が婚約者なんて可哀想だし。」
勢いで強い口調で言ってしまった。
ヒサメに死ぬなんて嘘でも言って欲しくなかった。
私には、死ぬなって言ったその口で。
いくらなんでもさすがに怒られるかな。
俯いているヒサメの様子を伺おうとすると、小刻みに肩が揺れている。
顔を覗き込めば、口元を押さえて笑っていた。
「ああ、そうだなキミの言う通りだ。オレとの婚約など可哀想だ、だから全て白紙に戻す。しなくていいってリビ殿が言ったのだとシグレたちには伝えよう。」
「ちょっと待ってください、それは言い方に気を付けてください本当に。」
「一言一句そのままだ、嘘偽りない真実だろう。」
笑っているせいだろうか、尻尾がかすかに揺れている。
こうやって笑っててほしいって、私もシグレたちも・・・。
いや、私自身が思っているんだ。
「あなたたちいつまで喋ってるつもり?明日も早いんだからさっさと休んでくれる?むず痒い会話聞かされるこっちの身にもなってちょうだい。」
もぞもぞと動いたハルに怒られた。
確かに少しうるさかったかもしれない。
私とヒサメは顔を見合わせてから目を閉じた。
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