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遠霧山

闇の神

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「神と話せる、というのはどういう意味ですか。」
『今の闇の神と、お主ならば話ができるということだ。特殊言語の魔法は強くなるごとに話せる種族が増えているはず。そして、誓約に触れてあらゆることを知ったお主ならば、神と直接話せる可能性がある。』

転移者であり特殊言語の魔法だからこそ、その誓約を掻い潜って神と話ができるってこと?

「でも、神と話せることと封印によってヒサメ様たちが死なずに済むことになんの関係があるんですか。」
『ワシは闇の神だったが、それほど強い力を持った神ではなかった。ゆえに、堕ちた悪魔のことも戦争に悪魔の儀式が関わっていたことも、獣人王と話してようやく知ったことだった。そうして、ワシにできる唯一のことは、下界に堕ちて、堕ちた悪魔や封印のことを教えてやれるだけだった。』

神様は下界のあらゆることを知っているのだと思っていたが、そうではないのか。
それに神の誓約によって自ら行動することは許されていない。
下界で何が起きていようと、手出しは出来ない。

『この姿になり、獣人王と聖女が封印に命をかけたことも人から聞いた話だ。神として力の弱かったワシは、竜になっても脆くて弱い姿にしかなれず、当時は飛ぶことすらままならなかった。ゆえに、彼らが必死に戦い命を賭して封印した堕ちた悪魔すらこの目に映したことはない。ワシにあるのは元神であるときの知識と、この脆い姿になってから見てきた記憶のみ。だが、今の闇の神はワシよりもずっと聡明で強い力を持っておられる。ワシが堕ちてから数百年のうちに変わったこともあるかもしれん。なにより、今の闇の神は一番初めに結界の魔法を授けた神だ。ワシよりも、封印に詳しいはずだ。』

「どういうことですか?白銀の王に結界の魔法を授けた神様は堕ちてないってこと?堕ちてないうえに、もう一度闇の神になったということです?」

私の頭は混乱している。
神の誓約を破ることにより、神様は堕ちてドラゴンになってしまう。
当然、その空いた席に代わりの神様がすげ替わる。
そもそも、生まれてくる子供や転生者に魔法を授けることは誓約には関係ない。
じゃあ、神様は堕ちることなく交代することが出来るということになる。
つまり、一番初めに白銀の王族に魔法を受け継がせるようにできた神が今の神でもおかしくはないのか。
ヒバリが堕とした神の次が、今の神様ということだよね。
それって、私が転移したときに植物の効果を付与する魔法を与えた可能性がある神様ってことになるけど。

考え込んでいる私の顔面にヒサメの尻尾がぼふっとぶつけられた。
久々に感じるな、この尻尾で現実に引き戻されるやつ。
「言わなくても分かっているだろうが、思考の海から戻ってこい。」
「只今戻りました。」
「さて、オレが受け継いでいるこの魔法を授けた神が今の闇の神、なのだな。ということは、一度引退し、復帰したということなるのだがどういうことだろうか。」

『そもそも、神の加護を施せるのも、神と交渉ができるのも魔法陣があるからだ。そして、その魔法陣は神と同等の存在によって神の名を知ることが出来て初めて使用することが出来た。ここまではいいな?』

その話ならレビン先生に聞いたな。
私もヒサメもヒバリたちも共通の認識のようだ。

『魔法陣に描かれる神の名というのは、役割のことであって神それぞれの名前ではない。幾多の神の中から選ばれ、加護を与えたり下界の者の話を聞く役割を担う。神の交代はワシのように堕ちた場合と、大元の魔法陣が消えてしまった場合に行われる。すなわち、大元の魔法陣がある太陽の神殿と夜明けの国にある魔法陣がなんらかの理由で消えてしまうことにより、神は交代を余儀なくされるのだ。』
「それは、神殿が壊れたりすることにより魔法陣の形が維持できなくなれば神が交代せざるおえないということか。」
『その通りだ、ヒサメ王。神は下界に魔法陣という神と交渉するための機会を与えると共に、魔法陣が壊れた場合は交代するという縛りをつけた。神によって下界の願いを聞く姿勢は変わる。あくまで下界のことは下界の者に判断を委ねなければ神の誓約に触れてしまうからだ。光の神殿や夜明けの国は、争いごとが起きると狙われるのがつねだ。だから、魔法陣が崩れることは何度も起きている。』
「その神はどうやって選ぶのですか?」
『一番初めは、下界に交渉手段を与えることを決めた神が務めていた。大元の魔法陣が崩れ交代することになり、推薦された神が次々に担っていく。そして今再び、一番初めの神が担っているのだ。』

神は神の世界での取り決めがあり、他者からの推薦によって下界との交渉を担っている。
世界の均衡のために下界に何をしてやれるのかを考えているのだろう。
魔法陣という手段を与えたり、自らが堕ちることによって世界を保とうと必死なのだ。
生まれる前の子供と転移者への魔法の付与だって、そのひとつなわけで。

「あの、例えばなんですけど。転移者の私に”植物を付与する魔法”を授けた可能性があるのなら、世界の均衡に必要な魔法を生まれる前の子供や転移者に付与していけばもっと簡単に堕ちた悪魔をなんとかできるのではないですか?」
『実はそう簡単ではないのだ。魔法の付与には様々な条件がある。そして、神の誓約を破ってはならない。魔法陣を授けると決めた神と白銀の王族に結界魔法を授けると決めたのは同じ神だ。つまり、下界に魔法陣を与えたことによって起こる不利益を予想できたから白銀の王族に結界魔法を授けることになったのだ。』
「あれ、そうなると逆なのでは?白銀の王族が結界魔法を望んだから神が与えたのでは?」
『神と白銀の王の考えが一致しただけだ。というのも、彼のそばには闇魔法の人間がいたらしい。それによって、ヒサメ王のように神の誓約に触れようとすることが出来たのだ。』

神の誓約は神が守ると共に下界では無意識に守らされているこの世界のルール。
そして、転移者とその身近にいる者はそれを掻い潜ることができる。

「遠い昔もオレとリビ殿のように神という存在について考えようとした者たちがいたということだな。魔法陣という神と交渉できる便利なものを手に入れた一方で、悪魔の儀式も可能になるというデメリットもあった。良いことだけを享受するのは難しいことだ。」

1000年前も異種族の交流はほとんど無かったことだろう。
住むところを分けて、お互い干渉せずに暮らすことが一番平和だったはず。
自分とは異なる種族も、異なる魔法も受け入れられない。
そんな時代でもきっと、歩み寄ろうとした人たちはいた。
1000年前の狼獣人の王と闇魔法の人間もそうなのだろう。

「下界に魔法陣という手段を与え、白銀の王族に結界魔法を与え、そして私に”植物の効果付与の魔法”を与えた可能性のある今現在の闇の神に封印について詳しく聞くことが今の目的ということですね。それなら、夜明けの国に行かないと。」
『ワシは封印する段階での援護をしよう。多少知識のあるものが居た方が可能性も上がる。前回見届けることが出来なかった封印を今度はこの目で見たいのだ。それまで、この湖で羽を休めることにする。』
「ありがとうございます。一つずつ封印できる可能性を上げないとですね。」



癒しの湖を後にして、私たちはヒバリの家へと戻って来ていた。
これからすべきことを話し合うためだ。
「まずは、封印について聞くために私は夜明けの国に行こうと思います。ソラのお母さんのことも気になるけど、それは神々の頂だから準備不足でドクヘビと対峙するかもしれない。それなら今は、封印についての情報を集める方が先だと考えています。」
「それには同意だ。現在、闇魔法の人間についての悪評が広まりつつある。それはリビ殿を追い込むための作戦であると同時にドクヘビ自らも行動範囲を狭めているはずだ。それぞれの国では闇魔法の人間を国に入れない動きも出てきている。そんな中、ドクヘビも下手に行動はできないはずだ。」

警備の薄い町に潜伏しているか、山や森などの自然に身を隠しているか。
それとも隠れ家のようなものを持っているのか。
それは分からないが、人々の警戒が強まっていることで動きにくいのは確かだと思う。

「ボクの能力で堕ちた悪魔の魔力も感知出来たらよかったんだけどね。そもそも堕ちた存在って分かりづらいんだよね。」
アルが持っている翼のエルフの能力も堕ちた存在に対しては本領を発揮できないようだ。
「今闇魔法の人間は警戒対象にあたる。堕天使である私もおそらく、闇魔法の人間という判定になるはず。お嬢さんもヒバリも私も行動には気を付けないといけないわ。」

太陽の国もその他の国もおそらく私たちは入ることが出来ない。
それならば、今できることは限られる。

「オレはリビ殿と夜明けの国へ向かう。キミたちはどうする。」
ヒサメの問いにヒバリは口を開く。
「僕はもう高齢で行動を共にすれば足手まといになるのが目に見えている。だけど、植物の知識だけはおよそ100年研究しているんだ。役に立てるのであれば、僕の知識を使って欲しい。」
「今白銀の国ではアサヒの花の研究が進められている。ヒバリ殿の知識が加われば、もっと早くに解毒する薬品を作れる可能性は上がるな。白銀の国に行くことはできるか?」

ヒバリが白銀の国の研究に加わるということは、この山を下りるということだ。
ハルはヒバリを見つめている。

「白銀の国に行くよ。僕も黙って座っているわけにはいかないからね。移動はあの子に任せるよ。」
白い猫又は外から部屋の中を覗いている。
気配を消せる猫又なら移動手段に最適だろう。
ヒバリの前向きな様子にハルは安心しているように見えた。

「ようやく山を下りる気になったのね、良かった。このままこの部屋と同化するのかと思ったわ。だいたい、動かなければ老化する一方でしょ。閉じこもってばかりなんて健康に悪いもの。まだまだ、私たちと生きてくれるんでしょ。」
ハルの言葉にヒバリは、一瞬目を丸くしてから微笑んだ。
「そうだね、ハル、アル。この命がいつまでか分からないけど、最期のそのときまでキミたちと生きるよ。」

ハルはヒバリの肩に手を置いて、アルもヒバリの手を握っている。
本当に家族なんだ、と私は隣にいるソラを見た。
ソラもハルたちを真似して私の手を掴む。
私も、ソラと家族だよ。

「ヒメ。」
ヒサメが名前を呼べば、ヒサメの隣にヒメが現れた。
やはり、ヒサメの側にいるのが常のようだ。
「ヒバリ殿を白銀の国まで案内してくれ。案内が終わったら夜明けの国だ。」
「了解です。」
ヒメはアルのことを一瞥すると、ヒバリの方を向いた。
「案内する、よろしく。」
「ああ、よろしく頼むね。」


こうして私たちは二手に分かれることになった。
私とソラ、ヒサメ、アル、ハルは夜明けの国。
ヒバリとヒメは白銀の国へと向かう。
闇の神に封印の話を聞くことが出来れば良いのだが。
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