【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku

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遠霧山

ヒバリの寿命

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遠霧山。

そこは深い霧で覆われた高山だ。
空から見ても、陸におりて見上げてみても真っ白な霧で覆い隠されている。

「ここはたくさんの魔獣が暮らしている場所よ。離れないように付いてきなさいね。」
飛んでそのまま目的地に行くわけではないようだ。
一寸先は白い霧。
飛行したとしても木やら岩やらにぶつかるということで、私たちは歩いて山を登り始めている。
「どこまで行くんですか。」
「頂上付近に暮らしているの。あの人は下りる気がないのよ。」
ハルのその声はどこか諦めているようにも聞こえる。
「そこ、穴があるから気を付けて。」
ハルにそう言われてソラにも注意を促そうとすると、ソラは少し浮いていた。
そういえば、白銀の国の長い階段を上がる時も飛んでたな。
歩くよりも飛行する方が楽なのだろう。
ソラよりも私が注意しないと、穴に落ちそうだ。
しばらく進むと霧に紛れて何か大きな影が見えた。
近づくと徐々にその全貌が明らかになる。

白猫!!

私のテンションが上がったのが分かったのか、ソラは頭突きをしてくる。
「ソラ痛いって。ハルさん、猫又ですよね!?」
「そうだけど、何よ。あからさまにテンションが高くて怖いわ。」
「もしかして、乗ります?」
「ええ。ここからはこの子に連れて行ってもらう。気配を消せるし、動きも素早いから山頂まであっという間に到着するわ。」
猫又の初乗りにわくわくしていると、ハルに異様なものを見るような視線を送られる。
「ドラゴンといい、この大きな毛玉といい、生き物が好きなのね。まるで、私の師匠みたいだわ。」
そう言ってハルは白い猫又の背中に飛び乗る。
私と師匠が似てるのが嫌なのかな。
私はソラに協力してもらい、猫又の背中に乗ることが出来た。
しかし、この猫又。
白銀の国の猫又のように乗る専用の籠などはついていない。
ついているのは首輪のみ。
ハルはその首輪を掴んで、振り向いた。
「何ぼさっとしてるの。振り落とされたくなかったらちゃんと掴まって。」

ハルがそう言った瞬間。

白猫又が走り出して私はとっさにハルの腰を鷲掴みしていた。
「そんな掴み方したら服が破けるわ。腕を回すのよ、二人乗りしたことないの?」
「ないですよ!!」
現代でもこの世界でも、そんな経験はない。
ソラだろうが、黒羽鳥だろうが、自転車だろうが、基本一人でしか乗ったことがないからだ。
二人乗りなんて、そもそもそう無いだろう。
無いよね?
私が必死にしがみついている後ろでソラがわくわくしながら私の肩を掴んでいる。
何かに乗って移動するということが楽しいのかもしれない。
そんな余裕がない私は、山頂につくまで振り落とされないように思いっきり強い力でハルを掴んでいた。



霧が次第に薄れていき、滝の音が聞こえる。
すると猫又が立ち止まるので私たちが地面に下りると、猫又は一目散に小屋の方へと駆けていく。
猫又がぶつかったらすぐにでも崩れそうな小屋だな。
そんな失礼なことを考えていると、小屋の扉が開いた。
猫又は、扉が開いて出てきたその人にゴロゴロと喉を鳴らしている。
本当にただの猫みたいだ。
ハルを見れば、その光景を気に食わなそうに眺めている。
ふと、猫又を撫でているその人がこちらに気づき微笑んだ。
「おかえり、二人とも。」
ハルにおかえりと言うのは分かるが、私に?

そう思ったのもつかの間。

私の隣にはもう一人、誰かが立っていた。
二人は微笑む男性に、言い慣れたように答えた。

「ただいま、ヒバリ。」

呆気に取られていると、ヒバリと呼ばれている男性がこちらに歩いてくる。
眼鏡をかけた物腰の柔らかそうな好青年。
20代半ばにしか見えないが、この人が本当にヒバリなのか?
私の疑いの眼差しに気づいているようで、ヒバリは近づきすぎないあたりで立ち止まる。
「闇魔法のお嬢さんとブルームーンドラゴンさんだね。いらっしゃい。狭い家だけど、どうぞあがって。」
「は、はい。」
心地の良い柔らかな声に緊張する。
そんな私とは裏腹にソラは嬉々としてヒバリについて行っている。
さすが、人外たらしの男。
人見知りしないソラなんてイチコロだ。
「お嬢さん、早く行くわよ。」
ハルに急かされて私は扉から小屋の中へと入る。
小屋の中はなんというか、資料で溢れたミニマリストとは縁遠い家だった。



「改めて自己紹介をしようか。僕はヒバリ。植物図鑑を手掛けた植物学者だね。今の家族はこの二人。よろしくね。」
そう言ってヒバリは、私とソラに紅茶を出す。
「私は名乗っていた通りハルよ。ヒバリの弟子であり家族。」
ハルはヒバリの隣を陣取って座っている。
そして私の隣に座る青年が手を挙げる。
「はい、ボクのことはアルって呼んでねリビ嬢。ずっと近くで見てたんだ、ようやく喋れて嬉しいな。」
アルの言葉にぞっとすると共に、私はその容姿に見覚えがあった。
真っ白な髪や翼。透き通るような天使のような姿。
「翼の、エルフの人ですか?」
「さすがリビ嬢、正解だよ。白銀の国王が一人連れてるもんね。会ったことあるんでしょ?」
「はい、ヒメのことご存知なんですか?」
アルは首を横に振ってニコッと明るく笑う。
「知らないよ。多分ずっと年下だからね、あの子。ボクはハルと行動を共にしていた。リビ嬢がどこにいても分かったのはボクの能力のおかげ。」

ストーカーじゃん。
つまり、ヒサメがヒメを使ってフブキの位置を把握していたのと同様に。
ハルはアルがいたことで私の位置を把握していたんだ。

「すまないね。僕がどうしてもお嬢さんに会いたかったんだ。だから、二人は僕のためにこんなことをした。二人を嫌わないでおくれ。」
凪いだ水面のような澄んだヒバリの声。
申し訳なさそうにこちらを見る儚げな表情に、心臓を殴られる感じがする。
これが、ヒバリの特殊能力か。
いやでも待てよ。
ヒバリの能力って人外限定じゃなかったっけ。
聞きたいことは数あれど、どれから聞いたら良いのか。
そんな数ある質問の中から一番に思い浮かんだことを聞いてみた。
「ヒバリさんって、この世界に来た時迷いの森にいました?」
あまりに突拍子のない質問に、ヒバリはきょとんとした。
ハルは機嫌が悪くなった。何故。
「そうだね、僕が初めてこの世界に来た時迷いの森の中だった。」
「そこで小さな妖精に会いませんでした?」
「勿論会ったよ。あそこは妖精の住処だからね。」
「月が綺麗だと言ったでしょう?」

私の言葉に、ヒバリは懐かしそうに愛おしそうに微笑んだ。

「お嬢さんは僕の初恋の人を知っているんだね。」
「はい、私の魔法の師匠なんです。」
微笑むヒバリの横でハルはもっと機嫌が悪くなる。
「その話、必要かしら。というか、魔法の師匠ってなによ。」
「この世界で魔法の出し方を教えてくれたのが、その妖精なんです。彼女は対価として日本語を聞きたがった。ヒバリさんとの会話の内容を知りたかったみたいです。」
そんなことを言えばヒバリは嬉しそうだ。
「会話を覚えててくれたなんて、恥ずかしいけど嬉しいな。彼女は元気かな。」
「はい。彼女は今ツキ、と名乗っています。」

すると、ハルが荒々しくテーブルにグラスを置いた。

「ハル、そんなに強く置いたら割れてしまうよ。」
「ヒバリはどうして怒らないの?その妖精のせいで苦しい思いをしていたじゃない!!」
「彼女は僕を苦しめたかった訳じゃない。それに彼女自身も気づいていない可能性もあるから。」
穏やかにたしなめられるとハルは唇を噛みしめて椅子に座りなおす。
「あの、寿命のことでしょうか。」
「さすがリビ嬢、察しがいいね。その妖精に聞いたの?」
「いえ、ヒバリさんのことを調べていると時代と年齢が合わないということに引っ掛かり、考察のすえたどり着いたのが妖精の魔法による寿命の付与です。奪えるのなら、与えることも出来る。あなた方も、そう考えたのではないですか?」

ヒバリはゆっくりと頷いた。

「この世界に来た初めのころは何も気づかなかった。当然僕は年相応の見た目だったし、植物図鑑を作成するのに忙しかったしね。でも、徐々に気づき始める。周りは次第に老いていくのに僕だけが若いまま。当然周りには怪しまれるから同じところに留まるわけにはいかなかった。」

ただでさえ闇魔法を持っている人間だ。
年老いないことが分かれば、余計に恐怖を与えることになる。

「原因が本当に分からなくてね。あらゆる植物を調べるために色んな国へ入ることが出来る神官になることにした。不思議なものでね、闇魔法であっても神官という立場になると人々は嫌悪が薄れるんだよ。その上、顔を隠していれば老いないことを隠すこともできた。植物図鑑が有名になったことで友好的な人も増えて、寿命が長い種族は僕が若くても気にしないから助かったね。」

確かに、泉の谷のエルフは長生きだからヒバリの年齢と見た目が合わないことを気にも留めてなかった。

「神官になって、いろんな種族と出会って一つの見解にたどり着いた。もしかしたら、妖精に魔法をかけられたのではないか、とね。確証はなかったし、危険な迷いの森にもう一度入ろうだなんて思えなかった。それに処刑制度が無くなったとしても光の加護のある国の近くに行くことが怖かった。何をするか分からない人間もいるからね。」

処刑制度の無くなった太陽の国は差別禁止の法律まで作った。
そのことによって反発する国民を私はこの目で見てきた。
ヒバリさんも同様にたくさん嫌なことがあったはずだ。

「いろんな種族と出会えて様々な寿命があることを知れたのは良いことでもあり、良くない事でもあった。妖精の魔法によって寿命が増えていると仮定したとしても、いつまで生き続けるかは分からない。このまま年老いることなく、知り合った全ての人の死を見届けていくと思うと怖くなった。」

老いない体、次第に知っている人は先に死んでいき、独りになっていく。

「そんなとき、闇商人に捕まっているハルとアルを保護した。この二人と出会えたことで、僕は今の今まで独りにならずに済んだよ。」

ハルはローブを脱ぐと、私に背中を見せた。
その背中には焼けただれた火傷の痕と、焦げた小さな翼の根本のようなものが見える。

「私は上界から堕ちた天使。寿命は長いからヒバリを独りにすることはないわ。私のことを知りたかったんでしょう?お嬢さん。」
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