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組織の調査1
悪魔の儀式
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私は無意識に姿勢を正していた。
これまでのミーカの話を聞いて、だんだんとその空気に押しつぶされそうになっていた。
そんな重い話にも関わらず、ミーカは声を荒げることも酷く取り乱すこともしなかった。
ただあった出来事を私とヒサメに語っている。
そうしようと心掛けているように見えた。
だから私も彼女が語るその言葉を、感情的にではなく理性的に聞くべきだと思ったのだ。
「“悲しみや苦しみによく耐えてきましたね。でももう一人で抱える必要はありません。貴女の御心をどうか、私たちに委ねて頂けませんか”そう言った彼らについていくと、そこにはたくさんの種族がいたわ。人間も獣人も、人魚もエルフも関係なく。ただ、その集まった者たちには共通点があった。誰か大切な人を亡くしている、そんな人ばかりが集められていたのよ」
宗教団体のようなものだろうか。
「その場所は使われなくなった古い教会で、はじめは讃美歌を歌ったり、神のお言葉を読み上げていたりしていたの。けれど、その後は一人一人呼ばれて個室に通されたわ。そこには赤色で描かれた大きな魔法陣が床にひとつあった。“ここは神に祈りを捧げる場です。貴女の魔力は今黒く淀んでいる。それを禊ぎ祓うためには神にその魔力を預ける必要があります。貴女の御心が救われる時、貴女の本当に望む人に会うことが叶うでしょう”その言葉の意味が分からなかったけれど、私の魔力が淀んでいるのは確かだと思ったわ。だって、彼を失ってから心が晴れたことは一度もなかったから。もちろん、悪魔の儀式なんて知識はなかったし、今だって悪魔の儀式という名を知っていてもよく分からない人の方が多いはずよ。だから、私はその魔法陣に魔力を差し出した。すると、目の前に死んだはずの彼が、現れたの」
息を小さく吐くミーカは疲労の色を見せている。
辛い過去を思い出させ、それを長い時間話してもらっているから当然だ。
それでも、無理しないでなんて止めることはできない。
私もヒサメも知らなければならないことだ。
「目の前に現れた彼は一瞬だった。あまりにも一瞬で、私の目がおかしくなったのかと思ったわ。すると彼らが“貴女の御心がほんの少し洗われたことによって、大切な人をその瞳に映すことができたのです。貴女の大切な人はずっと貴女の傍にいる。けれど、貴女の淀んだ御心ではその大切な人を見ることは難しいのです。重要なのは貴女の御心も魔力も美しく生まれ変わること。それが出来るのは、ここにいる神だけなのです”彼らの言葉はもっともらしく、そして魅惑的だったの。今考えればおかしいって分かるのよ。でもね、その時は気付けなかった。神に魔力を捧げれば捧げるほど、その魔力が多ければ多いほど、彼に会えたの。その教会にたくさんの者が来ているのも納得だったわ。死んだ大切な人に会えるんだと疑いもしなかった。そして、魔力を捧げることをやめるなんて思いつきもしなかった」
大切な人にもう一度会える、そう思ったらきっと教会に行くのをやめることなどできないだろう。
「短い間会える彼と話せるわけではない。触れ合えるわけでもない。それでもいいから、その生前の姿を見たくて毎日のように教会へ赴いた。そして、娘にも彼を会わせたくなったの。いつもは家にいてもらっていたけど、その日は娘を連れて教会へ急いだ。教会に着くと娘の様子がどこかおかしくて、帰りたいとぐずりだしてね。それでも、彼に会わせたいから手を引いて、あの魔法陣の部屋に入った。いつものように魔力を捧げて、彼が現れて。でも、娘は何もいないと言ったの。ここに彼がいる、よく見てちょうだい、お父さんがいるのよって。でも、娘が大声で泣きだして、そうして、彼の姿が不安定にぶれたの。その時やっと気づいた。これは、私の記憶を投影しているだけだと」
記憶を投影する魔法ということだろうか。
私がヒサメの方を向くと説明してくれる。
「おそらく、人の記憶の中から見せたいものを幻覚として見せる闇魔法だろう。娘が泣いたことでミーカ殿の意識が娘に向いてその幻覚を保っていることができなかったということだ。今もそうだが、昔はもっと闇魔法についての知識が乏しいからな。それが魔法であることに気づく者が少なかったのだろう。きっと、集められた者の中に闇魔法の種族はいなかったはずだ」
「ええ、その通りだと思うわ。だから私は娘を連れてその教会から逃げるように外へ出ようとした。その時、順番を待つアイル先生を見つけたのよ」
私とヒサメは顔を見合わせて、そうして続きを待つ。
「アイル先生は亡くなったお母様のことで教会の人たちに呼ばれたの。当時は挨拶する程度の間柄だったんだけど、なんか放っておけなくて、私はアイル先生の手も引いて教会を出た。母親に会えるかもしれないと教会に戻ろうとするアイル先生を自分の家まで連れて行って、個室の魔法陣の話を詳しく話した。あの子は若いころから頭が良くて優秀だったから、私の話を聞いて悪魔の儀式に気づいたみたいだった。“なんだ、そういうことか。会える訳なかったんだ、バカみたい”そう言って帰っていくあの子の顔が忘れられないわ。」
アイルが儀式をしていないと言ったのはそういう経緯があったのか。
語ろうとしなかったのは、未熟な過去を自分の口から話すのに抵抗があったということだろうか。
「ここまで聞いてお二人なら分かると思うけれど教会の人たちは、私たちのような心が淀んだ者を集めて魔力を捧げさせていた。それは、悪魔の儀式の対価にするためでしょうね。自分たちの魔力を使うことなく、私たちの魔力を集めて悪魔に何か願い事を叶えてもらおうとしていたということ。ただ、その願いの内容までは分からないわ。彼らが太陽の国にいたのはほんのわずかな期間だけだった。いつのまにか、教会はもとの廃屋になっていたの。手がかりが少なくてごめんなさいね」
「いえ、悪魔の儀式をしている者たちが人を集めていることや、幻覚を見せる闇魔法を持っていることが分かったのはありがたいです。お辛いことを話させてしまい、申し訳ありません。」
私が頭を下げるとミーカは真剣な表情をした。
「いいのよ、それより話はまだ終わってないわ。とっても重要なことをお伝えしないといけないの。」
今までずっと穏やかに話していたミーカの声がなんだか冷気を纏っているように思えた。
その緊張感に私は息を飲む。
「遺品を受け取っていないと言ったでしょう?私は教会に行かなくなってから彼の遺品を取りに行った。王宮で大切に保管されていた遺品の中には、私の絵があった。その絵は、海ではなく、花畑で微笑む私が彼の手を引く絵。どこをどう見ても人魚には見えなかった。他の絵を確認したけれど、人魚の絵など一枚もなく、私はその場に立ち尽くしたわ。じゃあ、犯人のあの言葉はなんだったのって。町の人に聞いてみたけど、彼が人魚の絵を売っているところなんて見たことないって。でも当然よ、だって私たちは隠れて移り住んでいた。まだ偏見の多かったあの時代、人魚の絵を売っているはずがない。だから、私は犯人の男に会おうと思った。殺人だから牢獄にいるはず、そう思った。太陽の国には死刑がないから。でも、男はいなかった」
その声は静かに怒りを含んでいた。
「男は牢獄で服毒して死んだそうよ。私はその時思ったの。はじめから仕組まれていたのかもしれないって。」
ミーカは立ち上がると少しよろけながら海の絵に近づいた。
そうして、その絵のサインを指でなぞった。
「人魚は比較的魔力が高い、アイル先生も、あの場にいたエルフも、獣人も。きっとあの場にいた人間も他よりも魔力が高い人たちだったはず。そして、悪魔に捧げるならば淀んだ魔力である必要がある。効率よくたくさんの淀んだ魔力を手に入れるためには、私たちのような魔力の高い者の大切な人が死ぬ必要があるとしたら、どうかしら」
振り向いたミーカは真剣な表情を崩して、力なく微笑んだ。
「考えすぎね。彼がいなくなって何十年と経つけれど良くない事ばかり考えてしまうわ。毎日彼に会いにお墓に行って、まだそちらには行けないかしらと弱い言葉を吐いてしまう。別れがあまりにも突然でしょう?心の準備も整わないまま、まだ私は彼の帰りを待っているみたい。」
その時、玄関の扉がガチャリと開いた。
私もヒサメも、そしてミーカも目を見開いてその扉を見る。
「ただいまー!ばあちゃん、母さんがフルーツパイ焼いたから持ってけって・・・あれ、お客さんいたんですか、すみません!」
慌てたように頭を下げる青年は、バタバタとキッチンの方へと入って行く。
それを見つめるミーカの目にはうっすらと涙が見える。
「あの子、娘の子供なの。おかしいわね、全然彼とは似てないのに彼が帰ってきたのかと思ってしまったわ。あんな話をしていたせいね、困ったわ」
ハンカチで涙を拭うミーカに、青年が声をかける。
「ばあちゃん、じいちゃんが使ってた筆まだあるって言ってたよね。貸してくんない?おれが使ってた安い筆全然だめ。じいちゃんの筆ならご利益ありそうだし、上手く描けそうじゃん。あれ、ばあちゃん泣いてない?」
「泣いてないよ。筆ならそこのガラス棚に飾ってある、折らないなら使ってもいいわよ」
「折らない折らない、ばあちゃんありがとー!」
そう言って嵐のように扉から出ていった孫を見てミーカはとても嬉しそうに笑った。
「騒がしくてごめんなさいね。まったく、誰に似たのか忙しなくて明るくて元気な子でね。そして、絵を描くのが好きな子に育ったの。彼にはまだまだ程遠いけど、とても綺麗な絵を描くのよ。」
寂しそうに見えていたミーカの表情は孫を慈しむ祖母の顔に変わっていた。
私たちは今度こそ立ち上がってお礼を言う。
「お時間を頂き本当にありがとうございました。ミーカさんのお話でたくさんのことが分かりました。」
「それなら良かったわ。その中で役立つことがあるといいけれど。」
「ミーカ殿のお話は全て調査に活かさせて頂きます。ご協力ありがとうございました」
そうして私たちが玄関から外へと出ると、ミーカは扉の前でこう言った。
「長く共にいられるといいわね。突然の別れはずっと、寂しいもの」
そう言われた私とヒサメは深く頷いた。
ここで否定する必要は何もないと思った。
「そうでありたいと、願っています」
ヒサメの言葉にミーカは優しく頷いて家へと戻っていった。
これまでのミーカの話を聞いて、だんだんとその空気に押しつぶされそうになっていた。
そんな重い話にも関わらず、ミーカは声を荒げることも酷く取り乱すこともしなかった。
ただあった出来事を私とヒサメに語っている。
そうしようと心掛けているように見えた。
だから私も彼女が語るその言葉を、感情的にではなく理性的に聞くべきだと思ったのだ。
「“悲しみや苦しみによく耐えてきましたね。でももう一人で抱える必要はありません。貴女の御心をどうか、私たちに委ねて頂けませんか”そう言った彼らについていくと、そこにはたくさんの種族がいたわ。人間も獣人も、人魚もエルフも関係なく。ただ、その集まった者たちには共通点があった。誰か大切な人を亡くしている、そんな人ばかりが集められていたのよ」
宗教団体のようなものだろうか。
「その場所は使われなくなった古い教会で、はじめは讃美歌を歌ったり、神のお言葉を読み上げていたりしていたの。けれど、その後は一人一人呼ばれて個室に通されたわ。そこには赤色で描かれた大きな魔法陣が床にひとつあった。“ここは神に祈りを捧げる場です。貴女の魔力は今黒く淀んでいる。それを禊ぎ祓うためには神にその魔力を預ける必要があります。貴女の御心が救われる時、貴女の本当に望む人に会うことが叶うでしょう”その言葉の意味が分からなかったけれど、私の魔力が淀んでいるのは確かだと思ったわ。だって、彼を失ってから心が晴れたことは一度もなかったから。もちろん、悪魔の儀式なんて知識はなかったし、今だって悪魔の儀式という名を知っていてもよく分からない人の方が多いはずよ。だから、私はその魔法陣に魔力を差し出した。すると、目の前に死んだはずの彼が、現れたの」
息を小さく吐くミーカは疲労の色を見せている。
辛い過去を思い出させ、それを長い時間話してもらっているから当然だ。
それでも、無理しないでなんて止めることはできない。
私もヒサメも知らなければならないことだ。
「目の前に現れた彼は一瞬だった。あまりにも一瞬で、私の目がおかしくなったのかと思ったわ。すると彼らが“貴女の御心がほんの少し洗われたことによって、大切な人をその瞳に映すことができたのです。貴女の大切な人はずっと貴女の傍にいる。けれど、貴女の淀んだ御心ではその大切な人を見ることは難しいのです。重要なのは貴女の御心も魔力も美しく生まれ変わること。それが出来るのは、ここにいる神だけなのです”彼らの言葉はもっともらしく、そして魅惑的だったの。今考えればおかしいって分かるのよ。でもね、その時は気付けなかった。神に魔力を捧げれば捧げるほど、その魔力が多ければ多いほど、彼に会えたの。その教会にたくさんの者が来ているのも納得だったわ。死んだ大切な人に会えるんだと疑いもしなかった。そして、魔力を捧げることをやめるなんて思いつきもしなかった」
大切な人にもう一度会える、そう思ったらきっと教会に行くのをやめることなどできないだろう。
「短い間会える彼と話せるわけではない。触れ合えるわけでもない。それでもいいから、その生前の姿を見たくて毎日のように教会へ赴いた。そして、娘にも彼を会わせたくなったの。いつもは家にいてもらっていたけど、その日は娘を連れて教会へ急いだ。教会に着くと娘の様子がどこかおかしくて、帰りたいとぐずりだしてね。それでも、彼に会わせたいから手を引いて、あの魔法陣の部屋に入った。いつものように魔力を捧げて、彼が現れて。でも、娘は何もいないと言ったの。ここに彼がいる、よく見てちょうだい、お父さんがいるのよって。でも、娘が大声で泣きだして、そうして、彼の姿が不安定にぶれたの。その時やっと気づいた。これは、私の記憶を投影しているだけだと」
記憶を投影する魔法ということだろうか。
私がヒサメの方を向くと説明してくれる。
「おそらく、人の記憶の中から見せたいものを幻覚として見せる闇魔法だろう。娘が泣いたことでミーカ殿の意識が娘に向いてその幻覚を保っていることができなかったということだ。今もそうだが、昔はもっと闇魔法についての知識が乏しいからな。それが魔法であることに気づく者が少なかったのだろう。きっと、集められた者の中に闇魔法の種族はいなかったはずだ」
「ええ、その通りだと思うわ。だから私は娘を連れてその教会から逃げるように外へ出ようとした。その時、順番を待つアイル先生を見つけたのよ」
私とヒサメは顔を見合わせて、そうして続きを待つ。
「アイル先生は亡くなったお母様のことで教会の人たちに呼ばれたの。当時は挨拶する程度の間柄だったんだけど、なんか放っておけなくて、私はアイル先生の手も引いて教会を出た。母親に会えるかもしれないと教会に戻ろうとするアイル先生を自分の家まで連れて行って、個室の魔法陣の話を詳しく話した。あの子は若いころから頭が良くて優秀だったから、私の話を聞いて悪魔の儀式に気づいたみたいだった。“なんだ、そういうことか。会える訳なかったんだ、バカみたい”そう言って帰っていくあの子の顔が忘れられないわ。」
アイルが儀式をしていないと言ったのはそういう経緯があったのか。
語ろうとしなかったのは、未熟な過去を自分の口から話すのに抵抗があったということだろうか。
「ここまで聞いてお二人なら分かると思うけれど教会の人たちは、私たちのような心が淀んだ者を集めて魔力を捧げさせていた。それは、悪魔の儀式の対価にするためでしょうね。自分たちの魔力を使うことなく、私たちの魔力を集めて悪魔に何か願い事を叶えてもらおうとしていたということ。ただ、その願いの内容までは分からないわ。彼らが太陽の国にいたのはほんのわずかな期間だけだった。いつのまにか、教会はもとの廃屋になっていたの。手がかりが少なくてごめんなさいね」
「いえ、悪魔の儀式をしている者たちが人を集めていることや、幻覚を見せる闇魔法を持っていることが分かったのはありがたいです。お辛いことを話させてしまい、申し訳ありません。」
私が頭を下げるとミーカは真剣な表情をした。
「いいのよ、それより話はまだ終わってないわ。とっても重要なことをお伝えしないといけないの。」
今までずっと穏やかに話していたミーカの声がなんだか冷気を纏っているように思えた。
その緊張感に私は息を飲む。
「遺品を受け取っていないと言ったでしょう?私は教会に行かなくなってから彼の遺品を取りに行った。王宮で大切に保管されていた遺品の中には、私の絵があった。その絵は、海ではなく、花畑で微笑む私が彼の手を引く絵。どこをどう見ても人魚には見えなかった。他の絵を確認したけれど、人魚の絵など一枚もなく、私はその場に立ち尽くしたわ。じゃあ、犯人のあの言葉はなんだったのって。町の人に聞いてみたけど、彼が人魚の絵を売っているところなんて見たことないって。でも当然よ、だって私たちは隠れて移り住んでいた。まだ偏見の多かったあの時代、人魚の絵を売っているはずがない。だから、私は犯人の男に会おうと思った。殺人だから牢獄にいるはず、そう思った。太陽の国には死刑がないから。でも、男はいなかった」
その声は静かに怒りを含んでいた。
「男は牢獄で服毒して死んだそうよ。私はその時思ったの。はじめから仕組まれていたのかもしれないって。」
ミーカは立ち上がると少しよろけながら海の絵に近づいた。
そうして、その絵のサインを指でなぞった。
「人魚は比較的魔力が高い、アイル先生も、あの場にいたエルフも、獣人も。きっとあの場にいた人間も他よりも魔力が高い人たちだったはず。そして、悪魔に捧げるならば淀んだ魔力である必要がある。効率よくたくさんの淀んだ魔力を手に入れるためには、私たちのような魔力の高い者の大切な人が死ぬ必要があるとしたら、どうかしら」
振り向いたミーカは真剣な表情を崩して、力なく微笑んだ。
「考えすぎね。彼がいなくなって何十年と経つけれど良くない事ばかり考えてしまうわ。毎日彼に会いにお墓に行って、まだそちらには行けないかしらと弱い言葉を吐いてしまう。別れがあまりにも突然でしょう?心の準備も整わないまま、まだ私は彼の帰りを待っているみたい。」
その時、玄関の扉がガチャリと開いた。
私もヒサメも、そしてミーカも目を見開いてその扉を見る。
「ただいまー!ばあちゃん、母さんがフルーツパイ焼いたから持ってけって・・・あれ、お客さんいたんですか、すみません!」
慌てたように頭を下げる青年は、バタバタとキッチンの方へと入って行く。
それを見つめるミーカの目にはうっすらと涙が見える。
「あの子、娘の子供なの。おかしいわね、全然彼とは似てないのに彼が帰ってきたのかと思ってしまったわ。あんな話をしていたせいね、困ったわ」
ハンカチで涙を拭うミーカに、青年が声をかける。
「ばあちゃん、じいちゃんが使ってた筆まだあるって言ってたよね。貸してくんない?おれが使ってた安い筆全然だめ。じいちゃんの筆ならご利益ありそうだし、上手く描けそうじゃん。あれ、ばあちゃん泣いてない?」
「泣いてないよ。筆ならそこのガラス棚に飾ってある、折らないなら使ってもいいわよ」
「折らない折らない、ばあちゃんありがとー!」
そう言って嵐のように扉から出ていった孫を見てミーカはとても嬉しそうに笑った。
「騒がしくてごめんなさいね。まったく、誰に似たのか忙しなくて明るくて元気な子でね。そして、絵を描くのが好きな子に育ったの。彼にはまだまだ程遠いけど、とても綺麗な絵を描くのよ。」
寂しそうに見えていたミーカの表情は孫を慈しむ祖母の顔に変わっていた。
私たちは今度こそ立ち上がってお礼を言う。
「お時間を頂き本当にありがとうございました。ミーカさんのお話でたくさんのことが分かりました。」
「それなら良かったわ。その中で役立つことがあるといいけれど。」
「ミーカ殿のお話は全て調査に活かさせて頂きます。ご協力ありがとうございました」
そうして私たちが玄関から外へと出ると、ミーカは扉の前でこう言った。
「長く共にいられるといいわね。突然の別れはずっと、寂しいもの」
そう言われた私とヒサメは深く頷いた。
ここで否定する必要は何もないと思った。
「そうでありたいと、願っています」
ヒサメの言葉にミーカは優しく頷いて家へと戻っていった。
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