【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku

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静寂の海

誰かを救う覚悟

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彼の葬儀は陸で行われた。
静寂の海の人魚は海葬ではなく埋葬をするという。
海の中での遺体は魔獣や海獣を引き寄せる獲物になってしまうらしい。
そうならないために大きな漆器のような棺に入れて埋葬する。
普段は陸に上がらない人魚も、葬儀の時だけはみんな陸に上がるという。
人数が少ないからこそ、皆が知り合いで皆が彼の死を悼むのだろう。
ザッフィロが彼の家族に寄り添い、コラッロが葬儀を速やかに進行させ終了した。

人魚が海に戻って行くなか、ザッフィロは墓を見つめている。
太陽の国とは違い、立派な墓石などは作らないようだ。
そのぶん、棺はとても綺麗な漆器で鮮やかな模様が入っている。
その上の面が見えるように棺が埋められているのだ。
その鮮やかな棺は静寂の海からよく見える。
その棺を撫でるザッフィロは目を閉じる。
「お前の加工の腕は最高だった。お前のおかげで成り立ってた商売がいくつもある。ちゃんと続けていくにはお前ほどの職人にならねぇとな、クレタ」
漆器に彫られたその文字が彼の名前。
私たちはクレタの墓の前で涙するザッフィロから静かに離れ、コラッロの元へ歩いて行った。


「ヒサメ様がた、この度は本当にありがとうございます。貴方がたがいなければ静寂の海はどうなっていたか、考えるだけでも恐ろしい。私たち静寂の海の人魚はこの恩に報いたいと思っております。」
コラッロは鉱石浄化の仕事を請けると言いたいようだ。
「コラッロ殿のその申し出は有り難い。だが、そう急ぐことはない。泉の谷の準備が整うまでまだ時間はある。今、この静寂の海をどう守っていくかが重要だ。まぁ、ザッフィロ殿と共になら、問題はなさそうだな」
ザッフィロは代表に選ばれなかったのにも関わらず、コラッロのことは慕っているように見えた。
お互いに持っていない部分を補いながら支え合えると思っているのだろう。
コラッロは頷くと深くお辞儀をしていた。



シグレと医療チームは先に白銀の国へと戻り、私たちも同じように白銀の国へと戻ることになった。
夜になると来る時と同じように山の中で休憩を取ることになり、黒羽鳥は羽を折りたたんで丸くなる。
ボタンは焚き火の枝を集めに行き、ヒサメは周りを確認してから戻ってきた。
静寂の海ではあらゆることが次いで起こり、ヒサメも疲れているだろうに私への気遣いはそのままだ。
「リビ殿も疲れているだろう。明日は少しスピードをあげようか」
そんなことを言えば私の隣にいた黒羽鳥が弱々しい声をあげる。
ただでさえ狼獣人であるヒサメとボタンの速さに合わせているのだ。
それに単独で飛ぶならまだしも私を乗せている。
これ以上はばててしまうだろう。
「あの、私は平気です。黒羽鳥が順調に飛べるくらいの速さでお願いします」
ヒサメは私の隣に座ると、こちらの顔を覗き込むように顔を傾けた。
「平気なようには見えないが」
そう言われてしまえば私は変に誤魔化すこともできず、言葉が零れ落ちる。
「人が死ぬ瞬間を、初めて見ました。私は今まで、死ぬかもしれない人に魔法をかけて、なんとかその命が消えないようにすることが出来ていた。でもそれは、幸運にも上手くいっていただけ。その中に偶然にも死んだ人がいなかっただけ。そう思うと、今まで以上に魔法を使うことが怖くなってきてしまったんです」
「説明はしたが、クレタ殿の死は魔法をかけたせいではない」
「分かっています、分かってはいるんです。でもこれから先、すべての人を助けられるわけじゃないって、そんな当然のことを気付かされたんです。誰かの命を救う立場になるなんて思いもしなかった私は、その覚悟が全然足りていないんです」
私は足を抱え込んで、そうして顔を伏せる。
私がやらなければ死んでしまう、そんな場面が今までにもあった。
彼らが無事だったからみんなはお礼を言ってくれたけど、じゃあ無事じゃなかった場合は?
行き場もない怒りや悲しみが医者にいくのはよく聞く話だ。

どうして助けてくれなかったの。

そんな言葉をドラマでよく耳にした。
でも、そんな自分とは無関係だったはずの言葉を私は自分に言われるかもしれないのだ。
そう思うと、人を助けるという行為にブレーキがかかってしまう。
人を助けることに躊躇してしまう。
怖さなんて初めからあったのに、今はもっと怖いのだ。
助けられないということがどういうことか見てしまったから。
流れ出ていく血と、焼け爛れた皮膚と、苦しみに歪んだ顔が忘れられない。

「覚悟とは、どの程度必要だと思う?」

静かな森のなか、ヒサメの声は隣の私にしか聞こえないほど小さな声だった。
私は顔を上げてヒサメを見たが、ヒサメは俯いていた。
「一人の患者のために命をかければ覚悟が足りてるか?その患者の死を心に刻んで生きていけばいいのか?その一人の人生の終わりを見届けるに足る人格者であれば、周りはそれを納得するだろうか。覚悟とは曖昧で、それが揺らがぬ者はきっと少ない。自分のみならず、誰かの生死を決める覚悟なら尚更だ。その葛藤が終わることはない」
生死を決める覚悟。
それは国王であるヒサメならきっと考えたことがあるに違いない。
そんなヒサメも覚悟の答えなど見つかるはずもなく、永遠に考え続けているのかもしれない。
私だけじゃない。
そんなの当たり前と言われてしまうだろうが、私は私なりに悩み、ヒサメ様もヒサメ様なりに悩んでいる。
立場は違えど、それは同じなんだ。
「ヒサメ様も、怖いですか」

誰かを助けることが。

ヒサメの瞳が揺れて、こちらを映す。
「ああ、怖い。でも、何もせずに立ち尽くしているだけは、もっと怖いだろ」
そう、きっと、何もしない覚悟も私にはない。
「そうですね、そうなってしまいますね」
私の覚悟の葛藤はきっと終わらない。
だからといって振り出しに戻ったわけではない。
同じ怖さなら結局行動するしか無いのだ。
その場にある恐怖の中で立ち向かえるものが、誰かを助けるという行動なのだから。

そのとき、ボタンが枝を集めて戻ってきた。
「お二人共どうかしましたか?顔色が優れないようですが」
ボタンがそう言って焚き火をつければ、ヒサメはいつもの調子に戻って何食わぬ顔で夕食をとりはじめた。
「いや、怖いものの話をしていただけだ」
「え、ヒサメ様に怖いものなんてあるんですか?フブキさんに嫌われること、とかですか」
「この世で一番怖いことだな、それは」
ヒサメとボタンのやり取りに少しだけ頬が緩む。
私はボタンに貰ったパンを齧りながら、焚き火の火を見つめていた。
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