【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku

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静寂の海

人為的な感染

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「この度は本当にありがとうございます。ヒサメ様にもリビさんにもお力を貸して頂いて、子供たちもようやく妻といられるようになって喜んでいます」
コラッロは会うなり何度もお礼を言うので、私はいえいえ、と言いっぱなしだ。
「コラッロ殿、そもそも海熱病とはどのようになるものなのか聞いても良いか」
そんなヒサメの質問にコラッロは真剣に頷いた。
「海熱病はある特定の海月に刺されることによって感染する病です。刺された者を中心に近くにいる者から感染していく。なので本来刺された者は隔離しておくのが決まりなのですが、今回海月に刺されたという報告もなく、いつ間にか感染が広がっていたんです。」
コラッロは不思議そうに眉を顰める。
「海月に刺された場合とても痛いので気づかない訳はないと思うのですが、もしかしたら刺されたのが子供で言えなかったのかもしれません。それか、本当に気づけなかっただけなのか」
「もしくは、刺されても分からないように細工されていたか」
「え?」
ヒサメの言葉にコラッロは目を丸くする。
「不安にさせて申し訳ない。だが、可能性として考えられなくもないという話だ。」
「そのような細工をする理由は分かりませんが、確かにひとつ不可解なことがあります。」
コラッロは声をやや潜めて続ける。
「その海月は海の中を移動していてこの時期にこの静寂の海にいるのは不自然なのです。時期によって海流の流れが変化する海なので、海月は流れて行ってしまうはずなのですが。もちろん、海流に乗り切れずに残る海月がいた可能性もありますが、ヒサメ様の言う通り作為的であれば海月がいたとしてもおかしくありません。それに、刺されても気づかない細工がしてあればなおのことです」
コラッロは深刻そうな表情のままヒサメに問いかける。
「もし、誰かが故意に静寂の海に病気を流行らせたのだとしたら理由はなんでしょう。誰かに恨みを買っているということになるのでしょうか」
「恨みにも様々ある。例え何もしていなくても、それがもしも善い行いだったとしても、受け取る側次第でそれは変わるからな。最近、静寂の海で変わったことはないか?」
なんだか事情聴取みたいになってきたが、まさか海熱病が作為的に行われた可能性があるなんて考えてもいなかった。
ヒサメはその可能性をずっと考えていたのだろうか。
「変わったことといえば、私が代表になったことでしょうか。もしかして、私が代表になることを反対していた者が今回の病を!?」
「落ち着いてくれ、コラッロ殿。まだ、この病の件が人為的と決まったわけではない。しかし、代表になる時に揉め事でもあったということか?」
「揉め事、といいますか。一部の上役の皆様が私では威厳に欠けると仰られて。確かに候補は他にもいたのです。ですが、多数決で私が選ばれたのです」
コラッロは確かに威厳と言われると足りない気もする。
弱弱しいわけではないが、物腰が柔らかく纏う雰囲気も柔らかい。
私としてはこのような人がリーダーだと上手くいくような気がするし、多数決票が多いのも納得だ。
「もう一人の候補だって、とても素晴らしい人なんですよ。私よりも若くて、おそらくヒサメ様と同じくらいでしょうか。カリスマ性があって、皆のことを引っ張っていく。そんな男らしい人です。ですが、やはり年齢的なことや破天荒な性格が上役とぶつかることもあり、あと一歩のところで票が伸びなかったようなのです」
代表を決めるのに候補が複数いるのは当然だ。
そして、そのことで揉めるのも仕方がない。
「コラッロ殿から見て、その男は今回のような事件を起こしそうか?」
「まさか!!ないです、ザッフィロ君はそんなことをするような方ではないです。今回の病のことだって、陸に上がって色々調べてくれたのはザッフィロ君なんですよ。体力には自信があるって言って、遠くの国まで調べに行こうとしてくれたんです。そんな子が、関わっているなんて考えられない」
コラッロの否定の仕方は本当にその男を信用しているように見える。
ヒサメは表情を動かすことなく頷いた。
「もし、今回のことが故意だと仮定したとき、コラッロ殿がその男ではないとするなら。考えられるのは、その者を推していた周りの誰かだ。ただしこれは、静寂の海の中だけで完結する場合だ。静寂の海に恨みを持つ者が海以外にいて、今回の騒動を引き起こした可能性もある。現時点では、証拠もなければ情報も少ない。考察する材料も足りないな」
今分かっていることは、かもしれないということばかりだ。
それに、ただの事故だったという可能性も捨てきれない。

そんな話をしていると、誰かが階段を下りてくる砂を踏みしめる音が聞こえた。
現れたのは少し褐色した肌でこげ茶色の長い髪を少し雑にくくった男性。
私の知り合いの中で一番体格のいいフブキと比べても、そのがたいの良さは負けず劣らずに見える。
青い透き通る瞳が美しいが、全体的に強面という感じだ。
例えるなら色味を合わせてライオンといった感じだ。
「ザッフィロ君!お疲れ様、連絡遅れてごめんよ」
コラッロはそう言って立ち上がるとザッフィロに駆け寄った。
コラッロも背は低くないが、ザッフィロの方が全体的に大きい。
「いや、大変だったのは分かってるよ。皆の熱が下がったって精霊様に聞いたけど、本当ですか」
「ああ、白銀の国のヒサメ様が来てくれてね。その部下のリビさんが熱を下げてくれたんだ。あの、紹介するね」
コラッロはそう言うとザッフィロの背中を押した。
私とヒサメも立って挨拶をする。
「こちらがザッフィロ君です。それから、国王のヒサメ様とリビさん。向こうで待機してるのが騎士のボタンさん」
全員がお辞儀をすると、ザッフィロが私たちに座るように手でジェスチャーしたので、とりあえず席につく。
ザッフィロはコラッロの隣に座ると口を開いた。
「この静寂の海の人魚を救って頂いて感謝してます。ですが、一体どのような方法で熱を下げたのでしょう?白銀の国は医療技術が進んでいるというお話は耳にしていますが、それにしても解決が早すぎる。正直俺は貴方たちを信用していません。貴方がたの目的は俺たち人魚族の鉱石浄化の技術、でしたね。その交渉をこちらに飲ませるために、貴方がたが人為的にこの静寂の海に病気を流行らせた可能性がないとは言えない」
「ザッフィロ君!?何を言い出すんだい、この方たちは私たちが脅迫して治療をお願いしたようなものなんだよ!?」
「そこまで見越すことも不可能じゃない。この病は白銀の国から手紙を貰う前には流行していた。長期間かけて計画することだってできるはずです。助けてもらったこちら側は断れない、そこまでを含んだ計画なら相当頭の切れる狼だ、そうでしょう?」
ザッフィロはヒサメを挑発するような言い方だ。
だが、ヒサメの表情はいたって冷静だった。
「なるほど、そういう見方もできる。いくら白銀の国が海熱病を知らないと言っても、その治療法も分からないと言っても、今回の事件を起こしていないと言っても、それが真実だと証明する術はない。だが・・・」

急に空気が変わる。

ヒサメの凍り付くような瞳にコラッロは少し肩を震わせるが、ザッフィロは動かない。
「コラッロ殿には申し上げたが、リビ殿の魔法は不特定多数に知られるべきではない魔法だ。それをこの静寂の民を救うために使って貰った。本人の身を危険にさらすことになるのにだ。オレにとってこの者はなんとしても守らなくてはならない大切な人間でな。そのリビ殿の善意まで疑われるならば黙っていられない。」
“フブキの命の恩人”というのがかなりの効果を発揮しているようで、なんだか勘違いさせるような言い方にハラハラする。
「このような病が流行り、職人の体調によって仕事が行えなければ困るのは仕事を依頼したいオレも同じこと。それをオレたちの仕業だと思うならば、今回の仕事の話は白紙とする。そんな危険因子を相手に仕事をすることなどできまい。」
ヒサメはそう言うと立ち上がった。
「ボタン」
「はい!」
ボタンは返事をすると私の手を引いた。
「え、ちょっと待ってください。どこに」
「交渉の話は終わりということです。黒羽鳥に乗って下さい」
私は手を引くボタンに抵抗する。
「いやいやいや、彼らの技術がないと足りないですよね!?ちょっと、ヒサメ様!え、もういない!?」
ヒサメはすでに砂の階段を上がっていて、コラッロはあたふたとしている。
ザッフィロはそのヒサメの後ろ姿を見つめたままだ。
ボタンの手をやんわりと振り払い、私はソファに座りなおした。

「貴方は海熱病について陸で調べたんですよね」
「そうだ、海辺の近辺の町から、さらに内陸部の町までな。そこにある図書館の本はどれも同じで“アサヒの花”が熱に効果があるとしか書いていなかった。」
「海の近くである町にそれだけの情報しか無いんですよ。それならなおさら、白銀の国にとって無関係な海熱病をヒサメ様が知ってる訳ありません。だって、そもそも必要ないから。白銀の国には狼の獣人しか住んでいない。それなら獣人に特化した医療しか発達しないってことです」
「先程も言ったが、長期間の計画であれば可能だ。こちらを引き込むために人魚がかかる病を調べて流行らせた。出来なくはない」
ザッフィロは一切視線を逸らさない。
だから私も負けるわけにはいかなかった。
「それってわざわざ人魚族がかかる病を調べて、わざわざ深海にいる海月が捕まえられる人を雇って、わざわざその海月に噛まれても痛くないように細工して、さらにその人が不特定多数に会うように仕向けたってことですか?」
「何が言いたい」
「面倒すぎます。非効率すぎです。そんな事するくらいなら、一般的に誰でもかかるようなウイルスを仕込んで、白銀の国の医療で薬で対応したほうが早いです。そもそも、治る見込みが薄い病を仕込んだら意味ないでしょう。その病にかかれば困る人魚の貴方がたでさえ最良の治療法を知らないのに、その病気に縁遠い白銀の国がその治療法を確立してるわけなくないですか。そもそも、もう一度考えてもみてください。協力してもらうために来てるんですよこっちは」
私の言葉にザッフィロは睨む目が余計に鋭くなる。
「あんたはヒサメ様に協力してる。そのあんたがいるから計画が成り立つんだ」
「この世に絶対はない。魔法をどこまで信用してるんですか?魔法ならなんでもどうにかなると思ってます?魔法なんて不安定で、未確定要素の高い運に左右される代物ですよ。そんなものを勘定に入れて計画するような国王だと考えているのなら、やはり一緒に仕事は出来ないようですね」
私は勢い良く立ち上がるとボタンの乗っている黒羽鳥に飛び乗った。
「最後に私の戯言を聞いてください。さっき言った面倒な計画、あれは人魚なら成立します。海月を捕まえて、その海月に自ら刺されて、不特定多数の人魚に会う。一人で簡単に出来ますね。それでは失礼します」
バサリと飛び立つ黒羽鳥を見上げるザッフィロが何を考えている顔なのかは分からない。
ただ、コラッロが頭を抱えていたのでそれだけは少し可哀想だった。
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