【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku

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静寂の海

特殊言語の可能性

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テーブルの上に昨夜買っておいたドーナツを並べていく。
朝ご飯にドーナツでいいのかなとも思ったが、ボタンが買おうと言ったので問題ないのだろう。
砂糖をまぶしてあるシンプルなもの。
チョコレートがコーティングしてあるもの。
果物がはさまっているもの。
現代のドーナツほどではないが、種類が豊富だ。
「ヒサメ様、お好きなものをどうぞ」
「ああ、ありがとう」
ヒサメは迷わずチョコレートのものを手に取った。
「甘い物お好きなんですか?」
「それなりだ。白銀の国にはチョコレートの専門店がある。寒い山の環境は平地よりも体力が削られやすい。まぁ、獣人だからそこまでではないが、エネルギーになりやすいチョコレートは人気があるようだ。」
ヒサメはそう言うと上品にドーナツを頬張る。
絵になるその様子は、なにかとてつもなく高級なお菓子を食べているように見える。
私は果物が入っているドーナツを食べ始めた時、ヒサメが口を開く。
「リビ殿は特殊言語をどこまで理解している?」
そんなことを言われ、私はドーナツを噛む前に飲み込んでしまった。
ボタンが慌てて水を手渡してくれる。
「え、どこまでとは?」
「リビ殿のその魔法は、この世界の共通言語以外の言葉が分かるもの、という認識で合ってるか?」
「はい、そうですね。はじめはドラゴンのソラの言葉が分かるようになって、その次に竜人族の言葉が分かりました。それから、妖精と精霊の言葉が分かるようになって」
「リビ殿のその魔法、空間に対して魔法が適用されているのではないか」
ヒサメの言葉に私は首を傾げる。
「良いか、特殊言語が聴覚にのみ適用される場合。相手の言語は理解できても、相手はリビ殿の言葉は分からない。だが、リビ殿の場合そうではない。相手はリビ殿の言葉も理解し、会話が成立している。それはつまり、その場にある言葉という音が相手にとって理解できるように変換されているということだ。」
「それがどうして空間に適用されていることになるんですか?」
「この特殊言語は常に発動している魔法だ。そうでなければ、話しかけられた言語は理解できないことになってしまう。リビ殿が意識せずとも相手の言語が聞き取れる状態ならば、それはリビ殿に声の届く範囲内に相手がいるときにその魔法が適用されていることになる。個人を選んで特殊言語の魔法が適用されているのではなく、その空間に適用されているというほうが自然だ」
ヒサメの説明を聞きながら私は頭の中がごちゃごちゃになっていく。
言われてみるとソラに突然話しかけられることもあるし、妖精もそうだ。
話しかけるぞ、という意気込みで会話をしているわけではなく、私が植物の効果を相手に付与するときとは大きく違う。
「でも、それがもし空間に適用されていたとして何か変わるんですか?」
「ああ、変わるのはリビ殿の意識だ。今リビ殿は相手と自分に特殊言語が適用されていると思っているが、それが本来は空間だと知ったらどうなるか。」
「どうなるんですか」

「リビ殿の魔法適用の空間にいる者すべてが、相手の言語を理解できるようになる」
「!!」

私は思わずドーナツを落としていて、ボタンがすかさず拾ってくれる。
「それは・・・確かに考えてもみませんでした。でも、常に魔法を使用している状態のものをコントロールすることは可能なのでしょうか」
「当然できる。ドラゴンや妖精と話せるという大雑把な理解が変化することによって、意識的にその空間を広げることも適用する人間を選ぶこともできるはずだ。」
もしそうだとしたら、私がいちいち言葉を翻訳しなくても相手同士で言葉が分かるということだ。
性能の良い翻訳機になるという感じか。
私がそんなことを思い浮かべていると、ヒサメは真剣な表情をした。
「ただし、これは他言するなよ」
「それは、魔法開示は危険を伴うからというやつですね」
「そうだ。そもそもリビ殿の魔法は便利なものばかりだ。使いたがる輩が山ほどいるだろうな。ただでさえ、守り神のドラゴンを連れていると有名になり始めているのに、魔法の内容が知れ渡れば大変なことになるのが目に見える。昨日のこともそうだが、あまり自分の魔法の全容を明かすのは感心しないな」
切れ長の涼やかな視線に体が動けなくなりそうだ。
だが、それが私の身を案じているからというのが分かることで恐怖を和らげている。
「昨日のは緊急でしたし。それに、誤魔化しようがないでしょう。あの人数を治療するんです、そんなことにまで気を回していたら手間取ります。スピード勝負の治療と、得体の知れない私の魔法を受け入れてもらうためには説明が必要ですよ」
ヒサメは片手で顔を覆い、少し間を置くと顔を上げた。
「そうだな、分かっている。リビ殿がいてくれて本当に助かった。だが、同時にキミを危険にさらしていることも事実だ。大勢に知られるべきではないその魔法をオレは使わせてしまった。」
「私、結構使ってますが」
「こんなに大勢の目の前でか?人の口に戸は立てられない。悪意が無くても噂は広めることができる。キミの魔法はそれだけ人の興味を惹きつけるものだ。コラッロ殿に口止めするようには伝えているが、気休めに過ぎない。想定外のこととはいえ、巻き込んですまない」
ヒサメが頭を下げようとするので私は止めた。
「謝らないでください。私は言ったはずです。貴方に恩を売って損はないと。それって、ヒサメ様に限らずどんな人相手にもですよ。今回静寂の海の人魚の方たちの熱を下げることに成功した。それは私にとってプラスの出来事です。魔法をかけると決めたのも私、ヒサメ様に協力することを決めているのも私です。それに情報開示が危険なことは私も分かっています。だからこそ、私自身も強くなろうと努力しています。いずれは、護衛が必要だと思われないくらいになってみせます!」
私が気合を入れてそう言ってみれば、ヒサメは少し口元を緩めた。
「それは、頼もしいな。このままだと、フブキの命の恩人のみならずオレの恩人になってしまうが、良いのか?」
「・・・なんでちょっと脅迫みたいな言い方なんです?」
「同じようなものだろう。このオレの恩人だ、どうなるか分かるだろう?」
不敵な笑みを浮かべているが、それでも美し・・・いや、怖い。
ボタンはまた拍手しているが、タイミングがおかしい。
今は素直に喜んでいる場合ではない気がする。
「全然分からないです、分からなくていいです」
全力で首を横に振るが、ヒサメはまたチョコレートのドーナツを齧りながら唇を舐めた。
「まぁ、良い。どうせいずれ分かることだ」
ゆっくりとゆらゆら揺れる尻尾が何を意味しているのか分からない。
だが、隣に座るボタンの尻尾がばしばし当たるので良くないことだというのはよく分かった。
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