【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku

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静寂の海

心配と信用

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そのままどうやら意識を失ったようで私は気付けば、海の近くの宿のベッドにいた。
体を起こそうとすると背中に手が添えられた。
「目が覚めたようですね。気分はいかがですか」
見上げればそこにはボタンがいて、私はほっとする。
「疲労感はありますが、大丈夫です。あの、皆さんは」
「人魚族の患者の皆さんはリビさんの魔法で熱が下がったようです。病気の経過観察のために明後日くらいに白銀の国の医療チームが到着する予定です。」
「それは良かったです。あの、ヒサメ様は?」
「ヒサメ様は・・・“オレはまだ人質だ”と仰ってあの場にとどまっています」
ボタンはどこか困ったような表情を浮かべる。
「私はリビさんの護衛としてここにいます。そして、ヒサメ様は白銀の国で一番強いお方です。ですが、心配無用と言われて引き下がるほど騎士としての自覚がないわけではありません。騎士は本来、王をお守りするためにいるのですから。しかし、ヒサメ様はこうと決めたら譲らない方なので、こちらがいつも頷かされる」
ボタンは悔しそうな顔をしてから、晴れやかな顔に戻る。
「というわけで、ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも、まだ眠ります?」
「えっ、ヒサメ様のところに戻らなくていいんですか?」
「リビさんを休ませろとの命令を受けています。こうなったらちゃんと休ませないと怒られてしまいます。リビさんが回復してから静寂の海へ戻りましょう。静寂の海の代表であるコラッロさんと一緒なら大丈夫ですよ」
確かにコラッロと共にいれば問題はなさそうだ。
「それなら、お風呂に行きたいです」
「ええ、では行きましょうか」


宿にある大衆浴場には大きな石で囲まれた湯が一つあった。
広さは15人ほどが入れそうな大きさで、入っている人は少ないようだ。
時間帯が遅いからだろうか。
「あの、私どのくらい寝てたんですか」
「4時間ほどでしょうか。もう夜遅いので、この後は食事をして睡眠をとりましょう。明日の朝静寂の海に行きましょうか」
ボタンはそう言うと頭からお湯をかぶって石鹸を流していく。
私も同様に石鹸を洗い流し、湯船にゆっくりと入る。
お湯の温度はそこそこ熱い。
隣に入ってきたボタンは足先を湯にちょんちょんと付けて、ゆっくりゆっくり入っている。
熱いのが苦手のようだ。
濡れて細くなっている尻尾がぴんっと立っている。
ボタンの体はかなり引き締まっていて、腹筋も割れている。
上腕二頭筋もしっかりとしていてかっこいい。
それに比べて私はガリガリといった感じだ。
最近は植物以外を食べることも増えたから以前よりマシだが。
天井を見上げればそこには窓がついていて星空が見えていた。
お湯の温かさと、窓から入る冷たい外気が混ざって気持ちがいい。
「私、今回翻訳として同行したのに全然要りませんでしたね。もちろん、海熱病の熱を下げることに貢献できたのは良かったんですが、これはイレギュラーな案件でしたし」
「そんなことありませんよ」
ボタンはそう言うと、上半身を湯から出して石に座った。
「ヒサメ様には人魚以外の翻訳できる人が必要だったんです。人魚語を理解できないヒサメ様は、万が一のことも考えていらっしゃったのでしょう。相手側が人魚語で相談したり、翻訳に嘘が混じることを懸念していたのです。基本的にヒサメ様は人を信用していないので」
シグレもそのようなことを言っていた。
誰が味方で誰が敵なのか。
ヒサメのような立場の人間はより見極めなければいけないのだろう。
そして、それを何度も裏切られてきたのかもしれない。
「私が翻訳に際して嘘をつくメリットはないですしね。確かにそう考えると、人魚語が分かる私がいたことでそういうのを防ぐこともできたって訳ですね」
「ええ。なんだかその言い方、シグレさんに似てますね」
メリットがない、というのはシグレの口癖だった。
ボタンは何故か嬉しそうに尻尾を振った。




次の日の早朝。
まだ日が出始めたばかりの時間帯にボタンと二人で静寂の海に向かうことにした。
海が近いこともあって、朝方はとくに肌寒い。
白銀の国の制服は防寒にも適していて助かっている。
黒羽鳥はなんだか眠そうで、それもそのはず昨日は何度も飛び回ってもらったからだ。
「大丈夫ですか」
頭を撫でれば、こくりと頷いているようだ。
海の割れ目の砂の階段を下りていけば、そこは静まり返っていた。
人魚は一人もおらず、そこにいるのはヒサメだけ。
ヒサメはソファに腕を組んだまま座り、目を閉じていた。
声を掛けようとしたとき、ヒサメの耳が微かに動く。
「早いな、ちゃんと休めたか?」
「あ、おはようございます。はい、休めました」
私が驚きつつ頷けば、ヒサメはゆっくりと瞼を開ける。
「コラッロ殿たちは家に帰って休んでいる。こんなに早く来なくとも良かったのだが」
ヒサメがそう言うのでボタンは少し口を尖らせる。
「ここは他人の陣地です。そのような場所にヒサメ様を一人で置いては心も休まりません」
「オレは基本一人で行動している。この場も例外ではない。それに、ボタン。キミはリビ殿の護衛で来ている。それは理解しているな?」
「はい。そうだとしても、白銀の国の騎士として王を気に掛けずにはいられません。これは、私だけの考えでなく、騎士の総意です」
ボタンの真っすぐな瞳をヒサメは一瞬だけ見ると、目を伏せる。
「そうか」
意にも介さないようなその返事に、ボタンは諦めの表情を浮かべている。
私はヒサメの向かい側にあるソファに腰を下ろす。
「ヒサメ様がもし、動けないほどの怪我を負ったとき、フブキさんが危険目にあっていたらどうします?」
「這ってでも行くが?」
あまりの即答に私は相変わらずだなと思いつつも続ける。
「それ、間に合いませんよね」
「・・・」
「貴方の自慢の脚力が無事だからこそ、フブキさんをすぐに助けに行けるんですよ。ヒサメ様が心身ともに健康で、五体満足であることがフブキさんを救うことになるのだとしたら、もう少し自分の身の安全を考えなければと思いませんか?」
「それは一理ある」
ヒサメはとても真剣な表情で耳をぴんっと立てている。
「騎士は本来、ヒサメ様を守る存在。それはいざというときにヒサメ様が動けなくなっては困るからでしょう?ご自分が一番強いと自負しているならなおさら、貴方が倒れたら困ります。フブキさんを心配させるおつもりですか?」
「それは・・・」
「フブキさんをこの世界に一人にしたくないですよね」
「無論だ」
「それなら少しは騎士の心配を受け入れて下さい。それに、私だってフブキさんが悲しむところは見たくないので」
フブキの名前を出したことは効果覿面なようで、ヒサメは小さな声で肯定した。
「善処する」
そんなヒサメの様子にボタンは静かに拍手していた。
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