【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku

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静寂の海

治療と助言

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ボタンは籠に大量の薬草を入れて戻ってきた。
「量が足りなければもう一度行って参ります。近くの町の農家の方にお願いして購入させて頂きました。通常の魔力増幅の薬草よりも効果が強いものらしいです」
ボタンがそう話していると、海の奥に人影が見えた。
その人物はコラッロで、手には黄色の花が握られている。
「こちらが海熱病の治療の花“アサヒの花”です。本当に2輪でよろしいのですか」
「重要なのは魔力量なので。コラッロさん、海熱病にかかっている人数は分かりますか?人数によっては魔力増幅の薬草が足りないかもしれません。それから、治療する人をここまで連れてくることはできますか?」
「人数を調べることは可能です。ですが、病人を全員ここまで連れてくるのは、かなりの時間が必要です。病人本人は動けないので、水魔法で運ぶとして、それにも人数が必要です」
今回使えるアサヒの花は少ない。
それゆえに魔法を途切れさせないことが重要だ。
人魚を全員その場に集めて次々に治療する方が魔法が途切れなくて済む。
それに、ボタンが薬草を追加する際も、この水のない空間であった方がすぐに薬草を私が手にできる。
「とりあえず、静寂の海の人魚全てに今の内容を連絡します。精霊様!お願いします!」
コラッロが呼びかけると海の壁に大きな影が見えた。

それはどう見てもクジラだった。

「精霊様、海熱病患者をここに集めるために健康な人魚が必要です。連絡をお願いできますか」
『ええ、わかったわ。それじゃあ、病人を連れてくるように伝えるわね』
「お願いします」
クジラ、もとい精霊はそう言うと少し高い声で話し始めた。
「コラッロさんは精霊様の言葉が分かるんですね」
「はい、人魚の言葉と似ているところがあるので会話ができるのです。それに、精霊様の声はかなり遠くまで届きます。静寂の海への連絡を手助けしてもらっているのです」
そういえばヒサメ様が言語が近いって言っていたな。
それならば、私のように魔法を使わなくても会話ができる人もいるってことだ。
隣を見ればヒサメが精霊を見つめている。
「ヒサメ様、どうしました?」
「白銀の国には精霊の類がいないのでな。あまりの大きさに驚いた。リビ殿はあまり驚かないのだな、慣れたものか」
「精霊様が皆、こんなに大きい訳ではないですよ。」
元の世界の生物とそっくりだから、というのは今は言わないが。
「とりあえず今の連絡で、この場所に病人を連れて来てくれるはずです。順番に対応するということで大丈夫でしょうか」
「そうですね、よほど悪化していない場合を除いて来た順に魔法をかけていきましょう。」
コラッロの言葉に頷くとヒサメも頷く。
「それならオレは誘導しよう。コラッロ殿は来た患者を、オレは終わった者に後で白銀の国の医療チームに診療を受けてもらう説明をする。」


それぞれが行動し始め、患者が現れ始めたのでまず、ペルラから魔法をかけることにした。
今まで何度か治療をする場面に出くわしてきた。
だからと言って慣れるものでもない。
目の前で苦しんでいる患者を自分の手で救うことがどれほど難しいことか。
こんなに便利な魔法があるのだからと、自信を持つことなどできない。
いつも付きまとう恐怖は、きっと医療に携わる全ての人が持っているはずだ。
すべての魔法も、現代の医療も、完璧なんてものはどこにもない。
そんな中で自分ができる最良の結果をもたらすことができるのか、緊張する手が震えている。
「リビさん、薬草を切らさないように私も全力を尽くします。リビさんは、魔法に集中してください」
ボタンにそう言われ、私は頷いて深呼吸をする。
「始めます、できるだけすぐに魔法をかけられる場所に患者を連れてきてください」
コラッロもヒサメもボタンも了承した。
私は、アサヒの花と魔力増幅の薬草を口に入れた。



コラッロの誘導のおかげで次々に患者に魔法をかけることができている。
ボタンも薬草と患者の人数を確認しつつ、また追加の薬草を取りに行ってくれている。
ヒサメは魔法をかけ終わった人たちに説明と、また病気が移らないように隔離してくれている。
口に薬草を詰め込みながら、やはりどこかいつも食べている薬草とは魔力の上がり方が違うことに気づく。
それに、シグレとの特訓が自分の魔法の強さを高めていることを実感する。
明らかに昔とは魔法の強さが違う。
私の魔法は発動すると黒い光を発するが以前はほんの少し見えるか見えないかぐらいの淡さだった。
今は光ってるな、とはっきり分かる程度の明るさだ。
集中力を切らさずにこのまま順調にいけば、この場にいる全ての人魚に魔法をかけることができるはず。
そうして私が次の患者を呼ぼうとした時だ。

『パパ!!』

海の壁から大きな声がして、その場の皆が振り返る。
そこには小さな子供の人魚がいて、大きな渦の中にいた。
「グラナート!お前までどうしてここに!」
その声の主はコラッロで慌てて海の中に入ろうとするが、子供の周りの渦が酷すぎて近づくことすらできない。
「グラナート!魔法を止めるんだ!」
『わかんない、怖いよ、助けてよ!!』
その子供の渦は次第に大きくなっているようで海の壁に侵食し始めていた。

「リビ殿!!魔法に集中しろ!!」

ヒサメの声ではっとして、私は消えかけていた魔法を再開する。
人魚たちが子供に落ち着いてと声をかけるが、その渦が海の壁を貫いて、水のないこの空間に迫ってきていた。
「グラナート、下がるんだ。そのままこっちへ来ては駄目だ!」
『パパ、怖い、一人にしないでよ!!』
魔力は感情によって左右され、精神の不安定は魔法の不安定にもつながってしまう。
年端のいかない子供ならなおさら、コントロールをしろと言っても難しい。
大きな水音とともに、この空間に海が流れ込んできている。
私のブーツも濡れ始め、人魚たちが声をあげる。
「あんなに大きな渦がぶつかったら私たちもタダじゃ済まないわ!なんとかしないと!」
「コラッロさん!息子さんを早く止めて!!」
コラッロはその声に押されながらグラナートに呼び掛けるが、混乱する子供には届かない。
まだ動けない患者が多数いる中、避難させることはできない。
海の壁が壊されて海がすべて流れ込んでくれば、人魚以外は全滅だ。
ボタンはすぐにでも飛び立てる体勢を取りながらも待機していた。
何故ならヒサメはグラナートの元へ歩いて行ったからだ。
「コラッロ殿、子供の言葉を翻訳してくれ」
「え、は、はい」
ヒサメは今にも決壊しそうな海の壁ギリギリまで近づいた。
「グラナートくん、だったかな。はじめまして」
『だれ・・・耳ふわふわしてる』
「オレはヒサメという。狼だからこういう耳なんだ。君は人魚だから水かきやエラがある。ほら、自分の手をよく見てごらん」
グラナートは小さな手を見つめている。
「オレは狼だから水かきはないんだ。だから、その手を見せてくれないか」
『こう?』
「渦が邪魔で良く見えないな。手を渦の外に出してよく見せてくれ」
そうしてグラナートが渦の外に手を出した瞬間、ヒサメがその手を引っ張って子供を渦の外側に引っ張り出した。
「今だ!!渦を水魔法で押し出せ!」
その場にいたコラッロや人魚が大きな渦に水魔法を衝突させる。
その渦は大きな音を立てて破裂して消えていった。
海の壁はなんとか決壊せずに済んだようだ。
「ヒサメ様!申し訳ありませんでした、助かりました!!」
グラナートを抱っこしたままのヒサメはコラッロに子供を返す。
「ああいう場合は、発動している魔法の中心から子供をずらす必要がある。発生源である子供の魔力は内側からも外側からも不安定なんだ。大人が冷静に外側から崩せば何も慌てることなどない」
渦の中に子供がいたままでは水魔法で打ち消すことはできなかった。
怪我をさせてしまう恐れを取り除いてから対処するヒサメはかなり慣れているように見えた。
『狼さん、見て見て』
グラナートは今は無邪気にヒサメに手のひらを見せている。
「ああ、立派な水かきを持っているな。きっと速く泳げるようになる」
グラナートはにこにこしながらコラッロに抱き着いた。
「申し訳ありません、自分の子供なのに情けない。この子はどうやら魔力が高いみたいなのです。私も妻も普通の魔力量なので魔法を教えるのも一苦労で。」
「子供が自分と違うのは当たり前のことではないか?魔力が高い者同士でも上手くいくやり方は違うのだ。それを模索していくしかない、親とはそういうものなのだろう。子が頼れるのはいつだって、自分の両親であるのが望ましい。オレはそう思う」
「はい、そうですよね。私たちでこの子が真っすぐ泳げるようにしていかないと。ありがとうございます、ヒサメ様」
コラッロはグラナートを抱きしめて頭を下げる。
「良いか、コラッロ殿。模索するのは親のキミたちだろうが、それは周りに助けを求めてはいけないという意味ではない。今回オレがやったようなやり方を、今この場にいる者は知識として取り入れることが出来ただろう。同じ方法で上手くいくかは分からないが、今後暴走した子供を助ける方法の一つになるかもしれん。そうして色んな例を知っていることが、今後魔力コントロールに悩む子供の助けになるはずだ。この静寂の海に生きる子供たちを大人が守ってやれ」
「はい!」
「それから、魔力コントロールが難しい子供の助けになろうと研究している職人がいる。コラッロ殿が話をしたければこちらに来てもらうことも可能だ。今回キミがこちらの交渉に応じてくれたおかげで、そのような情報を共有できる。コラッロ殿のこの行動も親としての模索になるのだ。」
「・・・ありがとうございます、ヒサメ様」
この静寂の海の代表になったばかりのコラッロにこのような助言をしてくれるような人はいなかったのかもしれない。
代表を任されたその直後にこのような感染症が流行し、自分の妻も倒れてしまった彼はもはや誰にも相談すらできなかったことだろう。
そんな彼が藁にも縋る思いで手を伸ばした先が白銀の国のヒサメだったのだ。
運に恵まれていることも代表に選ばれた所以だったりするのだろうか。


私はヒサメたちのやり取りが気になりながらも、魔法をかけ続けていた。
次第に患者の数は減っていき、ようやくその場にいる患者全員に魔法をかけ終わった。
魔法が切れた私はその場に崩れ、身動きすら取れない状態だ。
今思えば、こんなにたくさんの人に魔法をかけ続けたことはなかった。
普段走り慣れていない人間がフルマラソンを無理やり完走したらこうなるだろうか。
正直、体感したことのない疲れが襲っている。
このまま気を失いそうだった。
「リビ殿、よくやった。ありがとう」
そんな声が頭上で聞こえていて私は何か答えようとしたところまでは覚えている。
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