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白銀の国2

過去と決意

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扉をノックされ、ボタンと共に廊下を進んでいく。
ふいにボタンが立ち止まり、そうしてお辞儀した。
「王の間の左隣に会議室があります。ヒサメ様はそこでお待ちです」
「はい、あの、一人で行くんですか」
「只今の時間、リビさん以外会議室に近寄らせるなとの命令を受けております。ご武運を」
ボタンにそう言われて私は緊張の面持ちで会議室の扉をノックした。
「開いてるから入れ」
扉を開ければ会議室には大きなテーブルとたくさんの椅子が並んでいる。
その一番奥に座るヒサメは机を指でトントンと弾く。
「近くならどこでもいいから座ってくれ」
私はおそるおそるヒサメから椅子を二つ空けて座る。
「さて、それじゃあ話を聞こうか」
私はヒサメの方に体ごと向いて、短剣をテーブルの上に出した。
「今からヒサメ様に話すことは、嘘偽りない内容だと誓います」
「ほう・・・。ボタンに何か言われたのか?まぁ、話してみろ」
私はこの世界に来た時の話を正確にヒサメに話すことにした。



「別の世界、なぁ。それは上界や下界とは違う意味でだよな。」
「そうですね。まるっきり、違う世界の話です」
ヒサメは背もたれに寄りかかりながら腕を組んだ。
「昔から、“違う世界から来た”という人間が稀にいる。例が少ない上に、違う言語を話す者は闇魔法を持っていたことから処刑されたり殺されたりしていたらしい。だが、光魔法を持っている者は重宝されるからな。文献がそれなりにある。話半分に聞いていたが、まさかその人間だったとはな」
「信じてもらえますか」
「世間的にはおとぎ話扱いされてる話だ。別世界が存在して、気付いたらこの世界だったなんて信じる奴は少ないだろうな。だが、それはキミも分かってて話をしているはずだ。だからわざわざ嘘偽りないと最初に言ったのだろう。それならオレはまずそれが真実だと思って聞く。」
良かった、第一関門突破といったところか。
「別世界から来た事、他の者には話したか」
「一応、太陽の国の王宮にいた人やアイル先生は知っています。どこまで理解して下さってるかは分かりませんが」
「そうか。まぁ、知っている者は少ない方がいいだろう。余計なことに巻き込まれたくなければな」
私は全力で頷いて、そうして迷いの森の出来事を順に話した。
「通りで野宿に慣れてるはずだ。それならこれからの旅も野宿があって問題はないな」
「いや、出来る限り部屋がいいですけどね。ソラも今はいないので」
そのまま話を続けて、そしてようやく私はあの話をすることになる。
深呼吸をしてから、あの時の出来事を話はじめた。
「二人の男を殴り倒した?よくできたな、そんなこと」
「あの時は殺されるかもしれないと必死だったんです。言語も分からず矢で狙われて、側にはソラもいたし、私がやらないといけないって思ったんです。それで、この短剣はその片方の男が持っていた物なんです」
ヒサメは短剣を持ち上げて模様を眺めている。
「息をしているか確認なんてできなくて。追ってこられたら困るから私、あの二人から靴も武器も奪って逃げたんです。殺してしまったかもしれないなんて、誰にも言えなかった」
目には涙が溜まっていき、視界がぼやける。
「賢いな、とっさの行動にしては悪くない。それに棒きれで男二人を戦闘不能にするとはセンスがある」
「褒めるとこですか、それ」
「まぁ、でも殺せてないな。」
「え」
ヒサメは鞘を抜いて刀身を確認しながら話続ける。
「弓を持ってこの短剣を持っていたんだろ?明らかに戦闘する気しかない男たちだ。そいつらが戦闘に不慣れの小娘の一撃で殺せるはずはない。もし、その後、妖精に謀られたり、餓死したりしたとしてもそれはリビ殿が殺したとは言えない。」
ぼたぼたと涙がこぼれ落ちていく。
それは、今まで誰かに言って欲しかった言葉だったからだ。
私はずっと人を殺していないという確証が欲しかった。
それがこんな形で叶うとは思わなかったのだ。
ヒサメはどこか困ったように頬杖をついた。
「女性を泣かせる趣味はないんだが」
「ぐす、すみません・・・」
涙を拭っているとヒサメが私の隣の席に移動した。
なんだろう、と思った次の瞬間顔に尻尾がもふっとぶつかった。
「え、なんですか」
「昔から泣いてる子供にこうすると泣き止むんだ。・・・ほら、泣き止んだ」
「誰が子供ですか・・・確かに涙止まりましたけど」
驚きとそれからヒサメ様が慕われている理由がこんなところにもあって、口元が綻びそうになるのを我慢した。

「それじゃあ、話を続けるが。まず、この短剣はおそらく、とある組織が持っている共通のものだ」
ヒサメはその短剣の模様を指さした。
「この蛇の模様は奴らのシンボルのようなものでな。奴らはブルームーンドラゴンを殺している」
「それって…15年前の事件と関連があるんですか」
私は思わずそんなことを聞いていてヒサメは口の端を上げた。
「なんだ、あの事件について知ってるなら話は早い。あれと同一の犯人かどうかは今のところ定かでないが、ドラゴンの血が付着している短剣が見つかっている。ボタンの両親が見た短剣がそれだ」
今目の前にあるこの短剣はもしかしたらドラゴンを殺すためのものだったってことだ。
「あの時いた男たちが、ソラを殺そうとしてたかもしれないってことですか」
「可能性は大いにあるな。迷いの森は立ち入りを禁止されているんだろ?わざわざ入るのは明確な目的があるからだ。なんらかの手段で奴らはソラ殿が迷いの森にいることを知った。ドラゴンの子供相手に男二人とは随分と入念だ」
ヒサメの言葉に私は次第に恐ろしくなる。
私とソラはかなり有名になっている。
「あの、ソラは大丈夫でしょうか。ドラゴンの話はかなり広がってしまっています。ソラが狙われているのなら何か対策を立てないと」
「落ち着いて、それから深呼吸。いいか、今はソラ殿は泉の谷にいる。あの場所には精霊の守り人もいるし、アカツキの花の毒もあるんだったよな?そんなところに侵入できる凄い奴ならとっくにソラ殿は殺されている。」
「なるほど・・・?」
「それにまず、その組織、通称ドクヘビと呼んでいるが奴らは表立って行動することを極端に避けている。メンバーも人数も不明だが、現段階では悪魔の儀式をやった形跡やドラゴンの殺害、人を操る魔法を持っているのではないかと考えられている。」
「闇魔法を持っている人たちということですか」
「人を操るというのが本当なら闇魔法だが、全員がそうとは限らない。今、ソラ殿は確かに有名になりつつある。それは奴らに常に居場所がバレるということでもあるが、逆に手を出しにくくもあるだろう。ソラ殿の周りにはいつも誰かがいる。リビ殿しかり、オレやアイル殿、太陽の国の騎士、いずれもソラ殿に何かあれば守ろうとする。知り合いが増えれば増えるほど、人目を避けて山に籠っているドラゴンの方が殺しやすいのだから、わざわざソラ殿から狙う必要もない」
奴らは迷いの森で独りきりの子供のソラを殺すつもりだったのだ。
狙いにくくなるその前に。
でも、想定外にも私がソラと一緒に行動していた。
だから、奴らからしたら私も邪魔だったに違いない。
「迷いの森にいるときにさらに奴らに狙われていたら私もソラも死んでいたはずなのに、どうしてそうしなかったんでしょう」
「ソラ殿を殺すために割いた人員二人が戻ってこないことで警戒したんじゃないか?迷いの森はただでさえ妖精の住処だ。それに、妖精はドラゴンに友好的だ。そんなドラゴンを殺そうすれば、妖精に殺される。その男二人は捨て駒だったのかもしれないな」
確かに私も妖精に髪を燃やされたっけ。
あれはまだマシな方だったんだろう。
「ドクヘビはなんのためにブルームーンドラゴンを殺すのでしょうか。戦争が終わったせいで不利益を被ったことの恨み、とか」
「あり得なくはない。だが、現段階では予想を立てる材料が足りないな。それにこの組織のことを知っている者は少ない。前王の命令で兵士が調査していたが分かったことはほんの一握りだ。調査は引き継いで調べさせるつもりだが、何か分かればリビ殿にも知らせよう。ドラゴンのことだ、キミも知っておいた方がいい」
「ありがとうございます。この短剣はどうしたらいいですか。」
「見たところ、魔法もかかっていないただの短剣だ。使う分には問題ないが、これを知っている者が近づいてくる可能性はあるな。どうする、囮になるか?」

真面目な顔をしてそう言うヒサメは本気でそう言っているようだ。

「囮って、どうするんですか」
「特にどうという訳でもない。近づいてくる奴がいたら情報を聞き出せばいい。その剣は貰ったと言え。白銀の国王、ヒサメにな」
涼し気に微笑むヒサメは短剣の蛇の模様を指でなぞる。
「オレの名前を聞いて、オレのところに来るならそいつと話し合えばいいだけだ。だが、キミが対処しなくてはならない場合もあるだろう。そのときは上手に魔法で制圧するんだ、できるな?」
「そ、そんなこと言われても」
「シグレと特訓してただろ?あいつはオレの次に強い男だ。そのシグレの特訓を受けて、全然成長していないとは言わせない。今のキミなら戦闘をかじった程度の輩は戦闘不能にできるだけの魔法は使えるはずだ。手練れだった場合は今は無理だが、いずれそういう奴らと接触することになるだろう。それを踏まえてリビ殿には強くなって貰わなくては困る」
想定していなかった言葉に私の心の中はてんやわんやだった。
よくよく考えてみればソラと一緒に居るのは私で、奴らが接触してくる可能性が一番高いのも私だ。
ソラを守らなくてはという気持ちはあるものの、気持ちのどこかで、誰かが助けてくれるかもなんて甘いことを考えてしまっていた。
知り合いが増えたことで、誰かに頼ろうとする気持ちが戻ってきてしまっているのだ。
迷いの森で、助けてくれる人なんて誰もいないと決心したはずだったのに。
「そうですよね、私が、しっかりしないと」
テーブルの上の短剣を掴むと、その上からヒサメの手が被さった。
剣を引こうとすると上から押さえられている。
「・・・ヒサメ様?」
「怖いならこの短剣はオレが預かる。リビ殿はどうしたい」
大きな手のひらの体温が手の甲に伝わってくる。
ヒサメ様の手、少しひんやりしているな。
私は短剣の鞘を握りしめ、ヒサメの顔を真っすぐに見た。
「どっちみち、私も有名です。接触してくる可能性が高いのなら短剣を持っていても持っていなくても関係ない。それなら、物的証拠を持って、私が対応します」
「良い返事だ。そうでなくてはこれから先、共にいられなくなるからな。」
「どういう、意味ですか」
「オレはこの国の王だ。それゆえに周りに置く者は選べと喧しい上役どもがいてな。キミがこの白銀の国に出入りするのを良くは思わない奴らなのだ。だが、キミがオレの役に立てば立つほど、そのうるさい口を黙らせる材料になる。要塞の鉱石も、ドクヘビの調査も、この国にとっては機密事項であり、重要なことだ。それを任せる者を、オレの側にふさわしくないとは言わせない」
背筋が凍るような鋭い視線だったが、それは私に向けられたものではない。
ヒサメの手が離れたので、私は短剣をいつものように腰に差した。
「そろそろ日も落ちてきた。表にボタンが待っているから、部屋で休むといい。」
そうして扉の前にまで行き、私が振り返ると欠伸をしているヒサメと目が合った。
「どうした」
「あの、迷いの森での話、聞いて下さってありがとうございます。今まで誰にも言えなかったことだったので、本当に、苦しかったんです」
「お礼を言うのはこちらだと思うが。胸の内に秘めておきたい出来事など誰にでもある。それを話す相手に選んでもらったことを心に留めておく。」
そんなことをさらりと口にするので、私は眉を下げて微笑んだ。
「その相手がヒサメ様で良かったです。それじゃあ失礼します」
閉まる扉の隙間から微かに尻尾が揺れるのが見えたが、気のせいか。
私はずっと立ったまま外に待機していたボタンの元へと急いで向かった。
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