【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku

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泉の谷

少女の大きな一歩

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数日が経過してようやく決心がついたビルはトゥアに何もかもを打ち明けることになった。
私もいてほしいと言うので同席することになったが、話はとてもスムーズに進んでいく。
兄から貰った魔光石で救われていたこと。
本当は職人になりたかったこと。
これから職人になるために谷の人に認めてもらうこと。
そんな話をする中でトゥアはビルの話を真剣に聞いていた。
「ちっちゃい時にやった鉱石を未だに持ってんのも驚きだけど、職人になりたかったなら言ってくれたら良かっただろ。俺が反対するとでも思ったのかよ」
「だって、お兄ちゃんは私が交渉人に選ばれたせいでその補助をすることになったんだもん。それなのに私が辞めたいなんて勝手なこと言えないじゃない」
「別に俺の話術なら交渉人できるから問題ないっての。それよりもっと重要な問題があんだろ」
トゥアの言葉に首を傾げるビル。
私もその隣で首を傾げる。
「シグレって誰だよ。協力してくれるってなんだよ。俺よりも先にそいつに何もかも打ち明けたってことか?どこの馬の骨だよそいつ」
「シグレさんは馬ではなく狼だよお兄ちゃん」
「んなことどうでもいいんだよ。リビ、その狼野郎はどんなやつなんだ」
トゥアに問われて私は戸惑った。
「シグレさんは白銀の国の王の側近で、私の魔力強化の先生です。訓練に手は抜かない、約束は守る、真面目な人…ですかね」
「俺は信用しねぇぞ。そもそも商売相手になるかもしれないんだ。必要以上に馴れ合えば、高い金ふっかけにくくなる。向こうだって、ビルを利用してできるだけ有利に事を進めようとしてるかもしれない」
概ね合ってるんだよなぁ。
私は何とも言えずに黙っているとビルが口を開く。

「そこがいいんじゃない」

「え?」

「は?」

私とトゥアが唖然としながらビルを見れば頬を染めている。
「私のこと、何とも思ってないんだろうなって思ったの。リビさんの表情だってちゃんと見てたんですよ、一応交渉人なので。だから、私のこと仕事で使えそうな奴だなって思ってくれたってことでしょ?」
「えと、それは確かにそうですが…」
「仕事に熱心なところも素敵。私のことビジネスでしか見てないところももっと素敵。だって、魅了されてないんだって分かるから」
恋する乙女の表情をしておきながら思っていたよりは冷静だったビル。
いや、冷静で少し捻れているのかもしれない。
「トゥアさん、妹さん拗れてませんか」
「魔力の魅了のせいだろうが、ここまで拗れてるとは思ってなかったわ…」
トゥアはおろおろした様子でビルに話しかける。
「ビル、そういう奴は危ないんだよ。お前のこと利用するだけ利用して、恋心をもてあそぶような野郎に決まってんだろ」
「お兄ちゃんやめて、シグレさんはビジネスとしてはちゃんと対等にしようとしてくれる。それに私だって、好きだからって全部をシグレさんの言う通りにしようなんて思ってないわ。仕事と恋愛は分けないと駄目ってことくらい分かる。リビさんも、シグレさんは仕事をちゃんとする人って思ってるんですよね」
「そうですね、仕事に関して言えば騙そうとは思ってないはずです。何をするにしてもおそらく全てを話してくれると思います」
ただ、ビルの好意に少々付け込んで、彼女の能力を利用したいと思っているのは確かだ。だが、その事自体をビルは気付いているみたいだし、私の出る幕は無くなったということだ。
妹を心配するトゥアの言葉など耳に入らないようで、ビルは恋焦がれる表情をしていた。



アイルの元へ行き、ビルの鉱石の浄化を見てもらったところ目を丸くしていた。
「確かに出来ている、全ての工程を鉱石を割ることなく最後まで。独学って言った?」
「はい、あの、泉の谷の図書館には鉱石にまつわる本がたくさんあるのでそこで勉強しました。それに、小さい時に職人さんにやり方を聞いたら教えてくれましたし」
おそらくそれは魅了の力が働いていたのだろう。
そんなビルに教えてとお願いされれば、断る職人はいない。
「工程のスピードはもう少しって感じだけど、何も問題ないさね。ビル、あなたもうすでに職人になれるよ」
アイルにそう言われたビルは嬉しそうに鉱石のペンダントを握りしめる。
技術としての問題はクリアした。



次にクリアすべきなのは谷の人への説明だった。
小さな頃から職人になりたかったこと。
職人になれるほどの浄化の技術を持っていること。
アワン族長を含めた鉱石事業の中心にいる人を集めてもらい、ビルは自分の思いを打ち明けることにした。
ビルのたどたどしい言葉を聞きながらアワン族長は驚いた顔をしていて、孫の思いを知らなかったことがはっきりと分かった。
そうして全て話し終えたビルは周りを見渡す。
私も話を聞いていた人を見てみたが、皆戸惑っているようだった。
そうして一人が話し出すと皆が口々に言い始める。

「ビルさん、貴方は魅了という特別な魔法を持っているのよ。貴女が交渉人だったことでスムーズに請け負うことができた仕事がたくさんあると思うの。貴女にしかできないことが交渉人の仕事にはあると思うのよ」

「浄化の魔法を使えるのは凄いことだが、なにもキミがすること無いじゃないか。職人は表には出てくることはない。魅了の魔力を持ち、さらにその美貌があるのだから神様はキミに表舞台に立ってほしいのさ」

そうだそうだと頷く周りのエルフの声がどんどん大きくなる。
勇気を出したビルのことなんて誰も考えていない。
この子を交渉人に推したエルフはおそらくこの人たちだと思った。

「静かにしなさい」

アワン族長の凛とした声で静まり返る。
「ビル、職人になりたかったのかい」
「…うん」
「そうか…ビルの意見を聞かずに仕事を任せてしまったのは申し訳なかったね。しかし、ビルのおかげで仕事が繋がったのも事実なのじゃ。元々狭い範囲でしか出来なかった商売がここまで広がったのはビルを含んだ交渉人の皆の功績じゃよ。そうして、多くの仕事を繋げられたのはビルの」

「違う!!」

ビルは今はじめて大きな声をあげた。
「私はほとんど何もしてない。仕事を取ってきてたのはお兄ちゃんだよ!皆は分かってない、交渉に魅了なんて必要ない。大事なのは機転や話術、頭の回転でしょ!?みんなして交渉を何だと思ってるの?」
そのビルの気迫に私は拍手したいのを抑えていた。
「私が今魅了の力を使えば、私が何を言ってもあなた達は肯定しか出来なくなる。魅了っていうのはそういうことよ。それのどこが交渉?いい歳した大人たちがそんなことも分からないの?」
ビルの言葉に皆が顔を見合わせる。
トゥアもその場にいたのだが、声を殺して笑っている。
しかし、こどもの意見というのは度々却下されるものである。

「ビルさんの言うことも分かる。しかし、現にキミを目当てに商売を請け負ってくれる商人がいるのは事実だ。キミが職人になればどうなる?商人は仕事を下りる可能性だってあるだろう。今ある仕事の責任も果たさずに職人になりたいなんて無責任になるよ」

「そうよ、誰もが皆ビルさんみたいには出来ないの。貴女の後を誰が引き継げるっていうの?うちの娘もあなたほど美しかったら交渉人にも出来たでしょうけど」

嫌な大人はどこにでもいる。
私は昔の上司を思い出しながら、手を挙げた。

「ちょっといいですか」

一斉に振り向いた大人たちは私を見て、部外者が何、という顔をしている者もいる。
はいはい、分かってる。
風上の村で向けられた視線よりはマシだったが、こういう視線は本当にきつい。
「ビルさんは今交渉人の仕事をしてます、さらには鉱石の浄化の技術も持ってます」
「だからなんです?」
誰かがそう問うので私は続けた。
「ビルさんはこの谷で働かなくても問題ないってことです」
その瞬間、その場がざわついた。
え、皆その可能性を考えたこと無いってこと?
そんなことある?
そうしてそのざわつく中、急に明るい声がした。
「ほんとだ!リビさんの言う通りですね!」
ビルの笑顔に谷の人たちはゾッとした顔を浮かべており、逆にトゥアは大爆笑していた。
「それなら私、シグレさんのとこに行きたいな」
「ビル、待つんじゃ!!シグレって誰じゃ!?」
アワン族長が慌てる中、ビルは私の方へと駆け寄ってきた。
「リビさん、そろそろ外に行きませんか?今日もいますよね?」
「いますけど、あの、いいんですか」
ビルは愛くるしい笑顔で谷の人の方へ振り向いた。
「だって私いつでも谷を出られるって気付いちゃったんです」
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