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太陽の国2

湖の妖精

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『ああ、あなたまだ妖精の言葉を理解できなかったから知らないのね。あの子はあなたに助けて欲しかったのよ』

「え?」
私があまりに驚いた声をあげたので、ツキは仕方がないというように話し出す。
『あの妖精は人間の男に恋をした。その死体があの湖に沈んでるの』
「え、あの、どういうことですか」
『太陽の国は闇魔法を処刑していたのよ。その処刑方法は迷いの森に送り込むことだった。なぜならここは妖精の住処であり、生息している植物は毒を有するものが多い。だから、生き残る可能性が低いと考えられていた。一応この迷いの森は太陽の国が所有している森で、実は代々の国王だけは森を出る順序を知っているのよ。これは、古い妖精なら知っていることなの』
私はツキの言葉に真剣に耳を傾けていた。
太陽の国王ならこの森を出入りできるなんて知らなかった。
『ある処刑者は妖精にかどわかされ寿命をとられて死に、ある処刑者は毒キノコを食べて死ぬ。あなたみたいに生き残るケースはとても少ないのよ。だって、闇属性でも毒が効かない人間は少ないから。そんな処刑者の中に毒の効かない男がいた。毒の花を食べる男が珍しかったから、湖のあの子は彼を水の中から眺めていたの』
ああ、あれ甘くておいしいよね。と相槌を打とうと思ったが怒られそうでやめた。
『男は妖精を警戒していた。だからいつも距離を取っていて、お互いに遠くから相手を見ていた。でもその距離は次第に狭まって、最終的には指が触れ合う距離まで近づいた。言葉も通じないけれど、妖精のあの子が微笑むと彼も笑ってくれるようになっていた』
なんとも初々しい恋の話に聞こえた。
私はツキの次の話を待っていた。
『そんなある日、別の処刑者が二人のところに来た。そいつは男に何かをふきこんだ。想像でしかないけど、きっと妖精は危険であの子が男を殺すとでも言ったのでしょうね。その日から男は湖に近づかなくなってしまったの。あの子はずっとずっと男が来るのを待っていた。そうして、やっと会いにきてくれた男は胸にナイフが刺さっていたの』
一体男になにがあったのだろうか。
ナイフということは、人間同士で争いがあったのだろうか。
『他の妖精の話では仲間割れのように見えたと聞いたわ。おそらく、協力して森を出ようとしていたのでしょうね。それが何らかの理由でできなかった。そうして、湖に来た男は自ら水の中に落ちたのよ。引き上げようとしたあの子を抱きしめて、笑ったの。彼は息絶えて水底に沈んでいった。あの子は、あの男を水の中から引きあげてほしいのよ』
ツキからそんな話を聞いた私は、立ち上がった。
「ツキさん、湖に行きましょう」
『・・・仕方ないわね、話したのは私だし』
そんなことを言いつつもツキは隣をついてきた。
もしかしなくても、湖の妖精を助けたくてこの話をしたのだろう。


湖は月の光を反射してキラキラと光っている。
そうして顔をだした湖の妖精はにこっと微笑んだ。
『ねぇ、人間さん。彼を助けてほしいの』
「ずっと、そう言ってたんですね」
『!!分かるの?私の言葉』
「今なら分かります。水に沈んだ彼を助けて欲しいんですよね」
『ええ、そうなの!だって、この湖は人間にとって冷たいから。寒いのはかわいそうでしょ?』
私はツキの顔を見る。
もう彼は死んでいるのにかわいそうだと思うのは妖精の感覚だろうか。
『彼ね、服についていたバッジを眺めていたの。国が恋しいと思うのよ。だから、彼を国へ連れて行ってあげてほしいの』
「まず、彼を引き上げないといけないですね。私一人じゃ多分無理ですが」
『もちろん私も手伝うわ。二人ならきっと彼を引き上げられる』
私はマントを脱いで、バッグをおろした。
遺体をひきあげるのは簡単ではない。
そもそも、100年前の遺体ってどうなってるんだ。
色々考えてしまえば、水に飛び込むことさえできなくなってしまう。
私は意を決して水に飛び込んだ。
妖精が先導して水底に向かっていく。
潜水はあまり得意ではないけどなんとか、下まで来た。

そこには、当時のまま。
美しい人の姿で目を閉じる遺体が横たわっていた。

『私の魔法なの。そのままの姿じゃないと、家族が分からないと思って』
そう言った妖精は彼の体を抱き起こして頬に触れる。
『ねぇ、やっと連れ出せるわ。本当はずっと一緒にいたいけど大丈夫。あなたを故郷に返してあげられるのが嬉しいの』
その光景はまるで、船から落ちた王子様を助ける人魚姫のように見えた。
私は泣きそうになるのを堪えて、彼の体を支えて湖の外に出た。
遺体の胸の部分には赤黒いしみがある。
ツキの話どおり、彼は刺されて殺されたのだ。
そうして、彼の服にはバッジがついていた。
それは、太陽の国の騎士のバッジだった。
彼の故郷が太陽の国かどうかは分からないが、確認するしかない。
地面に横たわる彼は今にも目を開けそうなほど綺麗なままだ。
湖の妖精はゆっくりと水から顔を出すと、横たわる男の唇にキスをした。
『今日でお別れね。でもこの100年ずっと一緒だったもの。素敵な毎日だったわ、ありがとう』
妖精が柔らかく微笑んでいるのを見ていると、私が泣いていた。
こんなに純粋な愛が目の前にあることで私の今までの黒いもやもやはどこかへ行ってしまったのだ。
『あら、どうしてあなたが泣くの?変な人間さん』
湖の妖精に笑われて、私は袖で涙を拭う。
「彼を外に連れ出したいのですが、今はソラもいませんしどうしましょうか」
ツキの顔を見ると面倒そうに横たわる彼に魔法をかけた。
『彼の体を軽くしておいたから、担いでちょうだい』
「でも、出口が」
『案内するから早くして』
ふわりと飛んで行ってしまうツキを追いかけるために私は、彼を横抱きにする。
羽のように軽いとはまさにこのことで、濡れてさらに重くなっているはずの彼の体重を感じない。
パシャリと水音がして振り向くと、湖の妖精が手を振っていた。
『彼をお願いね、人間さん』
「はい」
私は頷いて、すでに進み始めているツキを追いかけた。
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