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太陽の国
闇魔法への洗礼
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休憩をはさみながら森を2つ抜けて、険しい山をソラに乗って運んでもらえば本当にすぐだった。
風上の村。
小さなその村に門番などはおらず、中へ入ると民家がちらほらと見える。
住民らしき人が私とソラを訝しげに眺めては、家の中に急いで入るのが見えた。
閉鎖的、というのはこういうことだろうか。
そんなことを考えていると、ゴンッと頭に何か当たった。
地面を見ればピンポン玉くらいの石がころころと転がっている。
「キュ!」
ソラが慌てたようにするので、痛みのある箇所を触るとぬるっと血の感触がした。
石を投げたのは中年の男性で、こちらを睨みつけている。
「村から出て行け。お前、闇魔法を持ってるだろ。お前のような化け物が来るとこじゃねぇんだよ」
他の住民はそんな男性を止めるでもなく、ただ私を睨んでいるようだった。
闇魔法持っててもさすがに石は避けられなくない?
ズキズキと痛む頭を押さえながら私は泣きそうだった。
人様に石を投げる方がよっぽど化け物でしょ。
そう言ってやりたいが怖くて声なんか出ないし、話が通じるとも思えない。
ソラが心配そうに見つめるから、涙を堪えているだけ。
すると、奥の方から白髪の老婆がこちらに歩いてくるのが見えた。
「闇魔法を持つ者よ、この村に何用じゃ」
歓迎されていないことはひしひしと感じたが、まだあのイカれた男より話は出来そうだ。
「アイル先生から麻酔の薬草を頼まれて買いに来ました」
震えながら答えると老婆は鼻で笑った。
「そうじゃろうな、闇魔法なんてものを受け入れとる国はそう無い。アイル先生は変わりもんじゃて、お主のようなもんでも使いなさる」
バカにされてる事だけは分かる。
「何故私が闇魔法を持っていると思うんですか」
「知らんのか?ドラゴンなんて希少なもんを連れ歩いとる闇魔法の人間がおると有名じゃ。ドラゴンも可哀想じゃの、こんな異物のペットにされてしもうて」
何を言われても反論など出来はしない。
人に悪意を向けられた私は、声を出すので精一杯だからだ。
「麻酔の薬草を売って下さい」
「お主なんぞに勿体ない貴重な薬草じゃ」
「私じゃなくてアイル先生が使うものです」
「お主に売る草は無い。さっさと村を出てもらおう」
「じゃあ、この子に売って下さい」
私はソラにお金を持たせた。
老婆は目を見開いて嘲笑う。
「ほう、それじゃあ」
と金額を提示された。
ソラはお金を数えてぴったりに渡した。
住民はざわついているようだ。
お金を数えられるドラゴンを見たことがないのだろう。
私とソラは言語もお金の勉強も一緒にしてきたんだ。
老婆は少し黙ると後に居た女性に薬草を持ってこさせ、私とソラの前に投げた。
「ほれ、拾ってさっさと帰れ」
だが、私とソラは拾わなかった。
「何しとる、いらんのか」
「麻酔の薬草はこれじゃありません」
「何を馬鹿なことを」
「葉の形が全く違います」
そう言うと、老婆は高笑いした。
「なんじゃ、ただの無知ではないということか。よかろう、チャンスをやろう」
そんなことを言いだすものだから耳を疑った。
もうお金払ったんですけど?
詐欺ですか?この世界の警察はどこですか?
大声で叫びたかったがこの村に警察はいなさそうだ。
老婆の合図で一人の女性が連れてこられた。
その女性は頭に角があり、ぐるぐる巻きに縛られていた。
「竜人族の女じゃ。こいつは村に忍び込んで薬草を盗もうとした。その薬草は竜人族特有の鱗の病を治す薬になる。大方、誰かを治したいんじゃろうが、盗みは大罪。じゃが、闇魔法のお主がこの薬草を正しく使い、病を治せたら罪は不問にしてやる。麻酔の薬も今後、アイル先生に提供すると約束しよう」
老婆の言葉に何故か周りがざわざわとしている。
笑いを堪えるような、そんな嫌な空気を感じた。
これは、罠かもしれない。
それでも私は竜人の女性に話しかけた。
「私はリビ。貴女は誰を助けたいんですか」
その問いに村人達は笑い出した。
え、なに、と周りを見回すと口々に罵られた。
「狂ったのかあんた。人間の言葉なんて通じねぇ」
「逆もしかり、竜人の言葉が人間に分かるわけねぇだろ」
「こりゃあ、傑作だな」
そんな笑い声の中、凛とした声が耳に届いた。
「私はロア。私の子供が病気なんです、盗みをしたことは申し訳ないと思っています。ですがどうか子供の元へ帰らせて下さい」
その声は、私とソラにしか聞こえていないようだった。
もしかすると、特殊言語の能力が上がってる?
「子供はどこですか」
「山を降りたところの洞窟です、急がなくては死んでしまう」
泣き出した竜人の女性の縄をナイフで切ると、私は鱗の病に効くという薬草を手に取った。
「ロア、この薬草で間違いない?」
「はい、絶対にこの薬草です」
「ソラ!山を降りるよ!」
「キュ!」
私達の素早い行動に呆気にとられたのか、村人は飛び立つドラゴンをただ眺めていた。
「何をしてるんじゃ、追いかけろ!」
そんな老婆の声が下から聞こえた。
洞窟に入ると幼稚園に通うぐらいの子供が横たわっている。
ロアは駆け寄って何度も名前を呼ぶが応答はない。
鱗が壊死している?
見えている顔や腕に生えている鱗が黒ずんで、ボロボロと崩れている最中だった。
私は植物図鑑を開き、鱗の病に効くという薬草を見る。
“鱗を新しく再生させる治癒の効果をもたらす薬草”
と書かれている。
ふと、洞窟の入口に村人が息を切らして立っているのに気がついた。
「諦めな、もうそんな黒く変わってしまったら治らねぇ。それにその薬草の量じゃ足りるわけがねぇ」
さすがの村人も死の間際の子供を見て笑えないようだった。
私は薬草を見つめた。
「もっと、この薬草はありませんか」
「それは作るのが難しい薬草だ、だから高価なものなんだぞ。今あるのはそれだけだ」
「他の村や国は?それこそ、竜人がかかる病なら竜人の国に薬草があるんじゃ」
そう言いかけるとロアは首を振った。
「故郷は遠いのです。それに私の国でも貴重な薬でした。高価な手の届かない薬、だから探し回っていたんです」
ロアは長い間子供のために薬草を探していたのだろう。
黒くなっていく我が子を助けられず、とうとう盗むしか無いと考えてしまった。
盗むのは確かに駄目だ。
でも、自分がどうなってもこの子だけは守りたい気持ちは分かってしまう。
なにか救う方法はないのか。
この子の病は進行していて量が足りない。
どこかから探すには時間が足りない。
今ここにある薬草だけでなんとかしなくてはならない。
その時に浮かんだのはアイルの言葉だった。
“操る技術やセンスによって様々な姿に形を変える。使い方も千差万別。それが魔法ってもんだよ”
アイルは何もないところから水を出していた。
体内の水を利用しているなら大きな氷の城も建てられるなんて言わないはず。
魔力の大きさによってそれは変化するのではないか。
“貴女の魔法は未熟で貧弱。相手を殺せるほどの威力はまだ無いわ。それでもコントロールが上手くなれば相手を長く苦しめることも一瞬で殺すことも出来るようになる。人間の言葉で言えば努力次第ね”
師匠であるツキの言葉も思い出した。
同じ毒を食べたとしても私の魔力次第でその効果は変化する。つまり、強い魔法を使えば効果は大きくなるということなのではないか。
薬草が少なくても、魔力さえ強ければ関係ない?
私は図鑑を急いで捲った。
魔力を増幅させる植物は?
魔法を強化する植物は!?
その中でも山で自生するものを探して村人に見せた。
「この薬草は山にありますか!?」
「え、なんだい急に」
「いいから、あるかないか教えて!!」
「あ、あるよそれなら」
私はロアに薬草を手渡した。
「持ってて、すぐに戻ります」
私はソラに飛び乗って村人に手を伸ばした。
「どこにあるか教えて下さい!」
「え、しかし」
「子供が死んでもいいんですか!?」
村人は私の勢いに気圧されてソラに飛び乗った。
案内された場所にはたくさんの薬草が生えていた。
出来るだけたくさん食べないと!
出来得る限り口に押し込んで、ソラにも鞄に詰めてもらう。
「あんた、何してんだよ…煎じないと使えない薬草だぞそれ」
一心不乱に薬草を食べる私を見て村人は引いていたが、今はそれどころじゃない。
吐きそうになりながらもなんとか押し込んで、村人と共に洞窟へと戻る。
ロアの元へ駆け寄って薬草を受け取る。
村人は蒼褪めながら私を止めようとするが、それをソラが止めてくれた。
「いやいやいや、その薬草で最後なんだぞ!それは乾燥させてからすり潰して水と混ぜてから体に塗る薬なんだぞ!?」
後ろで騒ぐ村人をソラがドウドウと止め、私はそれをお構いなしに薬草を自分の口へと突っ込んだ。
ロアも村人も青褪めていて、申し訳ない気持ちと今はそれどころではない気持ちがぶつかり合う。
よし、準備は整った。
今高まっている魔力を全て鱗の再生に使う。
子供に手を翳し、強く強く願う。
この子の病を治したい。
黒くなった鱗を新しく生まれ変わらせる。
お願い、お願い、お願い!!
黒い光が子供を包む。
少しずつではあるが、鱗が生え変わっていく。
それを見たロアが口を開ける。
「リビの、魔法なの…?」
「食べた植物の効果を付与する魔法なの、でも魔力の大きさで効果の大きさも変わってしまう。ロア、鞄に入ってる薬草を私に食べさせて」
ロアはもう迷わなかった。
鞄から取った魔力の増幅の薬草を私の口に何度も入れてくれた。
魔法を途切れさせてはいけない。
この一回しかチャンスはない。
鞄の薬草がもう無くなってしまう。
それでも、まだ子供の鱗は黒い所が残っている。
駄目だ、魔力が底をついたら魔法が消える。
その時、後ろで翼の音が聞こえた。
「キュ!」
「まだ足りねぇんだろ、薬草取ってきたから!」
ソラと村人が増幅の薬草をまた取りに行ってくれたのだ。
「ありがとうございます!!」
薬草を食べ続けた私の魔法は1時間、子供に鱗の治癒を施した。
黒かった鱗は生え変わり、水色の鱗が光に反射する。
子供は息をしているようだ。
私は魔力が尽きてその場に座り込む。
ロアが泣きながら子供を撫でて、私に何度もお礼を言った。
「本当に、本当にありがとう…」
飛び続けたソラも、薬草を摘んでくれた村人もへとへとだった。
「ドラゴンさんも、貴方もありがとう」
ロアの言葉にソラは笑顔で答え、言葉が分からない村人も笑顔を返した。
「まさか、助かるとはね」
この嫌味な言い方はと振り返ると洞窟の入口に老婆と他の村人がたくさん集まっていた。
「薬草の量も足りないし、調合するには時間もかかる。絶対に患者は死ぬと思っていたが、まさかそんな魔法を持っているとは驚きだ。どうじゃ、村に留まって薬師にならんか?お主なら調合もいらぬ、量も少しで効果がある。そんな逸材なら村の高価な薬草を使って良いぞ」
その言葉にカチンときた。
どれだけ相手を馬鹿にすれば気が済むのだろうか。
「お断りします」
「なんじゃと」
私の声は今度は震えていなかった。
最高に疲れているせいかもしれない。
こちとら1時間連続で魔法を出し続けてただでさえ疲労困憊なのに、あんたらの戯言に付き合ってやる余裕はない!!
「何故断られるのかご自分の胸に手を当ててよーく考えてみてはいかがですか?」
「な、なにを生意気な!!こちらは化け物のお主を人間として扱ってやると譲歩してやって」
「私は食べた植物の効果を相手に付与することができる」
「そ、そんなことは分かっておる。何をいまさら」
私は老婆とその周りの人間に手を翳す。
「私の今日のおやつはルリビです。効果を知らない人間はまさか、いないですよね?」
ザザッと後ずさる音が聞こえる。
「そんな脅しが通用するとでも」
私はポケットからルリビを取り出して口いっぱいに頬張った。
「ああ、この甘さが染み渡るわ」
「ば、化け物…!!」
「今日を命日にしたくなかったら麻酔の薬草を早く渡して下さい。お金はもう支払ってるんですから」
老婆は震える手で薬草をこちらに投げた。
逃げようとする老婆と村人達を呼び止める。
「あ、そうだ。お婆ちゃん、自分で言ったことくらい守れますよね?アイル先生に麻酔の薬草を提供するって言いましたもんね」
それに対しての返事はなく、老婆たちは走って行ってしまった。
さすがにもう魔法を出すことは出来ないからはったりだったが、通用するものだな。
私は一人残った村人に話しかけた。
「村に帰らないんですか」
「ハハ…帰れねぇよ。あんたらに協力しちまった。それに、あの村はどこかおかしいってちゃんと分かってたんだ。こんなの都合がいいって思われるかもしれんが、太陽の国に連れてってくれんか」
「いいですよ」
「返事早いな!少しは悩んだらどうだ」
私は悩む必要はないと思った。
この人は、この村に影響されていただけだ。
竜人族に話しかけたあの時、笑わっている村人の後ろで愛想笑いを浮かべていたのが彼だった。
環境というのは人の言動に影響する。
周りに同調しようとして、己を曲げなくては生きていけない人もいるのだ。
私もきっとこの村に住んでいたら一日中周りにへこへこしながら、へらへら笑いながら過ごしていたかもしれない。
「どう生きられるかは貴方次第、なのではないですか。太陽の国で楽しく生きるか否かは貴方次第、でしょう?」
私は自分にも言い聞かせるように村人に言った。
村人は、そうだよな、と頷いた。
ソラに竜人の子供とロアを乗せてもらい、先にアイル先生の元へと送り届けてもらった。
治ったとはいえ、ちゃんと専門家に見てもらった方が安全だからだ。
私と村人はソラを待ちながら話をした。
「俺はソルム。村では薬草を育ててたんだ。だから、植物のことは少し詳しかったんだよ」
植物の話に花を咲かせながら、ソラが戻ってくると二人で背中に乗せてもらう。
「ごめんね、ソラ。帰ったらゆっくり休もうね」
「キュウ」
「リビは、ドラゴンとも竜人族とも話せるんだな。俺は今日、自分の知らない世界をたくさん見たよ。世間知らずだったんだよな、俺は」
感慨深そうに嘆くソルムは、ソラを撫でる。
「ドラゴンに乗るのも今日が初めてだ。ソラ、ありがとうな」
「キュ!」
薬草取りで少し仲良くなっているらしい二人は微笑ましくて、私はほっと息をついたのだった。
風上の村。
小さなその村に門番などはおらず、中へ入ると民家がちらほらと見える。
住民らしき人が私とソラを訝しげに眺めては、家の中に急いで入るのが見えた。
閉鎖的、というのはこういうことだろうか。
そんなことを考えていると、ゴンッと頭に何か当たった。
地面を見ればピンポン玉くらいの石がころころと転がっている。
「キュ!」
ソラが慌てたようにするので、痛みのある箇所を触るとぬるっと血の感触がした。
石を投げたのは中年の男性で、こちらを睨みつけている。
「村から出て行け。お前、闇魔法を持ってるだろ。お前のような化け物が来るとこじゃねぇんだよ」
他の住民はそんな男性を止めるでもなく、ただ私を睨んでいるようだった。
闇魔法持っててもさすがに石は避けられなくない?
ズキズキと痛む頭を押さえながら私は泣きそうだった。
人様に石を投げる方がよっぽど化け物でしょ。
そう言ってやりたいが怖くて声なんか出ないし、話が通じるとも思えない。
ソラが心配そうに見つめるから、涙を堪えているだけ。
すると、奥の方から白髪の老婆がこちらに歩いてくるのが見えた。
「闇魔法を持つ者よ、この村に何用じゃ」
歓迎されていないことはひしひしと感じたが、まだあのイカれた男より話は出来そうだ。
「アイル先生から麻酔の薬草を頼まれて買いに来ました」
震えながら答えると老婆は鼻で笑った。
「そうじゃろうな、闇魔法なんてものを受け入れとる国はそう無い。アイル先生は変わりもんじゃて、お主のようなもんでも使いなさる」
バカにされてる事だけは分かる。
「何故私が闇魔法を持っていると思うんですか」
「知らんのか?ドラゴンなんて希少なもんを連れ歩いとる闇魔法の人間がおると有名じゃ。ドラゴンも可哀想じゃの、こんな異物のペットにされてしもうて」
何を言われても反論など出来はしない。
人に悪意を向けられた私は、声を出すので精一杯だからだ。
「麻酔の薬草を売って下さい」
「お主なんぞに勿体ない貴重な薬草じゃ」
「私じゃなくてアイル先生が使うものです」
「お主に売る草は無い。さっさと村を出てもらおう」
「じゃあ、この子に売って下さい」
私はソラにお金を持たせた。
老婆は目を見開いて嘲笑う。
「ほう、それじゃあ」
と金額を提示された。
ソラはお金を数えてぴったりに渡した。
住民はざわついているようだ。
お金を数えられるドラゴンを見たことがないのだろう。
私とソラは言語もお金の勉強も一緒にしてきたんだ。
老婆は少し黙ると後に居た女性に薬草を持ってこさせ、私とソラの前に投げた。
「ほれ、拾ってさっさと帰れ」
だが、私とソラは拾わなかった。
「何しとる、いらんのか」
「麻酔の薬草はこれじゃありません」
「何を馬鹿なことを」
「葉の形が全く違います」
そう言うと、老婆は高笑いした。
「なんじゃ、ただの無知ではないということか。よかろう、チャンスをやろう」
そんなことを言いだすものだから耳を疑った。
もうお金払ったんですけど?
詐欺ですか?この世界の警察はどこですか?
大声で叫びたかったがこの村に警察はいなさそうだ。
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「竜人族の女じゃ。こいつは村に忍び込んで薬草を盗もうとした。その薬草は竜人族特有の鱗の病を治す薬になる。大方、誰かを治したいんじゃろうが、盗みは大罪。じゃが、闇魔法のお主がこの薬草を正しく使い、病を治せたら罪は不問にしてやる。麻酔の薬も今後、アイル先生に提供すると約束しよう」
老婆の言葉に何故か周りがざわざわとしている。
笑いを堪えるような、そんな嫌な空気を感じた。
これは、罠かもしれない。
それでも私は竜人の女性に話しかけた。
「私はリビ。貴女は誰を助けたいんですか」
その問いに村人達は笑い出した。
え、なに、と周りを見回すと口々に罵られた。
「狂ったのかあんた。人間の言葉なんて通じねぇ」
「逆もしかり、竜人の言葉が人間に分かるわけねぇだろ」
「こりゃあ、傑作だな」
そんな笑い声の中、凛とした声が耳に届いた。
「私はロア。私の子供が病気なんです、盗みをしたことは申し訳ないと思っています。ですがどうか子供の元へ帰らせて下さい」
その声は、私とソラにしか聞こえていないようだった。
もしかすると、特殊言語の能力が上がってる?
「子供はどこですか」
「山を降りたところの洞窟です、急がなくては死んでしまう」
泣き出した竜人の女性の縄をナイフで切ると、私は鱗の病に効くという薬草を手に取った。
「ロア、この薬草で間違いない?」
「はい、絶対にこの薬草です」
「ソラ!山を降りるよ!」
「キュ!」
私達の素早い行動に呆気にとられたのか、村人は飛び立つドラゴンをただ眺めていた。
「何をしてるんじゃ、追いかけろ!」
そんな老婆の声が下から聞こえた。
洞窟に入ると幼稚園に通うぐらいの子供が横たわっている。
ロアは駆け寄って何度も名前を呼ぶが応答はない。
鱗が壊死している?
見えている顔や腕に生えている鱗が黒ずんで、ボロボロと崩れている最中だった。
私は植物図鑑を開き、鱗の病に効くという薬草を見る。
“鱗を新しく再生させる治癒の効果をもたらす薬草”
と書かれている。
ふと、洞窟の入口に村人が息を切らして立っているのに気がついた。
「諦めな、もうそんな黒く変わってしまったら治らねぇ。それにその薬草の量じゃ足りるわけがねぇ」
さすがの村人も死の間際の子供を見て笑えないようだった。
私は薬草を見つめた。
「もっと、この薬草はありませんか」
「それは作るのが難しい薬草だ、だから高価なものなんだぞ。今あるのはそれだけだ」
「他の村や国は?それこそ、竜人がかかる病なら竜人の国に薬草があるんじゃ」
そう言いかけるとロアは首を振った。
「故郷は遠いのです。それに私の国でも貴重な薬でした。高価な手の届かない薬、だから探し回っていたんです」
ロアは長い間子供のために薬草を探していたのだろう。
黒くなっていく我が子を助けられず、とうとう盗むしか無いと考えてしまった。
盗むのは確かに駄目だ。
でも、自分がどうなってもこの子だけは守りたい気持ちは分かってしまう。
なにか救う方法はないのか。
この子の病は進行していて量が足りない。
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「あ、あるよそれなら」
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「持ってて、すぐに戻ります」
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「え、しかし」
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出来得る限り口に押し込んで、ソラにも鞄に詰めてもらう。
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一心不乱に薬草を食べる私を見て村人は引いていたが、今はそれどころじゃない。
吐きそうになりながらもなんとか押し込んで、村人と共に洞窟へと戻る。
ロアの元へ駆け寄って薬草を受け取る。
村人は蒼褪めながら私を止めようとするが、それをソラが止めてくれた。
「いやいやいや、その薬草で最後なんだぞ!それは乾燥させてからすり潰して水と混ぜてから体に塗る薬なんだぞ!?」
後ろで騒ぐ村人をソラがドウドウと止め、私はそれをお構いなしに薬草を自分の口へと突っ込んだ。
ロアも村人も青褪めていて、申し訳ない気持ちと今はそれどころではない気持ちがぶつかり合う。
よし、準備は整った。
今高まっている魔力を全て鱗の再生に使う。
子供に手を翳し、強く強く願う。
この子の病を治したい。
黒くなった鱗を新しく生まれ変わらせる。
お願い、お願い、お願い!!
黒い光が子供を包む。
少しずつではあるが、鱗が生え変わっていく。
それを見たロアが口を開ける。
「リビの、魔法なの…?」
「食べた植物の効果を付与する魔法なの、でも魔力の大きさで効果の大きさも変わってしまう。ロア、鞄に入ってる薬草を私に食べさせて」
ロアはもう迷わなかった。
鞄から取った魔力の増幅の薬草を私の口に何度も入れてくれた。
魔法を途切れさせてはいけない。
この一回しかチャンスはない。
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それでも、まだ子供の鱗は黒い所が残っている。
駄目だ、魔力が底をついたら魔法が消える。
その時、後ろで翼の音が聞こえた。
「キュ!」
「まだ足りねぇんだろ、薬草取ってきたから!」
ソラと村人が増幅の薬草をまた取りに行ってくれたのだ。
「ありがとうございます!!」
薬草を食べ続けた私の魔法は1時間、子供に鱗の治癒を施した。
黒かった鱗は生え変わり、水色の鱗が光に反射する。
子供は息をしているようだ。
私は魔力が尽きてその場に座り込む。
ロアが泣きながら子供を撫でて、私に何度もお礼を言った。
「本当に、本当にありがとう…」
飛び続けたソラも、薬草を摘んでくれた村人もへとへとだった。
「ドラゴンさんも、貴方もありがとう」
ロアの言葉にソラは笑顔で答え、言葉が分からない村人も笑顔を返した。
「まさか、助かるとはね」
この嫌味な言い方はと振り返ると洞窟の入口に老婆と他の村人がたくさん集まっていた。
「薬草の量も足りないし、調合するには時間もかかる。絶対に患者は死ぬと思っていたが、まさかそんな魔法を持っているとは驚きだ。どうじゃ、村に留まって薬師にならんか?お主なら調合もいらぬ、量も少しで効果がある。そんな逸材なら村の高価な薬草を使って良いぞ」
その言葉にカチンときた。
どれだけ相手を馬鹿にすれば気が済むのだろうか。
「お断りします」
「なんじゃと」
私の声は今度は震えていなかった。
最高に疲れているせいかもしれない。
こちとら1時間連続で魔法を出し続けてただでさえ疲労困憊なのに、あんたらの戯言に付き合ってやる余裕はない!!
「何故断られるのかご自分の胸に手を当ててよーく考えてみてはいかがですか?」
「な、なにを生意気な!!こちらは化け物のお主を人間として扱ってやると譲歩してやって」
「私は食べた植物の効果を相手に付与することができる」
「そ、そんなことは分かっておる。何をいまさら」
私は老婆とその周りの人間に手を翳す。
「私の今日のおやつはルリビです。効果を知らない人間はまさか、いないですよね?」
ザザッと後ずさる音が聞こえる。
「そんな脅しが通用するとでも」
私はポケットからルリビを取り出して口いっぱいに頬張った。
「ああ、この甘さが染み渡るわ」
「ば、化け物…!!」
「今日を命日にしたくなかったら麻酔の薬草を早く渡して下さい。お金はもう支払ってるんですから」
老婆は震える手で薬草をこちらに投げた。
逃げようとする老婆と村人達を呼び止める。
「あ、そうだ。お婆ちゃん、自分で言ったことくらい守れますよね?アイル先生に麻酔の薬草を提供するって言いましたもんね」
それに対しての返事はなく、老婆たちは走って行ってしまった。
さすがにもう魔法を出すことは出来ないからはったりだったが、通用するものだな。
私は一人残った村人に話しかけた。
「村に帰らないんですか」
「ハハ…帰れねぇよ。あんたらに協力しちまった。それに、あの村はどこかおかしいってちゃんと分かってたんだ。こんなの都合がいいって思われるかもしれんが、太陽の国に連れてってくれんか」
「いいですよ」
「返事早いな!少しは悩んだらどうだ」
私は悩む必要はないと思った。
この人は、この村に影響されていただけだ。
竜人族に話しかけたあの時、笑わっている村人の後ろで愛想笑いを浮かべていたのが彼だった。
環境というのは人の言動に影響する。
周りに同調しようとして、己を曲げなくては生きていけない人もいるのだ。
私もきっとこの村に住んでいたら一日中周りにへこへこしながら、へらへら笑いながら過ごしていたかもしれない。
「どう生きられるかは貴方次第、なのではないですか。太陽の国で楽しく生きるか否かは貴方次第、でしょう?」
私は自分にも言い聞かせるように村人に言った。
村人は、そうだよな、と頷いた。
ソラに竜人の子供とロアを乗せてもらい、先にアイル先生の元へと送り届けてもらった。
治ったとはいえ、ちゃんと専門家に見てもらった方が安全だからだ。
私と村人はソラを待ちながら話をした。
「俺はソルム。村では薬草を育ててたんだ。だから、植物のことは少し詳しかったんだよ」
植物の話に花を咲かせながら、ソラが戻ってくると二人で背中に乗せてもらう。
「ごめんね、ソラ。帰ったらゆっくり休もうね」
「キュウ」
「リビは、ドラゴンとも竜人族とも話せるんだな。俺は今日、自分の知らない世界をたくさん見たよ。世間知らずだったんだよな、俺は」
感慨深そうに嘆くソルムは、ソラを撫でる。
「ドラゴンに乗るのも今日が初めてだ。ソラ、ありがとうな」
「キュ!」
薬草取りで少し仲良くなっているらしい二人は微笑ましくて、私はほっと息をついたのだった。
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流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
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※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

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2022/02/14……小説家になろう ハイファンタジー日間 81位
2022/02/14……アルファポリスHOT 62位
2022/02/14……連載開始
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