【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku

文字の大きさ
上 下
6 / 169
太陽の国

魔法の師匠

しおりを挟む
迷いの森へと入った私とソラ。
探しものは案外すぐに見つかった。
それはケラケラと笑いながらバタバタと羽を動かしている。

「この森を出ることができて、なおかつまた森に戻ってきた人間は珍しいわね」

ソラが妖精の言葉を訳してくれて、私は妖精と話をすることが出来る。
とはいえ、ソラに対して友好的であったとしても人間には見向きもしない妖精がほとんどで、私からは話しかけたことはなかった。
だが、妖精が魔法を使えることは明らかで。
ソラのおかげでスムーズに話せることも事実だ。
それを利用しない手はない。
「魔法について教えてほしいんです。私は使い方も、自分になんの魔法があるのかも分かりません」
「あら、どうして人間が妖精に教えを請うのかしら。人間のことは人間が解決したらいいじゃない」
「それはごもっともなんですが、こちらの世界の言語が分からないんです」
妖精は態と驚いた様子で微笑んだ。
「まぁ、なんて憐れな子。いきなりこの世界に現れて、異物でいるしか出来ないのね」
「なんでそれを」
「森の入口から貴女は入ってない。突然現れたということは、そういうことだわ」
ふわふわと飛んだ妖精は私のおでこに指をつけた。
「私が魔法を教えたとして貴女は私に何をくれるのかしら?その目?寿命?記憶かしら」
妖精の瞳は真っ直ぐと私を見ていて嘘ではないらしい。
小さな羽を動かしてきらきらふわふわと飛ぶ可愛らしい妖精の要求は可愛くない。
そんな物騒な取り引きはごめんだ。
かと言って私には何もない。
「妖精が欲しがるものってなに…そもそも今あげられるものなんて何もないし」
妖精は少し黙ったあとこう聞いてきた。
「貴女、どこから来たの?言語がわからないということは別の国から来たのよね」
「日本ですけど、分からないですよね」

妖精は一瞬考えて、頷いた。

「それじゃあ取り引きしましょ。貴女の国の言葉を教えなさい。その代わり魔法を教えてあげる」
私からすれば願ってもない提案だ。
何かを欠損することなく魔法を教えてもらえるならば本望だ。
でも、どうして日本語なんか必要なんだ?
こちらの世界で日本語なんて使えるところは無いはずだ。
妖精の意図は掴めなかったものの、私はこの世界で魔法の師を見つけることに成功した。
「闇の力が一番強いわね。あの果実を美味しそうに食べられる訳だわ」
妖精は魔力を感じ取れるらしく、やはり私の魔力は闇なのだと分かった。
どうやら闇の魔法を持つものは、場合によって毒が効かなかったり、本来ならばありえない能力を発揮することから人間ではないと恐れられていたらしい。
「闇の魔法を持っている人間がよくこの迷いの森に送り込まれて来たわ。その人間たちは出ることが出来ず死を待つだけだった。妖精に騙されて寿命を取られて死んだ者もいたわ」
妖精は世間話のように淡々と語る。
迷いの森というのは処刑の場所として使われていたという訳だ。
「貴女は体内に取り込んだ毒を魔法として使うことが出来るはずよ」
「それって、危ないんじゃ」
「何を言ってるの。そんなもの火だろうが風だろうが関係ない。相手に攻撃する魔法というものは相手を傷付ける覚悟を持ってするものだわ」
妖精にまともな説教を食らい、確かにそうですが、と言い淀むしかない。
「貴女の魔法は未熟で貧弱。相手を殺せるほどの威力はまだ無いわ。それでもコントロールが上手くなれば相手を長く苦しめることも一瞬で殺すことも出来るようになる。人間の言葉で言えば努力次第ね」
魔法というものを学びながら、コントロールの方法を教えてもらう。
とはいえ、この世に存在するときから魔法を自由自在に扱える妖精は〈魔法の出し方が分からない〉というのが分からないらしい。
「そんなものは自分でなんとかして。私が教えられるのは魔法というものそのものだけだわ。それより、次は言葉を教えて。“あめ”とはなに?」



妖精はほぼ一方的に魔法についてを語り、一時したら言葉の意味を聞いてきた。
何日も何日もそれを繰り返し魔法の知識そのものは理解しつつあった。
「“つき”ってあれのこと?」
妖精が夜空を指差してそこに浮かぶ満月を見た。
「そうです。師匠は色んな日本語を知ってるんですね」
妖精は様々な単語を知っていた。
その意味だけを知らないようだった。
「以前貴女と同じ言葉を話す人間がいたわ、この森に」
その可能性は考えていたものの、実際に妖精の口から聞かされると驚いてしまう。
この森を彷徨う転移した者は私以外にもいたわけだ。
「ねぇ、それより師匠って呼ぶのやめてよ。人間の師匠なんて美しくないもの。“ツキ”って名前にするからそちらで呼んで」
「ツキさんですか。気に入ったんですか」
その問いかけにツキは月を見上げた。
「“きれい”って言ってたから、ツキがいいの」
彷徨っていた人間はツキにとってどんな人間だったのか。
少なくとも、言葉の意味を知りたい程には好いていたのだろう。
その人間は一体どうなったのだろう。
それを聞くのが怖くて、私はずっと聞けないでいた。


ツキに教えてもらって約3ヶ月。
ツキは突然終わりにすると言ってきた。
毒の魔法は出せるようになったもののまだコントロールできる訳でもなく、へなちょこの魔法のままだ。
「なんで急に!?」
「急じゃないわ。知りたかった言葉はもうあと一つしかないの。つまり、貴女は対価を払えなくなるってことよ」
その淡々とした様子はとても冷たかった。
この3ヶ月毎日一緒にいても、距離感は変わらなかったということだ。
「あの人が話していた言葉で聞き取れた言葉だけ知りたかった。ただそれだけだったの。さぁ、“さよなら”の意味をおしえてくれない?」
これで最後という時にその言葉が来るとは、なんとも皮肉だ。
「…その人はどうなったんですか」
最後になるのなら聞いてみようと思った。
もしかして、死ぬ間際の言葉だったんじゃ。
「森を出て行ったわ」
「え!?どうやって」
「私が案内したから」
その人が森を出られたというのは素直に嬉しかったが、妖精の行動としては違和感だった。
「なんでそんなことを?教えなければずっと一緒にいられたのに」
そんな恐ろしい思考になるのは妖精と過ごしたからだろうか。
けれども妖精は眉を顰めて言った。
「そんなことしたら死ぬじゃない。人間は脆いのよ」
随分とまともなことを言うツキは、それだけその人のことを想っていたと分かる。
妖精も人間のような思考をすることがある、というのが三ヶ月での学びだ。

「さよならは、別れの挨拶です」
「ああ、なーんだ。もっと気の利いた言葉かと思ったのに。それじゃあ、“さよなら”」

ツキは少し寂しそうにその場から消えた。
三ヶ月頑張って通訳してくれたソラを撫でて、私は夜空の月を見上げた。
ツキは最後の別れの時に、その人になんて言って貰いたかったのだろう。
気の利いた言葉とは何を示しているのだろう。
ツキが聞きたがった言葉は世間話のような単語だけだった。
おそらくその人は、ツキに何気ないことを話しかけていたのだ。

“雨が降ってきたね”

“寒い夜だ”

“ここは夢の世界なのかな”

“君は小さな神様かい”

お互いに何を言っているか分からなかったのだろう。
だから、お互いが一方的に話していたのだろう。
そうして、伝わらない言葉をお互いが呟いていたのだろう。

“月が綺麗だ”

言葉は通じなくても二人はお互いを想っていたのかもしれない。
「ツキさん、ありがとうございました」
ソラの背に乗って舞い上がる。
見下ろした森には小さな灯りが見えて、きっと月を見上げているのだろうと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔女を求めて今日も彼らはやって来る。

まるねこ
ファンタジー
私の名前はエイシャ。私の腰から下は滑らかな青緑の鱗に覆われた蛇のような形をしており、人間たちの目には化け物のように映るようだ。神話に出てくるエキドナは私の祖母だ。 私が住むのは魔女エキドナが住む森と呼ばれている森の中。 昼間でも薄暗い森には多くの魔物が闊歩している。細い一本道を辿って歩いていくと、森の中心は小高い丘になっており、小さな木の家を見つけることが出来る。 魔女に会いたいと思わない限り森に入ることが出来ないし、無理にでも入ってしまえば、道は消え、迷いの森と化してしまう素敵な仕様になっている。 そんな危険を犯してまで森にやって来る人たちは魔女に頼り、願いを抱いてやってくる。 見目麗しい化け物に逢いに来るほどの願いを持つ人間たち。 さて、今回はどんな人間がくるのかしら? ※グロ表現も含まれています。読む方はご注意ください。 ダークファンタジーかも知れません…。 10/30ファンタジーにカテゴリ移動しました。 今流行りAIアプリで絵を作ってみました。 なろう小説、カクヨムにも投稿しています。 Copyright©︎2021-まるねこ

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

処理中です...