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知らない森
希望と絶望
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それでも私はなんとか川を渡り、洞窟までたどり着いた。
そこでようやくかすかに息をしていることが分かる。
私は体温を分けるためにドラゴンを1日中抱きしめていた。
川にどれほど浸かっていたのか分からないが、氷のように冷たいその体を温めなければ死んでしまう気がした。
タオルとかなにもなくてごめんね。
汚れたTシャツとスウェットしかない私にできることは抱きしめることだけだ。
そのドラゴンを抱きしめながら、助けない方が良かったのではと負の感情が沸き起こる。
私のところには食料も寝床も何もない。
そんなやつに助けられたところで一緒に餓死するだけかもしれない。
それならあのまま川で死んだ方が楽になれたのでは。
腕の中で小さく息をするドラゴンを、私が助けられるとは思えなかった。
何かを考えるとき、リスクの方が何倍にも膨れ上がって私の大半を占めてしまう。
私はそんな自分が嫌いだった。
自己嫌悪に陥りそうになったとき、ドラゴンがふるふる震えだした。
「寒い?ごめんね」
私はドラゴンの体を手で何度も撫でた。
はぁ、と息で温めたり、手でとんとんと子供をあやすように抱きしめた。
そうして一夜が明け、いつの間にか寝ていた私は鳴き声で目が覚めた。
「キュウキュウ」
まさしく川で聞いたその声はやはりドラゴンのものだった。
ぱっちりとした青い瞳は私の顔を見つめていた。
「大丈夫?」
頭を撫でると、その手にすり寄ってきて体調は悪くなさそうだった。
ドラゴンの体は少し乾いてきていて、どこかもふもふとしていた。
もともとは毛に覆われているのかもしれない。それが水に濡れて分からなくなっていたのだ。
「動けるならもう行きな。ここは食べられるものもないしね」
外を指差すとドラゴンは2度鳴いて、外へ出ていった。
死ななくて良かった。
空腹と疲労と、安心。
洞窟の地面に倒れこみ、私は意識を手放そうとした。
「キュウ」
その鳴き声は隣からした。
外に出ていったはずのドラゴンは何故か倒れている私の横で、同じように倒れる仕草をした。
「どうしたの。元居た場所に帰っていいよ」
ドラゴンは私のそばにぴったりくっついて離れなかった。
仲間とか、親とかはどうしたのだろうか。
そもそもこのこは、どうして川にいたのだろうか。
外に出てみて、知らない場所だから戻ってきたのかな。
いろいろなことを考えていると、ぐぅ、という小さな音がした。
私のお腹ではなかった。私はもうそんな時期は通り過ぎた。
「お腹すいた?」
それはどうやらドラゴンのお腹からのようで、私はくすりと笑う。
「食べさせてあげたいけどさ、ここには何もないのよ。自分で狩りとかできないの?」
ドラゴンは首を傾げるばかりで動かない。
仕方ない。
力なく立ち上がり、ドラゴンを抱っこした。
もしかしたら、ドラゴンが食べられるものは分かるかもしれない。
そんな一縷の望みにかけて、外に出た。
いろいろな植物を見せながら食べてくれるか確認する。
口を開けないし、匂いを嗅いでもそれを口にしようとしない。
諦めかけたその時、一枚の葉っぱをドラゴンが食べた。
それは、泣いていた葉っぱだった。
ギザギザでずっと濡れている。私はその得体の知れない液体が怖くて口に出来なかった。
でも、ドラゴンはそれを臆することなく口にした。
もぐもぐと口を動かすドラゴンを見ていたら、消えかけている食欲が戻ってくる。
私も、勇気を出すことにした。
口に入れたそれは、初めて飲み込めた。
味の薄いレタスのような、若干の甘味があるようなそんな味。
食べられるものがあった。
いつの間にか泣いていた私の頬を、ドラゴンが舐めてくれた。
野生の生物なら、食べ物が分かるのかもしれない。
このドラゴンが食べられるものは人間も食べられるのかもしれない。
そんな希望を見出した私は、その日から洞窟の周辺をドラゴンと歩き回ることにした。
カラフルな色合いのアジサイのような花。
黄色と黒の危険標識のようなキノコ。
硬い殻に覆われて私の力だけでは絶対に割れなかった果実。
ドラゴンが食べようとする物はどれもこれも私が絶対に選ばないようなものばかりだった。
幸いなことに人間の私が食べてみても今のところ体に異常は見られない。
しかし、それは絶対ではない。
ドラゴンには分解できる毒が人間には出来ない可能性だってあるのだ。
だがそんな冷静な思考など全く意味がないのだと私はちゃんと理解していた。
だって、食べないと死を待つだけだ。
今私に判断できるのはドラゴンと同じ物が人間も食べられるかもしれないという曖昧なことだけ。
そんな不確定な情報だとしても泣けるほど嬉しかった。
餓死しなくて済む。
それがどんなに喜ばしいことか。
日本で一般家庭に育った私は食べることに困った経験などはない。
勿論、どの国であろうがその日の食事にありつけるかどうかわからない暮らしをしている人達がたくさんいるだろう。
でも、私にとっては他人事で無関係なことだと思っていたのだ。
そんな暮らしがあることを知識では理解していても、実際に体験してるのとしてないのとでは天と地ほどの差がある。
なんでもそうだ。
経験したことがないものは分からない。
本当のところで理解しようと思えない。
だから今の私は食べることの大切さを学んでいる最中だ。
ひとつひとつの食事のありがたみも、重要さも、何ひとつ分かっていなかった。
分かってたら袋麺を丸かじりにはしない。
ということを私は危険信号色なキノコを丸かじりにしながら思った。
キノコって味しないっけ。
しめじとかマイタケとか、そのまま食べたら味するのかな。
そんな意味のないことを考える程度には余裕が出てきた。
ドラゴンはというと、硬い殻を歯で砕いて、中の実を食べている。
その中身を半分こするように、私にもくれるのだ。
「ありがとう」
「キュ!」
言葉が通じているのかは分からないが、今の私の唯一の癒やしだ。
そんなドラゴンと森の中で食事をしていたときだった。
草を踏む音がした。
枝を折り、生い茂る草木をかきわける音。
そうして、話し声が聞こえた。
もしかして人間がいるの?
私は助かるかもしれないと淡い期待に胸を膨らませ、音が聞こえる方に足を向けた。
少し距離があったが、人影がはっきりと見える。
良かった、事情を話して、それから。
距離が近づくにつれ、人間の姿が見え始める。
武装した男が二人。
手には剣、背中には弓。
ゲームやファンタジーで見るようなその格好は、冒険者というよりも山賊に見えた。
見た目で判断するのは良くない。
でも、悪いことをしてきた人の顔だというのは直感で分かった。
初めて会えた人間が悪い人かもしれないなんてどれだけ運が悪いのだろう。
いや、これは物語なんかじゃない。
現実なのだ。
そうして私はさらに絶望することになる。
「◇○□◇○□◇○□!」
「◇○◇○□!」
この男達がなんて言っているのか全く理解出来なかったことだ。
言語が日本語じゃない。
英語でもなく、聞いたことすら無い。
その事実に私は絶望を通り越して笑えてきた。
ここは死後の世界の地獄か何かか。
私に苦痛を味わわせる世界なのか。
とにかく逃げなければと男二人に背中を見せた途端。
足の直ぐ側の地面に矢が刺さった。
殺される!!
無我夢中で走った、走るしか無かった。
元の場所まで戻ってドラゴンを抱き抱えた。
鋭い枝を踏んで足の裏が切れて、それでも走って。
大きな木の裏に隠れた。
声を押し殺して、乱れる息がどれだけ苦しくても我慢して。
それなのに、男二人は直ぐ側まで来ていた。
意味不明な言語が聞こえ、足音が近付いてくる。
どうしたらいい?
どうすれば助かるの?
誰か、誰か、誰か!!
………誰が?
助けてくれる人などいないのだ。
ここには私と、小さなドラゴンしかいない。
この子も狙われるかもしれない。
この世界においてドラゴンがどういう存在かは分からないが、そんなものは関係ない。
自分でなんとかするしか無いんだ。
私は抱えていたドラゴンを地面に下ろして、近くに落ちていた太めの木の棒を掴んだ。
男は二人いる。
狙うなら急所しかない。
空手などの武道の類はしたことがない。
殴り合いなんて以ての外。
でも、やらないと私が殺されるなら覚悟を決めないと。
乱れた息は走ったからか、極度の緊張からか。
大きな木の裏から勢いよく飛び出して、男の後頭部目掛けて棒を思い切り振った。
ゴッ!!
という重い音と共に倒れる男。
そうしてもう一人の男も振り返り、剣で切りかかってきた。
棒じゃ防ぎ切れない。
死、という存在をこれほどまでに身近に感じることは無かった。
この世界に来るまでは。
私は砂を掴んで男に浴びせ目眩ましをする。
そうして怯んだその男の首目掛けて棒を振り払った。
どさり、と男が倒れて私は棒を地面に落とした。
止まらない汗と、乱れた呼吸は苦しくて。
震える手が、足が、思うように動かない。
殺してしまった?
それとも、まだ息はあって襲いかかってくる?
動かない男二人を見下ろしたまま固まっていた私の足元に、ドラゴンがトコトコと歩いてきた。
「キュウ」
そうだ、この子を連れて逃げないと。
ドラゴンを見て我を取り戻した私は、倒れた男の剣と弓を体から外し、全部を持っていくことにした。
後から追われたら武器があると面倒だし。
それから靴を脱がし綺麗な方は頂戴し、もう一人の靴は川に流した。
小さな剣一つ。それから弓を頂戴し、残りの武器は川に流した。
以前の私ならこんなこと絶対に出来ない。
人の武器や靴を盗んで、こんなの犯罪だ。
でも、生き残るためにはこうするしか。
震える手で自分を正当化しながら私は立ち上がる。
そうして倒れた男たちを眺め、歩きだす。
生きているか否か、確認することは怖くて出来なかった。
それにここは洞窟が近いから、もうあの場所には住めないな。
トコトコ付いてくるドラゴンと共に私は、ようやくあの場所から離れることにしたのだ。
人間がいるならば街もあるはず。
言語が分からずとも話を聞いてくれようとする人は何処かにはいるはず。
この世界に来て良いことなど本当に無いのだが、変わったことならある。
現状維持はもう辞めだ。
川が近くないと水が手に入らないとか、洞窟がないと雨風しのげなくなるとか、そんなネガティブなことを考えるのはやめる。
森を出よう。
そこでようやくかすかに息をしていることが分かる。
私は体温を分けるためにドラゴンを1日中抱きしめていた。
川にどれほど浸かっていたのか分からないが、氷のように冷たいその体を温めなければ死んでしまう気がした。
タオルとかなにもなくてごめんね。
汚れたTシャツとスウェットしかない私にできることは抱きしめることだけだ。
そのドラゴンを抱きしめながら、助けない方が良かったのではと負の感情が沸き起こる。
私のところには食料も寝床も何もない。
そんなやつに助けられたところで一緒に餓死するだけかもしれない。
それならあのまま川で死んだ方が楽になれたのでは。
腕の中で小さく息をするドラゴンを、私が助けられるとは思えなかった。
何かを考えるとき、リスクの方が何倍にも膨れ上がって私の大半を占めてしまう。
私はそんな自分が嫌いだった。
自己嫌悪に陥りそうになったとき、ドラゴンがふるふる震えだした。
「寒い?ごめんね」
私はドラゴンの体を手で何度も撫でた。
はぁ、と息で温めたり、手でとんとんと子供をあやすように抱きしめた。
そうして一夜が明け、いつの間にか寝ていた私は鳴き声で目が覚めた。
「キュウキュウ」
まさしく川で聞いたその声はやはりドラゴンのものだった。
ぱっちりとした青い瞳は私の顔を見つめていた。
「大丈夫?」
頭を撫でると、その手にすり寄ってきて体調は悪くなさそうだった。
ドラゴンの体は少し乾いてきていて、どこかもふもふとしていた。
もともとは毛に覆われているのかもしれない。それが水に濡れて分からなくなっていたのだ。
「動けるならもう行きな。ここは食べられるものもないしね」
外を指差すとドラゴンは2度鳴いて、外へ出ていった。
死ななくて良かった。
空腹と疲労と、安心。
洞窟の地面に倒れこみ、私は意識を手放そうとした。
「キュウ」
その鳴き声は隣からした。
外に出ていったはずのドラゴンは何故か倒れている私の横で、同じように倒れる仕草をした。
「どうしたの。元居た場所に帰っていいよ」
ドラゴンは私のそばにぴったりくっついて離れなかった。
仲間とか、親とかはどうしたのだろうか。
そもそもこのこは、どうして川にいたのだろうか。
外に出てみて、知らない場所だから戻ってきたのかな。
いろいろなことを考えていると、ぐぅ、という小さな音がした。
私のお腹ではなかった。私はもうそんな時期は通り過ぎた。
「お腹すいた?」
それはどうやらドラゴンのお腹からのようで、私はくすりと笑う。
「食べさせてあげたいけどさ、ここには何もないのよ。自分で狩りとかできないの?」
ドラゴンは首を傾げるばかりで動かない。
仕方ない。
力なく立ち上がり、ドラゴンを抱っこした。
もしかしたら、ドラゴンが食べられるものは分かるかもしれない。
そんな一縷の望みにかけて、外に出た。
いろいろな植物を見せながら食べてくれるか確認する。
口を開けないし、匂いを嗅いでもそれを口にしようとしない。
諦めかけたその時、一枚の葉っぱをドラゴンが食べた。
それは、泣いていた葉っぱだった。
ギザギザでずっと濡れている。私はその得体の知れない液体が怖くて口に出来なかった。
でも、ドラゴンはそれを臆することなく口にした。
もぐもぐと口を動かすドラゴンを見ていたら、消えかけている食欲が戻ってくる。
私も、勇気を出すことにした。
口に入れたそれは、初めて飲み込めた。
味の薄いレタスのような、若干の甘味があるようなそんな味。
食べられるものがあった。
いつの間にか泣いていた私の頬を、ドラゴンが舐めてくれた。
野生の生物なら、食べ物が分かるのかもしれない。
このドラゴンが食べられるものは人間も食べられるのかもしれない。
そんな希望を見出した私は、その日から洞窟の周辺をドラゴンと歩き回ることにした。
カラフルな色合いのアジサイのような花。
黄色と黒の危険標識のようなキノコ。
硬い殻に覆われて私の力だけでは絶対に割れなかった果実。
ドラゴンが食べようとする物はどれもこれも私が絶対に選ばないようなものばかりだった。
幸いなことに人間の私が食べてみても今のところ体に異常は見られない。
しかし、それは絶対ではない。
ドラゴンには分解できる毒が人間には出来ない可能性だってあるのだ。
だがそんな冷静な思考など全く意味がないのだと私はちゃんと理解していた。
だって、食べないと死を待つだけだ。
今私に判断できるのはドラゴンと同じ物が人間も食べられるかもしれないという曖昧なことだけ。
そんな不確定な情報だとしても泣けるほど嬉しかった。
餓死しなくて済む。
それがどんなに喜ばしいことか。
日本で一般家庭に育った私は食べることに困った経験などはない。
勿論、どの国であろうがその日の食事にありつけるかどうかわからない暮らしをしている人達がたくさんいるだろう。
でも、私にとっては他人事で無関係なことだと思っていたのだ。
そんな暮らしがあることを知識では理解していても、実際に体験してるのとしてないのとでは天と地ほどの差がある。
なんでもそうだ。
経験したことがないものは分からない。
本当のところで理解しようと思えない。
だから今の私は食べることの大切さを学んでいる最中だ。
ひとつひとつの食事のありがたみも、重要さも、何ひとつ分かっていなかった。
分かってたら袋麺を丸かじりにはしない。
ということを私は危険信号色なキノコを丸かじりにしながら思った。
キノコって味しないっけ。
しめじとかマイタケとか、そのまま食べたら味するのかな。
そんな意味のないことを考える程度には余裕が出てきた。
ドラゴンはというと、硬い殻を歯で砕いて、中の実を食べている。
その中身を半分こするように、私にもくれるのだ。
「ありがとう」
「キュ!」
言葉が通じているのかは分からないが、今の私の唯一の癒やしだ。
そんなドラゴンと森の中で食事をしていたときだった。
草を踏む音がした。
枝を折り、生い茂る草木をかきわける音。
そうして、話し声が聞こえた。
もしかして人間がいるの?
私は助かるかもしれないと淡い期待に胸を膨らませ、音が聞こえる方に足を向けた。
少し距離があったが、人影がはっきりと見える。
良かった、事情を話して、それから。
距離が近づくにつれ、人間の姿が見え始める。
武装した男が二人。
手には剣、背中には弓。
ゲームやファンタジーで見るようなその格好は、冒険者というよりも山賊に見えた。
見た目で判断するのは良くない。
でも、悪いことをしてきた人の顔だというのは直感で分かった。
初めて会えた人間が悪い人かもしれないなんてどれだけ運が悪いのだろう。
いや、これは物語なんかじゃない。
現実なのだ。
そうして私はさらに絶望することになる。
「◇○□◇○□◇○□!」
「◇○◇○□!」
この男達がなんて言っているのか全く理解出来なかったことだ。
言語が日本語じゃない。
英語でもなく、聞いたことすら無い。
その事実に私は絶望を通り越して笑えてきた。
ここは死後の世界の地獄か何かか。
私に苦痛を味わわせる世界なのか。
とにかく逃げなければと男二人に背中を見せた途端。
足の直ぐ側の地面に矢が刺さった。
殺される!!
無我夢中で走った、走るしか無かった。
元の場所まで戻ってドラゴンを抱き抱えた。
鋭い枝を踏んで足の裏が切れて、それでも走って。
大きな木の裏に隠れた。
声を押し殺して、乱れる息がどれだけ苦しくても我慢して。
それなのに、男二人は直ぐ側まで来ていた。
意味不明な言語が聞こえ、足音が近付いてくる。
どうしたらいい?
どうすれば助かるの?
誰か、誰か、誰か!!
………誰が?
助けてくれる人などいないのだ。
ここには私と、小さなドラゴンしかいない。
この子も狙われるかもしれない。
この世界においてドラゴンがどういう存在かは分からないが、そんなものは関係ない。
自分でなんとかするしか無いんだ。
私は抱えていたドラゴンを地面に下ろして、近くに落ちていた太めの木の棒を掴んだ。
男は二人いる。
狙うなら急所しかない。
空手などの武道の類はしたことがない。
殴り合いなんて以ての外。
でも、やらないと私が殺されるなら覚悟を決めないと。
乱れた息は走ったからか、極度の緊張からか。
大きな木の裏から勢いよく飛び出して、男の後頭部目掛けて棒を思い切り振った。
ゴッ!!
という重い音と共に倒れる男。
そうしてもう一人の男も振り返り、剣で切りかかってきた。
棒じゃ防ぎ切れない。
死、という存在をこれほどまでに身近に感じることは無かった。
この世界に来るまでは。
私は砂を掴んで男に浴びせ目眩ましをする。
そうして怯んだその男の首目掛けて棒を振り払った。
どさり、と男が倒れて私は棒を地面に落とした。
止まらない汗と、乱れた呼吸は苦しくて。
震える手が、足が、思うように動かない。
殺してしまった?
それとも、まだ息はあって襲いかかってくる?
動かない男二人を見下ろしたまま固まっていた私の足元に、ドラゴンがトコトコと歩いてきた。
「キュウ」
そうだ、この子を連れて逃げないと。
ドラゴンを見て我を取り戻した私は、倒れた男の剣と弓を体から外し、全部を持っていくことにした。
後から追われたら武器があると面倒だし。
それから靴を脱がし綺麗な方は頂戴し、もう一人の靴は川に流した。
小さな剣一つ。それから弓を頂戴し、残りの武器は川に流した。
以前の私ならこんなこと絶対に出来ない。
人の武器や靴を盗んで、こんなの犯罪だ。
でも、生き残るためにはこうするしか。
震える手で自分を正当化しながら私は立ち上がる。
そうして倒れた男たちを眺め、歩きだす。
生きているか否か、確認することは怖くて出来なかった。
それにここは洞窟が近いから、もうあの場所には住めないな。
トコトコ付いてくるドラゴンと共に私は、ようやくあの場所から離れることにしたのだ。
人間がいるならば街もあるはず。
言語が分からずとも話を聞いてくれようとする人は何処かにはいるはず。
この世界に来て良いことなど本当に無いのだが、変わったことならある。
現状維持はもう辞めだ。
川が近くないと水が手に入らないとか、洞窟がないと雨風しのげなくなるとか、そんなネガティブなことを考えるのはやめる。
森を出よう。
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