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【真戸矢 信司編】第三話
しおりを挟む《あの日》が来るまで、俺は《いつも通りの日常》を謳歌していた。
登校するときは一緒にいても、放課後はみんなバラバラに部活に行くことが多かった。
秋人と緋都瀬はバスケ部に行き、玲奈はバトミントン部に行き、羽華は美術部へ行き、いのりは部活には入っていないが、バスケ部に見学に行くことが多かった。
俺は…特にやることもなかったので、部活に入部することはなかった。
本当は部活に入ったことがよかったかも知れない。
でも、俺にそんな余裕はなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……うっ、げほげほっ!!」
男子トイレで、俺は、宗弥からの《暴力》に耐えていた。
宗弥は…兄さんは、俺が《日常》が送るのが気に入らないとすぐに腹部で暴れ回るのだ。
小さな暴力なら、耐えられる。だけど、今日は多くて、トイレの中に入らないと耐えられないほどだった。
「ごめん、なさい…ごめんなさい、ごめんなさい……兄さん、お願い、許して…」
便器に座り、蹴られ続ける腹部を庇うように丸くなる。そうするしか、俺には出来ないから。
涙を流しながら、ひたすらに耐えていると一一入口の向こう側から二人組の声が、こちらに向かってきているのが聞こえてきた。
「……っ!」
信司は咄嗟に、口を両手でふさいだ。宗弥も驚いたのか、暴力をやめた。
やがて、二人組…孝治と優太が笑い声を上げながら男子トイレの中へと入ってきた。
「………」
(こうちゃんと…ゆうちゃん…?)
何故だろう。とても、いやな予感がする。
両手で口をふさぎながら、二人の会話に意識を集中した。
「あー…今日の小テスト疲れたよなぁー」
「はは、孝ちゃん、苦手だもんねー」
「ま、期末とか違って、すぐに点数分かるからいいんだけどさー…待ってる間のあの時間って、眠くなるんだよ」
「ああ、わかるわかる。僕もそうだもん」
「だろう?で、毎度のごとく点数と名前と一緒に発表されるじゃん?あれ、たまんねぇんだよなぁ…」
「確かに…今日も満点は秋ちゃんだったんだよね」
「チッ…気に入らねぇの…」
「………」
孝治の舌打ちと共に放たれた言葉に、信司の心臓が高鳴った。
「え?何が?」
「たかが、小テストぐらいで満点とって、ドヤ顔しやがってよ…ホントに気に入らねぇ奴…」
「い、いいじゃんか…それぐらい、許してあげようよ。それに、秋ちゃんはドヤ顔なんてしてないよ?」
「…俺にはそう見えたんだよ。ったく…一回分からせてやらねぇとだめだな。
あの《オモチャ》は痛い目みないと分からねぇんだよ」
「…こ、孝ちゃん…まさか、またやるの?」
「当たり前だろ。どうせ、俺達には逆らえないんだし。なんだよ?ビビってんのか?」
「そんなこと…ないけど…」
「………………」
(今、なんていった?)
秋ちゃんが、《オモチャ》??
は?何言ってんだよ?どういうことだよ?またやるってどういことだよ?
チャックを閉める音が二つ響き、 水が流れる音がしたあと、孝治が言った。
「別にいいじゃんかよ。アイツを虐めようが何しようが、俺らの好きにやっていいんだ」
「…でも、さ…もう、そろそろ…やめたほうがいいんじゃない?いじめてることが竜舞先生とかにバレたら、どうするの?」
「ははは!そんな心配しなくていいって。ちゃんと先生達の行動は把握してるし、バレない方法はいくらでもあるんだ」
「……まあ、孝ちゃんがそう言うなら、いいけどさ…ほどほどにしてあげないと、秋ちゃん、かわいそうじゃない?」
「…なんだよ?お前…アイツの味方になったつもりか?」
「……っ…そ、そんなんじゃないよ…」
「だったら、一々口答えするな。俺に黙って付いてくればいいんだよ」
「う、うん…分かった…」
「…………」
(そうか…優ちゃんは…逆らえないだけだ。悪いのは…孝治だけだ)
ドロリと、黒い塊が池の底に落ちるような感覚になった。
【オササマヲ、タスケタイカ?】
「……っ」
兄ではない別の声に、信司は体を強張せた。
おそらく、《罪鬼の先祖》の声だろう。
《長》とは秋人のことだと思った信司は頷いた。
(秋ちゃんを…助けたいです…でも、俺には、そんな力はありません…)
【クク…ソウヨナ…オマエハワレノシレンモノリコレラレヌオロカモノニスギヌ】
(申し訳、ありません…!)
すでに、孝治と優太の気配は遠ざかっていた。声は出してもよかったが、《罪鬼の先祖》への恐怖で信司は声を出せなかった。
【オロカナオマエニ…チャンスヲヤロウ】
「…え…?」
【カンタンナコトダ…一一《オニミコ》ヲコロセ】
「…鬼巫女…?
あ、ま、まさか…!!」
チリリン。
鈴の音と共に、こちらを見て、にこりと笑ったいのりが脳裏をよぎった。
彼女を、殺す…?
「い、いやだ…!いやだいやだ…!そんなの、絶対無理です!!」
【デキヌナラ、キサマガコウナルダケダ!!】
「あ、がっ…!」
天井から黒い両手が伸びると信司の首を強く強く、締め始める。上へと持ち上げられ、抵抗しようにも、できない状態だった。
「やめ、て……あ、ぐ…し、しぬ…いやだ…!」
【…ナラバ、ワレノメイニシタガエ。
オニミコヲコロセバ……ハハトチチニアワセテヤル】
「え、あ……父さんと、母さんに…会える…?」
《罪鬼の先祖》の言葉に、信司は父の顔を思い浮かべた。母のことは分からないが、顔を見てみたいと思ったことはある。
いのりを殺せば一一大好きな父と、自分を産んで、亡くなってしまった母に、会える?
頭の中で《罪鬼の先祖》の言葉がグルグルと回っていた。少しずつ、少しずつ、信司の首を絞める力が弱くなっていく。
信司の目と、沢山の赤い目と目があった。
「……や、る…」
【ン?ナントイッタ?】
「いのりちゃんをやるから、だから、約束…守ってください…」
ニヤリと、赤い目が笑い始めた。
【キヒヒヒヒヒヒ…!!モチロンダ…ヤクソクハ、マモロウ】
「ありがとう…ございます」
【コチラニ、コイ…オマエニマジナイヲヤロウ】
「え?」
信司が目を見開いた瞬間一一天井に吸い込まれるように信司の顔が突っ込んだ。
「一一、一一!!」
両足をばたつかせ、何かを言っているが、周りには響かない。その間にも信司の体に《何か》が送り込まれるたびに、びくりと体が魚のように跳ね上がっていた。
痙攣が収まったあと、力が抜けた信司の体が黒い手によってトイレの中へと戻ってきた。
「………」
目から光が消えた信司は、しばらく呆然としていると、腹部が大きな蛇が通ったようにぬらりと動いた。
それに反応した信司は、ニヤリと笑い、腹部を撫でた。
「キヒ、ヒヒヒヒヒ……絶対に、使命を、果たさないと、ね……ヒヒ…!」
一一この時、信司の精神は、《罪鬼の先祖》によって徹底的に壊された。信司と共に、兄の宗弥も心を壊され、《鬼の鎖》で縛られた。しばらくは宗弥は、自由に動けないと共に、信司に暴力を振るうことも無くなった。
信司の頭の中にあるのは、ただ一つ。
《両親に会いたい》
その為に一一いのりを、殺すことを信司は《罪鬼の先祖》に誓ったのであった。
END
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